第244話 彼女の事情と彼の想い

 二年目の王都。

 最初は間諜スパイとして噂を集めるはずだった。

 なのに変な陰謀に巻き込まれて、そちらの活動はおざなりになった。

 ただし不穏分子は山のように捕まえたけど。

 今年は陛下の遊撃隊と紹介されてしまったので、お茶会とか夜会とかのお誘いがグッと減ってしまった。

 仕方ないけどね。

 いろいろ報告されたくないのだろう。

 もちろんそういうお家は要観察としてブラックリストに載せたけど。

 それと兄様たちがお役を頂いたお陰で、思っていたように冒険者仕事ができない。

 だから週休二日は確保して、その二日間は冒険者仕事に当てると決めた。

 何があっても無視する。

 陛下の要請もお断り。

 私だって数字持ち目指したい。

 

「ルチア様。なんだか難しいお役目をなさっておいでのようですけれど」

「聖上陛下には悪戯心を発揮されて、本当に困っておりますのよ」


 ディードリッヒ兄様がらみの刺繍の会。

 カウント王国で変なお役がついたことを知った。

 そのせいでお誘いが減ってしまうかもしれない。

そんなこともあろうかと、通過してきた各地の刺繍の図柄を収集してきたのだそうだ。

 さすが、ディードリッヒ兄様。

 遠くの村の素朴な図案など、見知らぬものに皆さん興味津々だ。

 だが、集まった方の中にはお話だけ聞きたい方もいらっしゃる。

 刺繍関係は兄様にまかせて、私は噂話がお好きな方のお相手をする。

 

わたくしの近侍が父のお手伝いをしているのは確かなのですけれど、わたくし自身は何もしておりませんのよ。たまに陛下とお茶させていただくだけですの」

「そのたまに、が普通ではありませんわよ、ルチア姫」


 皆さん、楽しそうにクスクス笑う。


「陛下はどのようなお話をされていますの ? あ、お国の秘密などでしたら別によろしいのですけれど」

「皇帝陛下の愚痴聞き係兼のろけ聞き係ですわ」


 淑女らしからぬ盛大なため息をついてしまう。


「ル、ルチア様 ? 」

「お仕事でお疲れのお話はよろしいのですけれど、九割は皇后陛下がどれほど素晴らしいかということですの」

「あの・・・」

「もう甘くて甘すぎて歯が浮くどころか、一気に虫歯になりそうなくらいに極甘ですの」


 ご一緒しているご令嬢、貴婦人方がポカンとしている。

 きっとさぞかし高尚な会話が交わされていると思っていたのだろう。


わたくし、恋人どころか初恋もまだですのに、ご夫婦の馴れ初めからお式まで延々と伺って、もう何の拷問かと」

「 !!! 」


 なぜか皆さん、バッとアルを見る。

 それまで刺繍をしていた方々まで。

 アルはキョトンとした顔をしている。

 兄様たちとアンシアちゃんが、首を振り振り困った顔をする。

 それを見たご婦人方がわかったわと言いたげに元の笑顔に戻る。

 

