第230話 一方そのころ現世では・文化祭こそが生きがい

 なんか、アルにお願いされた。


「台本を読むだけでいいんだ、お嬢様として」


 いや、私、演技とかできないし。

 とか言ってたらアルから台本が送られてきた。

 

『白貴族』


  ルーメリア公爵令嬢は憤っていた。

 今まで世界は幸せで平和な物だと信じていたのに。

 この世には弱い者、身分の低い者を虐げる存在がある。

 そしてそれは決して表には出ず、立派な人間として生きている。

 そんなことを許してもいいのか。

 王家に連なる自分が、嘆き悲しみに手を差し伸べないとは、許されるのだろうか。

 いや、神が許しても自分自身が許せない。

 この手で、必ずや悪を踏み砕いて見せる。


 ただし、召使にやらせる。

 そして踏み砕くのに必要なのは手ではなく足だ。


 えっと、やって欲しいのは執事アルフレッドとの会話部分。

 軽妙な掛け合いだけれど、ただのコントになってしまいがちな場面。

 そこをとても重要な感じで読んで欲しい。

 うーん、ここってDVDでは笑いが起きるシーンだよね。


 でも内容はお話の中では結構大切な感じで、本来はこんなに軽く扱っていいのかなって思ってたところだ。

 原作のコミックではシリアスだし。

 でも、アニメや舞台、実写でもこのシーンはお笑い系になっている。

 それを違う感じで、原作に近い表現にしたいという事なのだろう。

 難しい。

 でも、アルに会えるならいいかな。



「アクション・シーン、変更するわよ ! 」


 放課後、練習準備をしていた教室に薦田こもださんが飛び込んできた。


「ちょっと、山口君。こんな特技があるの、どうして黙っていたのよ ! 」

「特技 ? 何のことだよ」

「みんな、これ見て」


 薦田こもださんが『長刀部・備品』と書かれたテープの張られたビデオを差し出した。

そこに映っていたのは。


「なんだ、こないだの」

「私がお休みした日に限って、なんだってこんな面白いことしたのよ。リアルで見たかったわよ」

「え、時間が余って場所が広かったからだけど」


 彼女は何をそんなに怒っているんだろう。

 剣道部の奴が僕の肩を叩く。


「山口、お前どうして剣道部にいないんだよ」

「僕は剣道の経験がないんだよ。高校に入ってから始めたら、前からやってる奴の邪魔になるじゃないか」


 それにあっち異世界でルーに会うのに早く寝たいから、しなくていい活動は出来る限りしたくないんだ。


「とにかくアクションプラン、練り直すわよ。教室は狭いけれど、客席も使って大胆にいきましょう。まったくこういう事が出来るなら早く言ってよ」

「ただのチャンバラごっこだってば」


 ♪ ピンポンパン


『二年六組の山口君。お客様です。正面玄関まで迎えに来て下さい』

「あ、来たみたいだ。迎えにいってくる」


 急いで階段を下りて玄関に向かう。

 なんかザワザワしているな。

 上から見るとルーが男子生徒に囲まれている。

 

「それ聖ジェノの制服だろ。ね、何しに来たの ? 」

「去年の文化祭、来てたよね。あってる ? 」


 うわあ、飢えた狼どもが。

 おや、例の元リーゼント先輩もいるぞ。

 あの後すっかり真面目になったと聞いたけど、ルーに近づこうとは恐れを知らない。

 少し脅かしておこうかな。



 見るからに私立女子高生が立っている。

 持ってきたのか来客用スリッパではなくバレエシューズを履いている。

 都立高校では見かけない控えめな姿に、放課後ウロウロしていた男子生徒が群がった。

 色々話しかけるがどうにも返事をしてくれない。

 少し苛立ってきたところ、背後から声がした。


「当家のお嬢様に何かご用でしょうか」

 

