第236話 権謀術数ではなく嫌がらせでしょう

 アンシアちゃんがひどい目にあいそうになった。


 アルから詳しい報告を受けたエイヴァン兄様が、貞操の危機に陥ったけど、モモと二人で瞬殺したと教えてくれた。

 この件に関してのセリフなんかもレクチャーしてもらう。

 しばらくしたら偉そうな執事服を着た家令がやってきて、陛下の耳にささやいた。

 陛下の顔が怒りに歪み、立ち上がって何か言おうとしていたので袖を引っ張り座っていただいた。


「伯父上様、その件は明日、明るくなってからでも。実質被害はなかったのですから、冷静になってから話し合いましょう」

「しかし、あまりにも酷い。そなたの侍女は傷ついているやもしれん」


 私は口元で扇を左右に振って否定する。


「どちらかと言えば、傷ついているのは侍従たちでしょう。娘一人に返り討ちにあうとは思ってもいなかったのではありませんか」

「・・・姫は何をご存知なのです ? 」


 家令が顔をゆがめて訊ねてくるけれど、正直何もご存知ではありません。

 アンシアちゃんが勝ったということだけ。

 

わたくしの近侍から報告を受けていますわ。恐ろしい場所ですわね。疲れを癒すはずの休憩室ですのに」


 家令が真っ青になって震えだす。


「どうか、どうかご内密に。彼らは中位の貴族の子息なのです。これが知れ渡れば彼らは・・・」

「これが知れ渡れば傷つくのはわたくしの侍女の名誉ですのよ。間違えないように。ね、伯父上様 ? 」


 私は上目遣いで陛下を見上げて微笑む。

 激高していた陛下が少し落ち着きを取り戻す。


「侍女の素性は書状に書いてあった。なあなあで済ますわけにはいかん」

「でしたらなおさら明日がよろしいでしょう。この楽しいひとときに水を差すわけには参りません。それに、今夜はこの後もう一つお話合いがございますわよね、伯父上様 ? 」


『伯父上様』を連発してこちらに主導権を引き寄せる。

 うーと唸って黙ってしまった陛下だったが、諦めたように大きなため息をついた。


「わかった。そのようにいたそう。家令よ。問題の侍従たちは最下層の牢に入れよ。明日の出立の儀で姪に無礼を働いた侍女たちと共に沙汰を言い渡す」

「承知いたしました。左様計らいます」


 顔の青いまま家令が辞する。

 陛下は立ち上がると集まった人たちに声をかける。


「さて、宴も盛り上がってきた。今宵は懐かしい顔触れに親族の来訪。これ、まさしく空谷くうこく跫音きょうおん。よい年の瀬を迎えられよう。皆の者もこの後ゆっくりと別れを惜しむがよい。明日の出立の儀でまた会おう」


 陛下に促され私も立ち上がる。

 そして軽く膝を折るとカウント王国の重鎮の皆さんとともにその場を辞した。



「さて、陛下。ご説明いただきましょうか」


 私たちは先ほどの陛下の私的応接室に集まっている。

 メンバーは兄様たちと私。

 カウント王国の宰相。 

 騎士団総長。

 内務大臣。

 国教会の偉い人。

 そして先ほどの家令だ。

 家令以外、兄様たちも含めて全員着席している。

 私は陛下の隣だ。

 ちなみにギルマスは年寄りは早寝、とか言ってとっとと下がってしまった。

 この件の最重要人物なのに。


「当たり前のように仰せでございましたが、陛下の妹御のお話、我ら初めて伺いました」

「しかもそのお方がヴァルル帝国宰相の奥方とは、一体どのようなことになっておりますか」


 陛下はプイッと横を向いてしまう。

 説明して下さる気はなさそうだ。

 仕方なくエイヴァン兄様が手を挙げる。


「僭越ながら我らからご説明申し上げることをお許しいただきたい」

「侍従如きが何を知っているというのか」


 総長がフンッと鼻で笑う。

 あ、こいつ、嫌い。

 潰していいかな。


「大体の事は承知しております。まずは大元から・・・」



 陛下の御母堂の恋物語から始まって、ギルマスによる王国脱出。

 帝国王宮での保護と王国への帰還。

 そして御母堂へのご老公様の熱烈なアプローチ。 

 一人娘の誕生と、もうこれを物語にして売り出したら、必ずベストセラーになるよねっていう内容。


 エイヴァン兄様が語り終わった頃には、王国の皆さん魂が抜けたようになっていた。


「とんでもない国家機密ではありませんか。陛下、なぜ今になってあのような形で開示したのですか」

「・・・」

「「「陛下っ !!! 」」」


 大臣たちに詰め寄られて、陛下は渋々と口を開いた。


「お主らの奥のせいだ」


 奥、つまり奥方様のことだね。


「我らの妻が何か・・・」

「余が知らぬと思っているのか。王子しか生まなかったあれに、男児はいつか母親から離れるだの、娘と出かける幸せだの、散々吹き込んだではないか。あれがどれだけ傷ついたか」