「皇帝陛下は本当に皇后様をお大切になさっておいでですものね」

「そのお気持ちをどなたかに聞いていただきたいのですわ」

「大切なお役目だわ。遊撃隊などと恐ろしい名前で誤魔化しておいでなのね」


 たくさん聞いて差し上げてね、と皆さん温かい笑顔でおっしゃる。

 いや、もう十分すぎるほど聞いたんだけど。

 同じ話を三十回くらい。



 その日の夜。

 ダルヴィマール侯爵家の三階。

 アルの部屋にルーの一味が集結した。


「なんです、みんなで。僕、何か失敗しましたか」

「いや、していない。していないがどうやら困った噂が流れている」


 ベッドに座らされ、四人に上から見下ろされたアルは居心地が悪くて仕方がない。


「お前が意識不明だった時のことだがな」


 盛大な愛称呼びとタメ口で、二人の関係が取り沙汰された。


「ごまかす為には新しい設定を付け加えるしかなかったんだ」

「はあ・・・」

「ちなみに考えたのはあたし」


 嬉々として説明するアンシアだが、アルの反応が今一つ薄い。

 彼がルーに片思いをしているのは誰もが知ることだが、その彼女と婚約していると知れば、もっと焦ったり顔を赤らめたりするはずだ。


「アル、おまえ、何を隠している ? 」

「何も隠してませんよ、ディー兄さん」

「いや、いつものお前なら慌てふためいて机の上のものを落とすくらいはしているはずだ」

「そうよ、アル。お姉さまとの婚約、嫌なの ? もっと驚くなり喜ぶなりしなさいよ」

「ねえ、アル君、あっち現実世界でもルーちゃんと会ってるのよね」


 そんなこと言われても、と困り顔のアルに、ナラが爆弾を落とした。


「まさか、あっち現実世界で親公認とかになってる ? 」

「あ、はい。なってます」

「「「はあぁぁぁっ ?! 」」」


 さらっと言うアルに、メンバーの男二人は本気の殺気を放ってしまう。

 デートというか、二人で出かけるくらいはしているとは思っていたが、まさか親公認の関係だったとは。


「公認って言ってもルーは知らないんですよ。親同士が盛り上がってるだけで」

「設定そのまんまじゃないか ! 」

「あー、そうですね。アハハ」


 一瞬ぶっ叩きたくなった衝動を堪えた男ども、偉い。


「それで、どの程度の付き合いなの ? 」

「ルーがイギリス留学から戻ってから一緒に住んでます」

  

 振り上げた握りこぶしを、どこに下ろせばいいのだろうと、兄たちはギリギリと歯を食いしばる。


「あ、朝はルーの方が先に出ますし、帰りは僕の方が早いから、会える時間ってほとんどないんです。それと一緒に住んでるのはご両親がそれぞれ北と南に単身赴任して、マンションのセキュリティに問題ができたからです。もう一つ言うと、僕とルーの部屋は中庭を挟んで反対側ですよ」 

「アル、お前・・・」


 こっち夢の世界とまったく同じなんですよと明るく笑うアルの頭に、今度こそ容赦なくこぶしを振り下ろした兄たち二人。


「なんでそんな美味しい状況で告ってないんだよっ ! 」

「間違いなく入れ食い状態だぞ、それはっ ! 」

「無茶言わないでくださいよ、兄さんたち」


 久しぶりのげんこつに涙目で答えるアル。

 怒られる理由がわからない。


『そうとも。なぜまだ手を出しておらぬのだ ! 』

『こやつらの言うとおりだ。このヘタレめ ! 』


 ベッドの上にポンッと白竜とヒヨコが現れた。

 そしてアルの頭を突いたり、翼で顔を叩いたりする。


「ちょっとやめてよ、二人とも。なんで怒ってるんだよ」

『これが怒らずおられるかっ ! 』

「あー、ちょっと落ち着こうか、みんな」


 頭に血が上った状態の男どもをアルから引き離すナラとアンシア。

 アルはボサボサになった頭を手櫛でなおす。


「アル君がルーちゃんにベタ惚れなのはこの屋敷の人全員が知っているわ。もちろん侯爵ご夫妻も」

「はぁ」

「ルーちゃんも君には心を開いているわね」

「嬉しいです」

「それなのになんで、まだ大事な友達扱いなのかしら。そろそろ一歩踏み出してもいいんじゃない ? 」

「・・・」


 ナラの言葉にアルは悲しそうに首を振った。


「ルーが心無い言葉で自分の容姿に自信がないのは知っているでしょう ? 」


 下を向いたままアルは続ける。


「そんな相手ともこの一年で会話が出来るようになりました。でも、やっぱり男性との接触は苦手みたいなんです。バレエの相手としては平気らしいですけれど」

「なんの問題があるんだ ? 」


 左の薬指のささくれをコリコリといじっていたアル。

 

