第266話 ラーレさんの場合・前
カクヨムよ、私は帰ってきた。
と、いう訳で連載再開いたします。
際しいことは近況ノートでご報告。
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王宮の通路を行く。
私ラーレは今、『大崩壊・対策委員会』で活動している。
あれから殿下は泥酔こそされないものの、昼過ぎからお酒を飲んでいる。
兄君お二人が逝去されたことと、四海の王を見つけて国を救うのだという目的が無くなったのがショックだったのだろう。
何も言わずチビチビとお酒を飲んでいる。
私は離宮にいてもやることがない。
侍女仕事を手伝っても、それほど多くの仕事があるわけではない。
プロの侍女さんがやったほうが早くて丁寧だ。
思えば十四の誕生日からずっと、
生き残るために、どんな相手にも偉そうな大きな態度でやってきた。
なめられたらおしまいだからだ。
でも、カジマヤー君に拒否された時、なんだかどうでもよくなってしまった。
本当に好きな人だけでいい。
彼のそんな気持ちに、私のしてきたことがとても汚いことに感じられて。
今は殿下のお食事の時に壁際に控える。
それだけが私の仕事。
そうやって部屋にひきこもるだけの私に、大災害について知っている人の手助けが欲しいと誘いがあった。
宰相令嬢のルチア姫がぜひとも、と王子に直談判して引き抜いてくれたのだ。
「女性の視点も必要ですわ。市井の女性の意見が欲しいのです」
殿下の侍女としてはダメでも、臨時の王宮侍女見習という立場で王宮への出入りを許された。
殿下はなぜか嫌そうだったが、なにしろ保護されて無償で養われている身。
断れるはずもない。
殿下のご意向に歯向かえるはずもなく、側近たちも黙って受け入れた。
私は殿下を尊敬しているし、ヴァルル帝国まで連れてきてもらえて感謝している。
けれど、今の殿下たちと私の仲は最悪と言っていい。
側近たちは私で憂さ晴らしをしている。
「無様な真似はするな」
「我が国の恥をさらすな」
側近たちはそう言って、私がきまった時間に戻らないと叱責する。
ちゃんと戻っても「失敗はしなかったか」「我が国に不利な話はしなかったか」と責められる。
時には鉄拳制裁が入る。
それは殿下や侍女さんのいない所で行われる。
さすがに私の部屋まで来ることはない。
侍女さんたちと同じ居住区域だからだ。
今や私が安心して過ごせのは『対策委員会』と召使の居住区だけだ。
だから私はこの仕事を手放すわけにはいかない。
真面目に、ひたすら真面目に仕事をして、北の国に帰るまでしがみつかないといけない。
でも、国に帰ったら・・・。
昨日蹴られた足が痛む。
同じ場所を三日続けて蹴られたから、朝になったら紫色に変色していた。
委員会では何事もなかったように振る舞った。
ゆっくり歩けば誤魔化せる。
頼まれた書類を宰相執務室に届け、別の書類を受け取ってお昼休憩に入る。
角を曲がったところで、何か大きなものにぶつかった。
「痛い・・・」
「すまん、怪我はないか」
跳ね飛ばされた私の目に、ヒラヒラとたなびく赤い花が映った。
「立てるか、娘」
ハッと立ち上がろうとすると激痛が走る。
同じ場所を打ち付けたようだ。
「申し訳ございません。よそ見をしておりました。お許しくださいませ」
大きく息をして体勢を整える。
立てないことを誤魔化そうと、北の召使の作法、正座で手を胸の前で交差して頭を下げる。
「いや、我らも前を見ていなかった。気にするな」
太い張りのある声がして、私の落とした書類が差し出される。
「ここは帝国の王城。
目の前をいくつかの足が通り過ぎていく。
この足では人目についてしまう。今日はお昼は抜きだ。
足音が聞こえなくなったのを確認して、私はなんとか立ち上がり、痛む足を引きずって作業部屋へと戻った。
◎
あれからあの赤い花を何度も目にした。
そのたびにとてつもない郷愁にかられる。
毎日
そしてほんの少しの勇気と元気と。
痣はどんどん増えていく。
不思議なことに、ある一定期間がたつと痣は消える。
だがその前に次の痣が出来るので、いつでもどこかしらに痣がある。
私は侍女の共同浴場にはいかず、お湯をもらって自室で体を拭く。
この国の人たちに見られるなと、側近たちから言いつけられているからだ。
「ラーレさん、どこか具合が悪いのかしら。この頃なにか体をかばっているみたい。ケガでもしていませんか」
「いえ、特に何も・・・」
ルチア姫が心配そうに聞いてくる。
ありがたいが知られたことがわかれば制裁が待っている。
何事もなかったように過ごす。
『大崩壊』は近づいている。
つまらないことで時間を取らせたくない。
◎
小学校を卒業した私は、父の海外転勤でトルコのイスタンブールに引っ越した。
日本人学校に入るのかと思ったら、いきなり現地の学校に放り込まれた。
子供だったからか自分でもビックリするスピードでトルコ語を習得した。
必要は発明の母というがその通りだと思う。
中学を卒業したら日本に帰れると思ったら、そのまま高校に進学した。
それはいい。
トルコの人たちは親切で明るくて優しい。
宗教が違うというくらいで、日本人と考え方がよく似ている。
日本の高校ではできない体験をたくさんさせてもらったと思う。
転換期があるとすれば、それは日本でいう中二のとき。
十四の誕生日。
家族や友人に祝われて気持ちよく眠りについた私は、不思議な白い部屋で目を覚ました。
扉を開けた先には色とりどりの髪色の人たち。
私は異世界に来てしまった。
冒険者ギルドというところで保護された私は、教会の孤児院に案内された。
薄っぺらく嫌な臭いのするベッドで泣きながら眠った翌朝。
いつものきもちのいい自分の部屋で目が覚めた。
夢 ?
