第245話 侯爵夫人の鶴の一声

「どういう事か、ご説明いただけますか」


 翌日の夜。

 侯爵ご夫妻の私室にルーの一味が押し掛けた。

 ルー本人はもう休んでいる。


「あら、なんのことかしら」

「お方様、お顔がピクピクしておいでです」


 ルーを除く五人に詰め寄られる侯爵夫人は楽しそうだ。


「とぼけないでいただきたい。ルーとアルの悲恋を面白おかしく流したのはお方様でしょう」

「面白おかしくだなんて。わたくしはそんなことはしていなくてよ」


 社交界で流れている噂。

 それはアンシアが考えた設定そのまま。



 三千年続く儀典を司るサンダルフォナ家。

 遠縁を名乗る者によって家を乗っ取られようとしている。

 親友夫婦の死後、一人残された娘を見守ってきたカジマヤー家の当主はその行く末に危機感を抱く。

 そして不自然に大けがをした管財人から、密かに委任状を受け取ることに成功した。

 まずサンダルフォナ家の財産管理を国の司法機関に委ねた。

 続いて遠縁を名乗る者の人物調査を行った。

 さすがにこちらは時間が掛かる。

 だがなにより恐れているのは、少女が両親と同じように命を狙われることだ。

 音楽や踊りを愛するルチア姫では、強硬手段に出られたら歯向かうことはできない。

 実際、学校への行きかえり不審な馬車につけられている。

 今は登下校以外は屋敷から出ないようにしているが、いつあの手の者に押し入られるかわからないのだ。

 カジマヤー家で保護をと申し出たが、ルチア姫本人が断ってきた。

 嫡男の妻が身重の身。

 もし何かあったら申し訳ないと。

 しかし、姫を狙う者はどんどん増えていく。

 もうしばらくすると、彼女は結婚可能な歳になる。

 勝手に出した婚姻届が受理されれば、姫を亡き者にして全てを手に入れることが出来る。

 時間はあまりない。

 東の大陸に住む彼女の祖父の親友に手助けをと手紙を書いたが、その返事はまだ来ない。


「父上、僕がルチア姫を東の大陸まで送ります。さすがに国が違えば手を出すことはできないでしょう」

「しかし・・・」

「来週は中級学校の卒業式です。そのまま二人で出発します。姫は僕の大切な許嫁です。僕がこの手で守ります」


 カジマヤー家の三男は婚約者である幼馴染を、他大陸への逃避行へといざなった。

 上級学校、最上級学校への進学と治癒師への道はあきらめた。


「元気でいくのですよ。決して無理をしてはいけませんよ」

「母上、生きていれば必ずまた会えます。ルチア姫のように死に別れたわけではないのですから」


 水盃で別れを終えた前夜。

 二度と会えないかもしれない大切な家族。

 だが少年はその家族よりも自分の想いを選んだ。

 幼い頃の出会い。

 それをずっと大切にしている自分が愚かであるのは承知していた。

 親同士が決めた結婚。

 相手はそのことを知らない。

 いつか別の誰かに恋をするかもしれない。

 それでも最後まで愛する少女を守るのだと。

 少年はこれが己の生きる道と覚悟を決めた。



「あのぉ、これ、誰でしょう」


 自分の髪と同じくらい真っ赤な顔をしたアルは、渡された紙の内容にブルブルと震える。

 三男坊という設定は知っていたが、いつのまにか既婚の長兄は子持ちになりかけているし、ルーの身代わりを務める三つ年下の妹ができているし。


「もちろん、カジマヤー、あなたのことよ」

「話、盛りすぎじゃありませんか、お方様」

「あら、わたくしが考えたわけではないわ、ナラ」


 親の決めた許嫁だけど本人にはナイショ。

 一緒にいたいから侍従としてついてきた。

 結婚できなくても、彼女のことを見守っていきたい。


 たった三行を小出しにした結果、上記のような物語がいつのまにか出来上がってしまったという。


「二次創作・・・」

「去年アンシアが提案して、宗秩省そうちつしょうが設立した秘密結社『淑女の図書館』。あそこで活躍している貴婦人方が楽しくお話しているようね」

「あれ、始動しちゃったんですか」


 たしか実在の人物は死後百年経たないと使用禁止だったはずだ。


「だから書き物としてではなく、お話し会という物語を聞く集まりで話されているのよね。これは聞き書きしたものをいただいてきたの」

「去年BL話で制裁されたご夫人方がいたというのに、懲りてないんですか、この国のお貴族様は」


 そうでなくとも『公爵夫人派』がまた動き出しそうだというのに。

 またひと仕事しなくてはいけないのかと、ディードリッヒが頭を抱える。


「言っておきますが、これは布石ですよ」

「布石 ? 」


 夫人は部屋の隅のローテーブルに積まれた束を扇子で指す。


「あれはルチア宛の釣り書きです」

「釣り書き・・・お見合いのですか。あれが全部 ? 」


 ちょっと拝見と手に取ると、国内だけではなく、周辺国はもちろん西の大陸からの物も混ざっている。

 さりげなくカウント王国の三王子も。


「次代のダルヴィマール女侯爵。嫡男以外の自薦他薦が山のよう。ルチアの次の侯爵はもう決まっているというのに、なんとかこの家を乗っ取ろうという考えが見え見え。馬鹿らしくてわたくしは読むのを止めました」


