第267話 ラーレさんの場合・後
「あなた方、何をしてらっしゃるの ?! 」
きれいな声に、側近たちの私を蹴る足が止まった。
「ルチア姫・・・」
「大の大人が寄ってたかって、恥ずかしくはないのですか ! 」
私はサッと立ち上がろうとして激痛に呻く。
そう言えばさっきボキッて音がした。
あばらかなにかやられたかな。
「お口出しはご無用。我らの国の問題です」
「問題 ? どんな問題があるのです。そこのあなた、聞いていたのでしょう ? 教えて下さい」
側近の後ろに控えていた離宮の侍女が前に出る音がする。
その存在に気付いていなかったのか、彼らは顔を青くする。
「こちらの方々はラーレさんが殿下のお夕食に遅れたことを注意しておられました」
「殿下の・・・ ? 殿下のお食事のお世話は離宮侍女の仕事。ラーレさんは関係がないでしょう。何故ここまでしなければならないのですか」
側近たちは黙ってしまう。
私は動けない。
「侍女長。王宮の侍女居住区に空きはありますか」
「はい。ございます」
ルチア姫の後ろから老練な声がした。
「では彼女の部屋を用意させてください。今、すぐに、ここから移動させます」
「姫、勝手なことをされては困ります ! 」
「ええ、困るでしょうね。あなた方のせいでラーレさんがいなくなるのですから、さぞかし 殿下はお怒りでしょう」
なんだかバタバタと音がする。
「ラーレさん、そのまま。今軽く治療します」
この声はカジマヤー君。
脇腹のあたりが温かくなって、それと同時に痛みが消えた。
「あなた方は今、王城に仕える全ての女性を敵にまわしました」
大きな手が背中にまわって持ち上げられる。
「離宮内ではある程度お好きになさるのはよろしいでしよう。ですが、理不尽な理由で女性に暴力を振るうなど言語道断。許しがたい行為です」
「それは我が国の・・・」
「国は関係ありません。あなた方が彼女を奴隷扱いし、人間としての尊厳を貶めていたことが問題なのです。この国はそのような振舞いは許しません」
その後なにか言い争っていたみたいだけれど、私は二人の騎士様に抱えられて連れ出された。
助かったのかな ?
もう殴られないのかな ?
ボウッとしていたら、いつの間にかフワフワのベッドに寝かされていた。
◎
放心状態のラーレさんを侍女居住区に連れて行ってもらい、私たちは近くの一室に集まった。
「惨いことです。着換えをさせた侍女たちが真っ青になっておりました」
侍女長の報告では、彼女の身体はあちこちに紫色の痣があると言う。
服を脱がせた侍女たちから軽い悲鳴が上がったそうだ。
「巧妙にも見えない場所ぱかり。北の大陸ではあのような振舞いが許されるのでしょうか」
「可哀そうに。カジマヤーへの態度がありましたから離宮から出さないようにしていましたが、役目を与えて連れ出して正解でしたわね」
「ですが、それが彼らの暴力を助長したのかもしれません、お嬢様」
彼らと過ごす時間は短かったようだが、あのまま放置していたら命が危なかったろう。
ベナンダンティであれば
「第四騎士団長様、よくぞ彼女の怪我に気付いてくださいました。同じ女としてお礼申し上げます」
「我らも騎士。仲間の傷には敏感です。普通でない痛みに耐えていることは初見で気が付きました」
ラーレさんが『対策委員会』に加わって数日後、彼女の動きがおかしいことに気が付いたのは私だけではない。
兄様たちもおかしいと思っていたという。
しばらくして第四騎士団からのご注進があった。
王城内で何かあればすぐにわかる。
だが離宮は治外法権扱い。
侍女たちにも隠れて行われていた暴力行為。
気づくのが遅れた。
急いでお庭番を配置。
離宮で働く侍女さんたちにも出来るだけラーレさんから離れないようお願いした。
もちろんただの貴族令嬢の私にそんな力はない。
そこは宰相補佐のエイヴァン兄様の出番だ。
ラーレさんの現状を確認してから救出にかかる。
わざと予定の時間をオーバーし、彼女の離宮への帰還を遅らせる。
お庭番さんからは苛ついた側近たちが玄関前まで出てきているとの報告。
離宮侍女さんには彼らに気づかれないよう後ろに立ってもらう。
側近たちは見事に引っ掛かってくれた。
「まさか騎士団や王宮侍女長まで出てくるとは思わなかったでしょう。これで少しは静かになる。『大崩壊』の決着がつくまで離宮に籠ってもらいましょう」
「今日からは北の方々には侍女ではなく侍従がつきます。騎士団からも護衛と言う名の監視が付きます」
第四王子にこのことを伝えるかどうか。
もしラーレさんのことを気にかけているのなら、あちらから呼び出しがくるだろう。
今はラーレさんの回復を待つ。
アルの治癒魔法もあるし、ベナンダンティの彼女はすぐに治るだろう。
◎
それからしばらくして、すっかり元気になったラーレさんの事情聴取が行われた。
参加メンバーは私たちと王宮侍女長に外務省職員。
