第224話 二日酔いの翌日は

「随分飲んできたわね」


 私の居間でベナンダンティの三人とアンシアちゃんがグッタリとしている。


「はい、お水。しっかり飲んでアルコールを追い出すのよ」


 ナラさんと一緒に冷たい水を配る。

 みんな、飲みすぎだ。



「ぷはぁぁっ ! 三十年ぶりの生、最高っ ! 」

「はあぁぁっ ! 命の水よ。生きててよかったあっ ! 」

 大ジョッキを一息に飲み干した皇后陛下とお母様は、感無量という感じで感動を隠さない。

 私もアルもその苦さに一口でリタイヤしたのだけれど。


「そんなに美味しいんですか、それ」


 自分で『お取り寄せ』しておいてなんだけれど、美味しいとはとても思えない。


「いや、いいビールだよ。味も香りも缶とは違う」

「ええ、ギルマス。こんな美味いビールは久しぶりで飲みました。いつも発泡酒で我慢しているもんで」


 ディードリッヒ兄様、つましい生活をしてらっしゃるんですね。


「あー、ビール醸造所の夏季限定ビアガーデンの食べ飲み放題プランだから、種類も色々あって楽しかったぞ」

「いや、エールがこんなに美味いとは思わなかった」

「ええ、街の酒場で出る物と全然違いますね」


 皇帝陛下とお父様も美味しそうに飲んでいる。

 テーブルの上にはまだジョッキがいっぱいある。

 放っておくとドンドン温くなってまずくなるのだろう。

 こちら異世界のビールは温くて不味いって言ってたな。

 私は保冷魔法をかけておく。

 いつもの機械音が流れた。


「え、お風呂、湧いた ? 」


 違います、皇后陛下。

 保冷魔法です。六時間は保冷します。

 いや、それまで残っているだろうか。


「面白い魔法を使うのねえ。ホント、逸材ね、あなた」


 三杯目を空けた皇后陛下とお母様が、何かを期待するように私を見る。


「ねえ、ルチアちゃん ? 」

「はい、お母様」


 酔いが回ってきたのか、ほんのり顔を赤くしてお母様が言う。


「ここはおつまみが欲しいわねえ」


 小腹が空いたのか、何か欲しそうな顔をしている。


「ビールのお供と言ったら、枝豆よねえ」

「あら、焼き鳥も必須よ」

「フライドポテトとか」

「唐揚げとか」

「ポテトチップも欲しいわ」

「あたし、コンソメが好き」

わたくしはのり塩。濃いめとか倍々とかだともっと嬉しい」


 目をキラキラさせてお二人が私を見る。


「あの、お母様」

「なあに ? 」

「それ、全部ヒルデブランドの酒場にあります」


「「 な、なんですってっ ?! 」」


「ハイディさんとディフネさんの酒場のどちらでもいただけます」

「お方様、追い打ちをかけるようですが、すべてお屋敷の賄いに出ております」


 皇后陛下とお母様がショックを受けたのか、口を開けたまま固まる。

 お屋敷では朝食こそ隔日で和食だけど、お昼とお夕食はこちらのフレンチ風だから、唐揚げなんて出てきたことがないんだよね。

 私は時々こっそり賄いを差し入れしてもらっていたけど。


「そんな・・・三十年こちらで生きていて、まさか目の前にあったなんて。お父様っ、ご存知だったんですかっ ?! 」

「う、それは・・・」

「あちらでご一緒したときいただきましたよね、ご老公様」


 ばらしちゃダメでしょ、アンシアちゃん。


「もしかして、あなたもっ ?! 」

「うん、初めてヒルデブランドに行ったときに連れて行ってもらったよ。時々晩酌の時にも出してもらっているし。君、知らなかったの ? 」


 お二方がオーマイガー!って両手で頬を抑えている。


「叫び・・・」

「誰がムンクですかっ ! ルチアちゃんっ、今言ったの、全部出しなさい ! 食べたことがないなんて言わせませんよっ ! 」

「あ、唐揚げの味付け、私の家のですけど良いですか。後は出来合いのものになりますけど」

「なんでもいいわ。早く出してっ ! 」


 アンシアちゃんにテーブルの上を片付けてもらって、ご注文の品を並べる。

 皇后陛下とお方様が目をキラキラさせる。

 ジョッキがドンドン空になって行く。

 もっと出せと集られる。

 ギルマスと兄様たちはお母様に無理矢理ビールを押し付けられてる。

 私とアルは被害が及ばないよう、部屋の隅で静かに麦茶を飲んでいた。



「それで皆様方は酔いつぶれて王宮泊まり。あなた方だけ脱出してきたと。ギルマスまでなんですか。いい年をして恥ずかしい」

「・・・面目ない」


 お母様たちの絡み酒でみんなかなり酔いが回っている。


「ルーちゃん、干し柿って食べたことある ?」


 ナラさんが濡らしたタオルをみんなに渡してまわる。


「曾祖母が作っていたので小さい頃なら。今はないですね」

「じゃあ出して。人数分ね。柿にはアルコールを分解する力があるのよ。民間療法だから物凄い効き目ってわけではないけれど、確実に楽になるから」


 ベナンダンティの存在がバレたので、ナラさんはアンシアちゃんの前で専属侍女の恭しい態度を止めた。


「お姉さま、申し訳ありません。ヒルデブランドで懲りていたはずなのに。あの苦みとシュワシユワが美味しくて」