 もうしばらくは塩漬けにしておいて、ルーの婚約が決まったら送り返すと言うお方様。

 まだ顔を赤くして俯いているアルをちょいちょいと呼びつける。


「これは命令です。カジマヤー、来年の秋、ルチアと婚約しなさい」

「「「 !!! 」」」


 ダルヴィマール侯爵夫人はアルにもう一枚紙を渡す。


「すでに話はついています。あなたはグレイス公爵家の養子になって、ルチアの許に婿入りするのです。すでに二人が住む屋敷の手配も始めています。結婚後はあなたたち全員、そこに移り住みなさい」

「ままままままま、待ってください、お方様 ! なななななな、なんでそんな急に婚約とか結婚とかって話になるんですかっ ?! 」


 顔を一転して真っ青に変えたアルは、渡された紙に書かれた長期スケジュールに愕然とする。


「この秋までに友人以上恋人未満になって、冬のヒルデブランドで急接近。来年の春から西の大陸へ親善使節として同行。あちらの開放的な雰囲気で一気に婚約。・・・本気ですか、お方様」


 アルから取り上げた紙を読み上げるエイヴァン。


「もちろん本気です。こうでもしないとルチアを狙う者が後を絶ちません。実際に屋敷に忍び込もうとする者は何人もいるのです。全て騎士団が撃退していますが」


 あなた方は夜はいないから気づかなかったかもしれませんけれど、あからさますぎてため息も出ませんよと、侯爵夫人は鼻を鳴らす。

 

「何も実際に結婚生活をしろと言っているわけではありません。真似だけで十分。あちら現実世界で正式に結婚したときに、改めてヒルデブランドで冒険者としてお式をあげれば良いではありませんか」

「ですか、お方様。ルーが承知するかどうか。彼女は恋だの愛だのと言う事象の真逆の位置にいるんですが」

「カークス、アンシアが行き遅れると言えば大丈夫。二つ返事で引き受けます」


 え、またあたし ?

 アンシアの心境は複雑だ。

 

「ですが、お方様。こんなに簡単にルーを振り向かせるなんて、僕には絶対無理です。そんな甲斐性はありません」

「おや、ではあの子がどこぞの輩に既成事実を作られてもいいと言うのですね、カジマヤー ? 」


 そんなわけでは、と口ごもるアル。


「根性を見せなさい。ロミオとジュリエットは出会った翌日に結婚しているのですよ。やろうと思えばできるはずです。ダルヴィマール侯爵家存続の危機なのです。マクシミリアンの子が育つまで、決して気を緩めてはなりません。良いですね」


 そんな、物語と現実を一緒に扱われれても。

 第一、あのヒロイン達ラテン系だし。

 というアルの反論は無視された。


「スケルシュ、カークス。他人事だと安心しているのでしょうが、釣り書きはあなたたちにも届いていますよ」

「俺、私たちにもですか」


 ルーほどではないが、確かに十枚ほどが置いてある。


「これからの仕事次第では準貴族くらいにはなるだろうと考えて、今のうちに取り込みたいのでしょうね。あなた方が貴族筋だというのも知られていますし。ま、これはこちらでお断りしておきます。仕事が多くて結婚どころじゃないってね」

「お願いします。ところでアルの分はどれですか」


 山になっているのは三つ。

 ルーとエイヴァンとディードリッヒの分だけだ。


「カジマヤーの分 ? あるわけないではないの。わたくしが何故あちこちで二人の仲を宣伝していると思っているの ? 」


 去年ルーが流行らせた『人の恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死んでしまう』という呪い。

 アルを娘婿にと画策した貴族は、奥方やご令嬢にお願いだから呪いに罹らないでと泣きつかれて、渋々と諦めたという。


「基本ご婦人は悲恋が好きなのよ。身分違いとか片思いとか、気持ちよく応援してくれるわ。ルチア一筋のカジマヤーに手をだすようなご令嬢はいないはずよ」


 もし言い寄られたら、盛大にルチアへの惚気を聞かせておやりなさい。

 そう言ってコロコロと笑う侯爵夫人の前では、アルのルーへの細やかな心遣いなど、風の前の塵のようなものだった。

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