それに加えて彼女の怪我に気づいた第四騎士団長と副官、そして祐筆課から書記官として一名。
計十名だ。
エイヴァン兄様は宰相府代表も兼ねている。
「それでは暴力が振るわれるようになったのは、遭難された方々がこちらに着いてからと」
「はい。それまでは言葉ではいろいろありましたけど、決して手を挙げるような方々ではありませんでした。あの方たちも高位貴族のご子息ですから」
かばっているわけではありません、とラーレさんは言う。
聴取担当は温厚な感じの外務省職員さんだ。
「一体彼らはなぜ、そんなにもお嬢さんを敵視していたのでしょうか」
「・・・使節団の女性で、私だけが生き残ったからです」
随員の中には何名かの女性がいて、ラーレさん以外は全員亡くなったと聞いている。
「その中に側近の方の婚約者と恋人がいたんです。それまではどこかで生きのびてくれていると信じていたんだと思います。なのに私なんかが生き延びてと。私が彼女たちの代わりに死んでいればと思ったのでしょう」
その辛さを思えば蹴られるくらい、とラーレさんは小さく言う。
それと理由はもう一つあった。
「彼らの、あの国では私は色仕掛けで財務大臣に取り入った悪女ということになっているんです」
そこからの彼女の身の上話はなかなかに波乱万丈だった。
隠れ里から一人彷徨い出て、孤児院で成人してからの冒険者登録。
商人からの依頼で頭角を現していたが、その手腕はいつの間にか財務大臣名義で商業者ギルドに登録されていた。
無断盗用で罪人になりたくなければと大臣側に無理引き込まれ、衣食住だけけでただ働きさせられていたという。
それを知らない人たちは、底辺の女がと彼女を蔑んでいた。
「これを最後と親善使節団に加えてもらってこちらにきました。でも、国に戻ったら・・・」
「戻ったら ? 」
「・・・大臣の愛人になることが決まっているんです」
愛人。
単なる恋人。
側室や妾であれば、正妻からの公認で衣食住やお手当が出る。
だが恋愛関係である愛人は自立した人間と見られ、特に面倒を見てもらえることもなく、相手が飽きたら捨てられる。
ラーレさんの場合も同じ。
そして身内のいない北の大陸で、彼女が生き延びていく術はない。
「財務大臣は若い子が好きなんです。だから今も何人かの子を別邸に囲っているし、二十歳になった子が身一つで叩き出されるのも見てきました。ても、もし帰らなくていい理由があれば、恋人が出来たからと言えば、きっと殿下はここに残ることを許して下さる。だから・・・」
「・・・だからカジマヤーに擦り寄っていたのか。その後で御前にと ? 」
ディードリッヒ兄様の言葉にラーレさんはビクッとする。
「ご、ごめんなさい ! ごめんなさい、ごめんなさ・・・ ! 」
彼女の目からボロボロと涙が零れる。
ラーレさんは悪くない。
ヒルデブランドと違い、対番も導き手もいない北の大陸。
たった一人で何年も生き抜いてきた。
救いを求めて誰かに縋ろうとしたからと言って、どうして責めることが出来るだろう。
ただ、その相手がアルとお父様だったってこと。
それが、とても残念だ。
「ラーレさん、あなたは緊急保護対象。もう北に戻らなくていいの。冬になったら一緒に領都に行きましょう。温かくて優しい人たちが住む街よ。きっと穏やかに過ごせるわ」
ラーレさんはしゃくりあげながら何度も頷いた。
「ところでお嬢さんはよく我々を見ていたが、何か理由があったのかな ? 」
「それは・・・」
第四騎士団長。
例の騒動で色々とファンシーな外装になった第四騎士団だったが、トップである団長様は平の騎士様よりさらに賑やかな装いになっている。
城下町をいけば子供たちの人気者だ。
「あの、花が・・・」
「花 ? 」
「ラーレの花が懐かしくて・・・」
ラーレ。
トルコ語でチューリップ。
北の国では見かけなかったそうだ。
『対策委員会』で王城内を歩くようになって。見かけるたびに心が癒されていたという。
まだ、頑張れる。
まだ、耐えられる。
ここにあの花があるのならば。
騎士団長のマントの裾に刺繍されたチューリップの花に、暴力に耐える力をもらっていたそうだ。
「・・・『大崩壊』がおわったら、球根をみんなで植えましょう。第四騎士団の隊舎前に」
「ルチア姫、それは決定事項なのですかな」
以前からこんな花があるわけがないと言っていた団長様が不満気に言う。
だから私は笑顔で教えてあげた。
「ラーレの花は王冠、葉は剣、根は黄金と言われています。そして花言葉は『思いやり』。騎士様に相応しい花ですわ」
それから数日してラーレさんから報告があった。
高校を卒業したから明日の便で日本に帰国すると。
落ち着いたらベナンダンティ・ネットに招待しよう。
険悪な雰囲気で始まった私たちとラーレさんの出会いは、ようやく新しい一歩を踏み出そうとしていた。
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