第226話 お祭の前に

「出ておいで。二人とも」


 ギルマスが言うと、テーブルの上にポッと光が差して、それが消えるとしーちゃんと桑楡そうゆが現れた。


「しーちゃん ? お留守番してたんじゃなかったの ? 」

『いい加減しーちゃん呼びは止めよ! 』


 部屋の中に音にならない声が響く。


「あれ。この声は・・・」

『娘、自分でつけておきながら我の名を忘れたか ! 』

「タマっ ! タマだろ ! 」

『タマも断るっ ! 』


 アルの言葉に、ヒヨコはテーブルの上を走り回って怒りをあらわにする。

 桑楡そうゆはそんなしーちゃんを鼻で笑う。


『気の毒にのう。友に名前を呼ばれぬとは。我らは初めから呼ばれておる。やはり親愛の情の差であろうか』

『そのようなわけあるまいっ ! 』


 エイヴァン兄様が手を伸ばしてしーちゃんを捕まえる。


東雲しののめ、今の声はお前か」

『ふん、やはりお主だけはわかるようだの。左様。我が名は東雲しののめ時告ときつげの王である』


 ヒヨコがフンッと胸を張る。

 かわいらしい。


『そして我らが名は桑楡そうゆ、西海の王』


 白い竜が翼をバっと広げる。


「二人は私の知り合いで、この大陸の西と東だよ」

『娘、我との約束を覚えておるか』

「約束 ? 」


 桑楡そうゆとなにか約束なんてしたかな。


『そこの小童が魔力枯渇で倒れたときだ。忘れたか』

「・・・あ、あの時の。ええ、覚えてる。本当の姿を見ても驚くなって。あれ、桑楡そうゆだったの ? 」

『いかにも ! 』


 あの時はアルが二度と目を覚まさずに死んでしまうんじゃないかって、本当に本当に心配した。

 目が覚めてからもしばらくはまた眠ってしまうんじゃないかと、朝アルが来るまで気が気じゃなかった。


『な、何をするっ ? 』

「ありがとう ! 」


 私は桑楡そうゆをぎゅっと抱きしめる。


「アルを助けてくれて、ありがとう。桑楡そうゆが助けてくれなければ、アルと二度と話せなかったわ。本当にありがとう・・・」


 あの時の気持ちを思い出して涙が出てくる。


『泣くな。小童を救ったのはお主の魔力。吾はそれを体内に注ぎ込む手伝いをしただけよ』

「でも、してくれた」


 桑楡そうゆがペロリと私の涙をなめた。


「アル、タマってしーちゃんのこと ? 」

「うん、君がいなくなった後、こちらで目が覚めるまでずっとおしゃべりしてたんだ」

「そうなのね。でも、なんでタマ ? 」

「名前を教えてくれなかったから、勝手につけたんだ。あっちでは光の玉だったし」


 あー、確かに。

 タマしかないよね。名前としては。


「アルが寂しくないように一緒にいてくれたのね。やさしいのね、しーちゃん」

『だからしーちゃんと呼ぶな。正確な名前で呼べ ! 』


 嬉し涙が止まらないけれど、私は本当にしーちゃんと桑楡そうゆへの感謝をどう表現していいのかわからない。


「二人とも、本当にありがとう。桑楡そうゆ、もうこのままあなたの本当の姿を見せて。あの約束を果たしてしまいましょう」

『ここは狭い。今と同じ大きさで良いな』


 テーブルの上の桑楡そうゆを光が包み、それが消えると金色の八頭龍が現れた。


『これが我らが姿。ただしかなり小さいがな』


 桑楡そうゆと同じ姿の黄金龍。

 頭が八つある。


「か」

「か」

「「「かわいいっ ! 」」


思わずご唱和してしまったが、皇后陛下とお母様がキラキラした目で桑楡そうゆを見ている。


「あの、ギルマスが召喚した・・・」

「ああ、そうだよ。彼だ」


 グランドギルドの訓練場に現れた姿のちっこい奴。

 テーブルの上でその八つの頭がギャウギャウと言っている。 


『・・・今までの人間と反応が違うの』

『うむ。あやつですらまずは敵意を見せたというに』

「え、だってかわいいでしょ。ね、お母様」

「ええ、本当。八岐大蛇ヤマタノオロチね」


 八岐大蛇ヤマタノオロチ伝説。

 八つの頭を持つ蛇を退治してお嫁さん候補を守った話・・・だったかな ?


