第235話 国家間の密約って

 思った通り、『お別れの夜会』会場である大広間の灯は暗かった。

 ヴァルル帝国では灯には魔法が使われるが、カウント王国ではロウソクが主流だ。

 当然光量が足らずにぼんやりした風景になる。

 それでは困る。

 ばっちり印象的に登場しなければ。

 と、いうわけで、勝手に光源増やしますよ。

 私たちのまわりだけね。

 だって、帝国なみにやってしまったら、こちらに合わせたお化粧のご婦人方がこまるでしょう ?

 別に喧嘩売りに来ているわけではないもの。


 国王陛下について広間に入る。

 ただでさえナチュラルメイクなのに隠蔽系の魔法と技術を使っているので、人によってはボウッとした影が後ろにいるように見えるはずだ。


「皆、楽しんでおるか」

 陛下の言葉に同意の声が上がる。


「今年も無事に別れの夜会を迎えられた。これから春までこの王宮も寂しくなるが、それぞれ家族や領民との絆を強める季節でもある」


 陛下がギルマスを呼び寄せる。


「この大切な日に、ヴァルル帝国より余の恩人が来てくれた。高齢の者の中には覚えている者もおろう。余をこの国に導いてくれた、英雄マルウィン殿だ」


 ギルマスが軽く頭を下げる。

 会場からは「誰 ? 」とか「まだご存命だったのか ? 」とか「ご子息ではないの ? 」とか小さな声が聞こえる。

 そりゃあ見た目四十代後半のギルマスが、まさかの九十越えとは思わないでしょう。

 陛下は構わず続けられる。


「マルウィン殿は先だって亡くなったランダール公爵令嬢エールランテ姫のご遺骨を連れて来られた」


 会場がザワザワとする。

 エールランテ姫というのはゴール未亡人のことだろう。


「ランダール公爵は余の命を狙ったと国賊として処刑された。しかし、事実は違う。余を亡き者にしようとしていたのは公爵の周りにいた者だった」


 ざわめきがさらに大きくなる。

 特に若い人たちは初めて聞くことなのだろう。


「公爵は騒ぎを収めるため、全ての責を負ってくれた。一人娘のエールランテ姫は国外に追放となったが、ヴァルル帝国貴族に嫁ぎ、長く孤児たちへ手厚い援助を行ったと皇帝よりの感謝の書状が届いた」


 集まった貴族たちが陛下の次の言葉を待っている。


「余はここにランダール公爵の名誉を回復し、命を捨てて国の混乱を救ってくれた公爵家の再興を宣言する。王子たちの誰かにその名前を継がせ、長く国を守護する役目を与えよう。さよう心得るように」


 集まった貴族たちが恭しく頭を下げた。

 ああ、これでゴール未亡人もきっと静かに眠ることが出来るだろう。

 確かに私たちは酷い目にはあったけれど、一度だけお会いした時の優し気な眼差しは本物だったと思う。

 お寂しかったろう、お辛かったろう。

 私はただの小娘で、未亡人のお気持ちの欠片すら感じることは出来ないけれど、転生が実在すると知っている身としては、どうぞ後の世では幸せにと願わずにはいられない。

 

「さて、今二人、紹介しよう。ヴァルル帝国の若き重鎮だ」


 誰、それ。

 陛下が兄様たちにこっちへこいと合図をしている。

 兄様たちはめっちゃ嫌そうな顔をしているが、お断り出来るはずもなく陛下の横に立つ。


「帝国でこの夏、たちの悪い流行り病が蔓延したことは聞き知っている者もおろう。宰相をはじめとして何人もの官僚が倒れた。その時かわりに仕事を回した者がいた。紹介しよう。宰相代理を務めたスケルシュ卿だ」


 エイヴァン兄様が隠蔽系の魔法を消して前に出て頭を下げる。

 私は灯系魔法で兄様がはっきり見えるようにする。

 ご婦人方からため息が漏れるのが聞こえた。


「そして宗秩省そうちつしょう総裁代理を務めたカークス卿」


 ディードリッヒ兄様が礼をする。

 こちらも息を飲む声が聞こえてきた。


「二人とも侍従でありながら完璧に仕事をこなし、王都で暗躍していた秘密結社の捕縛では陣頭指揮を執り成功している。今はそれぞれ宰相補佐、宗秩省そうちつしょう相談がかりの地位を与えられている」


 え、そうなんですか。

 私、知りませんでしたよ。

 兄様たち、顔色は変わらないけれど、初めて知りましたみたいな微妙な表情ですね。


「この若さで各省庁を掌握した手腕は見事。この先我が国との折衝で関わることもあろうと書簡にあった。我が国の若者たちも負けてはいられないぞ。今よりも一層奮起してもらわねばな」


 兄様たちはもう一度頭を下げ、気配を消して私の後ろに下がる。


「最後にもう一人。今回の皇帝よりの親書を携えてきてくれた」


 次は私の番。

 差し出された陛下の手を取って前に出る。

『目立たない』無し。よし。

『隠蔽』カット。よし。

 今度は殿方の地を掃うような声が響く。

 ほら、私たち美男美女の集まりだもん。

 元の顔と全然違うから、こういう反応にもあまり恥ずかしくならなくなった。


「ところで余に年の離れた父親違いの妹がいるのは周知の事実だが・・・」


 はい ?


