第225話 お祭は晴れの日

「シジル地区冒険者ギルドの秘密の開示を」


 エイヴァン兄様が皇帝陛下の目をじっと見ている。

 陛下はしっかりと兄様の視線を受け止めていたけれど、フッと笑って言った。


「いいよ」


 え、そんなに簡単に良いんですか ?


「どこまで知っているのかな」

「そんなに多くはありません。祠の近くに結界が張られているらしいということ。祠を守っているのがシジル地区の冒険者たちだと言うこと」


 アンシアからの報告と実際の経験ですと兄様が告げる。


「そこまで知っていれば十分だ。ここで説明してもいいけれど、やはりシジル地区の顔役、今はギルマスと名乗っているのかな。そちらから聞くのが筋だろう」

「よろしいのですか、陛下」

「シジル地区だけでは手が足りなくなってきていると聞いている。そろそろ外部の手助けが必要だと思っていた」


 陛下は隠しからメモ帳のようにものを取り出してパラパラとめくる。


「たしか来週あたり、シジル地区の夏祭りがあったはずだ。宰相一家が出向けば祭りも盛り上がるだろう。その時にでも聞くといい。宰相が一緒なら許可が下りたとわかるはずだ」

「そういえばルールーちゃんから招待状が来ていたわ。みんなで行きましょう」


 お母様が嬉しそうに言う。

 私が倒れていたときに、シジル地区から歩いてお見舞いに来てくれた子だ。


「お姉さま。夏祭りは屋台も出て賑やかなんです。出し物もあって、おひねりも飛ぶんですよ。用意してくださいね」

「私もお祭りは大好き。楽しみましょうね、アンシアちゃん」

「はい。毎年人気のお店とかもあるんですよ。ご案内しますね」

「おい、俺は今、当初の目的に肉薄したんだが、そっちはどうでもいいのか」


 エイヴァン兄様が不本意だと私たちを睨みつける。

 怖くないもんね。


「お祭りですよ、兄様。そんな怖い顔しないでください」

「そうですよ。楽しまなくっちゃ、兄さん。えーと、なんでしたっけ、お姉さま。前に教えてくださったの。踊る阿呆に見る阿呆」

「同じアホなら」

「踊らにゃそんそん」


 お母様と皇后陛下が続けて下さる。

 がっくりと肩を落とすエイヴァン兄様とそれを慰めるディードリッヒ兄様。

 皇帝陛下とそれ以外がアハハと乾いた笑いをあげた。



 シジル地区の門。

 そこに両親と仲間たちと立つ。

 今日はお祭りなので馬車は中には入れない。屋台とか出ていて道が狭いからだ。

 一度お屋敷に帰ってもらって、夕方迎えに来てもらうことになっている。


「こんにちは、ハンスさん。入っても大丈夫 ? 」


 アンシアちゃんが門番のおじさんに声をかける。


「やあ、アンシア。ようこそ、シジル地区へ。宰相閣下、奥方様。ルチア姫もお待ちしておりました」


 アンシアちゃんが連絡をつけてくれていたので、すんなりと通してもらえる。


「ルチア姫様だ、宰相ご夫妻もおられるぞ ! 」

「いらっしゃいませ、姫様 ! 」

「閣下、あたしの店に寄ってってくださいよ ! 」


 左右に並ぶ屋台から声がかかる。


「ありがとう。先に顔役に挨拶してくるから、後でゆっくり見せてもらうよ」

「すぐに伺いますから、待っていてくださいね」


 お誘いに笑顔で応えて冒険者ギルドに向かう。

 女子会をやったあの建物だ。

 アンシアちゃんの先導で、初めて来ましたみたいな顔で建物の中に入る。


「よお、遅かったな」


 二階の応接室に入ると、どこかで見たことがある冒険者夫婦がくつろいでいた。


「・・・何であなたが来ているんですか、陛下」

「そりゃあ大元が来なければ話が始まらないだろう」

「ここのお祭り大好きなのよ。久しぶりで嬉しいわ」

「おやっさんも止めて下さいよ。今頃御所は大騒ぎですよ」

「俺の言うことを聞く奴か ? お前の方が付き合いが長いんだ。わかっているだろう」


 シジル地区のギルマスはお父様や陛下とお知り合い ?

