第253話 対策委員会の立ち上げ

 今日もいつもの集団が通るという目をされている。


 夕三つの鐘が鳴る中、私たちは城下町の目抜き通りを歩いている。

 春からこっち増えた大型魔物討伐を終えての帰りだ。

 本日の得物はコカトリス、マンティコア、クァール。

 フワフワ浮いている三頭の上に、チョコンと座っているのはモモちゃんだ。


「相変わらずすごいな、『ルーと愉快な仲間たち』は」

「ああ、毎回確実に大物を仕留めてくるな」

「数字持ちが生まれるのも近い。楽しみだ」


 帝都の周囲は近頃見たことのない魔物が増えている。

 肩から長い触手の生えた黒豹のクァールなんて、知ってる人いるのかな。

 兄様たちも初めて見たって言ってた。

 私は母の実家にあった古いSF小説で知ってたけど。

 リアルなクァール、めっちゃ綺麗。

 

「もう少し活動日を増やしてもらえませんか。正直討伐の依頼が増えすぎて困ってるんです」


 案内人のお姉さんが何とかして欲しいと頭を下げている。

 

「大型が異常に多いんです。見たことのない物もいます。今日狩ってこられたものもそうです。少しでも手が欲しいんです」

「そう言われても俺たち二人はこれ以上動けない。残りの三人だけで向かわせるのも難しい。なんとか頑張れないか」


 エイヴァン兄様の言葉にお姉さんは首を振る。


「国の方から高位の冒険者を国内に散らばせるようように言われているんです。近頃では地方でも大型が増えていて、中級の冒険者では太刀打ちできません。高位者が指導して大型にも対応できるようにしないと、小さな村などあっという間に全滅です」


 グランドギルド所属のこうクラスはどんどん地方に移動している。

 本来冒険者ギルドは国の影響を受けない自由な組織だ。

 にも拘らずこのように要請があるということは、何か大きな事が起きようとしているのだとギルド側が理解しているということだ。

 街専まちせんと呼ばれる生活系の冒険者たちや新人が、祠の修復に駆り出されていることから、ある程度のクラスの者たちは王都の守りが失われていくことをなんとなく感じている。

 へいクラスが大型と遭遇して怪我をして戻ってくることも増えた。

 治癒魔法の使い手のアルが駆り出されることも多い。


「活動日数については保留にして欲しい。いきなり明日から増やせるわけじゃない。こちらでも調整してみるから、もう少しがんばってくれ」


 案内係のお姉さんは納得できないというように目を伏せた。



「そうか。限界が近いか」


 皇帝陛下は目を閉じてため息をついた。


「そもそも国は冒険者ギルドに命令する立場にはない。それを何も聞かずに高位冒険者を地方へ出向させてくれているのは、やはり雪解けからの不安な情勢を知っているからだ。感謝しかない」

「しかし我々が討伐日数を増やしても、それは対処療法でしかない。根本的な解決にはならないのです」


 エイヴァン兄様の言葉に胸がつまる。

 だって、元に戻そうとするのなら、私が四方よもの王になればいいだけだもの。

 だけど、いまだに北と南からの接触はない。

 おもしろがって来る。

 始祖陛下はそう仰ったけれど、つまりそれは私が面白味の無いつまらない人人間だからじゃないだろうか。


『深く考えるな、娘』


 部屋の隅に積み上げられたクッションでゴロゴロしていた桑楡そうゆがフワッと浮き上がって私の前に降り立つ。


『お主も知っておろう、我らの加護のない西の大陸を』


 年明けから春まで、私はイギリスに短期留学していた。

 こちら夢の世界ではどこに飛ばされるかと思ったら、そこは西の大陸だった。

 しかもエルフの国の首都。

 ええ、楽しく活動してきました。


「あちらは魔物が住みたいところに住んでいて、こちらの様に大型が王都周辺に集まっているなんてありませんでした。餌を求めて集落に入り込むことも多くて、正直こちらはなんて楽なんだろうって思いました」

「そうだったね。あちらは王都とは違って住み分けが出来ていない」


 ギルマスが思い出すかの様に言う。


「小さな村でもかならず戦える獣人族がいて、どの村も避難などの手段を全員が熟知していたし、あれを各地の村や町に知らせておいた方がいいのかな。いや、今からでは間に合わないか」

