第231話 過去生の後始末・お母様編

 お母様たちが転生者だった。


 まあ、今思い出せばなんかところどころで違和感は感じていたと思う。

 こちらにはない言葉を使われていたもの。

 スパイクだの、ボーナスだの。

 ボッシュートはないよね。

 お母様にしてもスナップボタンが出てきた辺りでおかしいと思っていたんだって。

 以前から開発していたと言っても、そんな話が領主夫人に伝わらないはずがないし、全く同じものが出来るわけがない。

 とどめが年越しのお祭で、こいつら転生者だろうと当りをつけていたそうだ。

 その後バイオリンは出るは瀕死は出るは。

 集団転生を確信したところでの現役日本人出現で、しばらく頭が回らなかったと言う。

 お嬢さん、百合子先生のこととかあったしね。


「アンシア、下を向かない。首はもっと伸びるはずです。スケルシュ、肩を落として」


 私が孫弟子に当たるとわかってから、毎日のお稽古はお母様がつけて下さる。

 バーとフロアは五人一緒だが、その後は私だけの個人レッスンだ。

 主役にでも抜擢されなければ指導してもらえないものを教えてもらっている。

 今は『ドン・キホーテ』のキトリだ。

 パ・ド・ドゥは出来ないから、それ以外の演技の部分とかだけど、動きはともかく、オープニングからつまづいている。


「キトリと恋人のバジルって街の広場で待ち合わせしてたんですよね。遅刻してきたうえにキトリに目もくれず、その辺の女の子たちを口説くって、バジル、どれだけ頭が沸騰してるんですか。ぶちのめしていいですか」

「ええ、構わないわよ。ラテン系の男って最低」


 日本人の貞操観念からはどうしても理解できない男、バジル。

 しかもキトリはちょっとご機嫌とられただけで許してしまう。


「チョロい女じゃないですか、キトリ。もうバジルをボコボコにして振ったっていいですよね。なんでそのまま結婚なんて話になるんでしょう。反対してるキトリのお父さん、絶対正しいと思う」

