第262話 ギルマスの若気の至り

「『ミラクル・ジン奇跡のジン』ねえ。また二つ名が増えたね」

「いやです、そんなの」


 一番最初の『ブラッディ・ジン血まみれジン』よりマシだろうとギルマスが笑う。

 マシだけど。確かにマシだけど。


「不思議なものだな。俺たちにとっては千年前の方だ。それがたった少し前に亡くなった。心の持って行きようがわからない」


 皇帝陛下が複雑な顔をなさる。

 それはそうだろう。

 だってずっと大昔に亡くなっていたはずのご先祖様だもの。

 ご先祖様。

 あれ ?

 なんかひっかかる。


「それで、その残された数字の意味はわかるか ?」

「それがさっぱり」


 引きこもり部屋にいるのは陛下とお父様、ギルマス。

 兄様たちとアルと私だ。

 アンシアちゃんは魔法師団に行っていてまだ戻らない。

 去年から続いている詠唱魔法の簡略化の研究を、今年も西のエルフの方々と魔法師団の方とともにしている。

 ガチガチの詠唱派だったアンシアちゃんだが、私たちと行動するようになって発想の転換というものを覚えた。

 

「さすがに無詠唱は無理ですけど、やたら長いのから無駄な文言を減らすくらいはできそうです」


 すっかり忘れてたけど、アンシアちゃんって魔法の天才だったのよね。

 近頃はあちらに詰めていることが多い。

 エイヴァン兄様は宰相府、ディードリッヒ兄様は宗秩省そうちつしょう、アルはと言うとなぜか皇帝陛下の執務室で働いている。


「才能の塊を遊ばせておくゆとりはない」


 ほら、ここでも私のやることがない。

 男は働き女は家を守る。

 まだ高位貴族女性が働くと言う概念は広まっていない。

 もう登城しないで一日ソロの冒険者でいいんじゃないかって思うんだけど、それだと兄様たちが参内する理由がなくなるからダメなんだそうだ。

 あくまで私のお付きで、手が空いているからお手伝いしているって体が必要なんだって。

 兄様たちはお役が付いているんだから、私なんかいなくたっていいんじゃないかと思うんだけど。

 仕方ないので北の王子のお相手なんかをしている。

 あちらのお話はとてもおもしろい。


「ルー、その、北のお城の場所を聞いたかい }

「はい。お城は海に面しているそうです。正門が何故か海の中にあって、正式なお使者は船を使うんですって」

「なんだか安芸の宮島みたいだな」


 普段は裏門を使っているそうで、なんでそんな建て方をしたのか判っていないそうだ。

 なにか宗教的な意味があるのではないかと、歴史研究家たちの人気の研究対象だとか。


「そうかー。まだあそこにあるのかー。当の昔に移転させたとばかり思っていたんだが」

「・・・ギルマス、やっぱり何かやらかしましたね ? 」



 英雄マルウィンの昔語り。

 やっと戻ってきたアンシアちゃんも交えて話を聞く。


「北の大陸へは西の前に行った。武者修行の一環でね。なんだか狂暴な魔物がいるっていうから期待して行ったんだが、いたのはティラノだった」

「ティラノザウルスですか」


 そのまんまティラノだけど大きさが違う。

 五階建ての家と同じような大きさだ。


「国王から退治したら好きな物をやるという御触れがでていたので、嬉々として討伐に参加したんだ。まあ恐竜系は頭が悪いから楽勝だったけれどね」

「・・・ギルマスならそうでしょうね。で、なにかあったのはその後ですね ? 」


 討伐した魔物をつなぎ合わせた荷馬車に乗せての凱旋。

 王宮前の広場で国王と謁見した。

 褒賞の流れになった時、国王は指輪を外してギルマスに投げてよこした。


「・・・これは ? 」

「褒美だ。受け取れ」


 集まった貴族や平民たちから不満の声が上がった。

 お触れと違うではないか、と。

 これだけの魔物を討伐したのに指輪一つとは、国王は自ら出したお触れを破るのかと。

 場の雰囲気に横に立つ宰相から何か言われたのか、国王はギルマスにこう言った。


「そ、それを持って城へ入れ。好きな物を持てるだけ持ってゆくがよい。ただし生き物は止めてくれ。余は家族も臣も譲るつもりはないのでな」

「・・・承知いたしました。仰せの通りにいたしましょう」


 そこでギルマスの口が止まった。


「で、何をもらったんですか」

「・・・」

「隠さず正直に言って下さいよ、ギルマス」


 アンシアちゃんの有無を言わさぬ口調にギルマスが渋々と口を開く。


「全部だよ」

「全部って何を全部ですか」

「だから、うーん」

「吐いちゃってください、ギルマス。楽になりましょうよ」


 あなたは取調官ですか、アンシアちゃん。

 ギルマスが本当に嫌そうな顔をする。

 が、仕方がないと首をふりながら言う。


「だから、全部だよ。敷地内にあった建物を全部」

「建物 ? 建物って、宝物庫とか ? 」

「宮殿と離宮と兵舎とか厩舎とか、王宮の敷地内にあった建物を全部もらって冒険者の袋にしまったんだ」


 その場にいた全員が口をポカンと開いて黙る。


「「「「 ええええぇぇぇぇぇぇっ ???!!! 」」」」


「ああっ ! だから言いたくなかったんだよ ! まだ二十歳前後で考えなしだったし、あちら現実世界はいつ死んでもおかしくない時代だったから、こちら夢の世界じゃ心残りがないよう好き勝手やってたんだよ」


 あのギルマスが真っ赤になって俯いている。

 うわぁ、認めたくないんだ、若さゆえの過ちって。


「もちろんその場で討伐隊が組まれたんで逃げだした」

『それをずっと見ていた我らが助け出した』


 ポンっと桑楡そうゆが現れた。

 あなた、北に行ってたんだよね ?


