第270話 宿題は早めに終わらせましょう
「避難経路の標識の設置、終わりました」
「地区ごとへの説明会の準備、出来ています」
「説明会用のパンフレットの印刷は終わりましたか」
「炊き出し用の調理器具の配布、完了です」
「誘導係の顔合わせはいつにしますか」
「侯爵邸内避難所への移動時期について質問が多数来ています」
午後になって登城すると、あちこちから質問や報告が飛んでくる。
ベナンダンティの加わった『対策委員会』は、今までの官吏たちの作業速度を大きく上回っている。
さすがである。
あちらでは専業主婦の方でも、騎士養成学校卒業の新人なんかよりよっぽど使える。
そしてこき使っている。
「あの人、食堂のおばちゃんだよな」
「城下町のパン屋の女将もいるぞ」
「あっちのおっさん、厩舎の世話係だろ。なんであんなに仕事が出来るんだ」
うふふ、ベナンダンティですから。
馬が大好きでこちらでは馬屋番ですが、あの方は某大企業の営業部の本部長さんらしいです。
さすがに某の部分は教えてもらえなかったけど。
馬好きと言っても競馬とかのサラブレッドではなくて、荷馬車を引いているような逞しい馬が好きなんだそうです。
だから
あ、イベント会社の女社長のナラさんも出仕してますよ。
フロラシーさんは貴族女性を集めて、包帯などの医療用品を製作しています。
これにはお母様や皇后陛下も参加しています。
ベナンダンティ、大忙しです。
『大崩壊』が近づいた王都周辺では、大型魔物の出現が増えている。
祠のおかげで王都には近づけないが、少し気を抜くと周囲で作業をしている人たちが襲われる。
魔物の襲来に備えて、土魔法を得意とする魔法使いの皆さんが、馬防塁ならぬ魔防塁を作っている。
少しでも足止めになればということだ。
当然私も参加していて、アルと二人で大型を退治しながら出来るだけたくさんの塁を作っている。
私たちの担当は北側。
唯一王都内への門がない地域だ。
なにかあったとき普通の人たちでは逃げ場がない。
だが、私なら浮遊魔法で一気に城壁の上に行ける。
もちろん倒してしまうのが一番なんだけど。
人手が足りないので、私たちは三組に分かれて活動している。
ディードリッヒ兄様とアンシアちゃん、私とアル。
エイヴァン兄様はソロだ。
私とアンシアちゃんは祠の修復係も兼ねている。
「とりあえず今日はこのくらいかしら」
「そうだね。随分頑張ったね」
午前中の作業を終え登城すると、午後は『対策委員会』だ。
帰宅して夕食の後はギルマスの特訓が控えている。
忙しいにもほどがある。
それでも間に合うかどうか。
◎
期末試験後に出された夏休みの課題を、終業式前に片付ける。
受験の年なので量はそれほど多くない。
早朝に勉強してお稽古場で公演の練習をする。
私は一日だけのお役だから、それほど拘束はされない。
だが、お姉さま方の練習をよく見て、自分の演技に生かさなければならない。
気は抜けない。
お昼休憩の時にアプリを使って勉強する。
でも本当は筆記用具を使って勉強したい。
人によるとは思うのだけれど、私はそのほうがすっと頭に入る。
「はあ ? なんでこれが解けないんだ。簡単だろう。さっきの公式を使え」
丸めたテキストで思いっきりぶっ叩かれる。
「ナラさん、
「まあ、ルーちゃんの狙ってる学校は女子の倍率が高いからねえ。確か六十倍だったかしら。人文系だと二百倍は軽くこすしね。本当は一日中机にしがみついていなくちゃいけないの。なのにバレエ公演に出るなんて、よくもまあそんな綱渡りをする気になったわ」
「私が決めたんじゃありません ! 」
がんばってね。チケット買ったし。
楽しみにしているわー、とナラさんは笑う。
ベナンダンティ三つの誓い『聞かざる』はどこにいった ?!
私の情報ダダ洩れじゃないですか !
