第254話 またいらんお節介を

 門の前で門番さんと衛兵さんが困っている。


「どうかしましたか。街に入りたいんですけど」

「うわっ ! 」


 振り返った人たちは私たちを見て小さな悲鳴をあげる。

 今日の私たちの得物はケルベロス、カトプレパス、バイコーンだ。

 それがフワフワと浮いているのを見たらびっくりするだろうな。

 

「やあ、おかえり。『ルーと愉快な仲間たち』。今日も大漁だなあ」

「たった三頭だ。このところの大型の出現率はおかしい。以前の倍以上だ」


 もうその名前で定着してしまったので、訂正するのも面倒くさい。

 そして私たちの後ろに大型魔物が浮いているのも驚かれなくなった。

 うん、久しぶりに驚いてもらえた。


「失礼だが、その魔物は貴殿らが ? 」

「ああ。ギルドに戻りたいんだが、通らせてもらえるか」


 エイヴァン兄様は簡単に答える。

 目の前にいるのは噂の顔を隠した男たちだ。

 特徴は通達されていたから、その人たちだってすぐわかった。

 高身長が四人。小柄なのが一人。

 フードを口元まで下ろしている。


「門番さん、何か困りごとですか」

「ああ、ルーちゃん。この人たちが街に入りたがっているんだが、身分を証明する物を一つも持ってないんだよ」

「それなら通行料を払ってもらえば問題ないんだが、金を持ち合わせてないと言うんだ」


 警備兵のおじさんも困り切っている。


「身分証は旅する時の必需品。街を出る時に発行してもらえるはずだ。どうして持っていない」

「・・・」


 なんか訳ありな感じに、私は索敵魔法を展開する。

 ついでに鑑定も。


「兄様、この人たち、青です」

「青か。王都に来た理由を聞かせてもらえるか。場合によっては通行料と王都内での宿を都合しよう」


 不審な人たちは戸惑っているようだ。

 何か訳ありなのは鑑定でわかった。

 随分と長く野宿をしてきたのだろう。服は汚れて体からはすえた臭いがする。

 さぞや名のある川の神・・・。


「あの、私たち、北から来ました」


 小柄な一人が答える。

 あ、この人、女の子だ。


「北の街か ? 」

「いいえ、北の大陸です」


 え、北って大陸があったの ?



