第223話 この不思議でステキな出会いに

 すっかり忘れていましたが、この作品は拙作『世界初の乙女ゲームに転生しちゃったら ~だってレジェンドだもん ! 』の十数年後のお話となっております。

 ヒロインたちが登場しています。


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「あなた方、転生者ね ? 」


 皇后陛下が何もかもわかっているのと言いたそうにこちらを見る。

 私は、いや私たちはびっくりして声も出ない。


「だから、あなた方は元は日本人なんでしょう ? 」

「いいのよ。わたくしたちもそうですからね」


 お母様までがよくわからないことを言っている。


「陛下、お方様、我々には何をおっしゃっているのか分かりかねますが」


 エイヴァン兄様がすっとぼけるが、お二人の話は続く。


「隠さなくてもいいのよ。日本刺繡なんてこの世界にはないわ。長刀もね」

「バレエだってそうよ。キトリやエスメラルダ、それに瀕死。異世界に同じ物があるはずがないわ。ルチアちゃんの踊り、ユリちゃんを思い出したわ」


 ユリちゃん ?

 もしかして・・・。


「百合子先生 ? 」

「ルーっ ! 」


 お母様の顔色が変わる。


「ユリちゃん、娘を知っているの ?! 」


 しまった !


「教えて。あの子は今どうしているの。元気なの ?! 幸せなの ?! 」


 必死の表情で私にしがみつくお母様。

 それをエイヴァン兄様が引き離す。


「ディー、アル、関係者を全員ここに集めてくれ」

「わかった」

「行ってきます」


 アルたちが侍従服に変身して部屋を出ていく。


「陛下、お方様、関係者が集まるまで発言はお控えください。アンシアも、いいな ? 」

「は、はい」


 エイヴァン兄様の迫力にみんなが黙る。


「ユリちゃん・・・」


 そう呟いて両手で顔を覆うお母様の肩を、皇后陛下が優しく抱きしめている。

 アンシアちゃんは何もわからず困惑している。

 お母様のすすり泣きが治まった頃、バタバタと大勢が部屋に入ってきた。


「なにがあったんだ。緊急事態の概要を述べてくれ」

「どうしたんだい、そんなに泣いて」

「あなた・・・」


 お母様がお父様に縋りついてまた涙を流す。

 アルたちが連れてきたのは皇帝陛下、お父様、ご老公様、ギルマスの四人だ。


「ルー、一体これは何事だい」


 ギルマスの質問に何と説明すればいいのか言葉を選ぶ。


「あの、お母様は私の通っているバレエ教室の先生の亡くなったお母様で、異世界転生されたらしいです」

「 ! 」


 お父様たちがポカンと口を開ける。

 どう反応していいかわからないでいるアンシアちゃんは、黙々と人数分のお茶をいれていた。



「それじゃあ君たち二人は異世界で一度死んで、こっちに生まれ変わったっていうのかい」

「ええ。黙っていてごめんなさい、あなた」


 お母様はやっと止まった涙をお父様に拭いてもらっている。

 

