第234話 二流国の王宮とは

 埋葬に関する手続きは簡単に終わった。

 ゴール未亡人のご両親は密かに王家のお墓に入っており、そこに加わることに問題はなかった。

 御母堂のほうは分骨された物をさらに半分にして、ご実家と陛下でわけるという。

 

「やっとやり残したことが減ったという気持ちになってきたよ。これでルーが四方よもの王になれば思い残すことはない」

「そんなに簡単になれるんでしょうか、ギルマス」

「こればっかりはご縁だからね。ルーは今まで通り、出会いを大切にすればいいよ。それがどこかに通じているかもしれないからね」


 カウント国王との会見の翌日に帰国予定だったのだが、陛下のせっかくだから少しだけ滞在して欲しいとの申し出で、三泊だけお邪魔することにした。

 こちらで冒険者仕事をしようと思ったら、季節の関係でそれが限度だった。


「妻も他国の話を聞きたがっているし、堅苦しく考えずに親戚のおじさんの家に泊まっているとでも考えてくれ」


 確かに親戚と言えば親戚なんだけど。

 それは国家間の極秘事項と言うことになっている。

 私はただ、自分で動くことのできない陛下とお父様の代わりに来た宰相令嬢だ。

 そんなに伸び伸びと過ごすことはできない。


 初めに部屋付きと言われた侍女たちが拘束されていったので、新たに侍女長補佐と数名が派遣されている。

 だが身支度についてはアンシアちゃん一人で担当してくれる。

 ドレスの型が違うので、髪型もお化粧も違ってくるからだ。

 ラナさん仕込みのメイク技術はあちら現実世界のものなので、この国のものと随分と違う。

 カウント王国のメイクは『真っ白、真っ青、真っ赤っか』。

 顔は白く塗り、目の上は青、唇は赤。

 魚拓が取れるとアンシアちゃんがつぶやいていた。

 化粧品の種類もそれほどないということだ。

 帝国ほどには灯系の魔法が広まっていないので、薄暗い光の中、はっきり見えるメイクになったという。

 バレエのステージメイクと同じだね。

 そう言えば『お取り寄せ』したアンシアちゃんご自慢のプロ仕様の化粧バックは、侍女たちには魔法の箱に見えるらしい。

 

「随分と薄化粧ですが、帝国ではそのようなお化粧が主流なのでしょうか」

「はい。今年の流行は隠すのではなく、その方の良い所を引き立たせるようなお化粧です。ボウッとしたそばかすをわざわざ書き直す方もおいでですよ」


 夜ということでほんの少し眉が濃く、口紅も強めになっている。

 いつもはしないチークも入れている。

 ただ『目立たない』状態は維持しているので、傍目にはまだ地味な女の子に見えるはずだ。


「お支度は整いましたでしょうか」


 案内の侍従がノックして入ってきた。


「国王陛下とご一緒の入場になります。御案内申し上げます」


 エイヴァン兄様が椅子を引いてくれる。

 これから帝国でいう『仕舞いの夜会』。

 こちらでは『お別れの夜会』というものが始まる。

 これを持って社交シーズンが終わり、静かな冬に入ると言う。

 今回私について来てくれるのは兄様たちだけ。

 アルとアンシアちゃんは留守番だ。


 「そうだわ、アンシアちゃん。カジマヤー君と二人でここに残っていてもつまらないでしょう。こちらの皆さんとお化粧のお話をしてきてはいかがかしら」

「お化粧ですか」

「帝国にはない素敵な技術もあると思うのよ。せっかくだから色々と教えていただくのも良いと思うわ」


 侍女の皆さんに彼らをよろしくと言って立ち上がる。

 それと共に隠蔽系の状態を解く。


「まあっ ! 」

「なんて、お美しい ! 」


 それを合図に全員が素の状態になる。

 先ほどまで地味で目立たない存在だった兄様たちの姿に、侍女の皆さんの目がハートになるのがはっきり見えた。


「ど、どうぞ、こちらへ」


 あちらの侍従の方が、なんだか腰が引けているような態度をとる。

 そうでしょう、そうでしょう。

 兄様たちの侍従とは思えない態度は、同じ侍従職としては異質というか、どう見ても高位貴族の貫禄振りだからだ。

 つまり、レベルが違う。

 大広間の入り口で国王陛下と合流するまで、私たちは笑顔を振りまきまくった。

 

「なんと、それがそなたの素か」

「ヒルデブランドの召使の特技『目立たない』を使っておりましたのよ」


 私の言葉とともに全員が目立たなくなる。


「もったいない。今のままでよいのに」

「陛下より目立つわけにはまいりませんわ」

「はあ。では、紹介するときに今の状態に戻るようにな」


 いってらっしゃいませとアルとアンシアちゃんが頭を下げる。

 侍女さんたちに見送られ、大広間へと入っていった。



「ねえ、その恰好、恥ずかしくないの ? 」

「足元、寒くない ? 」


 アンシアとアルは召使の控室に連れて来られている。

 本来なら高位召使の部屋に行くはずだが、あの件で大量に処分されたこともあって閉鎖されている。


「もう慣れましたよ。長い服だと足の動きが疎かになるから、短いスカートで常に美しい動きができるようにって。適当に動いていると先輩たちに見破られてしまうんです。気が抜けないですよ」


