第233話 おこしやす カウント王国
王都オーケン・アロンを出て一か月。
私たちはやっとカウント王国の首都。王城のあるバルトルーアにやって来た。
国境までは馬で飛ばして野宿をし、大き目の街を見つけたら貴族として馬車で入場して宿をとる。
国境の砦へはもちろん旅装のドレス姿だ。
ギルマスは護衛を頼まれた元冒険者としてついて来ていることになっている。
ご老公様の依頼ではあるけれど、皇帝陛下からの親書もお預かりしている。
ゴール未亡人の埋葬を許可してもらえるよう、陛下がお口添えをして下さったのだ。
皇帝の親書を携えた宰相令嬢が来訪する。
その知らせは早馬で王城に届き、私たちが到着した時には、沿道は待ち構えていた人々で溢れかえっていた。
そんなわけで、私たちの馬車は熱烈な歓迎を受けながら、カウント王国騎士団の護衛付きで王城に向かう。
「なんだか大きな事になってしまっているわね」
「なんで騎士団まで出てきてるんでしょうか。こんなに大勢」
「私的な訪問だと言うのに、困ったことだわ」
ゴール未亡人の遺骨。
国王陛下御母堂の遺品。
どちらも公にするには問題がある。
だからこそ私たちは少人数でやってきたのに、これでは国賓扱いだ。
時々外の小さい子供に向かって手を振る。
するとワッと声が上がって、拍手や万歳が続く。
兄様たちはダルヴィマール家の召使の特技『目立たない』で大人しくしていると言っていた。
だから今は列の一番後ろをギルマスとエイヴァン兄様がついてきているはずだ。
ディードリッヒ兄様とアルは馭者席にいる。
こちらも出来るだけ目立たないようにしている。
なんたって用事が終わったら、ここで一週間ほど冒険者仕事をしようと思ってるんだよね。
顔を覚えられたら依頼を受けられないじゃない。
だから私も扇子で顔を隠して目だけを出している。
「人がいなくなりましたね、お姉さま」
「馬上より失礼いたします。姫、ただいま王城の門をくぐりました。到着までもうしばらくお待ちください」
窓から告げる騎士様に、私は黙って頷く。
貴族令嬢、一々返事をしたりしないのだ。
しばらく走っていた馬車は徐々にスピードを落とし、馬のいななきと共に止まった。
トントンと扉を叩かれ、開けられた向こうには兄様たちはいなかった。
ズラッと騎士様たちが扉に向かって左右に分かれて並んでいる。
「お嬢様、あたしが先に参ります」
アンシアちゃんがさっさと馬車を降りる。
するとさっきまで取り澄ましていた騎士様たちに動揺が走る。
うん、そうだね。
ダルヴィマール侯爵家見習メイドの制服は、足を見せない常識のこの世界では異端だろう。
「あら、可愛らしい反応」
ちっちゃな声で言っているつもりのアンシアちゃんの言葉に、数名サッと顔を赤らめる。
が、馬鹿にされていると思ったのか、すぐに元の顔つきに戻る。
「私の近侍はどこです」
「遠ざけられたようです、お嬢様」
偉そうな肩章をつけた騎士様が手を差し出してくる。
私は扇子で顔を隠しプイっと横を向く。
そしてアンシアちゃんに目配せする。
「侍女の身で僭越ながら申し上げます。騎士様、我が主は見知らぬ殿方に触れられることに怯えておられます。近侍を呼びます事、お許しくださいませ」
返事を待たずに馬車の後ろに追いやられていたエイヴァン兄様に合図をする。
さっと現れた兄様が騎士様を無視して私に手を伸べる。
私はホッとした表情でその手を取る。
そして先ほどの騎士様にも笑顔を向ける。
ついでに『和み』の魔法を使うと、ピキッとしていた騎士様の表情が柔らかくなる。
便利だな、この魔法。
我ながらよい物を構築した。
「失礼いたしました。ヴァルル帝国ダルヴィマール侯爵令嬢。ようこそカウント王国へ。私は近衛騎士団副団長マーティンと申します。これより王宮内にご案内いたします」
「・・・カークスさん、カジマヤー君、馬車をお願い。その後でこちらと合流
を。スケルシュさん、アンシアちゃんは着いてきてください。マルウィン殿もご一緒に」
並んだ騎士様たちの内の何人かが、侍従と冒険者も一緒かと見下した顔をしている。
どうもこの国は貴族のプライドが高いようだ。
と言うことは、低位と中位には要注意。
多分召使たちの中にもヒエラルキーというものが存在するのだろう。
まあ、そんなものに負ける仲間じゃないと思うけど。
マーティン副団長の先導で城内への階段を上がる。
私の左右に兄様とアンシアちゃん。
後ろにギルマスが付いている。
と、背後でどよめきが聞こえる。
『娘、我らを置いていくな』
『この城は胡散臭いぞ。程度が低い。気をつけよ』
馬車からしー、
モモちゃんもビヨンピョンと階段を上がってきてアンシアちゃんの腕に飛び込む。
副団長が顔を引きつらせている。
「ル、ルチア姫。その者らは・・・」
「
