第222話 デモンストレーションはメンドクサイ

 第四騎士団への復讐も終わり、ちょっと一息ついた頃、やっと秘密結社『夜の女王のアリア』への処分が決まった。

 孤児院出身者でどの件にも関わっていなかった人たちは無罪放免。

 隔離期間も終わったと自宅に戻っていった。

 幹部たちは奴隷として売り払われることになった。

 ヴァルル帝国内では奴隷も奴隷売買も禁止されている。

 よって他国の売人を介しての処分となる。

 ただ犯罪奴隷と違うのは、将来自分自身を買い取って一般市民に戻れる可能性のある資格の奴隷だ。

 そこは『魅了』の魔力に侵されていたことを考慮された。

 例の瓦版工房は閉鎖。

 これも仕方がない処置だろう。

 機材などは売り払われるそうだ。


 それ以外で襲撃に参加した人たちは、ダルヴィマール領で引き取った。

 と言っても、普通に暮らせるわけではない。

 領内の無人の島。

 そこに移住し開拓してもらうことになった。

 育ててみたい作物などもあり、いろいろと実験地の扱いになる。

『魅了』が切れた今、禊の意味もあるのではあるが、他から切り離された状態で豊芦原扶桑国日本の常識を叩きこむということもあるのだ。

 市警からも何家族かを常駐にし、駐在さんシステムも作る予定である。

 こちらの経費は奴隷売買や瓦版工房の資材処分などに出た売り上げが当てられることになった。

 ダルヴィマール侯爵家として受け取るものはない。

 逆に色々と持ち出しになる。

 しばらく食糧や器具などを提供しなくてはならない。

 でもそれは納得の上だ。


 ヤコボおじさんは残念ながら亡くなった。

 やはり出血がひどく、治る前に長距離移動したのが悪かったのだろうか。

 あちら現実世界であれば治る傷も、こちらではそうもいかない。

 あっという間に逝ってしまった。

 最後までお父様に謝っていたという。

 アルが「僕が倒れていなければ」と言ったけど、それもまた彼の運命だったんだろう。

 残されたご家族は離れ島への移民を選んだ。

 移民たちも離婚する者あり、家族で移住する者ありと色々だが、物事は収束しつつある。



「それで、宗秩省そうちつしょう総裁夫妻はどうなったんだい ? 」


 私たちはギルマスの家にお邪魔している。

 屋敷の皆にはバレバレなので、近頃は堂々と冒険者姿で屋敷の門を出ている。


「今はお屋敷に戻っているそうです。総裁の方はお年もあってまだ寝たり起きたりで、奥様から手厚い看護を受けているそうですよ」


 エリアデル公爵夫人はお母様と同い年。

 回復は早かったが、春からの記憶がないそうだ。


「優しい方だったということですから、ご自分の言動を思い出されたら、お辛い思いをなさるのではないでしょうか。覚えておられないのは返って良かったのではと」

「そうだね。ルーの言う通りだ」


 アルの入れたお茶を飲みながら、私たちはこれまでの事を報告する。

 

