第232話 過去生の後始末・皇后陛下編

 お母様が百合子先生のことを気にかけていたのとは反対に、皇后陛下はそれほど前世のご家族の事を気にしておいでではないようだった。

 だが、やはり気にかかることがあったらしい。

 引きこもり部屋でお茶をした時、前の家族の様子を見て来て欲しいと言われた。


「残してきた物もあるし、まだ生きていれば伝えたいこともあるのよ」


 ご長男は還暦を迎えているだろうし、御主人も八十は越えている。

 もしかしたらお亡くなりになっているかもしれない。

 それでも気にかかるのは母親だからなのだろうか。


「いやね。まだ未練があるのかしら。本当に好きな人と結婚できたというのに」


 新しい人生を過ごそうと決意したはずなのにね。

 そう笑う陛下の笑顔は少し寂しそうだった。



 教えてもらった住所を確認する。

 東京都内の市部だけれど、23区内からはそう遠くはない。

 JRで一本で行ける駅だ。

 色々準備して、電話をした。

 三十年も前だと言うのに同じ番号で、住んでいる人の苗字も同じだった。

 きっと亡くなった時に三十代だったというご長男がそのまま住まわれているのだろう。

 

「亡くなったお母さんの話。信じてもらえるかしら」

「無理かもしれなくても、陛下のお気持ちだけでもお伝えしようよ」


 アルと二人初めての駅で降りる。

 地図を頼りに交番にもよって、約束の時間よりちょっとだけ早く陛下の元のおうちに到着した。

 

「お電話差し上げた佐藤と申します」


 インターホンの向こうでバタバタと音がして玄関が開けられる。

 


「それで、君たちは三十年前に死んだ根本千恵子からのメッセージを持ってきたと言うんだね」

「はい。信じていただけないと思いますが」


 私の前には初老の男性と四人の男性。

 そして大学生くらいのお嬢さんがいる。

 皇后陛下のお孫さんかしら。

 陛下のご長男らしき方は、腕を組んで目をつぶってしばらく考えていたが、深く息を吐いてこう言った。


「信じるよ」

「父さん ! 」

「親父っ ! 」


 ご子息はお孫さんたちが何か言おうとするのを止める。


「前に来た自称霊能者も似たようなことを言った。同じことを言う君たちを信じようと思ったのは、君たちがこう言ったからだ。三十年前に死んだ私の母のメッセージを持ってきたと」

「・・・」

「もし君たちが私たちを騙すつもりなら、こう言うべきだったんだ。春に亡くなった妻からのメッセージを受け取っていますと」


?

?

?

?


「千恵子、妻が亡くなったのは四か月前だ。来年の春、一周忌を行う予定だ」

「え、なんて、それって」


 次の言葉が出ない。

 アルの顔を見る。

 アルも想定外と言う顔をしている。


「生まれ変わって三十年って仰ってたわよね! 」

「ご主人、八十過ぎてもう鬼籍かもって !  」

「デキちゃん還暦でメタボで月代さかやきになってるかもって ! 」

「まて、オレはまだ髪はフサフサだぞ ! 」

「でもお兄ちゃん、お腹は危ないかも ! 」



 とりあえずお茶を頂いて頭を整理する。

 皇后陛下は間違いなく生まれ変わってから三十年が過ぎたとおっしゃった。

 だから、今の時間経過からそうだと思ってた。

 実際、お母様が亡くなってから同じ時間が経っていたし。

 だけど、陛下が亡くなられたのはこの三月だという。

 なんて時間の違いだろう。


「夢の中で会ったという妻は、息子の小さい頃の愛称まで教えていたのか。他にはなにか言っていたかい」

「はあ」


 なんだか気の抜けたサイダーのような気分で返事をする。

 が、伝えるべきことは伝えなければ。


「あの、寝室の天袋の上」

「天袋 ? 」

「はい。天井の板が外れる場所があるから、そこから手を入れて隠し財産を取り出してほしいと。もしリフォームとか取り壊しとかされていなければって聞いてます」

「親父、俺、見てくる」

「私も行く」


 お嬢さんと息子さんが二階に上がっていく。

 

「隠し財産の内容を聞いているかい」

「お金関係だということですけれど、お嬢さんの着物の受け取りが入っているって。成人式用だそうです」


 老舗でお願いしたから、取りに行かなければ連絡が入ると思うけど、レンタルの安っぽいお着物を着てたら嫌なのよね。流行り廃りのない柄だから、孫が着たっていいし。

 皇后陛下はそうおっしゃっていた。

 お着物って高いもんね。

 軽く三桁超えるし。

 二桁で買えるのはイマイチとアルのお母様が言っていた。

 と、階段を物凄い勢いで降りてくる音がした。


「親父っ ! あったっ ! 隠し財産っ ! 」


 息子さんの手には百均ショップで売っている透明の書類入れがあった。

 中には色々と入っている。

 旦那様はそれを一つずつテーブルに並べていく。

 