『追手を威嚇してこやつを背中に乗せて逃げた。その時に勝手に絆を宣言したから、それを契約と思われたようだ』

「さすがに不味いと思って、建物だけは残していったんだ。海際に」


 なぜそんな作りになったかわからない北の国の王宮。

 まさかそんな理由があったとは。


「中にあったものは全部もらったよ。そういう約束だったしね。売り払った四分の三は、壊滅させられた村の復興費用としてあちらのギルドに預けた。ちゃんと使ってもらえたと信じているよ」


 ほとんどはダルヴィマール侯や当時の皇帝に引き取ってもらって、細かい物はヒルデブランドに流した。


「あの、年越しのお祭で使われている古いけどやたら豪華な食器とかって・・・」

「北の王宮の厨房の備品だよ。当時のダルヴィマール侯には正直に話して買い上げて頂いた。おかげでヒルデブランドはかなり潤ったんだよ」

「あの意味の分からない支出と収入にそんな理由があったとは・・・」


 お父様が手で頭を押さえて左右にふりふりしている。

 数十年前の出納帳に異様な購入額と、それを売り払ったこれまた多額の収入の記録があったらしい。

 本来であれば物品名などが描かれるはずなのに、なぜか一括で書かれていて、ご老公様に聞いてもわからなかったという。


「残ったお金でギルドの建物を立て直して、後はベナンダンティ用の宿舎を作って今に至るってわけだよ」


 ギルマスは若くして高位の数字持ちになっていたから、冒険者の袋の容量が普通の冒険者より多いとは思っていたけれど、まさか建物がポンポン入るとは。

 馬車一台くらいで驚いちゃいけなかった。


「みんなも数字持ちになれば急に容量が増えるよ。あの時の私は『那由多なゆた』だったから、『無量大数むりょうたいすう』の今は王都くらいは入るんじゃないかな」

「頼むからそれは止めておいてくれ」


 顔をひきつらせながら頼む皇帝陛下に、さすがにもう常識は心得てますよとギルマスが笑う。

 それにしても内部のもの全部とは、衣類とかおもちゃとか武器とか、そんなものまで持ってきちゃったんだ。

 あちらの王様、さぞかし困ったことだろう。


『我らが聞いてきたところによると、今は手に持てるだけと言う決まりが出来たそうだ。よほど身に染みたらしい。お主の残した金は、あちらの冒険者ギルドが基金を設立していまも活用されていた』

「そうか、それはよかった」


 北の視察に行っていた桑楡そうゆが教えてくれる。

 その後は見てきたものの報告になった。


『あれらは間違いなく北の王子だ。難破した船の残骸もみた。何人か生き残った者らがこちらに向かっている』

「では触れを出して出迎えよう」


 お父様が陛下の言葉をサラッとメモする。


『それと魔物の状況だが、あまり良いとは言えぬ。あの時ほどの大きさのものはいないが、すでにいくつかの小さな村が潰されている。王宮近くには避難民が集まってきている。そして海からも魔物が上がってきている。王子の船が難破したのはそのせいだ』

 

 海の魔物。

 私は今まで出会ったことはない。

 あちらからもこちらからも襲ってくる脅威。

 東雲しののめは他人の力を当てにしてというけれど、そんな状況なら当てにしたくもなるだろう。


『国王は文官に命じて過去の記録を当たらせた。そして英雄マルウィンのおとぎ話が事実であったことを突き止めた。使節団を派遣したのは、最悪あの王子だけでも生き延びるようにだ』

「そこまで酷い状況なのか」

『第二王子と第三王子は討伐中に命を落としている。そしてあの王子はそれを知らない。国を発った後だからな』


 父親である国王はどんな気持ちで彼を送り出したのだろう。

 王族が一人でも生き延びれば国を復興できる。 

 生きてくれ。

 親が子に思うのはきっとそんなこと。

 始祖陛下も後々の子孫や国民を思って祠を・・・。

 あれ ?

 子孫、子孫 ?


「陛下。失礼ですけれど、ヴァルル帝国の皇室は一度途絶えていますか ? 」

「いや。この間系図を見せただろう。始祖陛下からずっと続いている」


 始祖陛下から、ずっと。

 これは、確認しなければならない。

 不敬罪になるかもしれないけれど。


「始祖陛下はベナンダンティですよね」

「ああ、そうだな」


 私はこの間からずっと引っ掛かっている疑問を口にする。

 

「ベナンダンティ、結婚は出来ても子供は生めないんじゃなかったですか」

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