第239話 冬の終わり

『祠の乙女』


 王都オーケン・アロン。

 グランドギルドでは色々と問題が起こっている。

 まずシジル地区に冒険者ギルドが出来たこと。

 皇帝陛下肝入りの仕事が出来たこと。

 その件に関してシジル地区からの指導が入ったこと。


 今まで下に見てきたスラムからの指導。

 それはいい。

 だが、それ以上の問題があった。

 祠を維持するのに重要な役目を果たす『乙女』。

 それの成り手が集まらないのだ。


「あの、その、あれですよね。乙女でないと出来ないお仕事なんですよね」

「乙女って、あれですよね。それって知られると恥ずかしいっていうか」

「彼氏がいないってばれちゃいますよね。なんか魅力のない女みたいで」


 新人の街専まちせんは快く引き受けてくれた。

 だが、それ以上が集まらない。

 事態を重く見たグランドギルマスが、王都の支部から未婚の全女性冒険者を参集した。


「これは強制ではない。もちろん断ったからと言って罰則があるわけではない。また討伐系の者は手を出しにくい依頼でもある。全て承知の上で頼みたい。王都の為、ひいてはこの大陸のためでもある」


 それでも娘たちは下を向いて黙ってしまう。

 非常に繊細な問題だからだ。

 気まずい時間だけが流れていく。


「ちょっと、いつまでここに閉じこもってるつもりなの」


 扉が開いてボンキュッボンな女冒険者が入ってきた。

 

『ギルド・あるある隊』のエルカだ。


「そりゃもう未通女おぼこじゃないって子もいるでしょうよ。これに参加しなきゃそうだって思われたって仕方ない。でもね、逆に考えてみなさいよ。これに参加している限り、身持ちのしっかりした娘だって証拠になるのよ」


 カツカツと靴音を立ててエルカは、グランドギルマスの横に立つ。


「初代の皇帝様があたしたちの為に作って下さった祠。これが無くなれば王都も地方の街も大型魔物に襲われる。それでもいいの ? 地方から来てる子たちも、自分たちの故郷がどうなってもいいの ? 」


 何人かの娘が顔を上げる。


「あたしはやるわよっ ! 」


 エルカは会場中に響く声で宣言する。


「冒険者になって十年以上。故郷の友達はみんな結婚して子持ちだわ。そうよ。あたしはこの年まで彼氏が出来たことも告られたことも、お祭に誘われたこともないわよっ ! これに参加したらモテない行かず後家の年増女と後ろ指されるわよっ ! でも、あたしの評判が下がるくらいで王都が守れるなら、幾らでも馬鹿にされてやるっ ! 王都に育ててもらった恩を返すためだもの。言いたい奴は好きなだけ罵ればいいのよっ ! 」


 エルカの熱い魂の叫びに、何人かの娘がおずおずと手を挙げた。

 一人、また一人。

 こうしてシジル地区との連携で祠の修理が順調に進むようになった。

 後日、恋人の親に紹介される時「『祠の乙女』をやっています」と言うと、冒険者ではあるけれど、ちゃんとした娘さんだろうと安心されるようになった。

 冒険者出身でありながら、商家などに嫁ぐ娘が出たのもこの頃からだ。

 ほとばしる想いをぶつけたエルカのその後は、誰もが口をつぐんで話さなかった。

 後輩たちから『姐さん』と呼ばれて慕われたことだけは間違いない。



『晴れの日』


 領地持ちの貴族たちが王都から消えた頃、シジル地区では夏祭り以来の催しがあった。

 結婚式だ。


「いいお式でしたね、おやっさん」

「ああ、二人とも幸せそうでよかった」


 広場では宴会が続いている。

 喧騒を離れたシジル地区冒険者ギルド。

 ギルマスと宰相、皇帝陛下が静かに酒を酌み交わしている。


「長かったなあ。あいつも来年には四十。このまま一人身のままかと心配していた」

「責任感の強い女性ですからね。後輩が結婚すると言われれば、自分も止めるとは言い出せなかったのでしょう」


 幼馴染の恋人はいた。

 だが祠を守る乙女が減っていく中、自分がしっかりしなければと踏みとどまっていた。

 両親もとうに鬼籍に入り、どんどん激しくなる祠の崩壊に走り回っていた。

 それが変化したのがルチア姫の出現だ。

 