 振り返ると階段の途中に、小柄な少年が穏やかな笑顔で立っている。


「お、おい、あいつって」

「二年の、怒らしたらダメな奴」


少年はゆっくりと階段を降りる。

 モーゼの十戒のように左右に分かれた男子生徒の間を通り、女生徒の前で恭しく頭を下げる。


「お迎えが遅くなり申し訳ございません。ご案内いたします」


 少女が差し出した荷物を受け取ると、二年男子はこちらへどうぞと先導する。

 少女は彼女を囲んだ男子生徒を一瞥すらせず少年の後に続く。

 階段の踊り場に二人が消える。

 残された生徒たちはハアアァァッと息を吐く。


「うわぁ、めっちゃ怒ってたよな、あいつ」

「殺されるかと思った。つか、本物の執事みたいだった」


 彼のクラスが文化祭の為に、日頃から執事やメイドになりきっているのは校内では有名だ。

 姿勢や仕草に拘った結果、ちょっとぽっちゃり体形だったり猫背だったりした生徒が、目を見張るほどすっきりした体形になった。

 それと並行して生活態度を改めた結果、一学期の期末テストの結果が軒並み上がっている。

 召使たる者、やるべきことは後回しにせず終わらせるようにとのアルの通達のせいだ。

 以前から「文化祭と学業の両立は可能である」という態度を表明していた学校側としては、この成果は誠に喜ばしいものだった。

 逆に学業を適当にしていた生徒にしてみれば迷惑極まりないことだったが。


「負けてられねえなあ。キャラがあれだけ出来上がっているってことは、あとは肉付けと大道具だけだもんな」

「文化祭大賞を三年以外が取るなんて恥だよな」

「絶対あのクラスにだけは取らせねえ」


 今年の文化祭は異様に盛り上がっていた。



「やっぱりここが問題なのね」

「そう、ここは決意を表明するような場面なのに、アニメ以外ではお笑いでしかないのよ。そうなるとそれにつづく ナンバーの意味も変わってくるし、ストーリー全体が原作と随分とイメージが変わってしまうの」


 薦田コモちゃんさんが困ったと顔をしかめる。


「私、原作から入った派なの。このシーン大好きなのよ。だから、ここからコミカルに変わってしまうのが許せないの」


 原作ではヒロインが自分の意思を執事のアルフレッドに告げ、それを実行してくれるかを問う。

 ミュージカルではその後『執事は 侍従は メイドとは』というヒロインについていくという感動的な歌になる。

 だが、舞台、実写が原作と変わってくるのがここだ。

 お笑いの場に続いてなので、どうしてもいやいやお嬢様のわがままに付き合うと言う意味になる。

 それでは原作の趣旨と異なってしまう。


「問題は、直前のこのシーンだと思うわ」

「ええ、それよ」


 ヒロインが執事アルフレッドに言う。


 三回まわってワンと言いなさい。


 原作では回るシーンがなくて、アルフレッドがアップでワンと言うだけなのだ。

 実際に三回まわるを入れると、どうしてもお笑いにしかならない。

 それをどうするか。

 私とアルはラインでもあちら異世界でも随分話し合った。

 

薦田コモちゃんさん、なおとさんと相談して考えてきたんだけど、とりあえず見ていただいてもいいかしら」

「ええ、お願い」


 私は小道具の扇子を受け取り、ソファに見立てた椅子に座った。



 十月末。

 授業中であるはずの教室はザワザワしている。


「お前ら、気持ちは分かるが少しは落ち着け」


 毎年の事なので教師も慣れている。

 だが今年は特別なのだということも知っている。


「帰ってきたっ ! 」


 生徒が窓に鈴なりになる。

 校門から何十人もの生徒が紙包みを抱えて走り込んでくる。


「おまたせっ ! 」


 三階まで駆け上がってきた女生徒が息を切らしながら駆け込んで来た。

 そして教壇の教師に抱えてきた紙包みを差し出す。


「お願いしますっ ! 」

「ご苦労さん。ほら、座れ」


 袋から取り出されたのは、関係者なら知らない者はいない演劇雑誌。

 本来プロの作品を扱う雑誌だが、年に一度、この月だけは某都立高校の文化祭を小さく扱う。

 近くの書店で開店とともに買って、急いで戻るとその時間の教科担当に渡す。

 そして教師がその記事を読み上げる。

 これがこの高校の伝統だ。

 文化祭大賞を取った作品はもちろん取り上げてもらえる。

 その他にこれはというクラスも。

 そこに入るか否かで最終的な順位が決まるのだ。


 校内のあちこちで歓声が上がる。

 名前を載せてもらえたクラスだ。

 彼らの演目はまだ読まれていない。


「特筆すべきは二年生の演目『白貴族』だろう。二・五次元ミュージカル版を使ってはいるが、受ける印象は原作により近くまったく別物になっていた。どの舞台でも笑いで誤魔化すしかなかった場面を原作に忠実に再現し、原作にはないセリフを加えたことで、より主従の関係性を浮き彫りにした。また演目が決まってからは校内では全員侍従として振る舞うという訓練の結果、どの生徒も召使としての動きに違和感がなく、この辺りはプロの出演者にも見習ってほしい。執事アルフレッド役の生徒は設定より二十センチも背が低かったが、最初こそ気になったものの、芝居が進むとともに彼こそが当代一のアルフレッド役者であると感じるまでになった。もし再演されるのであればチケット代を払ってでも見たい。生徒のみに配られるというDVDを見るチャンスが欲しいものだ」