 随分と親し気だけど。


「後はヒルデブランドのギルドマスターが来れば全員集合か ? 」

「ええ。時間はご存知ですから、もう来られるとおもいますわ」


 その時トントンとドアが叩かれた。



「ちょっとばあさん、何をそんなに急いでいるんだよ」


 背負われた老婆は孫の頭をポカンと叩く。


「グズグズ言わずに追いかけておくれ。ホラ、見失っちまう」

「大丈夫だよ。あんなに背が高いんだ。ちゃんと追いつくから暴れるなって、おーい、トム。お前もなんだってばあさん背負ってるんだ」

「なんかあの人追ってくれっていわれてな」

「お前んとこもかよ。一体誰だよ、あのおっさん」


 シジル地区の冒険者ギルドには老人たちが続々と集まろうとしていた。

  


「すまない、遅くなって。ここにくるのも久しぶりでね」


 ギルマスはいつも通りの穏やかな笑みで部屋に入ってきた。


「随分と変わってしまって迷いかけたよ」

「マ、マルウィン様 ? 」

「ん ? 」


 シジル地区の顔役が口をアングリ開けて固まっている。


「いや、違う。マルウィン様のご子息ですね。そうです、御父上にそっくりだ」

「もしかして、アンドリュー親方のところのマル坊かい ? 」

「 ?! 」


 ギルマスが顔役の肩をポンポンと叩く。


「親父さんにそっくりになったね。でも鼻の形は奥方のレミィさん似かな。親父さんはもう少し丸っこかったからね」

「まさか、まさか ?! 」

「立派になったね。でも、もう肩車は出来ないかな」


 顔役が号泣して崩れ落ちた。

 


 シジル地区の顔役がなんとか立ち直ったところで、兄様たちとアンシアちゃんが冒険者姿になり、全員かその辺に座る。


「ギルマス、失礼ですけれど、おいくつですか」

「四十を過ぎてから数えてないなあ」

「ふざけてないで教えてください」

「老人に年を聞かないで欲しいな」


 ギルマスがすっとぼける。


「そうだね。この間、元号四つ目に入ったかな」

「 ??? 」


 ちょっと待って。

 この間までの元号があれでしょ ? その前があれだから、少なく見積もって・・・。


「九十才 ?! 」

「やめておくれ。恥ずかしい」


 ちょっとだけ顔を赤くしてギルマスが苦笑する。


「最初の元号は最終日に引っ掛かっただけなんだよ。無駄に長生きしてしまっただけさ」


 いや、凄いことじゃないですか。


「もしかしてカウント王国の御落胤のあれは・・・」

「うん、私だね」

「キマイラ退治とかあれやこれやは」

「まあ、やった記憶はあるよ。よくもあれだけの情報で正解を引き当てたね」


 英雄マルウィン。

 カウント王国の御落胤を探し出し、某国王女を救い、数々の偉業を成し遂げた冒険者。

 そして現在誰もいない最高位の『無量大数』の称号の保持者。

 まさかギルマスがその人だったなんて。

 聞きたいことはたくさんある。

 だが、とりあえず当初の目的を果たさなければ。 


「先ずは帝国が掌握している祠の情報をお願いいたします」

「あ、ああ。俺が帝位を継いだ時に父から引き継いだものだが」


 王都周辺の祠を維持せよ。。


「そしてそれを既知のシジル地区の顔役に頼んだ。それが俺が知っているすべてだ」

「その理由はご存知ないと」

「父も知らないと言っていた。だが、それが最重要事項だと言っていた。長い年月で理由は忘れ去られたのだろう。場所と作法だけが伝えられてきた。そしてこれが皇帝の皇帝である理由と」


 知られてはならない、

 それだけ大切な物だったのだろう。

 だが、理由さえわかればどれだけ重要なことか理解ができる。

 それが何だったのか。

 ギルマスは少し何か考えているようだった。


「そこにいるんだろう」


 ここにいない誰かに声をかける。


「出ておいで。二人とも」

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