第264話 ミッション・インポッシブル
「ハル兄様ったら、最後までお茶目だったわね」
「僕たちを励まそうとしてくれたんだよ」
いつの間にか泣いていた私の涙を、アルがハンカチで拭ってくれる。
我慢していた分、やっと泣くことが出来た。
アルの目も少し赤い。
「若いのに、随分と古いドラマを知っていたね」
「DVDが付いてくる月刊の薄っぺらい雑誌があったんですよ。リメイク映画もありましたしね、ギルマス」
リメイク版は俺も見に行きました。
そう言ってディードリッヒ兄様は机の上に残された紙吹雪を片付ける。
「俺は今、猛烈に感動しているぞ」
「僕もですよ、陛下」
「建国千年というだけでも自慢できるのに、始祖陛下のお姿を目にすることが出来た。俺たちを信じているとお言葉をいただいた。これに応えなければ俺は男じゃない。手伝ってくれるな」
「もちろんです。また二人で、いや、娘たちも共にこの難局を乗り越えましょう」
私は今見たこちらでのハル兄様の姿を紙に写しとった。
これを元に肖像画を描いてもらおう。
もちろん北と南の方も一緒に。
◎
翌日、私たちは陛下に従って北の王子の滞在している離宮にやってきた。
「ようこそお越し下さいました、皇帝陛下」
案内された応接室で王子と三人の側近、そしてラーレさんが待っていた。
側近の方々は皇子の後ろに。
ラーレさんは壁際に王宮侍女と並んで立っている。
お客様ではなく侍女枠と判断されたのだろう。
私たちを見ると不機嫌そうに視線をそらした。
「お変わりなくお過ごしですか。何か足りない物があれば何なりとお申し付けください」
「とんでもない。気持ちよく過ごさせてもらっている」
王子とお父様が簡単な挨拶をしていると、皇帝陛下がコホンと咳をする。
お茶の支度をしていた侍女がスッと出ていく。
残ったのは私たちだけだ。
「正式な対面ではないので直答を許す。本日はそなたらに重要な知らせを持ってきた。これは人伝ではなく余の口から伝えるべきと思う」
王子様たちの身体が強張る。
「良き知らせと悪しき知らせがある。どちらを先に聞きたいか」
「は ? 」
王子たちが拍子抜けという顔をする。
この言い方を教えたのはギルマスだ。
まずは力を抜いて、素直に情報を聞いてもらえるように。
「で、では良き知らせの方を・・・」
陛下に促され、お父様がエイヴァン兄様から二つ折りのクリップファイルを受け取り開く。
これは私がディードリッヒ兄様用にお取り寄せしたものを、お父様が気に入って取り上げ・・・借りているものだ。
「まず沿岸地域からの報告です。難破船と思しき船体と遺体、そして怪我人数名が漁村で保護されています。髪の色からお国の方かと思われます」
「・・・助かった者がいたのか」
北の方々の顔が一気に明るくなった。
「すでに迎えの者を向かわせました。半月ほどでこちらに到着するかと」
「有難い。ああ、生きていてくれた。感謝を。心からの感謝を」
側近方が握手をして喜んでいる。
本当はマナーに反するのだけど、ここは見てみぬふりだ。
本当に嬉しそうだ。
だか、悪い知らせが残っている。
「もう一つの知らせですが・・・」
「それは余から知らせたい。王子、そなたの兄たち。第二王子と第三王子が魔物の手にかかって儚くなった」
「・・・」
先ほどまで喜びに沸いていた面々が固まった。
「お待ち下さい! なぜ、なぜそんな、海の向こうのことを何故ご存知なのですか ! 」
『それは我らが見てきたからだ』
王子たちは声の持ち主を探して周囲を見回す。
『我はお主らが西の海の司と呼ぶ者』
『そして我は東の海の王』
キョロキョロと辺りを見回していた北の方々がピシッと固まる。
『我らが友ルチア姫の願いで、北の大陸の様子を見てきたのだ。状況は芳しくはないが、人間たちは力を合わせて立ち向かっている』
「兄が、兄たちが・・・」
「殿下・・・」