「もちろんこの演目が二年生としては異例の文化祭大賞を取ったのは当然である」


古文の教科担任は黒板に『自習』と大書して教室を出た。

 あまりの騒ぎ様にこれ以上は授業にならないと判断したからだ。



「それで、結局どうなったの ? 」


 ルーに聞かれアルは困った顔で説明する。


「記事を読んだ人から聞いたと原作者から連絡があってね。仕方なく関係者を呼んで上映会をやったよ」


 当初ミニシアターを指定されたが、それは断ってクラスでの上映になった。

 参加したのは原作者、担当編集者、演劇雑誌編集者、映画版、アニメ版の各監督とミュージカル版の演出監督の六人。


「ようこそお越し下さいました」

「お荷物をお預かりいたします」


 席があるのは招待客と校長、副校長、学年主任、担当。

 生徒はその周囲をグルリと囲んでいる。


「失礼いたします。ボディチェックさせていただきます」

「え、なんで ? 」

「はーい、両手を横に伸ばして動かないでくださいね」


 女生徒がパタパタと招待客の服を探る。


「アル、こちらの方は大丈夫です」

「あ、この方ったら小型カメラをお持ちよ。しかも二つも」

「まーあ、今の小型カメラってすごいわね。一センチしかないわ」

「はい、ボッシュート」


 真っ青になる大人たちに、アルはニッコリと微笑みかける。


「著作権についてよくご存知の方々にしては、なかなか楽しいことをして下さいますね」


 招待客はアルフレッド役の少年だと気付いた。


「一度ネットに流れた映像は消しきれない。個人情報と人権の保護のために、もしまだ隠し持っておられる物がありましたら、今のうちにこちらにお出しください」


 彼らの前に布を敷いた銀の盆を持った生徒が立つ。

 穏やかな笑顔と裏腹に、少年からは『言うことを聞け』という無言の絶対命令が聞こえる。

 アルフレッドだ。

 リアル・アルフレッドがいる。

 大人たちは渋々と隠し持った録画機器を提出した。


「ご協力ありがとうございます。それではこれより上映会を始めさせていただきます。どなた様も私たちの拙い演技をお楽しみいただきますよう」


 アルが恭しく頭を下げると電気が消え、プロジェクターに二年六組の演目が映し出された。



「これよっ ! 私が描きたかったのはこれなのよっ ! 」

「ですよねっ ! 私、どうしても同じように出来なくて。これこそがこのシーンで大事なんですよねっ ! 」


 原作者とヒロイン役の女生徒が意気投合している。

 問題のシーン。

 お手本があるからと見せた。

 ルーとアルの掛け合いだ。


 ヒロインが自分の気持ちを伝え、召使たちに実働部隊を任せようとする。

 だが、彼らは本当に自分の命令で動いてくれるのか。

 命惜しさに逃げるのではないか。

 そこでヒロインは執事アルフレッドに言うのだ。


「三回まわってワンと言いなさい」


 映画と舞台では犬の真似をしてピョンピョンと回りお笑いになるのだが、お手本からの文化祭版ではピケからのシェネでクルクルと回り、ゆっくりと跪いてヒロインの手を取る。

 そして原作にはないセリフが入る。


「それでこそ、アルフレッド。わたくしの執事よ」


 これでコミカルになることなく原作通りに話を進めることができた。


「こんな手があったのねえ。思いつかなかったわ。それにこのお嬢さん、綺麗ねえ。それに優雅。気品もあって。もうルーメリアそのものだわ」

「夏休み前から色々と指導してもらったんですよ。ルーちゃんったらとっても優しくて、同じように出来たらもっといい物が出来たと思います」


 原作者は満足して帰り、舞台演出監督はこれを使いたいけれど、使ったら絶対マネっ子だとばれると頭を抱えた。


「良かったわね、映像流出がなくて。これでおしまいかしら」

「僕たちの脚本はこのまま残るから、校内では使う世代は出ると思うよ。楽しみだよね」


 アルの練習に参加しているうちに、アルはアルフレッドのアル、ルーはルーメリアのルーと呼ばれるようになった。

 これからはあちら夢の世界と同じように呼んでも問題はない。

 素敵な副産物だった。


「勉強はしてあたりまえ。行事には全力投入。アルの高校、とってもステキね」

「全力投入した結果の文化祭浪人する人もいるからね。来年は力の入れ具合に気をつけなくちゃ」

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