第238話 さらば、カウント王国 もうこの街には来ないから

 ラノベの断罪とかざまぁとか、読んでるだけなら面白いのだが、実際にその場にいると本当に気分が悪い。

 私も色々と言われたが、言われただけでこんな形の嫌がらせはされていない。

 直球勝負での陰口だったので、あんな大事件にならなければ、蟄居なんてならずにお小言ですんだレベルだ。

 しかしこちらは実際に手を出している。

 幼稚で、わかりやすくて、証拠を隠そうとすらしていなかった。


 最初に赤いドレスを指示した侍女たち。

 彼女らもあのご夫人方からの命令でやったという。

 持ち込まれたドレスは、さすがに本当に着るとは思っていなかったらしい。

 だが別のドレスを着て現れれば王妃様の贈り物を無視したと言い、問題のドレスを着てくれば他国の事情について勉強不足と嘲笑うつもりだったようだ。

 それを事前に阻止できなかった王妃様のことも。


 なぜ彼女らがそんなに王妃様を目の敵にしていたのか。

 この件については侍女長補佐さんが詳しく説明してくれた。

 実は殿方が気づいていないだけで、女性の間ではけっこう有名な話だったそうだ。


『親友』の三貴婦人が王妃様を見下す理由。

 それは王妃様が低位貴族の出身だったからだ。

 国王陛下は御母堂がやはり身分の低い女性で、正式な妻になれなかったことを気にしていた。

 だからご自分は好いた女性がどんな身分であれ、正式に王妃として迎えることに固執していた。

 そこで高位貴族の養女に出すことなく、その身分のままで婚姻した。

 それが前例となって、御母堂のように悲しい思いをする女性が減ることを望んでのことだった。

 だがそれは逆効果だった。

 友人たちの妻は身分の低い女から生まれた国王の、低位貴族出身の王妃を夫にバレないように蔑んでいた。

 夫婦仲が良かったこともあったようだ。

 自分たちの夫は仕事に亡殺されかまってはくれない。

 なのになぜあの身分の低い女が大事にされるのか。

 長い時間をかけて悪意が育まれていったらしい。


「なぜあの方たちは、今時成人直後の令嬢でもやらないようなことをしたのでしょう。お国の中だけならば目を瞑ってもらえたでしょうが、他国を、大陸一の大国を巻き込めばただではすまないことくらいわかるでしょうに」

「それこそが、我が国が二流を名乗る三流国であることの証でございますよ」


 帝国貴族出身の母を持つ侍女長補佐さんが教えてくれた。

 帝国に比べて何もかもが幼いのだと。


 断罪は続いている。

 私は後ろに控えている兄様たちに合図をして気配を断った。

 周りに気づかれないまま大広間を後にする。

 荷物は昨日のうちにまとめてある。

 侍女長補佐さんには事情を話し、国王陛下へのお手紙を託している。

 馬車で静かに首都の門をくぐる。

 気持ちは重いままだ。


「お疲れ。もういいのかい ? 」


 森の陰で馬を引いたギルマスが待っていた。


「もう、十分です。こんなくだらないことに付き合わされて、私たち何しに来たんでしょう」


 ラノベであれば悪役が消えて万々歳なのに、どうしてもスカッとした気持ちになれない。

 三貴婦人のご主人たち。

 子供もいて長い時を一緒に過ごしてきたと言うのに、その顔には何の感情もなかった。

 罵ることもなく、悲しむこともなく。

 そして庇うこともなく、妻をさっさと切り捨てた近臣たち。

 その姿にこの国の根底が見えた気がした。 


「ギルマス、私、早くお家ヒルデブランドに帰りたいです。もうここに来たくない」

「・・・きつかったね。よく頑張った」


 アルとアンシアちゃんも辛そうな顔をしている。

 故人の供養のためと訪れたはずなのに、私の初めての外遊は後味の悪いものになってしまった。

  


 さてその後の事は伝聞による。

 三貴婦人はお約束の修道院送りになったそうだ。

 絶壁の上に建てられた寂しい場所で、籠に乗って釣り上げられないと出入りができないような難所。

 二度と出てくることはない。

 最後にあのドレスのウエストサイズが、コルセットなしでブカブカだったと聞かされて悲鳴を上げて気絶したそうだ。

 ご自分たちの腰の細さを自慢にしていたそうだが、修道服にはコルセットはない。

 気持ちよく増えていくことだろう。

 王子様方は貴婦人方の令嬢と婚約をしていたが、それは各家から解消を申し出られたそうだ。

 低位貴族出身の王妃の息子と、こちらもかなり侮られていたらしい。

 よくぞ陰謀にもならない嫌がらせを暴いてくれたと、それぞれ感謝のお手紙をいただいた。

 これからは親戚として親しくなりたいとも。

 面倒くさいので、遠くからお幸せを祈っておりますと返しておいた。

 祈らないけど。

 