「いや、出会った頃に言われても信じられなかったと思うし。けれど今なら信じられるよ。ベナンダンティという存在を知っているからね」

「ベナンダンティ ? 」

「それは私からご説明いたしましょう」


 ギルマスが手を挙げてお父様のお話を引き継ぐ。


「そもそもベナンダンティというのは・・・」



「・・・という訳で、私たち五人は現役の日本人なのです」

「異世界転生、してないですって ? 」

「現役って、じゃあ今夜眠ったらあちらに戻れるの ? 」


 皇后陛下とお母様は顔を見合わせて納得したと頷く。


「どうりでヒルデブランドでは和食が食べられていたわけだわ」

「昔から日本人がいたのなら当たり前ね」


 ギルマスはきちんと椅子に座り直して姿勢を正す。


「侯爵夫人、いえ、岸真理子さん」

「・・・はい」


 岸、やっぱり百合子先生のお母様なんだ。


「国際コンクールでの演技、テレビで拝見しましたよ。とても愛らしいオーロラでした」

「・・・拙い踊りでしたわ」

「あれからあなたのファンになって、公演毎に薔薇を贈っていました。覚えていらっしゃらないとは思いますが」

「覚えていますとも。珍しい色でカードにはいつもメッセージだけ。一体どなたからかと不思議だったのですけれど、あなただったのですね」

「あ、もしかして紫の・・・ ?! 」


 私の言葉にギルマスは少し顔を赤らめた。


「孫娘に勧められてね。後になって少女マンガのネタだと知らされて、恥ずかしい思いをしたよ」

「あの薔薇にはいつも励まされていました。いつかお礼を言いたいと。やっとお会いできましたね」


 不思議な場所での再会に、お母様もギルマスも嬉しそうに握手をする。


「あの、お葬式の時にも贈られましたよね、ギルマス。その薔薇を指し木して、今バレエ団の庭はブルームーンの薔薇で一杯です。岸真理子記念バレエ団のシンボルになっています」


 まあ、とお母様が目を丸くする。


「公演の時は一番いいお席に大先生のお写真と薔薇を一輪飾るんです」

「嬉しいわ、忘れないでいてくれて。階段で足を滑らせるなんてお間抜けな死に方をしたから、みんなに呆れられていると思っていたの」

「そのことですが、ちょっと違うんです」


 言った方がいいのかな。

 迷っているとギルマスが代わりに話してくれる。


「あなたは足を滑らせたのではありません。突き落とされたんです」

「・・・なんですって ? 」


 私の生まれる前のことだし、お教室では話題にしないようにしているから、詳しいことは良く知らない。

 けれどネットで過去の新聞記事を検索すれば出てくる。


「犯人は最後まで出演を争った人のストーカーで、あなたがケガをすれば役が回ってくると考えたそうです。殺す気はなかったと」

「・・・」

「責任を感じてその方は引退。当日はあなたを忍んで音楽だけが流されたそうです」


 お母様は唇を噛んで俯いてしまう。

 きっとその方に覚えがあるのだろう。


「あのっ、百合子先生のことですけどっ ! 」


 雰囲気を変えようと出来るだけ明るく言ってみる。


「引退されて今は先生をしています。息子さんはイギリスにバレエ留学していますよ」

「孫もダンサーを目指しているのね」

「今夜寝たら、明日はレッスンの日です。しっかりお顔を見てきますね」


 ニッコリ笑って言うと、お母様は真っ赤になった目で黙って頷いた。


「あの子の指導はどう ? 無理を言っていないかしら」

「それはもう、問答無用というか傍若無人というか、無茶振りがすごくて言われたことは出来て当たり前って感じです」

「ぶほっ ! 」


 噴き出したお父様とご老公様が大笑いする。


「そ、それは間違いなく君の娘だね」

「何じゃ。儂にもう一人孫がおったのか。お前そっくりの」

「あなた、お父様、随分なおっしゃりようですわっ ! 」


 私は紙を一枚持ってきてもらい、それに一番優しい顔の百合子先生を写し取る。


「どうぞ、お母様。めったに見られない百合子先生です」


 それは課題にしていた動きが出来た時にだけ見せる満面の笑顔。

 大先生にそっくりだと言われている。


「元気で・・・良かった。でもこの笑い方はわたくしではなく、先に逝った夫に似ているわ。普段無表情なのに、ここぞという時にこんな風に笑う人だった・・・と思う。もう顔も思い出せないけれど」

「・・・帰ったら、色々話してくれるね」


 百合子先生の写真を胸に抱いて、お母様はお父様の肩に顔を埋めた。


「さてと」


 皇后陛下がバンッと手を叩いた。


「私が聞きたいのはトウシューズのことよ」

「君は家族のことが気にならないのか ? 」


 皇帝陛下が訊ねると、皇后陛下はフフフと笑う。


「私は有名人ではなくて一般市民ですもの。それに一番上の子は三十過ぎ。末っ子も十八。全員家事は叩き込んだし、立派に育っているに違いないわ。今さら母親面するつもりはありません。それに、好きで結婚したのは、あ、あなただけだし・・・」

