第249話 過去から来た男 千年皇帝
顔文字が出た段階で、多分十代から二十代の男の子。
書いてあることが理解できるとは思えない。
だってあたしたち、八十代のおばあちゃんだから。
そう言って皇后陛下とお母様は、私たちに日記の解読を丸投げした。
陛下、世の中の若者が全員そういった物に精通していると思ったら大間違いです。
白状するけれど、私は顔文字の存在を知らなかった。
だってメールは両親と祖父母たちだけ。
ラインはアルとだけ。
ネットの投稿小説にはそんなものは出てこない。
記号を使ってこんなことができるんだって感心した。
で、決まったものがあるのかと思ったら、あれって個人個人で作るから、それこそ星の数ほどある。
文章にしたら固い表現になるのを、顔文字で柔らかくしている。
これって十九世紀にはもうあったんだって。
でも日本の顔文字は独自進化したから、海外の物とは随分違っているらしい。
リスト化は諦めて、これは文章では表現できない感情を表す記号だと認識することにした。
間違ってないよね ?
なんか一つ勉強になったな。
始祖様の日記は持ち出し不可なので、結局私たちが日参することになる。
陛下の引きこもり部屋は皇族の方々のプライベートエリアである御所の中にあるので、公務のある兄様たちと登城して、午前中は私たち三人で作業。
お昼を挟んで兄様たちが合流。
お茶の時間に陛下とお父様、たまに皇后陛下とお母様がやってくる。
そんな感じで数日がたった。
「どうかしら。何かわかったかしら」
そろそろ面白いお話が聞けるかしらと皇后陛下がお尋ねになる。
「そうですね。今は建国当時の物を読んでるんですけれど、始祖様がベナンダンティで、私たちと同じ時代の人なのは間違いないと思います」
災害や海外での出来事。
日記にはそれらが細かく書かれている。
「年齢的には兄様たちと同じくらいだと思います。ただ・・・」
「ただ ? 」
初めて
まだベナンダンティの集まりもない中での奮闘。
王女との出会いなどネット小説並みの展開。
だが、私たちの知りたいことが一切書かれていない。
「
「タマたちが嘘を言ってるとも思えないしね」
『タマではないわっ ! 』
ブワッと風が舞ってオナガドリ姿の
「あら、きれい。ヒヨコは卒業したのね。美しいわ」
『うむ、ヘタレ、聞いたか、この嘘偽りない心からの称賛を』
女の子のかわいいとキレイは無条件反射に近いのに、とディードリッヒ兄様が軽く突っ込む。
ちなみにヘタレっていうのはアルのことらしい。
アルったら何をやったんだろう。
「それで、始祖陛下が
『ヘタレよ。我はまだ四百才。生まれる前のことなど知るものか』
ヘタレと呼ばれてムッとしたアルの顔を久しぶりで見た。
「そっか。若いんじゃしかたないよね。でも東の王でも知らないことがあるなんて。始祖陛下はもしかして
『いや、それは間違いない。北と南から聞いておる。わざわざ書かなかったのは、知られたくなかったからだろう』
知られたくない。
知られたら困ることなんてあるのかしら。
「ヴァルル帝国初代皇帝になったのは
「だから次の王が見つかったら、そいつが帝位を要求したら退位しなければならないからじゃないですか、お姉さま」
「なら次の王にとっとと位を譲れとか遺言が残っているだろう」
アンシアちゃんの答えに、ディードリッヒ兄様が訂正を入れる。
「千年経って残っているのが祠のことだけ。
『そういう男だったとは聞いているぞ』
・・・重い。
『我も直接会ったことはないが、勝つために戦うのではなく、守るために戦う男だったと。助けられる人間は必ず助ける』
『飼い犬まで助けたそうだ。取り残された子犬のために燃える家に飛び込んだとか』
ポンッとひざに
だから重いんだってば。
「現代日本ならいそうな男だな」
「ええ、救難飛行艇とかに乗っていそうですね」
兄様たちはここのところの災害救助での、警察や消防の活躍を思い出しているようだ。
「本人に直接聞ければいいんだがな」
「聞けばいいじゃないですか。同じ時代の人なんでしょ ? 」
アンシアちゃんがサラッと怖いことを言うので、エイヴァン兄様が睨みつける。
「そんなに簡単なことじゃないぞ。この日記の山から名前や職業、住んでいる場所なんかを探し出さなといけないんだ」
「そうよ、アンシアちゃん。私たちの国は人口一億二千万。その中からあいまいな手掛かりだけで一人を探し出すなんて・・・」
アンシアちゃんが読んでいた日記のあるページを開いてテーブルに置く。
「東京都〇〇区、これって住所じゃないんですか」
◎
アンシアちゃんが読んでいたのは、建国から十五年ほどたった時の日記。
「前年までは
この大陸の文字は日本語だ。
アルファベットや特殊な記号でなければそれなりに読める。
あ、イギリス留学中に滞在していたのは西の大陸だ。
さすがにあちらの文字は英語だった。
言葉は普通に通じたけどね。
まあ、あちらでの活動はおいといて。
「この西の大陸の文字、これはなんでしょう。途中に数字とか書いてありますけれど」
「これはメールアドレスだな。携帯のものだ」
「めーるあどれす・・・なんなの、それ」
お母様、携帯電話をご存知なかった。
「あたしはスマホ。アプリとか駆使してたわね」
「どうせ年寄りよ。ポケベルが鳴らない世代よ」
三十年違えばもう大昔の人間よ。
お母様がフンっと拗ねてお父様がよしよしとなだめる。
この夫婦も甘々だ。
「これはつまり、連絡してこいというメッセージだな」
「間違いなく現代日本人ベナンダンティがいることを確信していますね」
住所からアルの家からもそう遠くない場所だとわかる。
まずはメールで連絡を取ってみないと。
「あの、私がメールしてみます。知らない人に連絡を取るのは皇后陛下の時で慣れていますし」
「ルー、僕がやるよ。君、個人情報が流れて困ってるだろ」
おいおいと兄様たちが止めにくる。
「未成年にそんな危険なことはさせられない。俺たちなら社会人だし・・・」
「それこそ振り込め詐欺のように思われませんか。男子高校生からのメールなら、後ろに変な団体がついているとは思いませんよ。それに僕たちならあちらでかなり自由に動けます」
一年の時にやった著作権に関する折衝とかで慣れてますから。
アルは任せて下さいと、いつも通りの爽やかな笑顔で応える。
今日は早めに寝て、明日の早朝にメールすることになった。
◎
ヴァルル帝国、オーケンアロン、
これだけの文のメールを送った。
すると朝のうちにアルのスマホに返事が返ってきた。
そしてその週末、私たちは始祖様とお会いできることになった。
都内の喫茶店。
ガラス張りの個室スペースがある。
入口で名前を告げると、始祖様はもう来ておいでだと案内された。
「本当に高校生なんだな。今時学ランなんてめずらしい」
クルーカットの始祖様は、ガッシリした大柄な方だった。
「御足労頂きありがとうございます。山口
「佐藤
「おいおい、やめてくれよ。何だい、その始祖陛下っていうのは。ここは日本だぜ、普通にしてくれ」
トントンとドアが叩かれ、お姉さんが飲み物を持ってきてくれる。
彼女が扉から離れていったのを確認してから、始祖様が口を開いた。
「それで、あれから何年経っているんだ ? 」
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