夢なの ?
だがその夜、いや朝。
私はあの薄汚い布団に包まれて目が覚めた。
そんな不思議な毎日を過ごすうち、私はやっとここが夢の異世界であると信じることができるようになった。
かなりリアルで遊びではすまない世界。
こちらで死んだら元の世界に戻れるのかもわからない。
日本人的な人類みな兄弟な考え方では生き延びられない。
孤児院の中でも足の引っ張り合いはある。
そんな暮らしの中、私はどんな手を使ってでも生き延びようと決意した。
集落から出た者は二度と戻れないという掟があるらしく、今までも何人か保護されたことがあるという。
成人である十五になるまで、孤児院でこの世界とこの国について学んだ。
そのあとは誰でもなれる冒険者として居場所を求めてあがいた。
インターネットを駆使して討伐以外の依頼をこなした。
夢とも
それがあんなことになるとも知らず。
気が付いたら私のしたことはすべて取り上げられ、いつの間にか財務大臣の手の内にいた。
大臣が誰を派遣するかと決めかねていた時、私は自分がと立候補した。
「東の大陸への船旅はとても危険だと聞いています。閣下の大切な部下の方たちを派遣なさるより、私を捨て駒になさるとよろしいでしょう。たとえ死んでも悲しむ家族もおりません」
大臣をはじめまわりの者たちは「そのようなことはない」「お前のような若い娘に危険な真似は」とか言ってたけど、心の中でラッキーと思っているのは丸わかりだった。
とにかく人を出せば面目は立つのだ。
そうやって私は北の大陸を離れることに成功した。
◎
『対策委員会』の活動はやりがいがある。
私は主に子供たち向けに書かれた物を集めている。
簡略化されてわかりやすい。
メッセージがストレートに伝わる。
行動の結果を伝えやすい。
どのように利用をするかの話し合いについつい熱が入って、今日は予定の時刻をかなり過ぎてしまった。
殿下のお夕食の時間に間に合わない。
王子への給仕は侍女たちの役目だが、なぜか必ず私も控えていることを求められている。
離宮の門をくぐると、深呼吸してから玄関に向かう。
緩い数段の階段を上がると、そこには側近たちが待ち構えていた。
「随分とゆっくりなご帰還だな」
「・・・申し訳ございません」
彼らは私を嫌っている。
いや、憎んでいると言っていい。
理由はわかっている。
でも、それは責任転嫁の八つ当たりでしかない。
わかっているけれど、それを指摘して咎めるつもりはない。
彼らの気持ちがわかる以上、黙って従うだけだ。
「まさか、自分がこの国の重鎮にでもなったつもりではないだろうな」
「そのようなことは思ってもおりません」
彼らの後ろには、いつもはいない離宮侍女さんが控えている。
だから普段のため口ではなく敬語をつかう。
「お前が戻らないから、殿下のお食事が遅れている。どうしてくれる」
「私のようなものなどにお構いなくお始めいただいても・・・」
「口答えをするな ! 」
頬を思い切り叩かれた。
勢いで階段下まで飛ばされる。
侍女さんたちが口を押さえて声をださないようにしている。
離宮の中から人が出てくる。
門の方からも足音が聞こえる。
「お前が戻るまで待つと仰せの殿下のお気持ちがわからぬか ! くだらぬ手伝いなどとっとと切り上げてこい ! 」
「くだらぬことではありません。生き残るための大切な仕事です」
「まだ逆らうか ! 」
「つっ ! 」
脇腹に蹴りが入る。
そこ、昨日も蹴られたから止めて欲しかったんだけど。
腕が、背中が、容赦なく踏みつけられる。
あ、踵で踏むのは止めて欲しいな。
痛みは朝には消えてるし、痣も二三日したら消える。
でも、心が折れるんだよね。
あーあ、夜
トルコのお菓子はめちゃくちゃ甘いから、ダイエットの敵ではあるんだけどね。
もう少ししたら飽きてやめる。
もうちょっとの辛抱だ。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、私を蹴る足が止まった。
「あなた方、何をしてらっしゃるの ?! 」
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