王子は両手で顔を覆いしばらく何かを耐えるように俯いていた。
が大きく深呼吸すると元の平静な顔を見せた。
「お知らせ下さりありがとうございます。もしご存知であれば兄たちの死に様をお聞かせいただけますか」
『第二王子は避難民の
「・・・兄上らしい」
『第三王子は己を
唇を噛み深い呼吸を何度も繰り返す王子。
冷静であろうとしているのだろう。
「緑の。お主の兄も逝った。第三王子とともに
緑の髪の側近の顔が強張る。
直立不動のまま俯いてしまう。
机の上にコトンと何かが転がった。
『遺骸は魔物に食われる前に王宮に届けておいた。それは親たちに断ってもらい受けて来た。受け取れ』
「兄上の・・・」
男物の普段使いらしい飾りのない指輪が三つ。
王子はその一つを緑の側近に渡す。
「・・・昔から忠義者であった」
「今頃、殿下の死出の旅路の御供をしておりましょう。我が兄ながらあっぱれな最後でございました」
王子も緑の人も涙一つこぼさない。
だが顔色は悪くその目には深い悲しみがある。
本来であればここでお悔やみを申し上げるべきなのだが、それすらも躊躇してまうほどに憔悴されていた。
『ところで、ここで我の友を一人紹介しよう』
『わが友マルウィン。人の世では英雄マルウィンと呼ばれている』
「マルウィンと申します。しがない田舎の冒険者ギルドの責任者でございます」
北のご一行の目が今度こそ真ん丸になった。
◎
「では、四海の王が世界を救うというのは間違いなのですか ?! 」
『残念ながらその通りだ。その者がいれば魔物は消え、安全な世界が出来るというのは間違った情報だ。少なくとも我らはそのようなものには関わらぬ』
北のお方たちは突き付けられた事実に呆然としている。
『考えても見よ。なぜ我らが人族のみを気に掛けねばならぬ。我らにとってはこの世の生きとし生けるものが愛おしい。人族が獣を狩って糧とする。ならば魔物が人を糧とするもあたりまえ。それを止めよと言う権利は我らにはない』
『我らは別に人族とだけ絆するのではない。かつてはモグラとしたこともあるぞ。心通わせるのに種族も理由もいらない』
北の王子様たちが真っ青になっている。
多分自分たちがヴァルル帝国に来た理由が無くなってしまったからだろう。
せっかく難破しながらもたどり着いたのに。
英雄マルウィンに出会えたのに。
祖国を救う手段がなくなってしまった。
「では、なぜお二人はルチア姫と契約したのですか」
『契約ではない。絆である』
窓からフワッと
パタパタと走り回り、テーブルに足をかけてお菓子をねだる。
皇帝陛下に焼き菓子をもらうと、それを掴んでまた飛び上がって私の前でホバリングする。
私は
彼は私の顔をペロペロなめる。
『ルチア姫の魔力は心地よい。魔物が懐くくらいに。その魔力は我らにも好ましい。傍にいれば癒される。だからこそ友としたのだ。友に何かを望むのか ? 打算があって友とするのか ? 違うだろう。それはお主がそこにいる側近に対しての想いと同じなのだ』
王子がハッと顔を上げる。
他国では側近は幼い頃から一緒にいる存在。
とても大切な友だと聞く。
王子はそれを思い通りに動かせる人間だと思っていなかったのだろう。
『我らが守るのは友であるルチア姫のみ。それ以上のことはせぬ。人間の世界は人間で守れ。我らは関知せぬ。そう心得よ』
北のお方たちの悲しそうなお顔。
だが、私たちにはもう手助けできることはない。
これからはこの我が国の事だけを考えていかなければならない。
可哀そうだけれど、まずは自分たちのことなのだ。
暗く苦しい雰囲気の中、私たちは離宮を辞した。
その日の夕食にはいつもの倍以上のアルコールが出されたと言う。
お酒で悲しみを紛らわすことも必要なのだろう。
私は亡くなった北の方々の冥福を祈った。
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