「子供たち名義の通帳、それぞれが受取人の保険証書、それに、お前の晴れ着の受け取りと領収書だ」


 お嬢さんはそれを受け取るとワッと泣き出した。


「こんなの、こんなのあったって、母さんが見てくれなきゃ、喜んでくれなきゃしょうがないのに」


 私はバックから五通の封筒を取り出してテーブルに置く。


「伝言を言付かってきました。私が書き直したものですけれど、全てお母様からの言葉です」


 宛名は陛下から伺っているお子さん方の愛称だ。

 旦那様がちょっと不本意という顔をする。


「私にはないのかね」 

「あります。でも、これはお子様方の前で口頭で伝えて欲しいと言われています」


 それは長年連れ添ってくれたことへの感謝。

 そして最後まで共に暮らしたいと思う女性が出来たら、一緒になって幸せになって欲しい。  

 子供たちのためではなく、自分のために生きて欲しい。

 

「私たちがうけたまわっているのは以上です」


 この先は家族の時間が必要だろう。

 私たちは静かにお宅を失礼した。



「おーい」


 駅に向かって歩き出した私たちを、ご長男の『デキちゃん』が追いかけてきた。


「待ってくれ。交番で聞いた通りに来たんだろうけれど、それだと駅まで遠回りになるんだ。近道を案内する」


 そう言って私たちが行こうとしたのと反対側に誘導する。

 しばらくあるくと小さな公園があった。


「ここを通り抜けると駅まで近いんだ」


 そう言うと公園の真ん中で『デキちゃん』はピタリと止まった。


「あの・・・」

「それで、あっちでおふくろは何やってるんだ ? 」

「え ? 」


『デキちゃん』は私たちに向き合う。


「第四騎士団、これでわかるか ? 」

「 ! 」


 まさかのご同類 ?

 で、第四騎士団と言うことは・・・。


「ちなみに俺の大隊は六角大熊猫担当だ」

「「すみませんでしたぁぁっ ! 」」


 思わず公園で土下座しそうになった。


「えっと、第四騎士団ってことは、ルウガさんですね」

「ああ、あっちでもこっちでも初めて会うな。お前ら、アルとルーだな」


 小声で話していたつもりだったけど、私たちの会話に王都とかギルマスとか出ていたのを聞き逃さなかったと、『デキちゃん』ことルウガさんは、ほっぺたをポリポリ掻いて言う。

 

「まさかあっちにおふくろが異世界転生してるとは思わなかったぜ。どうしてお前らがそれを知ってるんだ ? 」

「カミングアウトされたからですけど」


 それこそわからん、とルウガさんは頭をふる。


「で、おふくろだけど、元気なんだろうけど、言いにくい仕事か ? まさか公娼とか」

「あー、その方がまだ言いやすかったかも」


 ヴァルル帝国には吉原も赤線もない。

 国が運営する公立の娼館だけだ。

 犯罪奴隷から入る人もいるが、多くの女性は自分の意思で入ってちゃんとお給料をもらっている。

 もちろん抜けるのも自由だ。

 ただ、二週間前には宣言しないといけないというだけ。

 そして有休消化なんてのもある。

 それはともかく。


「えっと、ですね、あちら夢の世界でのお母様は・・・」


 それを聞いた『デキちゃん』は頭を抱えて崩れ落ちた。



 皇帝陛下のひきこもり部屋。

 今日はベナンダンティの関係者が全員集まっている。


「なんだい、今日は。一体なにがあるんだい」


 皇帝陛下がおもしろそうなことが始まりそうだと楽しみにしている。

 兄様たちは面倒なことが起きなければいいと嫌そうな顔をしている。

 私とアルは皇后陛下の家を訪ねたことを報告しなかった。

『デキちゃん』が嫌がったからだ。

 その代わりの今日がある。


「失礼いたします」


 ドアがノックされ、第四騎士団の制服が現れる。

 マントやらなんやらに六角大熊猫のリンリンがあしらわれている。

 彼、ルウガさんは両陛下の前で跪く。


「その装いもすっかり馴染みましたね。直答じきとうを許します。わたくしたちに何の用でしょう」


 ルウガさんはしばらく俯いていたけれど、深呼吸をして口を開いた。


佳花けいかの晴れ着はまだ仕立て上がっていません」


 皇后陛下はあれっと言う顔をする。


「そんなことないでしょう。だって三十年も前よ。そんなにかかるようなお高いものは注文して・・・」


 そこまで言って何かに気付いた。


「なんでケイちゃんの事を知ってるの」

「彼はベナンダンティです」


 アルが陛下にそう告げる。


「まさか、そうなの ? 」

「そうです」

「かっちゃん、いえ、違うわ。そう、デキちゃん、デキちゃんねっ ?! 」

「三十過ぎの男にデキちゃんはやめろっ !! 」


 ルウガさんは何言いやがるコイツって感じで切り返す。


「こいつらからメッセージは受け取った。隠し財産も見つけた。親父もみんなも納得してる」

「ちょっとまって。あなたもう還暦でしょう。なんでそんなに若々しいの」

「還暦の筈があるかっ ! おふくろが死んでから、まだ半年も経ってないんだぞっ ! 」

 