「その通りよ。わたくしも納得できなかったわ。でもそういう話しである以上、そんなふうに演じるしかないのよ」


 そりゃあお母様くらい年をとれば大人の態度で対応できるかもしれないけれど、こちとら花の女子高生なんだ。

 恋とか結婚とかに夢を見ていたいんだよね。

 最初から浮気ありしな相手はどうかと思うんだ。


「とは言っても、国民性として女性はとにかく褒めて口説く文化ってありますからね」


 うーん、それは分かる。

 あちら現実世界の両親が言っていた。

 かつて入港したラテン系の軍艦。

 上陸した水兵さんは士官も下士官も、口説き文句の対訳マニュアルをもっていたそうだ。

 そして女と見ればガンガン口説いていたとか。

 口説くイコール誉め言葉らしい。 

 でも、そんな安っぽい愛の言葉なんて聞きたくないよね。


「エイヴァン兄様、男の方から見て、バジルってどう思います ? 」

「や、何で俺に振るんだよ」

「なんでも知っていそうな気がして」


 なんでも知っていたらこの年まで一人身じゃないぞ、と兄様が嫌そうな顔をする。


「いいか、俺に取って女っていうのは面倒くさい存在だ。口に出さなくても自分の考えを判れとかできるか」

「まあ、そういう女の子もいますね」

「怒っているならそう言えばいいし、態度で示してくれればいいのに、黙って立っているだけで、どうやったら塩を取れとかお腹が空いたとかわかるんだ。理解に苦しむ」


 あ、そういえばキトリもそんなところがあるな。


「そういう面倒くさいのを、二人どころか三人も四人も構おうとする奴の気持ちなどわからん」

「兄様はそれで恋人がいないんですか」

「関係ない。そしてな、その面倒くさいのを丸ごと受け入れたいという女が現れたら、俺の残りの人生は薔薇色だ。キトリにとってバジルはそんな男なんだろうさ」


 ちなみに今一番面倒くさい女はお前だからな、と兄様に言われてしまった。

 なぜかディードリッヒ兄様も頷いている。

 アルは小声でそんなことないよと言ってくれた。



 そんな風にお母様のレッスンを受けていることは、指導者の百合子先生にしっかりバレてしまった。

 やはり見る人が見ればわかるらしい。


「どういうことなの ? お教室の掛け持ちするなら、一言ことわってほしかったわ」

「掛け持ちなんて・・・うちにそんなお金はありません」

「私の指導方法に問題でもあるかしら。もしお教室を移るのなら・・・」

「ですから、掛け持ちとかしてないですし、他のお教室にも通っていません。私、夢の中で指導をうけてるんです」

「夢の中って、そんなふざけた言い訳は止めてちょうだい」


 ああ、信じてくれるはずないよね。

 でも信じてもらえないとここ出禁になっちゃう。

 大手バレエ団からそう言う処分になると、もう受け入れてくれるところはないだろうし。

 仕方がないのでお母様から聞いていたことを話す。


「あの、その人はユリちゃんに誕生日プレゼントを渡し損ねたって言ってました」

「?! 」

「公演が終わったら渡すつもりで隠してたって。きっと見つけてもらえないで、隠し場所に今もあるに違いないって言ってました」

「あなた、何を言っているの ? 」


 百合子先生を取り巻いている団員の皆さんが騒めき始める。


「大鏡の左の壁のバーの少し上。ハートの模様を押すと出てくるそうです」


 丁度そのあたりに座っていた人たちが慌てて立ち上がってバーを見る。


「先生、ハートの模様、ありました ! 」

「うそっ ! 」

「え、そんなとこ気が付かなかった」


 みんなが私を見ている。


「佐藤さん、押してみて」

「え、いやです」


 冗談でしょう。


「なんでっ ?! 」

「だって、出てこなかったら嫌だし、出てきたら怖いじゃないですか」


 押せ、押さないを繰り返した結果、結局模様を見つけた団員さんが押すことになった。

 みんなが息を飲む中、小さなハートマークをお姉さんの細い綺麗な指が押す。


「痛てっ ! 」


 壁の近くに座り込んでいた男性ダンサーが、頭を抱えてうずくまる。

 その後ろ。

 壁から何かが飛び出していた。


「いやあぁぁぁっ ! 」


 女性団員の皆さんが抱き合って壁から離れる。


「先生、引き出しです。中に何か入ってます」

「だ、出してちょうだい」


 男性団員のお兄さんが恐る恐ると中から取り出したのは、リボンできれいにラッピングされた包みと封筒だった。


「誰か、読んで。お願い」


 みんなが私を見る。

 これは私の仕事なんだろうか。 

 お兄さんか封筒を渡してくる。

 いやいやながら受け取る。


「・・・読みます」


 ユリちゃん、お誕生日おめでとう。

 おかあさんのお仕事で留守にしてばかりでごめんなさい。

 お母さんは先生になるから、毎日一緒にいられるわ。

 ユリちゃんの好きなゲームの新作を贈ります。

 今度はユリちゃんの話を聞くだけじゃなくて、一緒に楽しもうと思うの。

 これからも二人で仲良く楽しく暮らしましょうね。


「以上です」


 綺麗なカードを封筒に戻して先生に渡す。

 先生は包みのリボンを解いてプレゼントを取り出す。

 出てきたのは古いタイプのゲーム。


「・・・お母さんたら、こんなの発売日に買ってクリアしちゃったわよ」


 泣きそうな顔で、でもグッと唇を噛んで、先生は贈り物を抱きしめて目を閉じた。

 しばらくそうしていて、カッと目を開けて私を怒鳴り飛ばした。


「ちょっと、母に会ったならなんで早く言わないのっ ! 」

「そこですかっ、突っ込むところっ ! 」

「あたりまえじゃないのっ ! 」

「ちよっと待ってください。私、大先生にはお会いしてないですっ ! 」

「こんなオカルティックな展開で会ってないなんて言わせないわよっ ! 」

「ホントですっ ! 私が会ったのは金髪碧眼のチョー美人なお姉さんですっ ! 」


 え、と先生が黙る。


「夢の中の先生って、本当に母じゃないの ? 」

「大先生のお写真なら拝見したことがありますから存じ上げてます。でも私の夢に出てくるのはキレイな欧米人女性です。ロミジュリみたいなドレス着た」


 嘘は言っていない。

 お母様の容姿は金髪碧眼だし、美人だし、三十になったばかりって言ってたから、あちら夢の世界ではおばさんでも、こちら現実世界では全然若くて現役だよね。


「それで、その人からはどんな指導を受けてるの」

「無理難題言われて傍若無人で頭ごなしで出来ないとメチャクチャ馬鹿にされるし」

「そのまんま母じゃないのっ ! 」


 あ、やっぱりわかる ?

 団員さんの間で異世界転生が、とか言ってるのが聞こえる。

 ええ、それで正解です。


「・・・その人は毎晩夢に出てくるの ? 」

「いえ、毎日ってわけじゃないですけど、唐突に出てきて文句つけてきます」

「間違いなく母だわ」


 うわあ、親子の絆、すごーい。


「わかったわ。では、今度その人にあったら」

「はい」

「・・・ありがとうって伝えてくれる ? 」


 百合子先生は今日ここであったことは、当分ナイショにするようにと言った。

 変に噂になってマスコミに取り上げられると、お稽古に支障がでるからだ。

 もう何年かしてから、不思議な物語として公演のプログラムで紹介するそうだ。

 私は時々だがお母様の様子を先生に伝えている。

 金髪のハンサムな男の人と一緒だったとか、よく似た男の子がそばにいたとか。

 夢の中でキトリの全幕を教わっていると言ったら、バジルとのパ・ド・ドゥの練習をさせてくれるようになった。

 バジルの性格に難ありで恋人の雰囲気になる気持ちになれないと言ったら、


「お約束なんだから黙って踊りなさい」


 と、言われた。

 やっぱりお母様の娘だった。 

 

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