第265話  騎士団の出征

ネット環境のない場所に行ってまいります。

バレンタインデーまでに戻って来られるかどうか。

しばらく留守にいたしますが、お待ちいただければ幸いです。

では行ってまいります。


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 日々は忙しく過ぎていく。

 兄様たちはあちら現実世界で各公共機関がまとめた災害に関する情報を集めている。

 私とアルも手伝おうとしたが、学生は勉強と日常生活が本分と断られた。

 実際私は夏休み中の定期公演、アルは秋の文化祭の用意と忙しい。

 そして二人とも受験生だ。

 一瞬たりとも気が抜けない。

 こちら夢の世界では兄様たちが集めた情報を基に避難計画をたて、私はと言うと炊き出し用に大量の大鍋やらフライパンやらの調理用具を『お取り寄せ』している。

 全て一度に大量に調理できる大型の物だ。

 さすがにもう秘密にしておく場合じゃない。

 ただしお屋敷で取り寄せて王城に運び込んでいる。 

 宰相家からの提供という形だ。

 使用人には箝口令を布いている。

 もちろん屋敷にも用意している。

 敷地の広いダルヴィマール侯屋敷。城下町の人たちの避難場所だ。

 お貴族様は王城に行ってもらうか、自分たちの屋敷でがんばってもらうことになっている。

 お母様と皇后陛下はお茶会を使って現状を広めている。

 騎士養成学校へはアルが。精華女学院へは私が出向いて説明している。

 その時、過去の大災害で私たちの故郷日本の人たちがどのような行動を取ったかも話している。

 大地震、大噴火、津波。

 奪い合わず、譲り合い、助け合い、暴動も起こさない。

 神話だったら星座になってもいいレベルの働きをした人たちのことも。  

 老人から幼児まで、誰もが精一杯のことをしてきたと。

 今こそヴァルル帝国の臣民であることを世に示そう。

 間近に迫った『大崩壊』を共に乗り越えよう。

 生徒たちは真剣に聞いてくれた。

 瓦版では避難の時の心構えなどを何度も伝えている。

 教会や広場などで、東西の二人が市民に声がけなどもしている。


 そう、私たちは『四方よもの王について公表した。

 北の王国のように変な情報が出回ってはこまるからだ。

 ただし声だけの存在として。

 これはあの二人が反対したからだ。


『ばれたらもう菓子がもらえないではないか』

「随分とわがままな四百才だね、タマ」

『お主ほどではないぞ、ヘタレ。結局何一つ進んでおらぬではないか」

「だから何をそんなに焦っているんだよ。君には関係ないじゃない」


 アルと東雲しののめがじゃれあっている。

 なんだかんだ言って二人は仲良しさんだ。

 はしゃぎすぎるとエイヴァン兄様がカツを入れる。

 東雲しののめは東の王なのに、兄様は遠慮会釈なく叱る。

 東雲しののめも『わかった』と言って引き下がる。

 こちらも仲良しだ。


 あの後しばらくして生き残った北の人たちがやってきた。

 騎士さんたちだと思ったら、コックさんだったり大工さんだったりと職業は様々。

 第四王子とともに若手の有望株も避難させようとしたそうだ。

 伝統工芸など、国の記憶を伝えようとしたのだろう。


「殿下、よくご無事で・・・」

「お前たちも良くぞ生き延びてくれた。再び出会えてこんな嬉しいことはない」


 亡くなったのはほとんど女性で、生き残ったのはラーレさんだけだった。

 服の重みで浮かぶことが出来なかったと言うのが大きい。

 ラーレさんは小学校の時に着衣水泳を習っていて、重ね着していた物のほとんどを脱ぎ捨て、靴も水中で履き捨てたという。

 だから上陸したときはほぼ肌着状態で、随分と側近の人たちに酷く言われたようだ。

 本人は言わなかったけれど、助かった人たちの口ぶりからわかった。

 そんなはしたないまねをしてまで助かりたかったのかと。

 さすがに腹がたったので離宮に出向いたときに言っておいた。


「海で死んだ者がどうなるか知っていますか。体は水を吸って何倍にも膨らみ、魚に突かれて見るも無残な状態。女であればそんな姿をさらしたいとは思わないでしょう。命あっての物種。彼女は自分が出来る精一杯のことをした結果として生き延びているのです。喜びこそすれ詰るとは。お国はずいぶんと心の狭い方ばかりのようですこと。わたくしから言わせてもらえば、あなた方はご婦人を見捨てて自分たちだけ生き残った卑怯者の集まりです ! 」