 ◎


 時間経過についての難しいことはわからない。

 でもお母様の時間軸と皇后陛下の時間軸が全然違っている。


「あたしが死んだのは間違いなく三十年も前なのに、何であちらでは四か月前なのよ」

わたくしにもわからないわよ。でも、ここで三十年生きてきたのはまちがいないわ」


 陛下とお母様は最初こそ混乱していたけれど、そういうことなのだと受け入れると『デキちゃん』の話を静かに聞いた。

 お嬢さんはショックで引きこもりになりそうだったけど、今はちゃんと大学に通っていること。

 大学生の息子さんは希望の会社の内定をもらったこと。

 次男さんには実は彼女がいて、お葬式に参加することで親戚にも紹介して、一周忌が終わったら結婚すること。

 そして『デキちゃん』はあいかわらず一人身なこと。


「デキちゃんより先にかっちゃんがお嫁さんをもらうなんてねえ」

「だからデキちゃんはやめろって。高校の時の部活のマネージャーだよ。偶然再会して付き合いだしたんだと」

「出会いってどこに落ちているかわからないものね」


 皇后陛下はお子様方の近況を聞いてとてもうれしそうだった。


「これからはいつでも会えるのね」

「そのことだけど、俺はもうここには来ない」


 ルウガさんは立ち上がる。


「わかってるんだろ、おふくろ。一介の騎士と皇后陛下が頻繁に会うなんてありえないって」

「だって、親子ですもの」

「元、だ。今は違うだろ」


 縋りつく陛下の肩を押して椅子に座らせると、ルウガさんはその前に膝をつく。


「今日ここに来たのはおふくろに礼を言いたかったからだ」

「お礼って・・・」

「洗面所の手拭、毎朝新しいものになっていた。朝起きたら飯があった。仕事が終わって帰れば風呂が沸いていて夕飯が並んでいた」


 陛下の手を取ってルウガさんは頭を下げる。


「それが当たり前だと思っていた。家の前の道路にゴミ一つないのも、ご近所さんが親切にしてくれるのも、全部おふくろがやってきたことの積み重ねだった。それに気が付いたのは先々月だ」

「当たり前って、当たり前じゃないの。あたしは主婦よ。家族の為に尽くすのは当然よ。父さんが外でお金を稼いで来てくれる。あたしが家の中を守る。ちゃんと役割分担をしていただけ」


 いやそうじゃない、とルウガさんは言う。


「どうして俺たちはおふくろが何でも出来て、病気一つしない無敵の存在だと思っていたんだろうな。もっとおふくろの身体を気遣って、定期検診に無理矢理行かせておけば、あんなたった一人で寂しく死なせることにならなかったんだ。佳花けいかだって手伝わずに遊びまわっていたからだって、随分自分を責めていた」

「それはあたしが面倒くさくて受診しなかったからで・・・」

「わかってるよ。やることやって出来た時間でゲームしたり本を読んだりしていたかったんだろ。それでも、ああしておけばとか、こうしておけばとか、残された俺たちには後悔しかない」


 ルウガさん、いえ、『デキちゃん』は陛下の手をギュッと握って顔を押し当てる。


「ありがとう、おふくろ。俺たちの母親でいてくれて。俺たちはおふくろの子で幸せだった」

「あたしも、あなたたちの親で幸せだった。楽しかったわ」

「皇帝陛下、母を、よろしくお願いいたします」

「ああ、誓って泣かせるようなことはしない」


 これからのあちら現実世界の家族の動向は、私とアルを通じて知らせるとルウガさんは部屋を出ていった。

 扉を開ける前、言い忘れたことがあると振り向いた。


「おふくろの残したゲーム、本体含めて全部売り払ったぞ」

「あら、ええ、使ってたのはあたしだけだったものね。場所塞ぎだし、仕方ないわね」


 ルウガさんはニヤッと笑うと続けた。


「初期の物とか綺麗に保管されていたから、プレミアついてかなりの値段になった。それでおふくろが好きだった物や食べたがっていた物を買ってきて、みんなで食べてる」

「なんですって ? 」

「ロクサーナ亭のホワイト・ザッハトルテとか」

「ちょっと」

「万疋屋総本店の桐の箱入りメロンとか」

「まって、なにそれ」

「来週末は勝也のお相手のご家族と、インペリアルホテルのスモアガスポートで顔合わせをするんだ」

「酷いっ ! あたし抜きでっ ?! 」

「大丈夫。おふくろの写真は持って行ってテーブルに飾るから」

「飾られたって食べられないじゃないっ ! 」

「やっぱりこういうのが故人への供養になるんだよなあ」

「なりますかっ ! 恨みしか残らないわよっ ! 」


 皇后陛下が投げたクッションは『デキちゃん』の閉めたドアに当たって弾かれた。


 その後、当然のように陛下は私に『お取り寄せ』するように強請ねだってこられたが、さすがに高級メロンなんて食べたことがないのでお断りした。

 ルウガさんは宣言通り二度と皇后陛下と個人でお会いすることはなかった。

 ただ、弟さんの結婚式、妹さんの成人式の様子は、私を通して陛下にお写真をお届けした。

 陛下はそれを大切にしまわれたと聞く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る