第272話 閑話・出会いは突然ではありません
「ねえ、あった ? 」
皇后陛下とお母様が目をキラキラさせて詰め寄ってくる。
本日の引き篭もり部屋はご老公さま以外のオールスターキャストだ。
「ないはずないわ、絶対あるわよ。ね、ルチアちゃん ? 」
実は去年の異世界転生のカミングアウトの後、お二人はここが乙女ゲームの世界だと主張してきた。
まさかそんなことはないだろうと確かめてみたら、ありましたよ。
乙女ゲーム『エリカノーマ』。
知らなかったけど、女の子に絶大な人気を誇る『エリカノーマ』というゲームがあって、ここはそのゲーム終了後の世界だと合う。
平民のヒロインは皇太子妃候補に選ばれ、ライバルの貴族令嬢とその座を争う。
幾つかの教科で経験を積み、成績の良かった方が皇太子妃となる。
何度かのリメイクや派生シリーズを重ねて、ノベル化、コミカライズ、映像化などされている。
頼まれたのは『エリカノーマ・全メモリアルブック』と『エリカノーマ・アルティメット・コレクション』。
シリーズ全部のセリフが載っているのが『メモリアルブック』。シリーズ全ての詳しい紹介が載っているので『アルティメット・コレクション』らしい。
私が『お取り寄せ』出来ることを知ってから、この二冊をぜひ買ってこいと五月蠅かった。
だがどちらも数千円と高価。
そして手放す人がいないらしく、新品で買うしかない。
私の月のお小遣いは五千円。
文房具やお稽古用具などは省かれるが、ちょっとしたプレゼントや毎月購読している専門雑誌、生活必需品などを極力抑えても数か月かかった。
え、貯金 ?
通帳に『引き出し』の印字があると悲しくなる性格なのでそれはできない。
貯金に手をつけたら負けだ。
地道に机の引き出しのケースに貯めていきましたよ。
「やっと謎が明かされるのね。楽しみだわ」
「ね、早く見せて」
「では、どうぞ」
私は二冊の分厚い本を取り出した。
お二人は嬉しそうに嬌声をあげて本に飛びついた。
まずは『アルティメット・コレクション』のほうだ。
「うわあ、懐かしい。これこれ、この顔よ」
「二週間くらいしかお付き合いがなかったけど、忘れないものね」
「お元気かしらね、皆さん」
顔はよかったからどこかで生き延びてるわよ、とお二人が言っているのは教師役の人たちだ。
どなたもキラキラとしたビジュアルで、本当にこんな人がいたんだろうかと疑いたくなる。
「それがいたのよ、本当に」
「ただ、二次元と三次元の違いはあったわね。キラキラっていったらルチアちゃんの仲間だって負けてないわよ」
パラパラとページをめくりお二人は読み進む。
そのうちにしおりの挟まったページを見つけた。
「ルチアちゃん、これはなにかしら」
「多分、お二人が一番喜ばれるものだと」
「私たちが ? 」
あらあらと笑いながらしおりのページを開けたお二人が固まった。
「『エリカノーマ・コンクルシオ 出会いは春の嵐のように』 ? 」
「知らないわ。初めて聞くタイトルだわ」
顔を見合わせて問題のページをめくる、と。
「あ ! 」
「まあっ ! 」
お二人の目がまん丸くなった。
それはそうだろう。
「何をそんなに驚いて、おおっ ?! 」
「わっ、なんだ、これは ?! 」
皇帝陛下とお父様も驚きの声をあげる。
「これは君か ? 確かに若い頃の君にそっくりだ」
「ああ、二人とも可愛かったなあ。懐かしいよ」
「あの、他人事のように仰せですけれど、お二人についても記述があります」
ページをめくると、冒険者姿と貴族装束の二人の男性のイラスト。
「・・・これはもしかして、俺か ? 」
「もしかしなくても陛下のようですよ。そしてこっちは僕ですか」
「うわあ、二人ともカッコいい ! 」
「素敵だわ。あら、もしかして
お母様は
それは日の目を見る事無く隠されたままで、去年やっと先生の手元にとどいたのだった。
「確か『皇太子、降臨』とかキャッチコピーのあったものね」
「いやだ、あたしたち、知らない間にゲーム通りに生きていたのね」
「こちら、コミカライズ版です。お母様の分はお家にありますから」
「嬉しいわ。ゆっくり読むわね」
新書版全五巻を大事そうに受け取る皇后陛下、エリカノーマ様。
今度ゆっくりあのイベントが本当にあったか聞いてみよう。
さて、いよいよ私が一番出したくない物を出さなければならない時が来てしまった。
「それで、その本を買ったゲームショップでシリーズ最新作のパンフレットをもらったんです」
高額のために売れ残って、ずっと棚の肥やしになっていた本。
それを引き取ってもらえたというので、まだ発表前の新作があると教えてもらった。
発表は秋。
発売は年末。
ナイショにしておく約束なのだが、
「ご覧ください。『エリカノーマ・ネクストジェネレーション』です」
◎
渋谷のスクランブル交差点近くの交番。
傍らの壁に寄り掛かった男。
背は高くスラリとした体躯。
足は日本人男性としてはかなり長い方だ。
着ているものは明らかにブランド品ではない大量生産品。
