第251話 あっちがあれなら こっちはこれで

「そうか。なかなか興味深い話だな」


 いつもの引き篭もり部屋。

 今日はギルマスも来てくださった。


「元々の東の大陸が諸島群になったなんて、どの歴史書にも書いていないぞ」

四方よもの王が関わっていたからでしょう。存在を隠すのなら、事実の隠蔽は当然です」


 ギルマスがアンシアちゃんからティーカップを受け取り口に運ぶ。


四方よもの王になった恩恵がこの大陸を守ることだけ。それ以上の何かを求めてはいけないということですか」

「特に何もいらないです、ギルマス。私、女侯爵もめんどくさいのに」


 私は皇帝になる気はありませんと意思表示する。

 シジル地区と歴代のお庭番さんたちがずっと守ってきた祠。

 それを次代に繋げられたら。

 それでこの国、この大陸を守れるのなら。

 だったらやっぱり私は四方よもの王になりたい。

 でも祭り上げられるのはお断りだ。

 始祖様は王女様と結婚したかったから皇帝になったって言ってた。

 そのためには『四方よもの王』の肩書が役にたったって。

 私は二人のモフモフで十分だ。


『我らが南北に聞いたのは、帝国を築いたのも皇帝になったのも、その時代の民を憂いてのことだったそうだ』

『祠を作ったのも後々のことを思って。それを守ることを子孫に伝えたのも、皇帝とは支配するだけではなく、その国のすべてを守護する者であれとのことだ』


 東雲しののめ桑楡そうゆは今日もその辺でゴロゴロしている。

 たまにこうやって会話に入ってくる。


「消防士さんですもの。救える命は救う。本当に真っ正直な方です」


 あれからメールでやり取りをしている。


「そういえば、始祖様は日記に住所やメルアドを書いていないそうです。タイムパラドックスだって言ってました」

「これから書くのかな。ルー、こちらの歴史についてはお話していないね ? 」

「はい、聞かれたことだけお話してます」


 こちらからは質問に答えるだけ。

 あちらからも質問に答えるだけだ。

 未来の歴史については聞きたくない。

 帝国が存続しているってことは、それなりに無事だってことだから。


「始祖陛下は災害なんかも言わないでくれっておっしゃいました。ご自分がそれを知ってなんとかできる立場だからって。当時のベナンダンティの仲間にもその後の歴史は話していないそうです。百害あって一利なしだからって」

「賢帝でいらっしゃるのだな」


 始祖陛下が質問されたのはヒルデブランドの『冒険者ギルド』のことと、それを使ったベナンダンティの互助団体。

 一度全員冒険者ギルドに所属させて、そこから派遣と言う形でそれぞれにあった職に就かせるということに注目されていた。

 ベナンダンティ・ネットで過去の歴史についての質問を集め、それに応えて頂くことにしたが、それに関しては日記に書きこんで下さるそうだ。

 ネットの書き込みでは証拠にならない。

 始祖様の日記なら十分すぎるほどの歴史的資料になるからだ。

 そしてご自分はネットへの参加を拒否された。


「千年前の人間が参加して、何かいいことがあるとは思えないんだ。聞かれたことは日記に書いておく。それで勘弁してくれ」 

  

