第271話 雑事が多すぎる

 八月になった。


 ルゥガさんからベナンダンティ・ネットに報告があった。

 見送りに来ていたのは両陛下ではないか。

 仲間の騎士からそう問い詰められたそうだ。

 高身長の兄様たちで周囲からは庇えたけど、馬上の騎士様からは丸見えだったようだ。

 あまりしつこいので第三大隊の隊長参加の説明会を行った。

 そこで私たちが考えた『言い訳』を披露。


「皇后陛下は皇太子妃選抜で選ばれた元平民。私たちは幼馴染です。陛下も皇太子時代にはよく城下町で庶民の暮らしを観察なさっていて、その時には私がご案内係を務めていました。帝位につかれてからはご身分を考え疎遠にしていましたが、私が地方に派遣されると聞かれて見送りと励ましをいただいたのです」


 皇帝ご夫妻のプライベートな問題なので、厳重に守秘するよう求めた。

 これで納得して引っ込んでくれたのだから、つくづくこちら夢の世界の皆さんは単純で素直だと思う。

 

 王都全体を巻き込んだ避難訓練は、着々と準備が進んでいる。

 まず前日に訓練があることを触れ回り参加を促す。

 訓練後の反省会が終わったら炊き出しがあることも。

 これで随分と参加率が上がるはずだ。

 ロバの紙芝居隊の努力で、子供たちは参加する気満々だ。



 そうやっているうちにこちら現実世界では定期公演が近づいている。

 例のキトリとバジルの痴話げんか。

 百合子先生はとても良い出来だとカメラの前で言っていたが、あの時点でなーんにも決まっていなかった。

 よくもまあ、あんな堂々と噓八百が言えるなってことで、撮影班のいない日にお披露目が行われる。

 先生側を客席に見立てて、団員の方に舞台通りに並んでもらう。

 バジル役はアルだ。


「えー、バジル登場します」


 小道具のギターを持ってアルが現れる。

 振付通りに現れると、キトリの友達役に一直線。


「キトリと待ち合わせをしていたバジルですけれど、広場に来たとたんかわいい子を見つけて口説きにいきます。この時点でキトリのことは頭から消えてます」


 ドッと笑いが起きる。


「ここでキトリはバジルに腹を立てるんですが、僕のクラスの女子に聞いたら、彼氏より相手の女の子に怒りが向くって言うんですよ」

「だからキトリは何で口説かれてるのって文句を言いにいきます。そしたらその子は勝手に寄ってきただけよと反論します」


 友達役のお姉さまがそんな演技をしてくれる。


「そこでバジルは喧嘩は止めて、僕のために・・・」

「と、割って入るので、キトリと友達は誰のせいで争ってるの、とバジルを無視して口論を続けます」

「放置されたバジルは反対側にもきれいなお姉さんがいるなと口説きに行って」

「あなたの彼氏、あっちでもやってるわよと教えられたキトリが追いかける。その後はいつものバージョンで」


 ・・・なんかお稽古場が大爆笑なんですけど。


「ちょっと、なんなの ? こんなキトリ見たことがないわよ」

「・・・でしょうね」


 普通バジルがちょっかい出していても、キトリは仕方ないわねみたいな態度で演じられる。

 でも何度も無視されて怒り倍増。

 その後ご機嫌取られてまんざらでもないけれど、私はそんなに簡単に許さないわよと、いろいろ駆け引きの末の仲直り。

 短いけれど、二人の関係をわかってもらう大切な導入部分だ。

 残念ながら私はそんな大人な態度は演じられない。

 だから女子高生の精一杯をやってみた。

 

