第263話 過去からの手紙
ベナンダンティは
ベナンダンティ同士は結婚できても子供はできない。
そう信じられてきたし、実際子供が生まれたことがない。
「つまり始祖陛下の次の皇帝は養子 ? 」
「それとも生まれる前から偽装工作をしていた ? 」
ワイワイと話し合うみんなを横に、お父様と陛下が難しい顔をしている。
皇統に関する一大事だ。
万世一系のヴァルル帝国皇室の存在に影が落ちたということだ。
私はどこかにヒントはないかと皇室の系図とにらめっこする。
ひっかかる。
なにかがひっかかる。
動け、私の灰色の脳細胞。
『Gray Matter』。
「灰白質」を『灰色の脳細胞』と訳した人、すごい。
それはともかく。
「あっ ! 」
「どうした、ルー」
系図を前に呆然としていると、エイヴァン兄様が肩を叩いて正気に戻してくれる。
「おかしいですよ、ここのところ。二代目の陛下が帝位を継がれたのが建国の六十年後。この時の二代目様は二十五。年齢が合いません」
「なにかおかしいか ? 」
「おかしいじゃないですか」
逆算すると二代目様が生まれたのは建国三十五年目。
二十歳で皇帝になったハル兄様。
記録はないけれど退位、もしくは逝去されたのは八十才のはず。
そして、これが一番大事。
「確かにおかしい。これだと御生誕は始祖様が五十五才の時ということだ」
「亡くなったあとにお生まれってどういうことなの ? 」
「ベナンダンティは
ハッとあることに気づいて、部屋の隅のテーブルに集められたハル兄様の日記に飛びつく。
「アル、一番最後の日記帳を探して ! あのライン、多分その日だと思う ! 」
「三桁・・・そうか ! わかった、こっちは僕が見る。兄さんたち、手伝って下さい ! 」
私たちとハル兄様を繋ぐ時間のいたずら。
胸がドキドキと音を立てている。
バラバラに置いてあるから手分けして順番に並べ直す。
十代、二十代、三十代。
最後の
死の前日に何を思ったのか。
あの日のページを探してみる。
「あれ ? 」
「どうした、ルー」
「・・・メルアドと住所が消えてます」
エイヴァン兄様にあのページを広げて見せる。
アンシアちゃんが見つけてくれたあの文字がなくなっている。
「おかしい・・・。連絡先だけじゃない。
見開きで上下二段。
二年分の日記の
あわてて以前の分も確かめてみると、やはり
「どうしたことだ・・・」
「ちゃんと書いてありましたよね ? 私たち、読みましたよね ? 」
忘れもしない『 ヽ(゜∀゜)ノ 』の絵文字。
だがそれらは影も形も無くなっている。
「と、とにかく最後の日記帳をさがしましょう」
数十冊の日記を手分けして片付ける。
そして、ついに最後の日記が見つかった。
「建国百年目。三月末日。これですね」
アルのスマホに送信されたのは『100・03.31』。
ハル兄様はベナンダンティになってすぐ日記をつけ始めたという。
「何も書いていない。元旦からずっと」
真っ白なページが続く。
一枚一枚めくっていくと、一か所、紙の厚さが違う。
「これは、二枚張り合わせている ? 」
表と裏を指で触れてみると、中に何かが入っているのがわかる。
「ハサミ・・・」
アンシアちゃんから受け取って三方を丁寧に切り取る。
するとコトンと何かが落ちた。
「封筒 ? 」
皇帝陛下が開けて見ろと言うように頷く。
恐る恐る開くとバースデーカードのように物が入っていた。
「これ・・・ ?! 」
カードを開くと、鋭い光が放たれる。
それが少し落ち着いたと思ったら、アンシアちゃんが叫びをあげた。
「お姉さま、後ろっ ! 」
振り向くと壁に一人の男性が現れていた。
机に座ったその人は、
茶色の髪で年の頃は五十後半。
白髪が混じっている。
目の端に笑い皺が見える。
「だれ ? 」
『おはよう、アロイス君、ルチア君』
その人はニヤッと笑った。
『この姿で会うのは初めてだな。はじめまして。初代皇帝、ハール・グレイス・ヴァルルだ』
「ハル兄様・・・ ? 」
壁をスクリーンのようにしてその人は映っている。
まるで授業で使うプロジェクターのようだ。
「ちなみにこれは録画だから、そちらの声は聞こえない。ルーが無詠唱でいろいろ面白い魔法を構築していると言ってたから、俺もマネしてやってみたんだ。どうだ、悪くないだろう ? 』
