第237話 出立の儀
その場は解散とし、お三方には情報漏洩対策として王宮に泊まってもらうことになった。
私たちは部屋で待っていたアルとアンシアちゃんと五人で作戦会議だ。
侍女長補佐さんと有志の侍女さんたちもいる。
「どうですか、スケルシュさん ? 悪いドレスではありませんよね」
「うーん、確かにそうなんですが、ところどころ手直ししないといけませんね。特にこの胸繰りとか昼のものではありませんしね」
このドレスは夜会用らしく胸が大きく開いている。
朝の儀式である出立の儀で着るには無理がある。
「お嬢さま、言いたくないんですけど、お胸が足りません」
「こらっ、アンシアっ ! 本当の事を言うなっ ! 」
侍女さんたちが一斉に顔を背けて口を押える。
いや、いいんだ。
絶壁なのは自分が一番わかってるから。
でもね、バレリーナとしては最適な体なのよ ?
バレエではジャンプ技って結構あるんだけど、この時、男性なら絶対起きないけど、女性にだけ起きる現象がある。
ワンテンポ遅れる、だ。
実際には遅れていない。
ちゃんと曲に合わせて着地しているのに、なぜか遅れて見える。
その理由は何か。
『胸』、である。
豊かなお胸の人は、飛んで降りた時、お胸が後から落ちてくる。
それでまるでワンテンポ遅れているかのように見えるのだ。
こればっかりは技術では如何ともし難い。
だから人によっては豊胸手術ではなく、減胸手術することもあるらしい。
幸いなことに私には全然必要ないけれど。
「どちらにしてもこのまま午前中の行事にでるわけにはいかないわ。カークスさん、いかがでしょう」
とりあえず着てみたドレスでクルっと回ってみる。
「腰回りが大きいようですね。なんだか浮いています」
「それはコルセットの絞め過ぎではありませんか。少し緩めれば丁度いいかもしれません」
侍女長補佐さんがアドバイスをくれる。
「コルセット ? なんでしょう、それ」
ヴァルル帝国にはない下着だと思い出した。
確かギュウギュウに腰を締め付けるやつだ。
「あのお、この鎧みたいな奴でしょうか」
アンシアちゃんが寝室から何やら持ち出してきた。
うわあ、なんか物凄く固い。
これ。着なくちゃいけないの ?
「コルセットなしでその細さとは・・・。いえ、着用なさらなくても大丈夫です。このままお腰の部分を詰めましょう」
「ここの無駄なレースとドレープを外して、お胸の部分に持ってくるのはいかがでしょう」
「できるだけ装飾を外して、儀式用らしく見せましょう」
その後はみんなで楽しくアイデアを出し合った。
でも私とアンシアちゃんとアルは、ある程度の時間で寝室に追いやられた。
「明日、目の下に隈を作って参加されるおつもりですか」
「カジマヤー、ちゃんと休まないと背が伸びないぞ。『寝る子は育つ』っていうだろう」
逆らってもしかたがないから、皆さんに手仕事倍々魔法をかけてお先に失礼させていただいた。
◎
翌日。
昨日の大広間に移動する。
すでに王国貴族の皆さんが集まっている。
左右に分かれたその間を国王陛下、
兄様たちはすでに玉座の後ろに控えている。
「まあ、ちょっと」
「ごらんになって」
「なんて見事な」
ご婦人方の称賛の声が心地よい。
そんな中に顔を歪ませるお方が三名。
あー、やっぱりこの方々だったか。
昨日のうちに動いた影の皆さんからの報告にあった。
それとともに侍女長補佐さんが動いてくれた。
この人、侍女長さんより凄いかも。
朝のうちに全ての報告が済んで、ばっちりと対策は済んでいる。
この国、残念なくせしてけっこう使える人が多い。
もったいない。
儀式はサクサクと進む。
要するに領地に帰っても貴族としての誇りを忘れず、領地経営と領民の為に尽くし、無事に春には王都に戻ってくると宣言する場らしい。
帝国は『仕舞いの夜会』が終わったら勝手に戻って行くんだけど、小さくて新しい国は、こうやって一々儀式ばったことをして、結束を強めなければいけないということか。
「例年であればこれで終わりだが、今日は残念なことを告げねばならない」
儀典官の終了の言葉を遮って国王陛下が言った。
それを合図に入り口から数名の侍従、十人近くの侍女が入ってくる。
全員お疲れの様子。
一晩お勤めしたからだろう。
まず侍従たちが引き出され、それぞれの親が呼ばれてその後ろに立った。
「この者らはこともあろうに我が姪、ルチア姫の侍女に狼藉を働こうとした。己の欲望を満たすため、我が国の名に泥を塗った罪は許し難い」