「私も止めればよかったわ。でも変に口を出したら飲まされそうで怖くて」

「僕も。僕たちの世界では成人は二十歳なんだ。それまでお酒を飲んではいけない決まりになっててね。ごめんね、助けられなくて」


 お取り寄せした干し柿を配っていく。

 真っ赤な顔で水を飲みながら干し柿をかじる姿はなんとなくかわいい。


「詳しい話は明日になって酔いが醒めてからにしましょう。今日はもうお水をたくさん飲んで休んでね」

「はい、お姉さま」


 ナラさんはギルマスを客室に案内する。

 アルは兄様たちを支えて私室に戻って行く。

 一人残された私は、明日は朝一番で王宮に干し柿とあちら現実世界の父の飲みすぎの友、シジミのスープを届けようと決めた。



 翌日の午後。

 私たちは再び皇帝陛下のひきこもり部屋に集まった。

 しじみスープと干し柿のおかげか、それとも『お取り寄せ』したウコン系のおかげか、帰宅組は酔いも解消してすっきりしている。

 王宮にも私が朝一番で届けたので、二組の夫婦も多少は楽になっているようだ。


「カジマヤーの治癒魔法で二日酔いって治らないのかしら」

「申し訳ございません。怪我であれば得意なのですが、病気や体調不良まではまだ」


 アルの魔法はある程度の医療の知識がないと上手く発動しないようだ。

 やはり医者の息子という先入観からではないかと言っている。

 ベナンダンティになってから、冒険者がしそうな怪我の対処は調べていたそうだ。

 私の時は多分脳のほうだろうという勘でかけていたし、目が覚めてからは筋肉の回復をめざしていたという。


「さすがに二日酔いの治し方までは。お力になれず申し訳ございません」

「高校生の男の子にそこまで要求しないわよ」

「ルチアちゃんもありがとう。冒険者への依頼という形で来てくれたのね」

「さすがにお屋敷の皆さんには頼めませんでしたから。お役に立てたなら嬉しいです」


 御所に泊まった両親に届けて欲しい。

 冒険者ギルドにダルヴィマール侯爵令嬢からの依頼があった。

 これは証拠の侯爵家の紋章入りの扇子。

 みたいな感じで御所の入り口を守る近衛騎士団の団員さんにお預けしておいた。


「しじみの味噌汁、前世で夫によく作ったわ。下戸なのに飲むから」

「今度は俺に作ってくれるか」

「もちろん、喜んで」

「・・・リア充」


 お茶の支度を終えたアンシアちゃんが席につく。


「アンシアちゃん、ごめんね、隠していて」

「いいんですよ、お姉さま。だって物凄い秘密じゃないですか」

「アンシアはまるで驚いていないわね。なぜかしら」


 お母様が不思議そうに聞く。


「まさか、あなたも転生者だなんてことはないでしょうね」

「違いますよ、ちゃんとした一般人です」


 引きこもり部屋では身分に関係なくということで、テーブルを大きなものに変え、全員が座れるようにした。

 今まで私の後ろに立っていたアンシアちゃんも席についている。


「お姉さまが異世界の人で、夜になると向こうの世界に戻る。合点がいきました」

「合点 ? 」

「あたし、お姉さまが消えるところ、見てるんです」


 兄様たちとアル、私も驚いて声が出ない。


「お姉さまが呪いに罹った日、心配でお部屋を訪ねたんです。そうしたら出たり消えたりしていて。兄さんたちに相談しようとしたら、みんな布団にいなくて。異世界に戻っていたんですね、あの時」


 ギルマスに相談したら黙っているように言われたけれど、たまにどんな様子か確かめていたんだって。


「だから、アルが意識がないのに消えないって、きっと凄いことになっているんだろうって心配でした。無事に戻って来てくれて嬉しいです」


 アンシアちゃん、なんていい子なんだろう。

 あちこちに話しまくるって選択もあったのに、私たちを信じて黙っていてくれたんだね。


「ありがとう、アンシアちゃん。黙っていてくれて」

「お姉さまの『お取り寄せ』魔法。知られたら攫われて奴隷にされてこき使われそうじゃないですか。それは絶対避けなくちゃいけないって思ったんです」


 国にこき使われるって選択もあったってアンシアちゃんは言う。

 そしたら最大級の攻撃魔法で王宮を破壊するつもりだったって。


「とんでもないことを考えるな、君は」

「でも、実際に昨日は思い切りこき使われたじやないですか」

「あら、反論できないわ」


 アンシアちゃんの言葉に両陛下が呆れた声を出す。


「終わり良ければ総て良し・・・その通りだな。だからこうやって笑っていられる」

「ええ。本当に。これは何かご褒美が必要よ、あなた」

「我が家から出た問題ですもの。気にしなくていいわよ」


 お母様が断るが、エイヴァン兄様が手を挙げる。


「俺は頂きたい物があります」

「ほう ? 」


 兄様はお行儀よくテーブルの上に置いていた手を顔の前で組んだ。


「シジル地区冒険者ギルドの秘密の開示を」

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