「やらないよりはマシでしょう、ギルマス」


 ディードリッヒ兄様が紙にサラサラと書きつけて、それをギルマスに渡す。


「細かい所はこちらにお越しの西の方にお聞きするとして、詔書しょうしょとして各町や村に送るのはいかがでしょうか。領主や村長しか知らないということのないよう、かならず伝令官に読み上げさせるのです。もちろん子供にもわかるよう口語体の物も合わせて、です」

「それは良い。昔から皇帝からの手紙は大切にしまわれて、中身は実行されないなんてことはよくあるんだ。改ざんされたりもな。よし、対策本部を設立するから、好きなように動いてくれ。宰相府なんかの仕事も一時中断していい。英雄マルウィンとその係累。頼まれてくれるか」

「我らは陛下の遊撃隊。どうぞ御心のままに」

「陛下は詔書しょうしょの文面をお考え下さい。御前、お願いします」

「ああ、祐筆課も久しぶりのみことのりに張り切ることだろう」

 

 兄様たちが勝手に返事をする。

 こうやって『結界崩壊対策委員会』が立ち上がり、私たちは否応なく本部役員に就任した。



 で、こういった避難誘導について相談する相手と言えば、現役消防隊員の始祖陛下だ。

 残念ながらベナンダンティの中には災害関係に詳しい人はいなかったからだ。


「確かにそういった備えは俺の時代でもある。四方よもの王になる前はカオス状態だったからな。帝位についても祠を作るまでは結構頻繁に魔物被害があった。だからかなり対策に力を入れていたんだが、そうか、忘れ去られてしまったんだな」


 ハル兄様はそう言ってある物を取り出した。


「これは・・・」

「江戸川区のハザードマップだ。発行当時かなり話題になったんだが、知らないか ? 」


 それは区が配布した浸水時の対応が書かれたもの。

 何が怖いって、区の全てが浸水するという意味の赤い色に塗られている。

 そして大きくこう書かれている。


「ここにいてはだめです」


 自分の住んでいるのとは別の区へ逃げろと。

 因みにその周辺の区も残並み真っ赤である。

 

「なんか、変。普通はこういう対策をしているから安全ですってアピールするものでしょう ? 」

「ハル兄さん、これでは区民の不安を煽るだけじゃないでしょうか」


 いやいやと兄様は言う


「確かにこれでは行政はなにもしていないと取られそうだ。だが、安全だ、安心だと言われていて、実際に被害が出ては遅いんだ。まずは住民に最悪の可能性と避難の方法を知らせておく。その上で自分たちの意志で行動することを提案する。避難指示が出てから一斉に避難なんてパニックが起きるだけだからな」


 実際に避難した人たちもいたそうだ。

 何もなければそれでいいと。

 ホテルとかは一杯だからと、車で避難した先が空港の駐車場だったと聞かされて、なんて逞しく賢いんだと驚いた。


「流言飛語が飛ぶ前に、情報開示はしっかりやっておいたほうがいい。その上で避難訓練なり炊き出しなんかの準備はするべきだろう。地方の村に大きな町に避難するよう通達を出して、老人や子供は早めに移動させておくのもいい。俺たちは非常事態の連絡は狼煙を使っている。そっちじゃやってないか」

「早馬です。狼煙はありません」


 そうか。あれは便利だぞと陛下が続ける。


「夜や雨の日には使えないという弱点はあるが、あれの伝達速度は時速百四十から百五十キロ。燃やすものを変えればかなりの情報を送ることができる。ま、検討に入れといてくれ」


 そういえばアンシアちゃんが花火みたいに打ち上げる魔法を使っていたのを思い出した。

 魔法師団の皆さんに相談してみよう。

 出来ることは一杯あるはずだ。

 


 それからしばらくして、冒険者ギルドにおかしな噂が舞い込むようになった。

 北のほうの街に顔を隠した集団が現れたと。

 冒険者らしくはあるが、フードを深く被って顔を見せない。

 お金は持っていなくて物々交換だ。

 当然野宿なのだろう。 

 宿屋に泊まったという報告はない。

 特に悪事を働くことはない。

 だが何の目的があるのかわからない。

 彼らの噂は段々王都に近づいてくる。

 そしてある日の夕方。

 討伐依頼から戻った私たちは、門の前で揉めている集団と出会った。  

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