第250話 過去と未来の邂逅

 始祖陛下。

 こちらでのお名前は青木陽彦はるひこ様。

 御年三十三才。

 帝位に就かれたのは二十歳の時だったそうだ。

 ベナンダンティになったのは中二。

 十四才だった。


「まさか俺の日記が千年後にも残っているとはな。やっぱり羊皮紙じゃなくて和紙に墨を使ったのがよかったんだな」


 羊皮紙はボロボロになるって聞いてたからな。

 冒険者時代にこうぞを見つけて、始まりの村で栽培してもらったんだ。

 そう言う始祖様は、日本に帰れるのをいいことに、学生向けの和紙体験とか墨作りなんかもして、その技術をあちら夢の世界に持ち込んだそうだ。

 その後は始まりの村、ヒルデブランドの特産品にして中央省庁に売り込んだとか。

 羊皮紙よりも繊細で耐久度が高い和紙と墨は、あっという間に書類の保存の必要な各省庁に広まった。

 ヒルデブランドに『なろう系』の秘密結社があったのは、和紙を作る工房があったからだった。

 紙、使い放題だったんだもんね。

 

 始祖陛下はピアスについても気づいていたらした。

 東の大陸においてピアスは少数派だ。

 親からもらった体を傷つけるのはという考えで、当然入れ墨もない。

 そう教えてもらった始祖様は、ピアスをつけている人物にどんどん話しかけていった。


「だがなあ、どうも日本人なんだろうけれど話し方が変というか、内容が噛み合わないんだよ。書いてる文字を見て、これはもしや戦国時代か麿の世代かなってな」


 麿。

 なんて分かりやすい。

 その後いろいろと聞きこんで、昼間に歴史年表を読み込んで、自分以外でここに来ているのは藤原道長の時代の人間だと判断したそうだ。

 現代から来ているのは自分だけらしいということも。


「まあいろいろあって、ヴァルル王国を帝国にして皇帝になって。今はなんとか落ち着いているってかんじだな」

「お寂しかったでしょう、始祖様」


 私には最初からアルがいた。

 アルが全部教えてくれた。

 ディードリッヒ兄様にはエイヴァン兄様が。

 エイヴァン兄様にはギルマスがいた。

 そして冒険者ギルドと言う後ろ盾がある。

 西の大陸で気づいたけれど、他の国ではベナンダンティの互助団体なんて存在しない。

 もちろん対番もいない。

 一番最初こそ誰かが簡単に説明してくれるが、その後は一緒に行動することもなくどこかへ行ってしまうと言う。

 誰もが手探りであちら夢の世界での生活を模索していくのだ。

 こちらでのネット環境なぞ考えられない。


「建国から千年。お前ら随分と甘やかされてるな。羨ましいよ」

「はい。仰せの通りです、始祖様」

「だから、それ止めろって」


 ついつい出てしまう尊称に、またダメ出しが入る。


「ではなんとお呼びすればよろしいでしょう」

「青木でいい。この部屋を出てまだそんな態度を知られたら、恥ずかしくて走って逃げだすぞ」


 まあ確かにその通りなので、学校の先生に対する態度に改める。


「それで、お前らが聞きたいのは北と南のことだったか」

 

 そう、北と南のお方だ。

 お会いしようにもどこにも伝手はない。

 東雲しののめ桑楡そうゆはそのうち勝手に寄ってくるとしか言ってくれない。


「新しい西と東と友達になったのか。そして俺の力はもう効かない。たしかに次の王が必要なわけだ」

「なにかご存知のことがあれば、ぜひ」


 うーん、と始祖様、いや青木さんは困ったと唸る。


「確かに時告げと西海の言ってることは間違いじゃないし、実際その通りなんだ。北と南は体がないから、こちらから会いに行くことはできないしな」

「二人は良い依代が見つかればと言っていましたけど、なにか決まった者がいるんですか」


 決まったねえ、とまた唸る。

 そしてご自分の時はと話始める。


「始めは雀だった。同じのがよく来るなとパンくずをやっていた。それが来なくなったら今度は蛇だ。そんなのを繰り返して、最終的には紫色の猫の姿で話しかけてきた」

「紫の猫・・・めずらしいですね」

「ああ、あの頃でも乱獲で数が減っていたからな。毛皮は高値で取引されてたから」


 もう絶滅してしまった猫が北のお方だった。

 同じようにしてやってきた南のお方はリスだったそうだ。

 その時の始祖様は十八才。

 髪やら墨やらでしっかり成り上がっていた。


「だからどうしたら会えるか、そんなアドバイスはできない。だが西と東と絆したなら、どんなやつかと見に来るんじゃないか。それに東雲しののめ桑楡そうゆだったか。そんなカッコいい名前つけてもらったのを知ったら、あの二人の事だから悔しがってそのうち寄ってくる」