 きびしいのねえ、あたなのおうち。

 赤毛の少年が立ち上がってティーセットに手を伸ばす。


「あら、私たちがやるわ。あなたたちはお客様ですもの」

「いえ、ぜひ僕に入れさせて下さい。数日ですがお世話になるのですから」


 ぼうっとした容姿の少年はにこやかにお茶の支度に入る。

 そこに休憩の侍従たちが入ってきた。


「お、可愛い子がいるなあ」

「噂の令嬢付きだよな」

「本当に短いスカートなんだ」


 五六人の男にあっという間に囲まれるアンシア。

 侍従たちはヒソヒソと話をしている。


「こっちで俺たちと話さないかい」

「ちょっと、私たちがお話してるのよ。連れて行かないでよ」

「いいじゃないか、少しくらい。ほら、行こう」


 男たちはあれよあれよという間に隣室にアンシアを連れ込む。


「モモ、頼むよ」


 アルが小声で言うと、ピンクの塊がその後を追う。


「ねえ、連れ戻さなくていいの ? 」

「あの人たち、あまりいい噂がないのよ。絡まれた後こっそり止めた子もいるし」

「私、家令様を呼んでくる」


 心配気な侍女たちとはうらはら、アルはお茶を淹れることに専念している。


「さあ、お待たせしました。どうぞご賞味ください」

「でも、あの子が・・・あら、いい香り」

「ほんと、じゃなくて助けなくてもいいの ? 」

「問題ありません。あの人数では敵ではありませんよ」

「はい、お待たせしました ! 」


 隣の部屋からアンシアが笑顔で現れた。


「汚い物見せられたけど、モモが手伝ってくれたから早めに済んだわ」

「お疲れ様、アンシアもどうぞ」


 ポカンとする侍女の横に座ると、隣国の侍女はテーブルの上にはい、とお皿を置く。


「お嬢様手作りのお菓子です。たくさん作られるとあたしたちにもわけて下さるんですよ」

「美味しいですよ、お嬢様のお手製。ぜひ召し上がってください」


 何事もなかったの様にお茶する異国の二人に、あまり詮索しないほうがいいと判断した侍女たちは、出されたお菓子に手を伸ばす。


「まあ、クッキーの上の茶色いのは、もしかしてチョコレート ? 」

「甘いっ ! 一度食べてみたかったのよ。並べるばっかりでどんな味かなって」

「こちらの真ん中が透明なのは ? 」

「ステンドグラスクッキーです。商業ギルドに登録されていますから、そちらに問い合わせれば作り方がわかりますよ」


 ワイワイと楽しくおしゃべりしているところへ、侍女に連れられて家令がやってきた。


「何か問題があったようだが、なんだね、君。我が国で問題を起こされると迷惑なんだが」


 偉そうな、いや、実際召使のトップではあるのだが、その態度にアルが眉を顰める。


「とりあえず隣の部屋を確かめてはいかがです ? 」


 家令に顔を向けることなくお茶を続ける二人。

 怪訝な顔で隣室に入った家令は、その惨状に息を飲む。


「こ、これはっ ! 」


 侍従らが一体何を目的にアンシアを連れ込んだか。

 一目見てわかる。

 そしてその目的を果たすことが出来なかったということも。


「他国のメイドを連れ込んで、何がしたかったのでしょうね。本人たちの口から聞きますか」

「いや、何も問題はなかった」

「おや、そうですか」


 アルはクルッと家令の方を向くと、テーブルに左ひじをつき、軽く足を組む。


「かまいませんよ、その判断で。ですが、我々は先ほどあったことを主に報告いたします。もちろん問題なしと言われたあなたのことも。それはご承知おき下さい」

「ちょっと待て、いや、待っていただきたい」


 先ほどまでボヤッとした印象だった少年侍従は、今は鮮やかな赤毛の美少年に変わっている。

 そしてその雰囲気は間違いなく支配者階級のもの。


「彼らが原因で退職した侍女もいたそうですよ。前科も含めて報告をしなさい。我が主は大切な近侍を無体に扱われて、穏やかに相手が出来るほど心が広くはありません」


 娘らしい潔癖さでどのような反応をするか。

 ご令嬢を嵌めようとした侍女たちが拘束され、止められなかった侍女長も同じ目にあっている。

 次は我が身か。


「とりあえず、隣室を片付けなさい。若いお嬢さんたちがいる横に、あのような者たちを何時までも置いておくのはどうかと思いますよ。さて、我らの報告が先か、そちら様の報告が先か、それで大分状況は変わります」


 己より一回りどころか数十年下の年若い少年に命じられ、家令はいそいで男手を呼びにやる。


「あら、モモったら人参をいただいたの ? よかったわねえ」

「アンシア、お菓子が足らないけれど、僕も出した方がいいかな」

「あ、じゃあ甘くないのをお願い」


 同じテーブルについている侍女たちは、二人のあまりに平常運転な様子に自分たちもそれに加わることに決めた。


「まあ、このしょっぱいクッキーの上の白いのはチーズ ? その上の木の実も美味しいわ」

「お酒のおつまみにどうかしら」

「これも商業ギルドに登録してあるの ? 」

「ええ。お嬢様はお料理もお好きなのです。商売に使われるのでしたら使用料が発生しますが、個人で作られるのでしたら書類の提出だけで大丈夫ですよ」

 

 家令の切羽詰まった現状は無視して、召使控室は賑やかな交流会となっていた。

 長い物には巻かれてしまえ。

 その『長い物』とは彼女たちの上司ではなく、目の前の美少年であるのは間違いない。

 自分たちの判断に問題ないと、侍女たちはお茶会を続けた。

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