「帝国に住む妹、その娘が訪ねてきてくれた」 


 ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁっ !!

 それっ、それって国家間の秘密だよねっ ?! あと数代たってから発表するって話だったよねっ ?!

 周知の事実って、皆さんハトが豆鉄砲食らったような顔をしていますよ !

 陛下の近くに並ぶ国政に携わる人たちもですよ !


「姪は亡き母の遺品を届けてくれたのだ。孫娘の手で祖国に戻ることが出来、母もきっと喜んでいるに違いない」


 いや、私、養女だし、血は繋がっていないし。


「こちらに嫁いでもらえないかと思っていたのだが、ダルヴィマール侯爵位の襲爵が決まっている」


 はい、私、次期ダルヴィマール女侯爵ですよ。


「それならば王子の誰かを入り婿にと申し入れたのだが、すでに婚約者がいるとのことでこちらも断念した」


 婚約者 ?!

 とっさに扇子を広げて顔を隠した私、えらい !


『落ち着け、ルー。これは政治的な駆け引きだ。こう言っておけばつまらんことを考える奴も出ない』


 エイヴァン兄様がピアスを通じて念話を送ってくる。

 並んだ貴族の何人かに、一瞬何かを期待した表情を見たと言う。

 そ、そうだよねっ ! お父様たちからは政略結婚はなしってお約束してもらってるし。

 いもしない婚約者のことなんてどうでもいいよね。

 私は扇子から顔を出して、恥ずかし気に微笑んで見せる。


「そういうわけだから、あまり姪を困らせんようにな。さあ、宴を続けよう」


 陛下の言葉に会場には音楽が流れ、参加者はワイワイとそれぞれの派閥にと戻って行く。

 私は陛下の側の椅子に座っている。

 何人もの貴族の方々が陛下に挨拶にやってくる。

 ついでに私に頭を下げていく。

 私はもうあきらめて伯父を慕う姪を演じている。

 が、この状態を作り出した陛下には、さり気なく『威嚇』で不愉快を伝えている。

 さすがに一国の王。

 多少冷や汗は見えるものの、心の動揺を外には見せない。

 うちの陛下ならあーそうですかって、全然気にしないけど。


「ルチアちゃん、こちらの宴はいかがかしら」


 隣に座る王妃様、王后おうこう陛下がやさしく声をかけて下さる。

 

「はい、王族の方々と貴族の方々との距離が近く、とても暖かく感じます。皆様、とても慕われているのですね」

「そうよ、それがカウント王国の特色なの。陛下も私も城下町の朝市やお祭によく出かけるし、小さい国ならではね」


 うちの皇帝陛下、こっそりご夫婦で冒険者姿で遊び歩いていますけどね。


「ね。カジマヤーとアンシアはどこにいるの ? 一緒に来ているのよね ?」

「今日はお留守番をしています。多分こちらの侍女の方々とおしゃべりしているかと」


 あら、と王后おうこう陛下が残念そうにする。


「『ルチア姫の物語』の登場人物に会いたかったのに」

「まあ、あのお話をご存知でしたの ? 」


 陛下を囲む貴婦人方もご自分たちも愛読していると言う。


「お恥ずかしいことですわ。あれは大まかなところはあっているのですけれど、ほとんどは書き物師の創作ですの。街の者が楽しんでいると言われては、書くのを止めて欲しいとも言えなくて」

「ホホホ、話半分だと誰もがわかっていますよ。あなた方五人で百人近くの盗賊を倒すなんて、それこそ夢物語ですもの」


 ・・・。

 百人近くの近衛騎士様を倒したこともありましたね。

 遠い目をしかかって、慌てて笑顔に戻る。


「事実はともかく、あの物語に励まされる人たちがいるのです。それは誇っても良いのですよ」

「それこそわたくしではなく、書き物師の力ですわ。戻りましたら、必ずこのことを伝えましょう。きっと彼らも喜びますわ」


 その時、あかしのピアスから声が聞こえてきた。

 念話を覚えたアルからだ。


『ルー、聞こえる ? 』

『アル、どうしたの ? 』

『トラブル発生。アンシアが十八禁に巻き込まれた。モモと二人で撃退。家令がそちらに向かっている』


 あらぁ、一体なにがあったんだろう。


『だから十八禁だってば。証言してくれる侍女さんは一杯いる。後はどの程度で収めるかだね。がんばってマウンティングして』


 よくわからないけど、アンシアちゃんを口説こうとして失敗したってことかしら。


『違うって ! 兄さんたち、ルーじゃ無理みたいです。フォロー頼みます !

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