だがシンプルで飾り気のないデザインが、逆に彼のスタイルの良さを際立たせている。
そして渋谷の街には不似合いなギリギリまで刈ったクルーカット。
それも男の形の良い頭を引き立てているにすぎない。
「ちょっと、あの人かっこよくない ? 」
「モデルさんかな。それとも売り出し中の俳優さん ? 」
記念撮影の振りをして写真をとる女子。
待ち合わせた彼女が夢中になっているのを不機嫌そうに見る少年。
警官はなぜ交番がこうも凝視されているのかわからずに、それでも今は勤務中と無表情で立ち続ける。
しばらくすると大きな荷物を抱えた女性が現れた。
染めていない黒髪をシュシュで無造作に結んでいる。
化粧っ気のない顔は実年齢より若く見える。
彼女は荷物を地面に置くと、男と背中合わせに壁によりかかった。
「バー」
「カー。おい、この合言葉はなんとかならんのか、フロラシー」
「ならないわ。古代エジプトの神聖な言葉よ、ディードリッヒ。なんたって『魂』と『精神』だから」
男、ディードリッヒはため息をつき、せーので振り返り二人は向き合う。
「はじめまして。
「
「見るとこ、そこ ? 開口一番それはないんじゃない ? 」
と言われても一番目についたのがそれなのだから仕方がない。
「前にアル君が夜更かしすると
「俺の職場もそうだが、お前のところもブラックだな。まさか朝飯も食ってないんじゃないか ? 」
「そのとおり ! 」
アハハと自虐的に笑うフロラシーは、実は昨日の夜も食べていないと白状する。
「じゃあ、まずは腹ごしらえか。カフェかどこかに入るか ? 」
「あー、そういうのはいいや。それよりめちゃくちゃジャンクなのをガッツリ食べたい。後アルコール飲めるとこ」
土曜日の昼前から酒かよ。
とは言え仮眠一時間の二食抜きは辛い。
ガーっと酒を飲んで寝てしまうのも間違ってはいないだろう。
非常に男らしい考えではあるが。
「・・・ピザ、パスタ、ポテト食べ放題の店があるぞ。きょうは週末だからカレーとサラダもある」
「あら、素敵」
「アルコールはビールとカクテル。ワインなんかもあったはずだ」
よし、行こう !
かがむフロラシーを止めて、それは俺がとディードリッヒは床に置かれた荷物を持つ。
「大きさの割に軽いな。中身はなんだ ? 」
「ルーちゃんの衣装と裁縫道具。他の人のはバレエ団にあるのを手直しするんだけど、せっかくのデビューだから、新しくするんですって。家で少し手を入れようと思って」
ついつい時間を忘れちゃうのよと言うフロラシーに、そこそこにしておけとディードリッヒは彼女に左腕を差し出した。
「どうぞ、お嬢様」
「あら、ルーちゃん以外の女をお嬢様扱いしていいの ? じゃ、遠慮なく。エスコートよろしくね、王子様」
そう言うと嬉しそうに彼の腕に軽く手を絡める。
周囲の視線を集めながら、二人はスクランブル交差点を渡ってセンター街方面に消えていった。
「やっぱりハワイアンデライトは最高よ。紅ショウガがトッピングされた和風ピザもいいわね。また一人で来よう」
「パイナップルのピザとかお子様口か。どうでもいいが、ビールのピッチャー一人で空ける気か ? こっちにも少しまわせ」
「ディーはおしゃれにデキャンタワイン飲んでればいいじゃない。あら、ワサビ味もいける。この辛いピクルスみたいなのも」
「それはハラペーニョだ。つか、フロー。そんなに飲んで一人で帰れるのか ? 」
「あ、これウチの鍵と住所とタクシー代。後は任せた」
「任せるな ! 自重しろっ ! ハイなのか、ナチュラルハイなのか ?! 」
二人の初顔合わせとデートは、ロマンチックの欠片もなく終わった。
「カギは玄関の新聞受けに入れておいた。下ごしらえはしておいたから、
あの後酔っ払ったフロラシーを彼女のアパートまで連れて行ったが、なぜかそこでも飲み始めて夕方ついに彼女が沈没した。
当然起きるまで待つわけにはいかず、ディードリッヒはゴミや食器を片付け、ルーの衣装を部屋にあったトルソーに着せる。
二日酔いで目が覚めるだろう彼女のために朝食まで用意して帰宅した。
「ありがと。なんだか
「・・・初対面の男を部屋に入れるな。それと冷凍カット野菜くらいストックしておけ。無茶ばかりしていると体を壊すぞ」
「・・・うん」
何だかんだ言っても、二人の距離は縮まったようだ。
ただアパートの管理人をしているフロラシーの叔母から実家にご注進が入り、なし崩し的にご挨拶をすることになるのだが、それはもう少し先の話。
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レンチンお粥の作り方。
ごはんを百グラム。
水を百㏄。
かなり大きめの深い器に入れてラップして600で三分ほど。
そのまま五分ほど蒸らして下さい。
水を出汁にしても大丈夫。
水加減はお好みで。
工夫次第で中華粥みたいにもなります。
めんどくさがり屋の母のおススメです。
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