うん、悪くない。
これがハル兄様のこちらでの姿なんだ。
『ところで君たちの任務だが・・・ではなくてぇ、気づいていると思うが、俺は今年で百三十四才だ。もちろん、
うん、すごいすごい。
『・・・あの時、海面に落ちると思ったら下にはニョキニョキとテトラが生えててな。子供を守ることしか考えられなくて、気が付いたら
ええ・・・その通りです。
『しかたがないから
・・・。
『その頃から、俺と女房の間に変化がおきた。女房はどんどん年を取る。だが俺は見ての通り、せいぜい六十。おかしいだろ ? だから、四十年前に息子に譲位した。死んだと言うことにしてな』
・・・。
『女房は息子が二十歳の時に先に逝った。だから退位してからはこの大陸の沿岸に祠を作ってまわった。これで大陸周辺は静かなはずだ。だが、多分おまえたちの代には無くなっているんだろう。仕方がない。メンテナンス無しの千年だ。むしろ王都周辺をよく守ってくれた。俺の子孫たちに礼を言いたい。ありがとう』
「そんな、もったいない」
陛下が画像のハル兄様に頭を下げる。
『祠の詳しい地図は禁書庫のどこかにあるはずだ。もし俺と同じ力がある奴が現れたら、上手く利用してくれ。もちろん出来たらでいい』
ハル兄様のように力のある人はこれから出てくるのだろうか。ギルマス以上の魔力の持ち主なのに。
『わかっていると思うが、これはタイムパラドックスだ。住所とアドレスを書いて、北に頼んでこのページをラインに残してもらった。
そうなんだ。
『俺に子供が出来たのは、
「これからも、守り続けます」
陛下がキッパリと言う。
『さて、これが一番大切なことだ。ルー、祠を守るために『
それは西と東の二人も言っていた。
『なぜそんなふうに伝わったかわからない。それだけあいつらが東の大陸、未来では諸島群というのか、そこで大暴れしたからだと思うが、俺は祠のためにあいつらの力を一切使っていない。そしてあいつらも俺に力を貸しはしなかった』
机の上に紫色の猫とちっちゃなリスが現れた。
『紹介しよう。俺の北と南だ。きれいでかわいいだろう ? 』
猫たちはハル兄様の腕にスリスリと寄り添う。
『友達は友達だ。命令したり使ったりする存在じゃない。千年の間に誤解が生まれたようだが、『
「友達・・・」
うん。
『『
引きこもり部屋の誰もがハル兄様の言葉を真剣に聞いている。
『信じろ。必ず乗り越えられる。俺に出来ることはもうない。だが、遥か過去からおまえたちの勝利を信じている』
遥か過去から。
そうだ。
ハル兄様はもういない。
もういない。
なのに、こうして私たちを励ましてくれる。
もう、いないのに。
『俺は幸せ者だ。これからの皇帝は未来を心配しながら死ぬのだろう。だが俺は千年先まで国が繁栄していることを知った。安心して逝くことができる。だから、頑張ってくれ』
『
どんなときだって、世界にその力を見せてきたじゃないか。
魔法がなくても、人間の力で乗り越えられる。
きっとできる。
『最後に、ルー、アル。頼みがある』
ハル兄様の声のトーンが落ちる。
『時々でいい。俺の家族を訪ねてくれ。きっと気落ちしていると思う。好き勝手して
「そんな、兄様、笑うなんて」
残された人を思う残してきた人の気持ち。
なんて悲しく温かいのだろう。
『俺は子孫を信じる。おまえたちは自分を、仲間を信じろ。辛くなったら、俺の友に頼れ。力は貸せなくとも、きっと心に寄り添ってくれるはずだ。俺からも頼んでおく』
大丈夫。
二人はもう力になってくれているから。
『出会えてよかった。色々と話し合えて楽しかった。この国の未来を頼む。俺の子孫と民を頼む。百年前の知り合いに千年後の未来を託すなんて不思議なものだが、今でも二人は俺の大切な
ハル兄様が深々と頭を下げた。
私たちも同じように頭を下げる。
ありがとう、兄様。
必ず兄様の想いに応えるから。
「なお、この手紙は自動的に消滅する。アディオス、アミーゴ ! 」
ボンッと音がして映像と手紙が消えた。
後には紙吹雪が舞っていた。
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