「お待ちください、陛下。たかだか使用人に手を出したくらいで、何故このように大勢の前に引き出されなくてはいけないのですか」
後ろに控えていた父親の一人が息子を庇うと、他の親たちも同意の意を示す。
こういう事は日常茶飯事なのか。
きっとこっそりと処分されておしまいなのだろう。
主に女性側が。
並ぶ男性貴族たちも何を今さらという顔をしている。
「たかだか使用人 ? お客人の侍女であるぞ。恥を知れ ! 」
続いて宰相が彼らの日頃の素行を読み上げる。
そしたらもう、出るわ出るわ。
親たちの顔がドンドン青くなっていく。
「そしてもう一つ。こちらのアンシア・シルヴァン嬢はヴァルル帝国近衛騎士団副団長の許嫁。つまり次代のグレイス公爵夫人である。申している意味がわかるか」
顔色が信号機の様に赤と青に点滅するっていういう表現を読んだことがあるけれど、まさか本当に見るとは思わなかった。
親子共々ものすごい顔色になっている。
「アンシア嬢の名誉の為に申しておく。この者らは全員手を出す前に倒されている。なんと情けない、と言いたいところだが、少女ながら剣術武闘會で十一人抜きをしている手練れである。襲う前に相手の力を見抜くべきであったな」
騎士団総長が目をむく。
ただの見習侍女と、男に襲われたくせに堂々と人前に出てくる恥知らずとでも思っていたのだろう。
「こやつらは他国で五年間の奴隷労働とする。その後解き放たれるかはその間の働きによる。ただし、貴族位に戻ることは許さん。平民としての帰還となる」
「陛下、どうぞお慈悲を ! 」
家族らがひれ伏して頭を下げる。
奴隷には何種類もあって、給金を払われ将来自分自身を買って奴隷の身分を離れる者がいる。
攫われてきて奴隷にされた者などがこれにあたる。借金の為に己を売った者もこの範囲に入る。
次に犯罪奴隷。
これは問答無用で永遠に奴隷のままだ。
鉱山や汚水処理などのきつい仕事が主になる。
読み書き計算が出来ると、事務仕事など比較的楽な仕事に回してもらえることもある。
だが彼らにはそのような可能性はない。
『苦役』と働く条件をつけたうえでの奴隷だから。
五年間という期限がついているだけマシだと言う。
「ひったていっ ! 」
引きずり出される侍従たち。
貴族の群れの中から嗚咽が聞こえる。
多分彼らの親族なのだろう。
つまらない。
くだらないお芝居にいつまで付き合わなければいけないのだろう。
だが、国王陛下はどうしてもやりたいらしい。
私的な訪問とはいえ大国の使節に対して何をしたか、目に見える形で罰をあたえなければいけないのだと言う。
侍女たちの行いが宰相から説明される。
新興国にありがちながんじがらめの規則。
それに反する説明をして失態を演じさせる。
しかも自分たちの職務を放棄している。
王宮侍女として問題外の行動。
「全員見習に降格。侍女長は一般侍女に。後任は侍女長補佐とする」
断罪は粛々と進んでいく。
侍女たちが終わると、次に呼び出されたのは宰相夫人、内務大臣夫人、騎士団総長夫人の三人。
王妃様の親友と呼ばれる取り巻き三人組だ。
当事者として立ち会わなければいけないのは理解しているが、正直お腹一杯だ。
昨日、私の元に本日着用するようにと真紅のドレスが届いたことが報告されると、居並ぶご婦人方から驚愕の声が上がる。
全員が白いドレス姿だ。
「この者たちからの指示があったという証言があった」
宰相がそう報告する。
ご自分の奥様を見る目は冷めている。
「
三人の貴婦人が知らぬ存ぜぬと無実を訴える中、私はアンシアちゃんの手を借りてオーバードレスを脱ぐ。
私が着ていたのは総レースのオーバードレス。
今開催されている『ベルギーレースの世界・小さなボビンから紡ぎだされる偉大なる芸術』展で見たやつ。
臙脂色の
それに袖をつけた物を『お取り寄せ』して、兄様たちと侍女さんたちが頑張った物を着ている。
細い糸で薔薇を盛り上げるように編まれた、今では数人の職人しか作り出せないと言われる最高級品だ。
そしてその下には、少し形を変えたあのドレスがあった。
「この赤いドレスを製作した工房から、注文書と納品書が提出された。屋敷の侍女が王宮までこのドレスを届けたことを証言した」
「そなたらのかわした手紙も押収している。もう言い逃れは出来んぞ」
三貴婦人は真っ青になってその場にひれ伏した。
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