「次いくぞ、次。問題自体は難しくないんだ。後はどこまでミスを減らせるかにかかっている。一問だって落とせないぞ。気合を入れろ ! 」
ああ、朝ごはんまだかな。
◎
『大崩壊・対策委員会』の部屋は以前の奥まったところではなく、王城門の近くにある衛兵隊の隊舎を借り受けている。
城下町に行くのに便利なのと、平民のベナンダンティが多く出入りしているからだ。
衛兵隊の皆さんには仮設の隊舎を作ってそちらに移動していただいた。
「いってきまーすっ ! 」
ラーレさんたちが元気よく出かけていく。
今日は子供たち相手の説明会だ。
ラーレさんのピンク色の髪はとても目立って、綺麗な鐘の音で子供たちを呼び集める。
子供たちの興味を引くように、かわいい飾りをつけたロバの引く車に紙芝居の舞台を設置。
内容はもし親と離れ離れになっても、一人で決まった避難所に行きましょう
という内容。
その後でその地区の避難所の確認。
最後まで残ってくれた子供にはお菓子のご褒美だ。
「いいですかー。逃げる時はおもちゃを持たないこと。避難してって声が聞こえたら、お家に帰らず避難所に行きましょう。大事なぬいぐるみはいつでも持っているようにしましょうね。お母さんを探したりしてはだめですよ。困った時は近くの大人の人に助けてと言いましょう。わかりましたかー ? 」
「はーいっ ! 」
「ではお菓子を受け取って帰ってくださいね。お父さんやお母さんともよくお話して、雛難所の場所を確かめておきましょうね」
こんな感じであちこちの地区で、何度も子供たちに話して聞かせる。
時には一緒に避難所へ行く。
大人は忘れてしまうこともあるけれど、子供たちはちゃんと覚えているものだ。
今回はまず、子供たちへの周知徹底を心がけている。
「男に色目を使う悪い女って話だったけど、なかなか明るくていい子じゃないか」
「子供のあしらいもうまいし、噂は当てにならないな。お、こっちへ来るぞ」
「こんにちは、おじさん。避難所の確認は済んでますか ? 」
ピンクの髪を揺らして少女が走り寄る。
「事前避難の予定ではあるんですけど、突然ってこともありますから早めに確認してくださいね。ご家族と一緒に一度訪ねてみるといいと思います。当日は誘導係も立ちますけど、一度ぜひ」
少女はこの地区の避難場所の書かれた地図を渡す。
見やすいきれいな地図だ。
「そんなに急にくることがあるのかい ? 」
「冒険者と上位貴族のご令嬢が祠の維持にがんばっておられます。あと精華女学院のと生徒さんたちも。でもいつ何がおこるかわかりませんし。まさかの時は荷物はもたずに手ぶらで逃げてくださいね。お薬とか日頃から持ち歩いてください」
今度避難訓練がありますからと言って、少女は笑顔で去っていった。
「遠くの国の子が俺たちのために頑張ってくれているのか」
「ああ、こりゃあ真剣にやらなきゃいけねえな」
真面目に訓練に参加するか。
もらった地図の裏には、避難の心得が子供にもわかりやすい言葉で書かれている。
子供を利用したあざとい作戦で、避難計画は少しずつ王都に浸透していった。
◎
「お嬢様、次はこちらをお願いいたします」
私に割り当てられた机の上に、ドンッと高さ三十センチの紙束が置かれる。
何をしているのかって ?
『こぺんどてすと (改) 』ですよ。
今までのコピペ魔法では、一枚一枚コピーするので時間と手間と魔力がかかった。
だから一度に大量のコピーができるよう改良したのだ。
具体的には白紙の紙を積み上げ、その上に元になる原稿を置く。
そして上から魔力を注入して、表面の文字や絵を下の紙束に一気に写していくのだ。
結構な力技である。
時間が掛かる上にある程度刷ると、文字や絵が擦れてしまうのだ。
その点私の魔法は一瞬で大量に印刷でき、両面印刷も可能という優れものだ。
そんな訳で、私は王城付き印刷屋さんと化している。
「うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだカフ・・・」
「お嬢様、その気の抜けるような掛け声はお止め下さい」
「だってアンシアちゃん、声を出さないと力が出ないのよ」
「無詠唱魔法の達人が何をおっしゃいます」
こういう単純作業はなにかしらのアクションがないと飽きてしまうのに。
なんて話していたら、部屋のあちこちから「この世で一番好きなのは」とか「大きなヤギの」とか「クララが立った」とか聞こえてくる。
ベナンダンティのおじ様やおば様たちが犯人だが、それ、掛け声じゃないからね ?
ほら、
「とにかく、こちらの勤労意欲に差しさわりが出ます。無言でお願いします、無言で」
私の勤労意欲はどうでもいいんだろうか。
とにかく、この大量の印刷物が刷り上がったら、いよいよ王都をあげての大避難訓練が始まる。
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