 堅苦しい口の利き方をするが、付き合ってみれば身内に甘い気の良い奴らだ。

 今のうちにいい名前を考えておいてやってくれと始祖様は笑う。

その後は個室の利用時間ギリギリまで昔と今の話をしてすごした。

 王都に出てきたばかりの頃、そして王女様と知り合って王宮に出入りを許された頃は随分と陰口を叩かれたそうだ。


「薄汚い野良猫なんて言われて、約束の時間や場所を変えられたりなんてザラだったなあ。食べ物に毒を入れられたりとか。まあ、それは後で仕返しをしておいたけどな」

「仕返しっていうと ? 」

「帝国になってから王都の名前を変えた。奴らは全然気づかず、いい名前だと喜んでいたよ」


 そう言って青木さんは紙ナプキンに王都の名前を書き、その上にローマ字でフリガナつける。


「後ろから読んでみな」

「N、О、R、A・・・の、ら、ね、こ ? 」

「あたり。千年間、誰も気が付かなかったって、我ながら傑作だ」


 色々と建国当時の話を聞くのは面白い。

 例えばシジル地区がある場所は、教会と修道院があるという。

 多分そのうち手狭になって現在の場所に移動。

 そこに家をもたない人たちが入り込みスラムが形成されたと思われる。

 今はスラムではなく、差別はあるけれど真面目に生きている人たちが住んでいると知って喜んでくれた。

 一方で祠に置く石に清酒を使っていることに驚いていた。


「俺が作ったのは教会で聖別された水なんだ。なんで日本酒になったのかなあ。まだ酒蔵なんてないんだが」

「ワインや蒸留酒ではダメだそうですよ。それと乙女が一人いないといけなくて」

「それこそ訳がわからない。別に穢れの無い男の子がやったっていいんだ。おかしいな」


 多分、男のプライドにかかわることだったんだろうなあ。色々実験してみてくれ、と始祖様は随分な変わりように不思議がった。

 四方よもの王について書かなかったのは、やはり政治利用されることを恐れたからだった。

 自分こそ四方よもの王と宣言し、帝位を簒奪するものが出るかもしれない。


「そもそも流れとして四方よもの王が皇帝になっただけで、四方よもの王でなければ皇帝になれない訳じゃないんだ。そして四方よもの王を詐称すれば、必ず報復がある。かつてそれで大陸が一つ潰れている」

「大陸が ? でもそんな話は聞いたことがありません」

「俺たちの住む場所は東の大陸と呼ばれているらしいが、元々は中の大陸という名前なんだ。東側にもう一つ大陸があった。諸島群は東の大陸の名残だ」

 

 始祖様が四方よもの王になってしばらくして、元東の大陸で王を詐称する者が現れたそうだ。

 そしてその名を使った東の大陸を占領、侵略を繰り返し大帝国を作ろうとした。


 我こそは四方よもの王。

 この大陸の全てを統べる者。

 我に跪け。

 全てを捧げよ。


 結果、四方よものお方を怒らせて元東の大陸は海に沈んだ。

 お方たちは大陸を沈める前、無関係の者たちに高い山の頂上に避難するよう伝えていたので、かなりの人たちが助かったらしい。

 そして今後ヴァルル帝国以外の大陸の守護はしない。

 もし詐称するものが現れれば、元東の大陸と同じ目にあうと思え。

 そのような通達がなされた結果、四方よもの王に関する記述を書物や書類から消した。


 存在を知らなければ悪用されることはない。

 

「完全に忘れ去られるとは思ってもいなかったんだがな。だが、奴らは友達であって俺の部下じゃない。四方よもの王になって個人的に何か特典やらサービスやらあると思ったら大間違いだ」

「二人はアドバイスはくれますが、基本私の近くでゴロゴロしてるだけです。モフモフで癒されるというか、それが特典と言えば特典ですね」


 王宮で官僚や侍女さんたちにお菓子をもらっていると話すと、それはもう目を丸くして驚いた。


「未来の東と西は随分フレンドリーなんだな。あちらでは俺以外に姿をみせないんだが」

「とてもかわいがられてますよ。東雲しののめがエイヴァン兄様の肩に乗って移動すると、手を合わせて拝む人もいるくらいです。桑楡そうゆにお菓子をあげるのは予約制で、一日五人までと決まってます。でないとあの子、食べ過ぎで動けなくなっちゃうんですもの」

「俺の二人に伝えておくよ。きっとおもしろがるだろう」


 まだまだ話し足りないけれど、そこで店員のお姉さんがお時間ですと伝えてきた。


「今日はありがとうございました。また、お話を伺いたいです」

「ああ、俺もあっち夢の世界の話が出来て嬉しかった。仕事柄カレンダー通りの休みじゃないが、時間が合えばまた会おう。それと俺の呼び名だが・・・」


 始祖様は恥ずかしそうに鼻の頭をポリポリ掻く。


「一回り下の妹がいるんだが、中学入るあたりで兄貴って呼び始めてな。なんか寂しい。できればお兄ちゃんでいいかな」

「・・・ちゃんは、私が恥ずかしいです。ハル兄様でよろしいですか」

「じゃあ、僕はハル兄さんで」


 アルが続けて言うと、始祖様は満面の笑みを浮かべた。


「兄様か。うん、それに似合うだけの仕事をしないとな。よし、今日もあっち夢の世界で頑張るとするか」


 私たちは近くの駅で別れるまで、すっかり忘れていた名前以外の自己紹介をしながら歩いた。

 ハル兄様、消防士さんだって。

 確かに人を守るお仕事だ。

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