 さすがにこれで自分たちが何をしているのか分かったらしい。

 ラーレさんに対する非難はピタリと治まった。 

 離宮の侍女さんたちに頼んで彼女を慰め、出来る限り彼らに近づけないようにしてもらった。

 そして助かってよかった。生き残ってよかったと何度も声がけしてもらった。

 ラーレさんは悪くない。

 悪くないんだ。

 その後北の人たちはそれぞれの職業に合わせて王都の中に散って行った。

 あちらの技術とこちらの知識。相互交換であちらの大陸に戻った時に生かそうと決めたのだと言う。


 五月の連休を終え、期末テストも終わり、あちら現実世界では夏休みが近い。

 祠の崩壊スピードは速まり、高位貴族のご令嬢が『祠の乙女』に志願するようになった。

 逆に低位貴族の方々は屋敷にこもって出てこない。

 協力的なのは貧乏貴族御用達と呼ばれる精華女学院の在校生だ。

 やはりこれが自分たちの現状をしっかりと受け止め、その階級に相応しい行いをしようとする人たちとの違いだろう。

 人海戦術でなんとか持たせている状態だ。

 そしていよいよ、騎士団が王都を出て国内に散らばる日が来た。



 澄み渡った空の下、王宮前広場に第一から第五の各騎士団が並んでいる。

 各騎士団は四つの大隊を持っているが、今日、第一大隊だけを残して出征していく。

 王都に残るのは後は近衛騎士団と警備隊、衛兵隊、そして我がダルヴィマール騎士団だけだ。

 今日旅立つ彼らは、国の主だった街や国境で溢れ出す魔物を討伐する。

 小さな村を回って避難を呼びかける。

 焼石に水かもしれないが、少しでも民を守りたいという皇帝陛下のお心だ。


 陛下のお声がけ。

 もちろん私の拡声魔法ですべての騎士様に聞こえるようにしている。

 

「余の精鋭たちよ。今さら余からかける言葉はない。それぞれ己のすべきことは心得ておろう。各自その使命を果たせ。そしてその成果を持ち帰れ」


 皇帝陛下のお言葉は短い。

 死ぬ気でとか、死んでもとか、命を懸けてなどと軽々しくおっしゃらない。

 行ったが最後、騎士様たちはその通りにするだろうから。

 陛下の後ろに控えていた皇后陛下が前に出られる。

 陛下が深呼吸して口を開く。


「国の母として命じます」


 胸の前で両手を組み合わせ続ける。


「子供たちよ。誰一人欠けることなく母の元に戻るのです。手足の四五本かけてもかまいません。泥を啜って這いずってでも戻りなさい。カッコつけの英雄行動も自己犠牲もいりません。ここが俺の死に場所だとか俺の屍を超えて行けなどと阿呆なことを言うバカは、ぶっ叩いて下がらせなさい ! 」


 皇后陛下、素が出ていますが。


「生き延びるための戦いです。やり過ごす闘いです。大崩壊の後に王都に殺到する魔物が通り過ぎてしまえば我々の勝利です。決して殲滅しようなどとは考えないように。わたくしの大切な子供たちよ。生きて帰ることだけを考えるのです ! 」


 大崩壊が起きれば、それまで抑えられていた反動であらゆる魔物が王都を目指すだろう。

 それが東西二人の見解。

 だから周辺の小さな村や町はすでに国境近くに避難している。

 王都が一番危険だからだ。

 遠くの領地持ちの貴族もそうだ。

 王都民の中にも親戚を頼って離れていく人たちもいる。

 今日の遠征に合わせて騎士団と共に移動するのだ。

 王都は寂しくなる。


『大崩壊は秋の初め頃になるだろう』


 桑楡そうゆの声が広場に響く。


『我らは何の助けも出来ぬ。だが、我が友らが動いている。力をあわせることを知る者らよ。お主らが魔物よりはるかに勝るのはその一点。時間はある。励め』


 王城の門を騎士団が出ていく。

 王都の三方の門にわかれていく。

 残った住人たちが手を振って見送る。

 最後の騎士団が道の向こうに消えるまで、両陛下はその場に立っていた。



 あの後王城に戻った私たちは、避難計画の最終チェックに入った。

 何か取りこぼしはないか。

 もっといいやり方はないか。


「やはり『てんでんこ』は徹底したほうがいいと思います。それと自分の家族だけでなく、親とはぐれた子供はかならず保護するように」


 ラーレさんが書類を見ながら言う。


「戦前戦後はもちろん、江戸時代でも家族を探して逃げ損ねるって結構ありますよね。避難場所が確定しているのですから、必ずそこを目指すってことと、避難前に両隣に声をかけるっていうのもあるといいんじゃないでしょうか。子供だけ残されている可能性もありますから」


 生き残った人たちといろいろあったラーレさん。

 居住は離宮のままだが、昼間は対策委員会に来てもらい協力してもらっている。

 大災害について知っている人は一人でも多い方がいいし、することもなく王子たちのそばにいるよりはマシだろう。

 アルにベタベタしていた頃とは顔つきが少し変わっている。

 なにかきっかけはあったのだろうが、委員会での活動には熱心に参加してくれていて、とても助かっている。

 王子たちは離宮にこもって昼酒しているらしい。

 出てこられても面倒だからそのままでいい。


「やっぱり一度避難訓練をしたほうがいいんじゃないですか。問題点も出てくると思いますし」

「そうね。秋まで二か月くらいあるし、二回はやっておきたいわね」


 そうやって何日が過ぎて、今日もみんなで侯爵邸に帰宅する。

 疲れて部屋に入ると、桑楡そうゆ東雲しののめが現れた。


『娘、北の香がする』

『南の魔力も。ついに現れたか』


 四方よもの王になるのに必要な二人。

 私の部屋に来ていた ?


『少し様子見に来たのだろう。気にせずともよい』

『興味が湧けば勝手にまた来る』


 その夜、おやすみを言って寝室に入ると、ベッドの上に一通の手紙があった。

 差出人はハル兄様だった。 

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