「確か酔い潰して、頭を切り落とすんだったかしら」

「瓶を八つ用意するのよね」

「尻尾を切ったら剣が出てくるんでしたか」

『おい、こやつらは何か不穏なことを言っておるぞ ! 』

『我らの首を切り落とすだと ! 』

『尻尾を切って剣にするとは、なんたる不遜、何たる愚行 ! 』


 ギルマスと二人であちら現実世界での伝説だと説明して、納得して落ち着いてもらうのに少し時間がかかった。


『皆、こやつらに出された酒は飲んではならんぞ』

『うむ、いつ寝首を搔かれるやもしれん』

「だからそんなことしませんって」


 皇后陛下とお母様が笑顔で否定するけれど、桑楡そうゆたちは信用しきれないでいるようだ。

 あ、複数形でいいんだよね。

 八つの頭がそれぞれべつに発言しているし。


「あのお、そろそろ話を進めてもらっていいですか。あたし、祠の謎について知りたいんですけれど」


 陛下方の明るいノリに、アンシアちゃんが呆れて問題の進行を促す。


「早く終わらせて、お姉さまとお祭の屋台巡りをしたいんです」


 おっと、大事なのはそこですか、アンシアちゃん。



『祠は壊されたのではない。壊れていくのだ。もう祠を維持する守りがないのでな』

「守り ? 」

『そもそもこの祠を作ったのはヴァルル帝国初代皇帝であった』


 桑楡そうゆは見知った白竜に戻って、私の膝の上で丸くなっている。


『ヴァルル王国が帝国になったのは、初代皇帝が四方よもの王となったからだ』

『その力で国を、この大陸を守った』

『死後もその力が続くよう、祠を作ったのだ。だが・・・』


 ギルマスが後を引き継いだ。


「私もついこの間説明を受けたのだが、あの祠は魔物避けであり、魔物を引き寄せるという相反する力があるそうだ」

「引き寄せる ? なんでまたそんなことを。確かに祠付近からこちらに魔物は入ってこれないようでした。ですが、引き寄せるというのはどういうことですか」


 エイヴァン兄様の質問に、ギルマスは良い質問だと言う。


「大型魔物。なぜ王都付近にばかり集まるのか。それを考えたことはあるかい ? 」

「いえ。余程の辺境、それも他国に行かねば出会わない大型が、王都の周りにばかり多いのはおかしいとは思っていましたが」

「集めていたんだよ、あの祠で」


 大型の危険な魔物は王都周辺に集め、けれど一定の範囲内には入れないようにする。

 グランドギルドに強い冒険者を集め大型魔物を討伐し、地方の小さな町や村には被害の少ない中級程度の魔物が残る。

 そうやって民の生活を守っていたと言う。


「とにかく祠を守れしか言わなかったし、親父も知らなかったんじゃないか」

『何しろ千年経っておるからの。どこかで忘れられていったのだろう。だが、それももう尽きる』

「守りがとか、尽きるとか、何言ってんの」


 アンシアちゃんが不満気な声でしーちゃんたちに言う。


「昔の皇帝様があたしたちのことを考えて、祠を作ってくださったのはわかったわ。それが出来たのはその方が四方よもの王だったから。で、四方よもの王ってなぁに ? 」

「いきなり核心をつくね、アンシア」


 苦笑しながらギルマスはテーブルに水滴で十字を書いた。


「 四方よもの王とはその名の通り、この大陸の東西南北と絆した者のことだよ」

「絆 ? 契約とかそう言ったものですか ? 」

「いや、違うよ、ディードリッヒ。そういう拘束性のある物じゃない。親愛、いや、なんと言ったらいいんだろうね」

「友情、とかですか」


 アンシアちゃんがポツリと言う。


「友情、そうだね。それが一番近いかな」

『かなりあいまいな定義だからな』

『そして初代から今に至るまで、新しい四方よもの王が出ていない。この大陸を守る力は消えようとしている』


 だから祠は壊れ続けている。

 もうシジル地区の冒険者たちだけでは保つことが難しい。

 祠が全て消えれば、大陸中に魔物が溢れかえる。

 今まで中級を相手にしていた中堅冒険者では、初めて大型魔物と向き合えば命の保証はない。

 グランドギルド所属の高位冒険者たちを地方に派遣するか、もしくは各地方の冒険者の実力を底上げするしかない。

 

「じゃあ、新しい四方よもの王が必要なんですね」


 だからアンシアちゃん、なんでそんな簡単に答えを出すの ?


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お読みいただきありがとうございます。

近況ノートにも書きましたが、左目が眼底出血をおこしており、白濁して全く見えません。

キーボードや画面も見えづらく、書くのにかなり不便になっております。

更新等が遅れます事お許しください。

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