 実は私たちが王宮を離れたのを知った王国側は、すぐに騎士団を派遣して後を追わせたそうだ。

 だがどんなに馬を走らせても、小さな馬車には追いつけなかった。

 そりゃそうだ。

 私たちは大きな街道を避け、南回りの小さな町を経由して帰国していたから。

 もちろん馬車はギルマスの冒険者の袋の中だ。

 いやあ最高位の『無量大数』半端ない。

 あの『冒険者の袋』にどれだけ入るんだろう。

 全員あの嫌な気分を一掃しようと、あちこちで冒険者仕事をしながらガンガン進んだ。

 つい調子に乗って獣道を一直線にアスファルト舗装してしまい、兄様たちからめちゃくちゃ怒られ、泣く泣く復元作業を行った。

 もちろん私たちが通った後で。

 アスファルトがなければ自然に草も生えて、直に元通りになるだろうとギルマスに慰められた。

 ゆとりのある男性はやっぱり違うね。

 そうアンシアちゃんに囁いたたら、聞かれてたようで次の村に着くまでずっとお説教された。


 井戸が枯れてしまった村で水脈を探したり、季節ごとに襲ってくる山賊を退治したり、悪質な金貸しを追い詰めたり。遭難した商人を助けたり。

 その間に美味しい物を食べて、温泉を見つけてなごんだり、兄様たちが街の有力者の娘さんに告られたり、そりゃもう力一杯楽しんだ。

 ギルマスも一緒にリフレッシュして領都に帰り着いた時には、街はすっかり雪景色になっていた。



 新年の翌々日。

 私たちはヒルデブランドを後にした。

 私がイギリス留学でいないのに、みんながここに残っていては色々と疑われるからだ。

 みんなは北の方の国で活動する。

 春になったら王都近くで合流することになっている。


「お姉さま、お気をつけて。たった三か月ですけど、やっぱり寂しいです」


 北へ向かうみんなと別れる日、アンシアちゃんが涙目で抱きついてきた。


「アンシア、大袈裟だよ。春にはまた一緒に暮らせるんだから」

「アルはいいわよ。あっちで『ねとー』とかで連絡取れるんでしょ。あたしは、待ってるだけだもん」


 可愛いなあ、アンシアちゃん。

 こんなに慕われて、私はなんて幸せなんだろう。


「毎日アルに伝言をするわ。アンシアちゃんも報告、お願いね。楽しみにしているわ」

「はい、あたしもお待ちしてますね」


 みんなと別れた翌日。

 私は白いはざまの部屋にいた。

 あの扉を開ければ、知らない世界が待っている。


『娘、あかしのピアスを消しておけ』

「誰 ? 」


 目の前で白いボールのような物が二つ跳ねている。


『我らだ。この部屋では顕現できぬ』

「あ、東雲しののめ桑楡そうゆ ? わぁ、ほんと、アルが言う通りタマちゃんだ」

「止めよと言うに」


 二人が不本意と言いたげに跳ねる。


「着いてきてくれるの ? 」

『お主一人では何をやらかすか心配なのでな』

『我らはお互いをもっとよく理解せねばならん。邪魔な奴らのいないこの春までが勝負ぞ』


 二人がクルクルと私の周りを飛び回る。

 不安だった気持ちが少し楽しみに傾いた。


「じゃあ、二人とも、行こうか」


 私はドアノブをグッと握った。



 まだ肌寒い春の日。

 王都オーケン・アロンの近郊。

 一つ手前の村の宿屋。

 前日宿に入った姫は、体調が優れないと人々の前に姿を現さなかった。

 絶世の美少女を少しでも見たいと期待していた宿の者は、ガッカリ半分、心配半分という気持ちでお出ましを待っている。

 近侍達も同じような気持ちらしく、姫の部屋の前に集まっている。


「姫、お目覚めでしょうか。入室をお許しいただけますか」


 年かさの侍従が声をかける。

 お許しが出たのか近侍達が中に入る。

 バタバタと支度をする音が聞こえてくる。

 よかった。

 お元気になられたようだ。

 宿の者たちはホッとして朝食の支度を始めた。

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