第269話 寂しくなる王都

 ラーレさんが保護されて数日。

 私たちは離宮の第四王子に呼び出された。

 いや、呼び出しは彼女が王城に移ったその日のうちにされていた。

 だが私たちはエイヴァン兄様の指示でわざと時間をおいた。


「ごきげんよう、殿下。お久しぶりでございます」

「・・・」


 あら、返事もしてくれない。

 かなりご機嫌がよろしくない。


「・・・私は離宮の責任者に会いたいと言ったのだ。なぜ姫が来られた」

「関係者の一人でございますから。責任者はこちらに」


 エイヴァン兄様がすっと前に出る。

 ダルヴィマール家召使の特技、『目立たない』で偽装している。


「なんと、侍従風情が責任者 !? 」

「帝国は我が国を見下しているのか ! 」

「殿下、これは厳しく抗議をしなければ ! 」


 騒がしい側近たちを手で制し、殿下が私を睨みつける。


「どういうことか説明いただこうか」

「説明も何も、彼が離宮の責任者です。ご紹介いたしましょう。エイヴァン・スケルシュ卿。宰相補佐を拝命しております」

「宰相補佐 ? この侍従が ? 」


 私は扇で口元を隠しホホホと笑って見せる。


「元々はわたくしの近侍ですの。ですが昨年その才を見出されて引き抜きの打診があったのです。わたくしの側仕えの合間にというお約束でお受けしたのですよ」

「侍従のまま ? 」

「ええ。彼のことを思えば手放すほうが良いのは解っています。けれど、仕えてくれた者が突然いなくなるのは寂しくて・・・」


 わたくし、わがままですわね、とエイヴァン兄様に後はお願いと前へ出るよう促す。

 

「宰相補佐のスケルシュでございます。殿下にはいかようのご用命でございましょうか」


 やる気満々の兄様はもう『目立たない』控えめな様子を消し、少しばかりの『威圧』を纏わせて一歩前に出る。

 側近はもちろん、殿下もその様子に顔色を変えた。



「信じられん。まさかラーレがそのような目にあっていたとは・・・」


 殿下はラーレさんが突然現れた騎士たちに連れて行かれたと聞いていたという。

 今までついていた侍女たちは消え、毎日出されていたアルコール類もなくなり、離宮に騎士が配備されたのを見て、一体彼女に何があったのかと案じていた。


「お前たちは、お前たちはせっかく生き延びた仲間になんてことを・・・。いや、姫。何故すぐに教えてくださらなかった。なぜだ ! 」


 ・・・飲んだくれてたからさ。


「殿下。ラーレさんはこのことで殿下と側近の方々との仲が拗れてはと考えていたようですわ。大切な方々を亡くされたつらいお気持ちも解っていると。その上で自分さえ耐えていればと思ったのです。彼女の気持ちもご理解下さい」

「ラーレに会いたい。会って謝罪をしたい」


 頼むと頭を下げられても、それは無理だ。

 だって、私にそんな権限はないもの。

 続きはお願いとエイヴァン兄様に目配せする。


「宰相府からの決定をお知らせします。皆様四名は今後この離宮内でのみ生活していただきます。面会等はご自由に。ただし敷地から出られた場合は、当該女性への暴力目的と判断し、国外退去とさせていただきます。ですが『大崩壊』目前の忙しい時期です。割ける人手も少ないことをご理解いただき、慎重な行動をお願いいたします」