 おっと、藪を突いたら蛇が出てきてしまったわ。


「あれの主催する茶会にもかかわらず、そんな話題で盛り上がって、一人ポツンとしている様を何度も見たわ。男女育てて母親として初めて一人前とか、娘を持たないと嫁に親身になれぬとか。理由をつけて処分したいと幾度思ったことか」


 国の重鎮たちが黙りこくってしまう。

 日頃そのような話題が家で出たこともあったのだろう。


「そこにこんな可愛らしい姪が現れた。貴様らの娘より数倍もの美少女。自慢して何が悪いっ ! 」

「「「悪いに決まってます ! 」」」


 私と兄様ズが思わずツッコんでしまった。


「この件は国家機密で、数代後に歴史的大発見として発表することが、両国の間での合意事項ではありませんか」

「伯父上様、なぜあのような場で暴露なさったのですか。大体・・・あっ・・・」


 少人数での個人的な訪問。

 皇帝陛下の親書はあっても公な立場ではないことは通達済みだ。

 にもかかわらず、首都に着いた時には盛大に歓迎する準備が出来ていた。

 つまり・・・。


「伯父上様、最初から狙っていらしたんですね」

「バレたか」


 つまり、この愛妻家の王様は、王妃でありながら貴族カーストから追い出されてしまった妻の為になにかしたかったわけだ。

 娘ではなくても、血が繋がっていなくても、有名どころの庇護すべき美少女を妻の為に用意したかったんだ。

 そして母娘ごっこをさせてやりたかったのだろう。


「妻の為なら、この程度の国家機密など大したことはないわ ! 」


 うわあぁっ、言い切っちゃったよ。

 程度が低い。

 あの子たちが言っていたのはこのことか。

 王国としての体は成していても、帝国とはまるで違う。

 遊び心があるのと、こんな風に密約を無視するのとでは違うのに。


「ここは異世界、ここは異世界」


 エイヴァン兄様が小声で呪文を唱えている。

 ディードリッヒ兄様も頭を抱えている。

 ベナンダンティの日本人が古くから国政に関わっていたヴァルル帝国と周辺国とではこうも違うのか。

 外交関係を考え直さなければいけないかもしれない。


「失礼いたします。少々よろしゅうございますか」


 ノックをして入ってきたのは侍女長補佐と何かを抱えてついてきた侍女。


「何用か」

「・・・先ほど王妃様からこれを姫様にと届けられました。明日の出立の儀で着用するようにと」

「ドレスですか ? 」

「ですが・・・ご覧ください」


 侍女が抱えてきたトルソーに被せられた布を取る。

 出てきたのは真っ赤なカウント王国風のドレスだった。


「王妃様付きの侍女に問い合わせたところ、このようなドレスをお持ちではなく、まして明日は雪を現す白いドレスを着用するのが決まり。一体誰が王妃様の名を騙って送ってよこしたのかと、陛下の御判断を仰ぎたく罷り越しました」


 内務大臣が目を漂わせている。

 他の近臣がびっくりしているだけなのに。


「何かご存知のようですわね、内務大臣様」

「いや、私は何も・・・」

「お隠しにならなくてもよろしくてよ」


 笑顔で攻めてみる。

 きっとこのドレスに見覚えがあるのだろう。

 立ち上がって真っ赤なドレスを手にしてみる。


「よい生地ですわ。縫製もしっかりしています。わたくしの趣味ではございませんけれど、つるしで売られている物とは思えません。どこかそれなりの工房のものでしょう」

「・・・」

「奥様がご贔屓にしているお店をおっしゃってくださいな。それともわたくし共でお調べしてもよろしいかしら」


 内務大臣が小さな声でいくつかの工房の名前を告げた。

 私はその辺の紙にドレスをプリントする。


「影はお持ちですか、伯父上様」

「ああ、いるが」

「ではこの絵を持って工房を回らせてください。出処がわかれば誰が仕立ててどなたに納入したかを署名入りで提出させるとよろしいでしょう。明日の朝までにできますか」

「やらせよう」


 ガックリとしている大臣を国教会の神官さんが慰めている。


「奥方様が心から悔いれば、神はかならずお許し下さいます。共に祈りましょう」

「お言葉ですが、神官様。神の大御心は広く、その愛は我らには計り知れません。ですが、わたくしは較量で幼い心しか持ち合わせておりません」


 偉い神官さんが顔色を変える。


「売られた喧嘩は倍の値段で買うことにしておりますの。しっぺ返しでお相手が反省して下されば問題ございませんでしょう ? 」

「いや、それはそうですが」

「さあ、明日はこのドレスを着て出立の儀に挑みますよ。スケルシュさん、カークスさん、覚悟はよろしくて ? 」


 兄様たちが満面の笑みで応える。


「お任せください、お嬢様」

「このような幼稚な嫌がらせをしてくるような輩には、少々お仕置きが必要です。王妃様の為にも、目にもの見せてやりましょう」


 国王陛下を始め居並ぶ忠臣たちが複雑な顔をしていたけれど、私たちはこれをどう裁こうかとワクワクしていた。 

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