「ところでゴール未亡人のご遺骨をお国に届ける依頼だが、ヒルデブランド出身で王都にいる冒険者は今は君たちだけなんだ」

「ええ、しっています」


 ヒルデブランドでの冒険者はかなり優遇されていて、王都でのように汚れ仕事などと言って下に見る人はいない。

 居心地が良いので街を離れる人は少ない。


「だから仕舞いの夜会が終わったら、私がお届けするよ」

「ギルマスが自らですか ? 」


 そうだよ、とギルマスが言う。


「私も年だしね。身軽なうちにカウント王国の知り合いにも会っておきたいんだ」

「そうですか。それではそのようにゴール男爵にお伝えしておきます」

「頼んだよ」


 ではまた来週と挨拶して失礼する。

 その時ギルマスがなにやらニヤッと笑ったが、あれはどんな意味があるのだろうか。



 翌日、私たちは改めて謝罪したいという騎士団総長からの招きで登城した。

 武闘會の会場に使った第一騎士団隊舎だ。

 総長閣下は訓練中と言うことで、お忙しいだろうと訓練場にお邪魔することにする。

 あの時は観覧席だったが、今日は直接下のフロアに案内される。

 全騎士団の頂点にいるお方。

 さぞかし厳しい訓練をされているのだろうと思ったが、訓練場からは一つも音が聞こえない。

 灯の少ない通路の向こうが白く輝いている。

 眩しい光の中に出ていくと、観覧席がびっしりと騎士団団員で埋め尽くされているのに気が付いた。


「こ、これは、何 ? 」

「お下がりください、お嬢様」


 兄様たちが私の前に立つ。

 見上げると貴賓席に皇帝陛下、お父様、ご老公様が座っている。

 また最前列は西の皆様が占めている。

 その中に第四騎士団のあの連中が混じっているのが見えた。


「やあ、遅かったね」


 シンと静まる訓練場にどこかで聞いた声が響く。

 カツンカツンと階段を降りてくるその人は、手で会話を会場中に聞かせるように指示する。


「君たちの訓練を見学したいという要請がダルヴィマール侯爵閣下にあってね。そちらから冒険者ギルドに依頼が入ったんだ」

「・・・」

「騎士でもない一般人の訓練なんて、さして面白い物ではないと思ったんだが・・・」

「断ってくださったんですよね」


 ジト目で睨む私たちに、ギルマスは爽やかな笑顔で返す。


「二つ返事でお受けしたよ。何かしらの助言をいただけるかもしれないし、ここひと月ほどしっかり体を動かしてなかっただろう ? ここはいつも以上に気合を入れて訓練を・・・」

「「「いつも通りで結構ですっ !!! 」」」


 しまった。

 お受けしちゃったよ。


「そうこないとね。さて、アンシア」

「はい ? 」


 何故か名指しされたアンシアちゃんはへっ ? という顔をする。


「実は武闘會の時に君の足が気になって、試合に集中できなかったと苦情が入っているんだ。若い騎士殿も多いことだし、着替えてくれるかな ? 」


 アンシアちゃんの足、きれいだもんね。

 まあそういうことなら仕方がない。

 私はスッとアンシアちゃんにお着換え魔法をかける。


「「「 ????!!!!! 」」」


 一瞬で変わったアンシアちゃんの冒険者姿に、観覧席の騎士様たちが息を飲むのが聞こえた。


「用意はいいかい ? じゃあ、始めようか」


 ギルマスの言葉に、私たちは グっと身構えた。



 皇帝陛下の御退出に続いて、ルチア姫一行が訓練場を去る。

 騎士たちはやっと声を出すことが出来た。


「なんだよ、あれは。あんな訓練をしていたら、強いのは当たり前じゃないか」

「いや、それよりあの指導者が凄い。五人相手に息も切らしていなかった」

「弱い、弱いぞ、私は。早く戻って訓練をしなければ」


 騒めく訓練場には己の力の無さに嘆く声、少しでも近づこうと決める者、心折られた者など様々だ。


「親父殿、どうした顔色が悪いぞ」


 隣で真っ青になっている父親にバルドリックが声をかける。


「やはり親父殿にとっても衝撃的だったか」

「違う、違うんだ、バルドリック」


 グレイス近衛騎士団団長は大きく深呼吸をする。


疾風はやてだ。疾風はやてがいた」

疾風はやて ? 前に親父殿が言っていた冒険者か ? 」


 父親は黙って頷く。


「年齢から言ってご子息か。ぜひ話を伺いたい」


 まるで子供の用に目をキラキラさせる父親にバルドリックは、今日のこれからの訓練が過激な物になるだろうと団員たちに同情するのだった。



 二時間の訓練を終えた私たちは、お父様やギルマスと別れて皇帝陛下のひきこもり部屋に行った。

 皇后陛下の御招待だ。


「ギルマス、帰らないでくださいね。お家までお送りしますから。お父様、逃がしてはいやですからね」

「ああ、宰相室でゆっくりしてもらうから、安心して行っておいで」


 部屋に付くとなぜかお母様がいらした。

 そう言えば親友だと皇帝陛下が仰っていたっけ。


わたくしと陛下は結婚前からのお友達なの。今は身分の差があるから外では以前のように親しくはないけれど、この部屋では昔のようにお話ができるのよ」

「彼女の新しいお嬢さんとはゆっくりお話したかったのよ。だから来てくれて嬉しいわ。公開訓練の後で疲れているでしょう ? 甘い物でも食べてゆっくりしてね」


 陛下は兄様たちにもいつも通りにしてねとソファを勧める。

 冒険者姿に戻った兄様たちは、お父様たちと一緒の時の同じようにソファに座る。


「ところで、ちょっと教えて欲しいの」


 アンシアちゃんがお茶を配り終えると、陛下がニヤッと笑って私たちに顔を寄せる。


「あなた方、転生者ね ? 」


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