第255話 新たなるベナンダンティ
「な、なんでトルコを知ってるんですか。皆さん、一体なんなんですか」
ラーレさんのミルクティー色の肌が少し白くなり、ガタガタと震えだす。
あれ、なんで怯えてるのかな ?
「うふふ、今日お布団に入ったら、お家で目が覚めるのよね。どちらにお住まいなのかしら。イスタンブール ? アンカラ ? それともイズミル、カイセリ・・・」
「・・・イスタンブールです」
◎
ラーレさんはイスタンブールの旧市街に住む高校生だった。
もうじき高校を卒業して進学する。
ベナンダンティという存在を教え、私たちもまだ彼女と同様に寝たり起きたりできないのだと聞いて安心したようだ。
「私と同じ世界の人に会ったのは初めてです」
驚いたことにトルコでベナンダンティになったラーレさんには導き手がいなかった。
ある日いきなり
「冒険者ギルドには何年かに一人、とんでもなくもの知らずな田舎者が現れるらしくて、私のこともそう思われました。そこで基礎的なことを教わってなんとか冒険者らしい仕事をしてるんです。と言っても内向きの仕事が多くて。今回は書記とか事務仕事とか何でも屋で派遣されました」
「苦労なさったのね」
はい、としんみりした顔で頷くラーレさん。
たった一人で異世界で生きていくのは本当に大変だったろう。たとえ夜には自宅に戻れるとは言え。
私たちはラーレさんの耳に
「このピアス、ただのアクセサリーじゃなかったんですね。全然気が付かなかったです。どうりで取れないと思った」
「いっしょにいらしていた方々はふつうに北の大陸のお生まれです。あなたの素性をご存知の方は ? 」
「いません。こんなこと、誰にも相談できませんでしたから。遠くの人里離れた名もない集落の生まれで、道に迷ってたどり着いたってことにしてあります」
西の大陸にしろヴァルル帝国以外のベナンダンティの苦労は生大抵じゃない。
渡航経験のある兄様たちはどこも同じようだと言う。
「ピアスをしているから多分そうだとは思うんだが、一匹狼が多い。個人主義というか群れるのがいやなのか。魔女狩りのような状況になるのが怖いんだろうな。ヒルデブランドが異常なんだ」
「日本人でよかった・・・。にしてもトルコ人のベナンダンティは初めてですね、エイヴァン兄様」
「あ、私、トルコ人じゃありません。生粋の日本人です」
会話と動きがピタッと止まった。
「父が日本の会社から派遣されていて、中学からトルコに住んでるんです。春からは日本の大学に進学するんで、二学期から一時的に日本の高校に通います」
「こりゃまた、異色のベナンダンティが現れたな」
「よろしくお願いします。仲間がいて嬉しいです」
こちらで初めて出会った同族に、ラーレさんは嬉しそうだ。
「卒業したら日本の母の実家に行くんです。住所は・・・」
「待った。おい、みんな、『ベナンダンティ・三つの誓い』を教えてやれ」
「「「見ざる ! 聞かざる ! 言わざる ! 」」」
『ベナンダンティ・三つの誓い』
ひとつ・『ヒルデブランド以外では
ひとつ・
ひとつ・ベナンダンティであること、別の世界があることを言わない。
「これが基本的な約束だ。ベナンダンティなら守ってもらう」
「そんな、あちらでも会えると思ったのに」
「余程信頼出来る相手でなければやめてくれ。俺たちは全く違う人生を歩んでいるんだ」
嬉しいのはわかるが、線引きは忘れないように。
エイヴァン兄様の言葉にラーレさんはちょっと寂しそうだった。
それから彼女には私たちのこの世界の立ち位置を説明する。
養女だけど侯爵令嬢なこと。
兄様たちは専属の侍従なので、外とここでは私への態度が違う事。
私に対して外で友達のような態度を取らないこと。
多少礼儀作法を間違えても、別の大陸の冒険者だから甘く見てもらえると思うけどね。
「今日はもう遅い。詳しい話は明日だ。御前とお方様にも紹介しないとな」
「王宮には北の大陸からの使者が来たと連絡済みですよ、ラーレさん。お茶の時間にはお仲間も到着しますから、心配しないでゆっくり休んでくださいね」
ナラさんに案内され、ラーレさんは一階の客間に戻る。
残った私たちは彼女の扱いについてもう少し踏み込んだ話し合いをした。
◎
翌朝、両親への挨拶も済み、ご一行を我が家でお預かりすることになった。
皇帝陛下に謁見して何がしたいのか。
ラーレさんは説明を受けていないということで、これからやってくるメンバーに聞くしかない。
ただ北からの使節などもう何十年も来ていないということで、どういった対応をしたら良いのかラーレさんに聞くとともに、昔の文書を急いで調べてもらう。