「そ、そうか。それならいいんだ・・・」


 いい年した両陛下がカっと顔を赤らめる。

 後ろでエイヴァン兄様が小さな声で「リア充・・・」と呟いた。


「そ、それでっ ! この世界にはバレエはないのに、なんであなたはトゥシューズを持っていたの ? それにバイオリンはどこから ? 」


 おっと、そこですか、皇后陛下。


「バラしちゃっていいですか、ギルマス」

「今更だろう。陛下、彼女は普通ではない魔法が色々使えるんですよ」


 ギルマスに言われて私は手の平に魔力を集める。

 こちら異世界になくてあちら現実世界にしかないもの。

 黄色いアヒルの塩ビ人形を大小揃えて山盛りにしたお風呂屋さんのケ〇リンの桶。


「あら、懐かしい」

「ルー、よりによって、何でそれ ? 」

「え、こっちにないものをって思って。ダメだった ? 」


 ダメじゃないけど、とアルが首を振り振り言う。

 お父様や陛下がアヒルを面白そうに触る。

 皇后陛下とお母様は二人でコソコソと話している。


「ねえ、あちらのもの、食べ物とか取り寄せられるかしら」

「はい、大丈夫です。柿の種とか取り寄せたことがありますし」


 お二人はニヤアッと笑って、小さい子がやるように両手をお皿のように私に差し出す。


「泡の出る、アレが飲みたいの」

「金色のシュワシュワしたアレよ」


 金色の泡の出る ?


「ジンジャーエールですか ? 」

「「なわけないじゃない !! 」」


 お二人が声を合わせて否定する。


「ビールよ、ビール !! 」

「こちらにもあるけど、日本のと味が違うのよ」

「生温くて飲めたもんじゃないのよ」

「「お願い、飲ませて !! 」」


 そ、そんなこと言われても・・・。


「彼女は未成年です。まだお酒の味を知らないんですよ」

「あ、あら、そうだったわ。でも、なんとかならないかしら」


 お二人の切実な顔にちょっと引く。

 でも、飲みたいんだろうなあ。

 そんなに美味しいのかな。

 両親はウィスキーと日本酒ばかり呑んでいたから、ビールって家の中に入ってきたことがないんだよね。


「エイヴァン兄様、ビールって飲んだことありますか ? 」

「おお、あるぞ。昨日も飲んだ」

「俺も。金曜日だったからな」

「私も晩酌で一杯飲んだよ」


 高貴なお方二人が兄様たちを睨みつける。

 グルルルルっと唸り声が聞こえてきそうだ。


「ねえ、ルー」

「なあに、アル ? 」

「ドローン魔法の時、ルーに触ったら君の見ている物が見えたよね」


 ああ、そう言えば。

 だからアジト襲撃の時とかアンシアちゃんと情報を共有できたんだった。


「兄さんたちにビールの味を思い出してもらって、それを出すって出来ないかな」

「あ、俺はダメだぞ。飲んだのは第三のビールだから」


 ディードリッヒ兄様が呑んだのは、生粋のビールじゃないらしい。

 とすると残りはギルマスとエイヴァン兄様。


「私のは小さい缶でチビチビだから、陛下方がお望みの爽快感はないかな」

「じゃあ俺か。思い出せばいいのか ? 」


 兄様の手を握って目をつぶる。

 頭の中に大勢の人がワイワイと騒いでいる音が聞こえる。

 乾杯の声と喉をゴクゴク鳴らす音。

 幸せそうな空間。

 ブワッと魔力が広がる。

 ビールを運んできたお姉さんの声が響く。


「お待たせしました。とりあえず生でっ ! 」


 目を開けると、テーブルの上に二十個近いビールジョッキが並んでいた。


「あ、すまん。昨日はビアガーデンの初日を職場の仲間と攻めたんだった」


 ズラリと並んだ黄金のジョッキに兄様が照れ笑いする。


「どうしよう、こんなにたくさん」

「捨てるわけにはいかないし、ジョッキだって使い道が・・・」

「何を言ってるの。飲むに決まってるじゃない」


 お母様と皇后陛下がみんなにビールジョッキを押し付ける。

 私とアルは未成年だと言ったけど、こちらでは十分成人だから一口だけ付き合えと押し切られた。


「さあ、ルチアちゃん。乾杯の音頭をお願い」

「音頭、ですか ? 」


 何を言ったらいいのかな。

 ちょっとだけ悩んでからこう言った。


「この不思議でステキな出会いに ! 」

「「「乾杯っ ! 」」」


 アヒル隊長の群れは小さな皇子様のおもちゃになった。

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