「という訳で、とりあえず連れてきました。しばらくお預かりいただけますか」


 城下町のギルマスの家。

 ギルドに魔物たちを納入し、私たちはここにあの人たちを案内した。

 本当に少ししか話してくれなかったんだけど、宰相家としては放置できない案件だったから。


「北の大陸から皇帝陛下に謁見する為 ? なんでわざわざ。北なんて私も一度しか行ったことがないよ」

「理由はどうしても話してくれません。ですが、どうも見逃してはいけないような気がして。ルーも青だと言っていますし」


 それに・・・と続くエイヴァン兄様の言葉に、ギルマスはああという顔をする。


「男性四人は引き受けよう。だがこちらのお嬢さんは無理だ。私では女性に対応はできないし、男所帯に女性一人は外聞が悪い」

「こちらのお嬢さんは我が家で引き受けます。今日はゆっくり体を休めて頂いて、明日ご足労いただいて詳しい話し合いということでいかがでしょうか」


 引き受けた以上、色々と手配は必要だ。

 ギルマスには今日の収益を渡しておく。


「まずは現状確認です。彼らに人間らしい生活をさせてあげてください」

「わかった。そちらのお嬢さんをしっかり休ませてあげなさい」


 ギルマスはやっぱり人生経験が違う。

 色々とわかっている。

 今日と明日の二日。

 このお嬢さんから色々と聞き出すことにしよう。



「あの、ここってお貴族様のお屋敷っぽいんですけど」

「ええ、そうです」

「なんで冒険者がお貴族様と付き合いがあるんですか」


 お屋敷の門の前で女の子がしり込みする。

 王城ほどではないけれど、貴族としてはかなり大きい門だし、門番と騎士様が三人ずつ交代で勤務している。

 私は彼女の手を引いて門をくぐる。

 冒険者姿の時は門の人たちは挨拶をしない。

 軽く手を挙げるだけだ。

 ここは人通りもないし周囲は木立になっているから、人に見られる心配はない。

 それでも一応の注意の為だ。

 門をくぐってしばらく行ったところで、ディードリッヒ兄様から魔法の指示が出た。


「ちょっとごめんなさいね。動かないでね」

「え、なに、これ、きゃっ ! 」


 女の子のロープがブワッと翻って収まる。

 そしてさっきまでの泥や汗の臭いが消える。

 ハイビスカスの香りはおまけだ。

 彼女は茫然と立ちすくんでいる。


「それじゃ、行こうか」


 突っ立ってる女の子をディードリッヒ兄様がヒョイと担ぎ上げる。

 兄様、さすがにあの状態の子に触るのはいやだったんだ。

 便利だね、洗濯魔法。

 私に任せたのは、男の人の魔力で体を洗われるのは嫌だろうという兄様の心遣い。


「何するんですかっ ?! 」

「走るんだよ。屋敷まで遠いからな」


 ヒルデブランドで私が構築した魔法『韋駄天いだてん』で一斉に走り出す。

 なんたってお屋敷まで馬車で一時間はかかるので、ちんたら歩いていたらお夕飯に間に合わない。


「やだっ ! 怖いっ ! おろしてぇぇぇぇっ ! 」

「口を閉じてろ。舌を噛むぞ」


 暴れられたら面倒なので、兄様は彼女の頭を前にして走る。


「た、た、たすけっ、グっ ! 」


 うん、舌、噛んだね。



「うっうっうっ」


 玄関前で女の子がしゃくりあげている。


「こわっ、怖かったっ ! 空港の電動車いすより怖かったっ ! 」

「そんな大袈裟な。ちょっと走っただけじゃない」

「どう少なく見積もっても、時速百キロは出てたはずっ ! 」


 アンシアちゃんに反論する彼女はぐスぐスと鼻をすすり上げる。

 ちなみに『韋駄天いだてん』を覚えられなかったアンシアちゃんは、私の浮遊魔法で引っ張っている。

 鳥になったみたいで楽しいらしい。


「おかえりなさいませ、お嬢様。そちらの方は ? 」

「ただいま、ナラさん。なんだか訳ありのお嬢さん。しばらく滞在するからよろしくね」

「かしこまりました。お名前を伺っても ? 」


 私が渡したハンカチで涙を拭って、彼女は小さい声で言った。 


「ラーレ。ラーレって言います」

「ラーレ様ですね。では客室にご案内いたします。アンシア、お嬢様をお願いね」

「はい、ナラさん」


 私たちは冒険者からいつもの姿に戻る。

 ラーレさんはそれをポカンと見ていた。


「長旅で疲れたでしょう ? まずはお風呂に浸かってゆっくりしてね」


 ナラさんにフードを取られたラーレさんは、ミルクティーのような肌にピンク色の髪だった。

 これは確かに隠すよね。



「改めまして。ごきげんよう、私はダルヴィマール侯爵家の娘、ルチア。本業は冒険者です」

「ラーレです。私も北の大陸で冒険者をやってます。助けていただきありがとうございます」

「袖振り合うも他生の縁と申しますでしょう。困ったときはお互い様」


 お夕食を済ませた後、ラーレさんと仲間が私の部屋に集合している。

 お母様たちは他家の夜会に出かけているので、顔合わせは明日の朝だ。

 

「皇帝陛下に謁見を希望とは、きっと難しいご事情がおありなのでしょう。詳しいことは明日他の方と合流してからとして、何故こちらに少人数でいらしたんですか。使節団として来られればよろしかったのに」

「・・・船が、難破したんです。私たちはたまたま同じ木切れにつかまって、こちらにたどり着きました。仲間を探そうとは思ったのですが、とにかく王命を果たすことのほうが大事じゃないかって。だから・・・」


 最初に助けを求めに行った漁村では、外見の違いで石を投げられたそうだ。

 南に下る途中も良い感情には出会えなかった。


「それでずっと顔を隠していたのね。嫌な思いをさせてしまったわ。ごめんなさい。同じ大陸に住む者としてお詫びします」

「北の国は保守的だから、冒険者以外のよそ者にはあたりがきつい。辛かったろう。すまなかった」


 この冬エイヴァン兄様たちは北の国で活動してきた。

 あちらの人たちを知っているのだろう。


「いえいえ、皆さんに謝っていただくことじゃありません。こうやってお風呂に入れて頂いて、ちゃんとしたお食事、久しぶりでした。とっても美味しかったです」

「明日の朝も期待してくださいね。それでさっき言ってた空港ってどこですか ? 」

「あ、アタチュルク国際空港です。もうすぐ閉鎖されちゃうんですけ、ど・・・あ」

「まあ、トルコの方ね。ようこそヴァルル帝国へ。熱烈歓迎させていただきますわ」


 口をポカンと開けて目をまん丸くしたラーレさん。

 私たちは白状したなとニヤニヤ顔を隠せなかった。

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