それらは宰相府と『
「特に禁忌はありませんよ。食べてはいけない食べ物もないし、あまり難しい礼儀作法もありません。でも私はただの冒険者なので、もっと上の人に聞いたほうがいいかもです」
四人の中に偉い肩書の人がいるらしい。
ラーレさん、今朝の朝食が和食だったので機嫌がいい。
そしてちゃんと
「ヒルデブランドのギルドマスターがご到着されました。ただいま下の応接室でお待ちです」
ナラさんに呼ばれ一階に移動する。
基本二階は奥向きなので、よほどのことがなければお客は上がってこない。
昨日は不安で一杯な女の子を慰めたいという理由で部屋に入れた。
これから来る人たちはダメだ。
「ラーレ、お前、女に見えるぞ」
「開口一番それですか、殿下」
今まで着ていた服はボロボロで、いくら洗濯魔法をかけたと言ってもそんなのを着せたら侯爵家の恥。
ラーレさんには私の普段使いのドレスを着てもらい、ピンクの髪はハーフアップに結ってある。
「ルチア様、こちらはエルヒディオ王子。ソステネス王国の第四王子でいらっしゃいます。殿下、こちらは宰相ダルヴィマール侯のご息女のルチア様です。昨日私たちを助けてくれたのはご領地出身の冒険者だそうです」
「ルチアでございます。エルヒディオ殿下には御尊顔を拝し恐悦至極にございます」
真っ青な髪の青年が跪く私の手を取り立たせる。
「ルチア姫と申されるか。なんと美しい。此度は我らへの助力、深く感謝する」
「気の利かない冒険者でございます。貴方様のご身分を知っていれば、こちらにお連れいたしましたものを。平民の住む城下町ではご満足いただけるおもてなしができましたでしょうか」
わあ、王子様だぁ !
凄く驚いたけど、そんな表情は見せない。
ここ二年で私も随分と女優になった。
でも予め教えてくれなかったラーレさんには後で文句をいっておこう。
鑑定魔法は名前とか特記事項くらいしかわからないのだ。
あれ ? 王子様って特別な人だよね。
それが表記されなかったってことは・・・私にとってあまり重要な人ではないってことだね。
「いや、十分なもてなしを受けた。身分を明かさず用件も言わぬ我らに、温かい宿を提供してくれたこと、感謝の極みである」
「今日は我が家でお過ごしくださいませ。埴生の宿ではございますが、精いっぱいのおもてなしをさせていただきます」
埴生の宿とは要するにボロ屋という意味。
もちろん謙遜の意味で使っている。
わかるよな、王子様 ?
「失礼いたします。御前が王城より戻られました」
セバスチャンさんが静かに入ってきてそう告げた。
◎
「左様でございましたか。人探しとお国の現状についてですね」
お父様が王子の話を聞いて頷く。
部屋にはエルヒディオ王子、私、お父様。
そしてお互いの近侍がソファーの後ろに立っている。
あちらの三人は皇子のご学友から事務官になった人たち。
王子は使節団のトップだ。
「それでお探しの人物については教えていただけないのでしょうか」
「王命で皇帝陛下に直接と言われている。許せ」
「とんでもないことでございます。陛下には皆様には王城にご滞在いただき、親しくお話をとのこと。ただいま私の妻と皇后陛下がお部屋を整えております。この後お移りいただきたく・・・」
「まあ、お父様。
ひどいわっと少し口を尖らせて見せる。
「わがままを言うものではない。高貴なお方をお引止めしてはいけない」
「でも、だって、
そうだ。
彼女は浮かれている。
やっと出会えた仲間におしゃべりしたくてしょうがない。
ベナンダンティの常識を叩きこまなければ。
せめて今日と明日、時間が欲しい。
「殿下、お願いでございます。今日一日だけ、ラーレさんをお預かりさせて下さいませ」
「これ、ルチア」
『ルチア姫の物語・製作委員会』レクチャーの、両手を胸の前で組んでウルウルと上目遣いでお願いする。
すると殿下は困ったなあという顔でラーレさんに声をかける。
「姫のご要望である。お前さえよければ国の話をしてさしあげろ」
「かしこまりました。ルチア様、もう一晩お世話になります」
私はパッと笑顔になって殿下に深く頭を下げる。
「娘がわがままを・・・殿下、申し訳ございません」
「いや、あれも使節団で唯一の女性。娘同士で語り合いたいこともあろう。こちらこそ世話になる」
「ラーレさん、たくさんお話しましょうね」
楽しそうな顔をしてみせるけど、今日はお喋り会ではなく勉強会だ。
ギルマスも交えてみっちりと学んでもらおう。
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