 兄様は偉そうなサインや判子の押された書類を殿下に手渡す。

 彼らは『大崩壊』終息後、海が穏やかになる来年の春に帰国される予定だ。


「本来であればそちらの方々は傷害の現行犯で逮捕投獄の対象ではありますが、それに付いては責任者である殿下にお任せいたします」


 彼らについては殿下から酒精の抜けた状態で冷静な判断をして欲しい。

 そのために数日おいての訪問になったのだと兄様が説明する。

 殿下も「わかった」と返事をする。


「・・・ラーレに守ってやれずにすまなかったと伝えてくれ。財務大臣については、帰国後に必ず対応する。多分彼女以外にも被害者がいるだろう」


 打ちひしがれる殿下に軽く挨拶して、私たちは離宮を辞した。

 殿下がなぜラーレさんに固執していたのか。

 側近の方々との仲はどうなってしまうのか。

 それは私たちには関係のないことだ。

 今は目の前の『大崩壊』に集中しよう。



 社交シーズンではあるが王都に残る貴族は少ない。

 領地を持たない法衣貴族以外は帰郷してしまっているからだ。

 我がダルヴィマール家も義弟のマックス君がヒルデブランドへと疎開している。

 一人ではなく、婚約者の皇女様と幼い皇子様もご一緒だ。

 常駐騎士団と警備隊、優秀な冒険者。

 そして街を取り囲む川という自然の防壁。

 王都にいるよりも安全だろうという判断だ。


「皇女さまをお守りしてね。王都は私たちが守るから」

「お強いことは知っているけれど、姉さまも気を付けてね」


 ギリギリの人数のダルヴィマール騎士団と近衛騎士団に守られて、二人の皇族と弟が去っていく。

 王都はどんどん寂しくなっていく。


 王城で働く人が減って、お父様はベナンダンティの臨時雇用を決めた。

 実はこの状況を予測してネットで呼びかけた結果、ヒルデブランドから大勢の仲間が上京してくれている。

 あちら実世界での職業と照らし合わせて、適材適所で配置していく。

 彼らの仕事ぶりというか、平民の新参者のくせに決して臆さない態度は貴族たちの注目を浴びた。


 以前から不思議だったこと。

 ラノベで異世界転移とか転生した主人公があっというまに成り上がる。

 それは兄様たちの無双とよく似ている。

 そして始祖陛下についても。

 以前それをハル兄様の意見を聞きたいと言っておいた。

 生前では聞けなかったけど、私宛に残された手紙にその答えがあった。


 私たちは『支配されざる者』だと。


こちら夢の世界は階級社会だ。頂点にいるのが王で、それ以下の人間は決して逆らうことは許されない。千年後にもその階級制度が残っているのであれば、自分より上の階級の者に逆らわないよう卑屈な態度はそのままだと思う』


 奴隷は平民に、平民は貴族に、貴族は王に。

 自分より上の者に決して逆らわない。

 そんなことをすれば命がない。

 

『だが、俺たちは組織に所属はしていても従属、隷属はしない。契約はするが基本的に法律に守られている。唯一無二のお方に命令されても、拒否する権利を持っている。もちろんあの方々がそんなことをされることはないと思うが』


 たしかに、戦後育ちのベナンダンティには階級制度という感覚がない。

 日頃は平民を装っているが、『あちら現実世界と同じように仕事をしろ』と言うことであれば、階級を無視して動くことができる。

 兄様たちなんか命令することに慣れてる感じだし、高位貴族や皇帝陛下にも一歩も引かない。

 

『俺が女房と結婚できたのは四方よもの王という称号のおかげもあるが、実は俺が支配者の目の持ち主だからだと言われた。靡かず屈せず冷静に判断し実行できる。それはやはりあちら現実世界で生まれ育ったからだろう。そして弱い者、困っている者を助ける、敵に塩を送るという考え方も』


 それはこちら夢の世界では異質なもの。

 今でこそ帝国内では浸透しているが、千年前は何か裏があるのではと何度も裏切られたそうだ。

 それでも専守防衛、侵略はしないという考え方のもと、天災や飢餓を無償で手助けをしてきた。

 ヴァルル帝国はそうやって信頼を勝ちとり、東の大陸を平定していったのだ。


「奪った命より、救った命の数を誇れ」


 騎士になるときに必ず聞かされるのはハル兄様が残した言葉。 

 そしてその言葉を胸に今日も騎士様たちが地方に向かっていく。



 地方に派遣される騎士団の第二陣が行く。

 今回は大袈裟な式典はない。

 静かに任地へと向かう。

 見送る人たちも少ない。

 王都に残っている平民は地方に親戚のいない人たち。

 そしてシジル地区の住人たちだ。

 

「俺たちはここで生まれ育ったからな。大型退治の役には立たないが、ギリギリまで祠の修理をするさ」


 シジル地区のギルマスはそう言って任せておけと笑う。

 人の少なくなった地区の掃除なども引き受けてくれるそうだ。

 王都の景観も保たれるだろう。


「第四騎士団がきた ! 」


 子供たちの声とともに蹄の音が近づいてくる。

 先頭の騎士様が持つのは大熊猫が刺繍された団旗。

 第三大隊だ。


「ルゥガさん ! 」

「ルー、アル ! 」


 私たちに気が付いたルゥガさんが列から離れて馬を降りる。


「見送りに来てくれたのか」

「ええ、でも、今日はルゥガさんに会いたいという方をお連れしました」


 兄様たちに連れられて一組の冒険者夫婦がやってきた。


「・・・おふくろ」

「できちゃん・・・」


 皇后陛下がルゥガさんの左腕に黄色いスカーフを巻き付ける。

 前回の出征の時にも街のあちこちで同じ様な風景を見た。

 色は違うが無事の帰還を祈る意味があるらしい。


「気をつけて。元気に帰ってきて」

「ああ、がんばって間引きして、王都に向かう魔物を少しでも減らしてくる」


 バカ。無理はしないの、と涙ぐむ皇后陛下。

 皇帝陛下はルゥガの肩を抱いてトントンと叩く。


「母を泣かせるな。怪我無く戻れ、我が息子よ」

「はい、必ず」


 ルゥガさんはヒラリと馬に跨ると、騎士の礼をして列に戻っていった。

 馬上の騎士様から「皇帝陛下 ? 」「まさか ? 」などの声が聞こえる。

 私たちは急いでその場を去る。

 またなにか言い訳を考えなくてはいけないかも。

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