「まあいいわ。つかみはオッケーって感じ ? そのまま次の場に繋げられるわ」


 及第点はいただけたようだ。

 だけどそこからいきなりの結婚話に逃亡劇。

 二人の心の動きを考えるようにでつめておくようにと言われる。

 なぜかその中にアルがいるんだけど。

 部外者なのに申し訳ないと謝る。


「いいんだ、僕の自業自得だから・・・」


 と諦めたような顔をするアルを、バジル役のお兄様たちが気の毒そうに無言で慰める。

 何か弱みでも握られているのだろうか。

 何度聞いても教えてくれなかった。



 私に付き合わせてしまったアルの文化祭。

 今年も2.5次元ミュージカルをやると言う。

 タイトルは『華戦はないくさ三度之乱みたびのらん』。


 第三次世界大戦が勃発。

 だが、前回のような悲惨な戦いは避けたい。

 そこで各国が選んだのは『国花』同士の戦い。

 美しい花々が祖国の為に戦う。


 花と言えば女性を想像するが、そこは戦争なのでキャラクターは男女二人のペア。

 でもアルのクラスは理系で女生徒が少ない。

 とうぜん女装する人がいるのかなと思ったら、そこは公序良俗の名のもとに男性キャラだけだそうだ。

 数少ない女生徒は全員駆り出される。


「面白いのは戦闘シーンはリアルにポイント制で、公演ごとに勝つ国や陣営が違うんだ。物凄い数のエンディングが用意されているんだよ」

「おもしろそうね。見てみたいわ」


 残念ながらフルでやるには時間が足りない。

 アルたちがやるのは『偽暁』という戦争前夜の物語だそうだ。

 敵国同士の恋物語や、戦争の意義はとか、そんな花たちの心の葛藤が描かれていて、最終学年としてとてもやりがいがあると皆力が入っているそうだ。


「それで、アルはどんな役 ? 」

「薔薇。衣装は民族衣装や国旗なんかをイメージしているから、すごく華やかなんだよ。なのに僕は執事服。チーフのかわりに薔薇の花を胸に指すだけ」


 妹役の人はメイド服なんだって。

 本来は騎士様のサーコートなのにってアルは愚痴ってる。

 文化祭は九月に入ってすぐ。

 でも多分その頃『大崩壊』が起きる。

 限りある時間。

 どちらの世界でも。

 やるべきことをやる。

 やれることをやる。

 アルが文化祭で気持ちよく演技ができるよう。

 そのときには全部終わって笑顔でいられるよう。

 もうひと頑張りしなけければ。



 いつも通りベッドにもぐりこんで目をつぶる。

 パチリと目を開けたらはざまの部屋だ。

 だけど今日は少し違った。

 なんだかウトウトした、懐かしい感じがする。

 お休みの、洗濯もなにもしなくていい日。

 いつまでも温かいお布団に包まっていたいような、フワフワした二度寝な気分。


 ・・・名を・・・

 名を奉ぜよ・・・


 な、な ?

 ああ、名前ね。

 名前が欲しいの ?

 

 名を

 美しい名


 うん、わかった。

 きれいな名前ね。

 何がいいかな。

 きれいなもの。きれいなの。

 あれでいいかな。

 高山植物がいっぱい咲く山。

 きれいな、えっと。

 早池峰はやちね山。

 そう、早池峰はやちね

 この山が見えなくなると風がつのるって言い伝えがあるから、疾風はやちを呼ぶ山って聞いた。

 ほら、私の二つ名と同じ。

 いいでしょう ?


 早池峰はやちね

 受け取った


 我にも

 早よう


 あれ、もう一人いるの ?

 うんと、山の次は川だよね。

 十勝、四万十、筑後川。

 石狩、最上、天竜川。

 ・・・違うな。

 きれいって言うよりカッコいい系だよね。

 そうじゃなくて、もっとかわいいの。

 かわいくてきれいな。

 由良ゆら川。

 由良ゆらはどうかな。


 我が名は早池峰はやちね

 我が名は由良ゆら

 よき名

 よき響き


 喜んでくれた ?

 うん、困った時の五分番組。

『日本百名山』と『ふるさとのせせらぎ』。

 ありがとー。



 王城内の召使い控室。

 登城した貴族の付き添いは、この部屋で主の帰りを待つ。

 王城内には個人の召使を連れ歩くことは出来ない。

 代わりに王城所属の侍女もしくは侍従がつけられる。

 唯一の例外は宰相家のルチア姫だ。

 五人の近侍達は皇帝陛下のお許しで、主が王城内にいれば自由に行動できる。

 

 アンシアはこの控室が好きだ。

 朝から夕方までいつでも飲み物と軽食が用意されている。

 サーブするのは王城で働く召使だが、実は宗秩省そうちつしょうの所属。

 ディードリッヒの提案で冬の間に訓練を受け、この春から正式な職員として働いている。

 目的はもちろん召使の素行調査と噂話の収集。

 低位貴族出身とは言え全員口が堅く暗務の適正を持っている。

 また今まで待機するだけだった各家の召使いに、スキルアップが出来るよう手紙の書き方や詩歌の作り方、刺繍や立ち居振る舞いなどの講習会を始めた。

 召使たちには大人気の控室だが、今は法衣貴族ばかりで閑散としている。

 それでも人の少ない今がチャンスと熱心に通う者も多い。


「アンシアさん、お帰りなさい」

「今日も魔法師団でお勉強 ? 」


 顔見知りの他家の侍女が手招きする。

 お茶を受け取って彼女たちに合流する。


「どこの部署も忙しそうね。『大崩壊』が近いから」

「はい。討伐に使える魔法が限られているので、どれだけ効率的に使うかって熱心ですよ」


 正直に言うと、詠唱魔法使いなら実戦経験のある冒険者の方が上だ。

 そして無詠唱であれば『無量大数』のギルマス、数字持ちへのチャレンジ中の兄たちや姉のルーがいる。

 治癒魔法ではアルが抜きんでている。

 冒険者ギルドや教会での治癒経験の結果、一日に癒せる回数も増えている。

 それに引き換え、詠唱魔法はあまりに使い勝手が悪い。

 詠唱に時間が掛かりすぎるのだ。

 自分の最強の魔法を放てるのは最初の一撃だけ。

 その後は短い詠唱で凌ぐしかない。

 どの魔法をどれだけ効率的に使うか。

 問題は山盛りだ。


「やあ、アンシア。難しい顔をしてるね。何かあったの ? 」

「・・・自分の魔法の使えなさにいろいろと。お疲れ様、カジマヤー君」


 休憩に戻ってきたアルが同じテーブルの侍女さんに断って同席する。

 

「詠唱魔法って本当に使えない。足手まといになる未来しか見えないわ」

「城壁の上から補助魔法を使うとか ? 」

「そういうチマチマしたのは好きじゃないの。あー、無詠唱魔法がつかえたらなあ」

   

 この二年なんとか使えるようにならないかと訓練したけれど、やはり詠唱無しでは発動しなかったので仕方がない。

 お菓子を摘まみながら他愛のない話をして、そろそろ仕事に戻ろうかと言う時、廊下をバタバタと走る音がして荒々しく扉が開いた。


「カジマヤーさん、重傷者が運ばれてきました ! 治癒をお願いします ! 」

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