「友達・・・ですか・・・」
はい、と笑顔で小首をかしげて見せる。
副団長は何は言いたげだったが、いつまでも私を待たせているわけにはいかないとそのまま王城内に入っていった。
◎
その日、カウント王国の王城内は静かに大騒ぎになった。
大国ヴァルル帝国からの賓客は大変地味な少女だった。
特徴を聞かれれば、どんな顔立ちだったか思い出せない。
その近侍達もどうもはっきりしない容姿で、これと言って取り立てて目立つところがあるとは言えない。
誰だ、美少女と美形の集まりだと言ったのは。
そのガッカリした雰囲気は召使にも伝わっている。
当然おもてなしの態度にも現れる。
王宮の表に仕える侍女たちは中位以上の貴族の娘だ。
◎
「国王陛下との謁見には赤い服と決まっております。そちらにお召し替えをお願いいたします」
そう言って侍女たちは出ていった。
部屋付きと紹介されたのに、世話をする気がないらしい。
「赤と言うからには多分白ね」
「ええ、見ました ? 目が笑っていましたよ、お姉さま」
「では白を着て・・・いや、ここは赤を着て自分たちが何をしたのか思い知らせたほうがいいな」
「今の、録音しているな、ルー」
「もちろんです、ディードリッヒ兄様」
という訳で挨拶に来た侍女長に苦情を叩きつけている。
「一体どういうことか。そちらの侍女殿が謁見には赤い服と伝えてきたのだ。それを白だと。この国では白のことを赤というのか」
「私たちはちゃんと白いドレスでとお伝えしました。お聞き違いですわ」
部屋の隅に並んだ侍女たちがそうだそうだと続ける。
「この者たちの言うことが嘘だとおっしゃるのですか。皆長く仕えている者ばかりでございます」
あ、こっちの事信じてないなと、そこにエイヴァン兄様のゴーサインが出た。
『国王陛下との謁見には赤い服と決まっております。そちらにお召し替えをお願いいたします』
「この声に聞き覚えは ? 」
侍女長の顔が固まる。
「この者らは我が主に挨拶もせず名乗りもせず、この事だけを告げて部屋を辞して行った。遠路はるばるやってきたと言うのに、皇帝陛下の親書を持つ主に対してこのような扱い。カウント王国は両国の友情にヒビを入れるおつもりか」
「そんな、そのようなことはっ ! 」
偉そうに壁際に立っていた侍女たちがブルブル震えている。
エイヴァン兄様、バッチリ『威圧』を使っていますから。
そして一連の会話は、館内放送魔法でこのフロア全体に響いている。
「そもそも我が主は
「もうよろしいわ、スケルシュさん」
切り上げ時と兄様を止める。
「
「では馬車の支度をして参りましょう」
ディードリッヒ兄様がアルを連れて出ていく。
「あたしは荷造りをします。ええ、すぐに終わりますよ」
アンシアちゃんがタンスにつるしたドレスを手早く回収する。
ギルマスはそれを面白そうに見ている。
「ドレスは・・・今から着替えては謁見時間に間に合いませんわね」
ドレスが変われば髪型もお飾りの類も全て変わる。
これから謁見に相応しい物に変更するには時間がかかる。
「困りましたね。陛下をお待たせしてしまいます」
「別にそのドレスでも構わぬぞ」
落ち着いた涼やかな声が響いた。
◎
「中々面白い物を見せてもらった。ビックリしたぞ、そなたらの会話が聞こえてきたときは」
私たちは今、謁見室ではなく陛下の私的な応接室にいる。
ディードリッヒ兄様とアルは馬車まで行くのを阻止されて、こちらに連れて来られた。
「あの侍女たちは謹慎の上で降格となるだろう。あのような愚行を見抜けなかった侍女長もな。たった一人で異国に来た少女に対して、あまりにも酷い対応だ。あれを聞いていた者たちも納得するだろう」
たった一人。
侍従は人数に数えません。
「そして、マルウィン殿。お久しぶりです。またお会いできるとは思ってもいませんでした」
「私もご立派なお姿に感激しておりますよ」
『かえってきたおうじさま』の主人公二人の再会に、アンシアちゃんが目をキラキラさせている。
小さい頃から読んでいた大好きな絵本だ。
感慨ひとしおなのだろう。
「依頼の件、承知した。事実を明らかにして伯父一家の名誉を回復させる」
為政者として、その道を選ばなければならなかった父王の気持ちは分かる。
それでも自分のために罪のない親戚が死ななければならなかったということは、もう長い間陛下の心の傷になっていたそうだ。
「そして、母を連れて来てくれてありがとう」
「亡くなられた時にお渡しするつもりだったそうです。ですが、どうしても離れがたく、来年には、今年こそはと時を重ねてしまったと」
前侯爵は母をとても想ってくれていたから。
陛下はそう仰って宝石箱を大切そうに棚の上に置いた。
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