第221話 閑話・細かな疑問点とかいろいろ

その一・兄様ズの得物


「兄様たち、初めてお会いした時は、背中にすっごく大きな刀を背負っていましたよね」


 ルーがティーカップをソーサーに戻して聞く。


「今は冒険者姿の時、何も持っていないみたいですけど、どうしてでしょう」

「・・・なんで今それを思い出すかな」


 エイヴァンが困ったように顔をしかめる。

 時刻は午後三時。

 アンシアはお方様に拉致されてグレイス公爵邸に出かけている。

 部屋にいるのは近侍三人と筆頭専属侍女のナラの五人だ。


「服とかセシリアさんたちのプロデュースで全然違うのになりましたよね。でも使い慣れた武器が変わるって、何か理由があるのかなって思って」

「あ、僕もそれは知りたいです。服が変わっても武器を変える必要ってないですよね」


 はあっと溜息をついてエイヴァンは答えた。


「俺もディーもⅦ世代なんだよ」


『Ⅶ』。

 それは『最後の幻想』という家庭用ゲームの七番目の作品。

 大きな刀を背負っていたのが主人公だ。

 だが、前作で初めてキャラクターが歌ったという反響を吹き飛ばしたのが、ドット絵ではなく立体的な動きが表現されていたことだ。

 もちろん手がレンコンみたいだったとかはあったが、技術の進歩とはこういうものかという衝撃をファンに与えた。

 その後出たゲームではレンコン腕ばかりだったが、そんな中Ⅷではリアルなキャラクターでさらに他のゲーム会社の上をいった。


「お前みたいに自分で武器を選べるなんてなかったぞ。こっち夢の世界に来た時にはもう背中に背負ってたんだ」

「俺もそうだ。気が付いたら背中にあの大太刀があったな」


 小学生の頃のイメージがそのまま投影されたんじゃないかとディードリッヒが言う。

 年齢的に自分でプレイしていたのではなく、親戚が楽しんでいるのを後ろから見ていたんだそうだ。


「じゃあそのゲームのキャラクターが大きな剣の始まりだったんですね」

「いや、違うぞ」


 エイヴァンがルーの言葉を否定する。


「その十年くらい前の今でいうラノベに、大剣背負った少年というのがあったんだ。さらにその十年前、その作家と同じサークルの同人誌に自分の背の高さと同じくらいの剣を持つ美少年という作品を書いた奴がいるんだそうだ」

「く、詳しいですね、兄様」


 エイヴァンは頭を掻き搔きため息をつく。


あちら現実世界での俺の部下がオタクというかそういうのに詳しくてな。聞きたくもないのに色々と垂れ流してくれるんだ」


 まあそんなわけでと続ける。


「似たような設定ということでざわついたらしいが、最初の奴が気にしなかったので問題にならなかったらしい」


 誰もが考えること。

 こんなこと考えた奴は他にもいるんだろう。

 おもしろければいいじゃないか。


「大剣は単に男のロマンってやつだな。俺たちには最初からついていたから、無くなってみればめちゃくちゃ身軽で楽だ」

「実は重くて使いにくかったしな。場所は取るし、普通の剣はいいぞ」


 その剣も普段は冒険者の袋にしまってある。

 セシリアさんたちのお陰で身なりも持ち物もすっきりしたエイヴァンたちだった。



その二・第四騎士団の悲劇、再び


 今日は西の大陸の方々の騎士団視察があった。

 あちこち回って最後に向かったのは第四騎士団。


「・・・」

「中々に趣のある建物ですね」

「皆さんの服装も、その、国民の皆さんは親近感を覚えるでしょう」


 いっそ笑ってくれ。

 誰もがそう思った。

 食堂の食器を見たエルフのお一人に娘のお土産にしたいと言われたときは、どーぞどーぞ、全てお持ち帰りくださいと言ったが、案内係がダルヴィマール侯爵家に問い合わせますと言って廃棄に失敗した。