「まさか伝説の西海さいかいの王と時告ときつげの王が実在して、僕の娘と絆するなんてなんの昔話かと思いますよ」

「俺としてはマルウィン殿がまだご存命だったことにびっくりだ」


 伝説の英雄マルウィン。

 きけば九十を越しているという。

 本人は弱くなったと言っているが、実際に訓練を受けている面々に聞くと、とんでもなく強くて翻弄されるばかりだそうだ。


「不思議な縁だよな。マルウィン殿と西海さいかいの王の繋がりから祠の謎がわかって、あっという間に正式ギルドへの昇格だ。こんなにトントン拍子でいいのか不安になる」


 シジル地区ギルマスはこの春の事を思い出す。


「怪しい少年侍従にもっと怪しい侍従。姫の体捌きと言い、いつあんたらに相談しようかと迷っていたんだが、エイヴァンは出てくるしルチア姫は同じくらい手練れだし、アンシアは未来の公爵夫人だし。はっきり言って腹いっぱい過ぎる」


 終わりよければ全てよし。

 これでシジル地区の娘たちの負担も減る。

 城下町との関係も段々よくなってきている。

『ルチア姫の物語』のおかげでもあるが、アンシアの活躍も捨てきれない。


「もう風邪薬を三倍の値段で売りつけてくる薬屋もいない。外からの仕入れも城下町と同じ値段で売ってくれるところを見つけた。この地区はこれからどんどん住みやすくなる」

「後はなにかこの地区らしい売りになるものが必要ですね。それは妻と娘がいろいろ考えているようですよ」


 トントンと叩く音とともに扉が開いてサブギルマスが顔を出した。


「ギルマス、みんなが呼んでますよ。一緒に祝えって」

「おう、今行く。お前らはゆっくりしてってくれ。皿やら放置でいいからな。適当なところで帰れ」


 奥方に叱られるぞ、と言い置いてギルマスは出ていく。


「あなたを叱る役目の僕が一緒ですしね」

「まあ、これを飲み終わったら帰るか」


 二人はグラスの中身を空けると、テーブルの上を軽く片付ける。


「お前のところの一味がいないと王都は平和だなあ」

「人の娘を愚連隊の親分みたいに言わないでくださいよ」


 春までは新年の儀があるくらい。

 静かに静かに過ごす。


「やつらが戻ってきたら教えてやらないといけないな」

「何をです ? 」

「禁書庫を漁っていたらいろいろ資料が見つかってな。初代皇帝って方は・・・」



『ルーの帰還』


 荷物を受け取りガラガラと引きずって前の人についていく。

 十二時間のフライトは眠気との闘いだった。

 頑張って起きていたつもりが、ふとウトウトしてしまう。

 はざまの部屋の扉を開けると海の真っただ中で、目の前で海竜が

コンニチワしていた時はあせった。

 速攻目を覚ましたけど、こちらで起きる時に変な声を出してしまったらしく、キャビンアテンダントさんが心配して声をかけてくれた。

 こういう時はベナンダンティであるわが身を恨んでしまう。

 やっとたどり着いた日本。

 今日は早寝して、久しぶりでみんなに会いにいくんだ。

 ネットではあちらの事をいろいろ報告していたけれど、やっぱり直接会って話したい。 

 税関を済ませて到着ロビーに向かう。

 あれ、カメラを構えた人たちがパシャパシャと写真を撮っている。

 この後芸能人でも来るのかな。

 ボーっとした頭でそんなことを考えていると、私を呼ぶ声がした。


「めぐみちゃん、こっちこっち」


 声の方を見るとアルのお父様がいる。


「お帰り。迎えに来たよ」

「あの、ありがとうございます。只今戻りました。お迎えって・・・」

「車、待たせているから。さあ、行こう」


 横から運転手っぽい人が私の荷物を持ってくれる。

 なぜか空港の人が私たちを先導してくれる。

 何があったのだろう。


「びっくりしただろう、めぐみちゃん。帰ってくるなり報道陣に囲まれて」

「え、別に囲まれてはいませんでしたけど ? 」

「気がつかなかったかい ? あの人たちは君の取材で集まってたんだよ」


 私、イギリスで何か犯罪でも起こしたかしら。

 大きなリムジンの座席に埋もれながら、取材されるようなどんな悪行を行ったのかと思い出してみる。

 ・・・。

 いや、私は真面目に留学生をしていただけだ。


「やっぱり気が付いていないみたいだね。君、向こうのバレエ団の公演に出ただろう ? 」

「はい、代役で何回か」