「僕は、ルーの安全地帯セーフティーエリアなんです」

「なんだそりゃ」


 エイヴァンがわけわからんと突っ込みをいれる。


「ギルマスも言ってたでしよう、ルーは向こうで顔を隠していたって。僕の姉に服や髪を整えてもらうまで、病院でもずっと顔を隠していましたし、元のクラスメートに出会ったときは、まっすぐ歩けないくらいに体調を崩しました」

「・・・」

 

 アンシアは以前聞いていたルーへの酷い言葉を思い出す。

 本当にそんな言葉を投げつけられていたのかと信じられなかった。

 

「ルーにとって同年代の男の子って恐怖の対象なんです。今でもかなり身構えて、覚悟をしてから会っているところがあります。演技をしているって言ったほうが正しいかもしれません」

「それとお前が安全地帯セーフティーエリアだというのとどう関係があるんだ ? 」


 去年の夏休み前。

 自分の学校を訪ねてきたときのルーの様子を話す。


「男子生徒に囲まれて、一見平気そうに見えました。でも、僕に気が付いた時、一瞬助けを求めるような顔をしました。手を取ったら微かに震えていました」


 怯えを祓うかのようにギュッと握られた手。

 教室に着くころにはいつものルーに戻っていた。


「ルーの中では、僕は唯一自分を傷つけない男子なんです。一緒にいて安心できる、罵ったりからかったりしない同年代の男子。やっとできたそんな相手に告られたら、ルーがどれだけ混乱すると思いますか」


 人と付き合わず友人も作らず、ただ毎日をローテーションしていたあちら現実世界での生活。

 今は誰かと会話をすることにも慣れ、短期とはいえ海外留学をし、代役ではあるが主役を踊り注目を浴びている。

 そこにもう一つ恋愛という問題を加えて良いものか。


「今年は大学受験もあります。ご両親と離れていることには慣れているけれど、他人の家に下宿するということは、ルーなりにかなり気を使っていると思います。だから、今はこれ以上彼女に負担を掛けたくないんです」

「横からさらわれたらどうする」

「僕に知られずにルーと接触なんてできませんよ」

 

 ディードリッヒの問いにアルはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 学校関係からはアル経由でなければ連絡が取れない。

 lineはアルとしか交換していない。

 ルーの両親の職業がら、軍事利用に転用可能なものは許可されていないのだ。

 おまけに登下校やバレエ団への送り迎えは自家用車だ。

 どこに新しい出会いがあるというのだ。


こちら夢の世界でも四方よもの王を目指すという目標があります。僕の気持ちを伝えるのは、早くても受験の終わった来年の春です。それまでは・・・」

「それでいいの、アル君は」

「ええ、時間は十分ありますから」


 ナラに言われてアルは大きく頷く。

 だがエイヴァンは渋い顔だ。


「おまえとルーには十分だがな、アンシアにはそれほど時間はないぞ」

「え、そこであたしですか」


 突然矛先が自分に向かってきたことに慌てるアンシア。


「俺たちの世界での平均結婚年齢は、男は三十、女は二十九だ」

「だがお方様も皇后陛下も十七で結婚されている。この意味がわかるか」


 エイヴァンとディードリッヒの言う通り、この国での結婚は二十歳くらい。

 アンシアは今年の春で十七になった。

 そろそろ恋人から結婚申し込みを受けてもいい年頃だ。


「俺たちもまだ結婚相手はいないが、お前たちだってこれからの職業次第では、結婚まで十年ちかくかかるという可能性がある。で、これの事だから、お前たちより先に結婚しないつもりだろう」

「もちろんです。お姉さまより先なんて、ありえません」


 と言うことはだ、とエイヴァンが続ける。


「お前たちが結婚するころには、アンシアの嫁ぎ先が無くなっている可能性が高い」

「よくてどこかの商家の後添えだ。そのあたりをよく考えろ」


 わかりました。

 でももう少し時間をください。

 アルが渋々と言った表情で返事をする。


「ところで例の噂ってどこから流れたのかしら。私は奥向きの仕事しかしないから、世間でどうなっているのか知らないのよね」

『おお、そのことならば我らが承知している』

『流したのはこの家の奥方ぞ』


 まさかの家族からの漏洩 ?

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