 そして次の場所に案内した時だった。

 灯がつけられると、訓練場の真ん中にピンクの塊があった。


「なんだ、あれは」


 丸くなっていたそれがヒョイと身を起こす。

 ピンクのウサギ、モモだ。


「あいつが、団長閣下の・・・」

「噂のダルヴィマール領名産のピンクのウサギ・・・」


 一人の若者がワナワナと震えだす。


「今日の夕食はウサギのビール煮込みだ」

「おい ? 」

「あいつをってダルヴィマール侯爵家に眼にもの見せてやる! 」


 剣を抜き構える。


「あの若者は何をしようとしているのですか」

「・・・若気の至りとお笑いください」


 すぐに己の愚行にきづくでしょうと、案内係が西のお方に苦笑いで答える。


『ボクとやるのね ? いいよー。でもボク、単眼視から両眼視になったばかりだから、手加減できないのね。それでもいいいのね ? 』


 モモの右目はアルの治癒魔法で完治していた。


「くっ、ウサギのくせに生意気なっ ! 」


 半時間後、訓練場の床には死屍累々といった若者たちが横たわる。

 その山の上で悠々と毛繕いするピンクの魔物の姿があった。


「こちらの訓練はなかなかに過激ですね。魔物を投入するとは」

「いや、我が国では最弱に近いウサギがあの強さとは。ヴァルル帝国恐るべし」


 そんな訳ないだろうと苦笑する案内係はヒルデブランド出身。

 王宮侍女のロウラ。

 ベナンダンティの一人である。



その三・名前の秘密


 そう言えば、とルーが言う。


「私の名前は友人の霊名なんですけど、兄様たちのはなにか由来とかあるんですか ? 」

「十年も前だからなあ。あれはその場の思い付きでつけるからな」


 なんだったかなと係累たちが考える。


「僕のは、えっと、母の本棚にあったマンガのタイトルだよ」

「へえ、マンガ ?」


 古い作品で読んだことはないんだけど、なんだか引っ掛かってねとアルが言う。


「俺のはドイツの女優だな」


 ディードリッヒは懐かしそうに思い出す。


「戦前の人なんだが祖父がファンで、酔うとその人の歌を歌っていた」

「エイヴァン兄様は ? 」

「俺か ? 」


 街の看板。


「教室の窓から見える看板なんだが、半分しか見えなくてな。何の店か分からなくて気が付いたらそれを書いていた。『栄板』って言うんだが」


 漢字で書いたそれをギルマスがそれっぽく変えてくれたのは懐かしい。

 問題の看板。卒業後に確かめに行ったら『さかえ板金』だった。


「てっきりピアニストの名前からだと思ってたんですけど」

「俺がそんなブルジョア趣味を持っていると思うか ? 」


 エイヴァンの趣味は喫茶飯作りだ。


「カフェ飯じゃないぞ。純喫茶飯だからな」


 ナポリタンにはミニタコさんウィンナーが定番。

 


その四・アンシアの憂鬱


「カジマヤー君、助けてっ ! 」


 使用人控室で先輩たちに囲まれてアンシアは涙目だ。


「どうしたの、アンシア。何か困ったことでも ? 」


 別に虐めてるわけじゃないわよと召使たちは慌てて否定する。


「もうすぐ兄さんたちの授業なんだけど、宿題でどうしても解けない問題があるの。先輩たちにも聞いてるんだけど、もうお手上げで」


 これなんだけど、と問題用紙を見せられてしばらく眺めていたアルは、ああと用紙をアンシアに戻す。


「これ、引っ掛け問題だよ」

「ひっかけ・・・ ? 」


 アルはアンシアのノートにサラサラと書き込む。


「旅人算なんだけど、四人の乗った馬車が分速二百メートルで出発して、忘れものに気が付いた誰かが分速二百五十メートルで追いかけてってあるけど、アンシアはこの四人って数字をどこに置けばいいか考えてたんだよね ? 」

「うん」


 ノートを指さしながら説明する。


「問題に書いてある数字を全部使う必要はないんだよ。つまり一人でも四人でも馬車の速さは変わらない。そこに気が付けば公式を当てはめてすぐに答えがでるよ」

「兄さんたち、ひどい。ワザとそんな問題を出すなんて」


 アンシアがブウっと頬を膨らませる。

 今まで悩んでいたのはなんだったのだろう。


「それだけアンシアの理解が進んだってことだよ。ちょっとした引っ掛け問題にも対応できるって考えたんだと思う。自信を持っていいよ」

「はあ、そうかな。あ、因みにカジマヤー君の国では、幾つぐらいでこれを習うの ? 」


 十二才くらいかな。

 ここで躓く子って多いんだよ。


「十二才・・・」

「僕たちが習っている微分積分は、この公式の時間の部分を限りなくゼロに近づけた状態まで扱うから、ちょっと面倒かな。文系の人たちは『微分積分、チンプンカンプン』とか言ってるし。でも、解けたときの達成感はものすごく快感だよ」


 この世界、加減乗除ができれば勝ち組だ。

 実生活に無関係な領域に楽しみを求めるなど、なんという被虐趣味。

 ただの侍従がそんな知識を持っていてなんの価値があるのか。

 いや、見習メイドがこんなことを学んでどうする。

 ツッコミどころ満載だが、要するに一部のヒルデブランド出身者は異様に博学で、近侍の二人が政務トップで代理が出来るのも納得できる。

 だが、自分たちが同じ学びをするのはお断りしたい。

 

「このくらいの問題なら、僕がいないときはナラさんに聞くといいよ。あの人も同じ教育を受けているから」


 あいつもかいっ !



その五・ルーのアルバイト


「ね、佐藤さん。これ、佐藤さんよね」


 クラスメートが雑誌を開いてルーに見せる。

 ファッション雑誌の広告ページだ。


「ああ、ええ、私だわ。もう発表されてるのね」

「まあ、なんでそんな他人事ひとごとみたいに」


 アルの姉の勤めるアパレルメーカー。

 拝み倒され、直接学校に連絡を入れられ、顔を写さないという条件でモデルを務めた。


「よく私だってわかったわね」

「あら、だってこの首の線とか手の形とか、佐藤さんにそっくりなんですもの」


『プリンセスの休日』。

 ゴスロリのようなデコラティブではない、正統派のワンピース。

 顔を見せないだけでなく、セピア調の写真はフワフワした雰囲気で、服以外をぼやかしてモデルを特定できないようにしたはずだった。


「ご恩のある方のお願いで引き受けたのよ。校長様のお許しもいただいたわ。でも、できればあまり知られたくないの。ナイショにしていただけると助かるわ」

「うーん、それ、無理かしら」


 級友は残念そうに言う。


「ネットのファッション系で話題になってるのよ。あのモデルは誰だって。学校から正式な口止めをしないと、すぐに情報は流れてしまうわよ」

「嘘でしょう・・・」


 お昼休みはもうすぐ終わる。

 ルーは彼女の手を取って立ち上がる。


「お願い、校長様のお部屋にご一緒して」

「あら、それはいいけど、ご褒美はないのかしら」


 クラスメートは笑顔で集る。


「数学の課題、写させて ? 」

「・・・了解」


 とはいえ、学校名は早々にバレてしまう。

 ルーはネット居住者のストーキング気質に恐怖するのだった。

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