 百合子先生の紹介で、留学先の街にある小さなバレエ団、そこでレッスンさせてもらっていた。

 遊びでパ・ド・ドゥの相手をしてもらったり、あの役の人がお休みだから、ちょっとだけ練習代わってって言われて引き受けたり。

 学校は楽しいし、お稽古も楽しいし、あちら夢の世界でもおもしろい経験が出来てるし。


 そんなふうに過ごしていたら、定期公演の直前、主役の方がケガをして出演できなくなった。

 運の悪いことに代わりに踊れるソリストのおめでたが発覚。

 残ったのは準ソリストだけど、この人はソリストの代わりに準主役を踊らなければならない。

 残りのコールド、群舞の皆さんで主役の振付を完全に覚えている人はいない。

 外部からの応援が来るまで数日かかるということで、急遽私にお鉢が回ってきたのだ。

 なにしろ小さいバレエ団だから、余分な戦力はいなかった。

 いきなりの主役が『ドン・キホーテ』のキトリでなかったら、絶対引き受けなかった役どころだ。

 なんで準主役のジプシーでなかったかと言うと、あれを踊れるほどの大人っぽさがなかったから、らしい。

 ほっとけっ !


「お願い。助けると思って初日だけでも ! 」


 お偉いさんをはじめ団員の皆さんに頭を下げられ、私の名前は出さないという約束でお受けした。

 その後バタバタと学校やら百合子先生やらと連絡を取り、私のバレエ団への短期留学手続きをして、研修という名目で舞台に立った。

 土日公演の昼と夜の四回。

 月曜日からは応援のプロがやってきて、私はお役御免になった。

 学校あるから昼間の舞台には立てないもんね。

 で、問題はその後で、評判が良かったのか追加公演が決まった。

 と言っても外部からのヘルプは契約通りに帰ってしまうし、再び私が出ることになった。

 またまた週末の四公演。

 研修なのでただ働きだ。

 その分色々とご馳走してもらったりしたけど。

 お土産も一杯もらったけど。

 持ちきれなくて配送にしてもらったけど。


「ネット動画からこの日本人は誰だって話題になって、学校やバレエ団にも取材申し込みがあった。もちろん君の家にも」

「・・・ネット、怖い」


 私がなにも知らなかったのは、全て上の方で押さえていてくれたからだと言う。

 伸び伸びと留学生活を送らせたいから、直接連絡を取ったら訴えると両親が接触してきたマスコミ各社に申し入れたとか。


「日本人の少女がいきなりプリマ・デビューしたと大きく取り上げたかったようだよ」

「小さなバレエ団で色々と条件が重なったからですよ。そうでなきゃあり得ないですから、こんな抜擢。お世話になった先生方のお役に立ちたかっただけです。大手のところは私以上の研修生はゴロゴロいますし、プロになりたいわけじゃないから、もうこれっきりです」


 実際お稽古不足でお恥ずかしい出来だった

 誰だよ、あれをネットに流したアホは。

 車は都心に入った。


「あの、これ私の家と方向が違うんですけど」 

「あ、君のご両親、先月末から地方で艦長やっていてね。マンションのセキュリティが心配だからって、うちで預かることになったんだ」


 オートロックにも関わらず入り込んで取材をしようとする人、単に私の正体を暴きたい人。

 管理会社には苦情の山が出来たという。

 たかだか高校生の小娘の何が知りたいんだろう。

 もしかしていやなニュースが続いて、紙面の雰囲気を変えるためだろうか。

 もしくは碌な話題がないとか。


「両隣のおじいさんたちも、年寄がどれだけ君を守れるか自信がないとのことで、まあ、そういうことになったわけだ」

「でも荷物が・・・」

「おまかせ便で部屋丸ごと移動してある。タンスや机も中身そのまま。プライバシーは守られてるけど、荷ほどきは自分でやってくれるかな。やっぱり勝手に触るのはどうかと思ってね」


 食材も全て処分して、今あのマンションは空だそうだ。

 なんか寂しいな。


「君が作っていた梅干しとか塩麴とかはちゃんと回収してあるからね」


 あ、ならいいか。


「しばらくは登下校はうちの車で送るから。めぐみちゃんも気を付けてね」


 車はアルの家の車寄せに止まる。

 玄関の中からはアロイスの吠える声が聞こえてくる。

 私はやっと日本に帰ってきた。

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