 たった一人の夢の世界。

 私だったらあちら現実世界に仲間がいたと知ったら頼ってしまうだろう。

 けれどそれで歴史が変わるかもしれないということを、始祖様は若い時からわかっていらした。

 だからこその線引きなんだろう。

 一匹狼の冒険者から『四方よもの王』になって、そこから皇帝への成り上がり。

 それはきっと偶然でもなんでもなく、始祖陛下ご自身の心持ちの結果なのかもしれない。


  季節は春から初夏。

 二回目となったダルヴィマール杯の開催、西の大陸の方の来訪。

 こちら夢の世界では去年のことが嘘のように穏やかに流れていった。

 そのぶんあちら現実世界では結構ゴタゴタしているわけで。



 バレエ団の掲示板。

 この時期になると夏の定期公演の配役発表がある。

 正式団員はもちろん、私たちのようなスクール生にもたまに出番がくる。

 大抵は『くるみ割り』の子役だったりネズミだったり。

 たまにコールド群舞に一幕だけとか回ってくることもある。

 プロを目指している子なんかは実力を示すいいチャンスなので、ドキドキしながら発表を待っている。

 私は今までお舞台に立ったことがないけれど、きっと喉から手が出るほど欲しいんだろうな、お役。

 正団員のお姉さまたちもみんな掲示板に夢中だ。

 まあ、私には関係ないからとっととお稽古場に移動する。

 そしていつも通りのレッスンが終わった。


「先生、納得がいきません ! 」


 お稽古が終わるや否や、プロ志望クラスの子たちが百合子先生に詰め寄った。


「なんであの配役なんですか。あれなら私たちにだって出番があったっていいじゃないですか ! 」

「私たちは何度もコンクールで結果を出してます。たった一回小さなので優勝したからって、あんな贔屓みたいなのって酷いです ! 」


 あらら、群舞に入れなかった子たちかな。

 お姉さまたちがやれやれって顔をしている。

 男性ダンサーの皆さんも面白そうに見ている。


「よく考えた末ですよ。一応団員全員にアンケートは取りました。不服のある人は一人もいませんでしたよ」

「でもっ ! 」


 まだもめそうだけど、私に関係ないから軽くお辞儀をして帰ろうとしたら、その子たちに呼び止められた。


「なにを他人事みたいに帰ろうとしてるのよ ! あなたも身の程知ってるなら辞退しなさいよ ! 」

「そうよ ! プロクラスでもないのにいきなり主役なんて、自分からお断りするでしょう ! 」


 すみません。

 何を言ってるのかわかりません。



 お姉さまの一人が配役票を持ってきてくれて、あの子たちの怒りの理由がわかった。

 バレエ公演って三日間とか四日間が多いんだけど、うちのバレエ団は五日間やる。

 そして真ん中の日はソリストを目指しているお姉さんが抜擢される。

 で、その日の配役に私の名前があった。


 キトリ・佐藤めぐみ (昼・夜 )


 それも昼公演と夜公演の二回。

 今までは二人のお姉さまが交代で踊ってたのに。


「あの、これは何かの冗談ですか」

「あら、本気のキャスティングよ」


 プロクラスの女の子たちが私を睨みつける中、百合子先生は飄々とした顔で言う。

 あの子たち、私を笑っていた子たちだ。

 何人かの子はあの後謝りに来て、親しくはないけれど、挨拶したり踊りをみせあったりしている。

 でも先生に詰め寄ってる子たちって、ずっと私を敵対視しているんだよね。

 さすがに馬鹿にしたりはしないけど。

 

「先生、私はこちらでは舞台経験がありません。いつも通りお姉さま方から選んだ方がよろしいのでは」

「うん、今年はこれって子がいなかったから」


 団員の方からクスッと笑いが漏れる。

 いや、そこは自分こそはと名乗り出ましょうよ。


「この真ん中の日って、かならず空席が出るのよ。それもかなりの数。公演自体は赤字ではないんだけど、やっぱり嫌じゃない、空席が目立つって」

「それはそうですけど」

「そこであなたの登場よ。イギリスで主役をやった謎の美少女バレリーナ。マスコミは必ず飛びつくわ。満席間違いなし」


 おおっと団員の皆さんが拍手する。

 やめてください、お姉さま方。


「せめてキューピット役とか友達その三か四で」

「無理ね」


 先生はそこにいる人たちを眺めまわして聞いた。


「この子と一緒にコールド群舞踊れる人は手を挙げなさい」


 詰め寄っていた子たちが手を挙げる。

 お姉さま方は誰も挙げない


「わかった ? 」

「わかりません、先生 ! 」


 そうだそうだと声が上がるが、団員の人たちは肩をすくめている。

 先生は私と何人かのお姉さまを呼んで、『花のワルツ』を踊るように言った。

 お姉さま方がとても嫌そうだ。

『花のワルツ』は『くるみ割り人形』のラストあたりで踊られる曲で、とても軽やかでかわいい曲だ。

 夏の集中レッスンで教わっているから、私も振りは覚えている。

 ピアノの先生が楽譜を準備する。

 私は慌ててお姉さま方の横にスタンバイした。 

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