第220話 やっと終わりに近づいた

 第四騎士団の食堂は沈黙に包まれていた。

 今は昼時。

 多くの団員が集まっている。

 朝の衝撃から数時間、あれが再び戻ってきた。


「くっ、ここもかっ ! 」

「ダルヴィマール侯爵家、ここまで徹底するか ?! 」

「どこまで我らを憎んでいるのだっ ! 」


 食堂の食器やトレー、カトラリーを見て騎士たちは絶望の色を隠せない。


「ここまでされるほど奴らは酷いことを言ったのか ? 」

「周りの者は何故止めなかった」


 一か月の謹慎。

 久しぶりの隊舎に入った時の驚き。

 彼らの驚愕の声に侯爵家一同が大爆笑しているのが聞こえた。

 子細を聞こうと外に飛び出ていった騎士が、真っ青な顔で肩を落として帰ってくる。


「壁が・・・隊舎を覆っていた壁が消えている・・・」


 慌てて外に出た職員たちが見たのは、以前のように真っ白に輝く壁ではなかった。


「何故、どうして内部だけにしておいてくれなかったんだ」

「ここまでやる必要があったのか」

「あったのだ」


 野太い声が食堂に響く。

 第四騎士団団長だ。


「あれを聞いたものはこれでも手ぬるいと思うだろう。隊舎の中を全て破壊されても文句は言えまい。それをこの程度でおさめていただけたのだ。感謝しつつ反省せねばなるまい」

「しかし・・・いえ、団長閣下、おいたわしい・・・」


 堂々と立つ団長の姿に、一部の騎士たちが涙ぐむ。


「我らはせいぜい一つか二つ。閣下の物に比べれば・・・」

「そうだ。一番責任のない閣下が、あの格好で堂々と王城内を歩いておられるのだ」

「これも愚かな仲間を止められなかった罪。胸を張って受け止めようではないか」


 騎士たちは昼食の食器に向き合う。


「・・・」

「・・・」

「「「 無理だぁぁぁぁっ ! 」」」


 尊敬する団長のサーコートの胸には、第四騎士団の団旗をバックに、ピンクのウサギが可愛らしく手を挙げている。

 ディードリッヒ渾身の一作だ。

 そして彼らの皿は黄色いヒヨコと六角大熊猫、モフモフの小竜の絵が縁をグルっと囲んでいた。



「いやあ、楽しい一か月だった ! 」

「ええ、本当に。たくさん楽しませもらったわ」


 皇帝陛下のひきこもり部屋。

 今日は皇后陛下もご一緒だ。


「騎士たちのあの悲嘆にくれた声。あれだけで全てが報われた気がしたぞ」

「恐れ入ります」


 皇帝ご夫妻は侯爵家のお仕着せを着て、こっそりと最後の仕上げに混じっていた。

 もちろん万歳三唱と三本締めにも参加している。


「ところであれはどうやって思いついたんだ ? 元になるものでもあるのかな ? 」

「あれはですね、幼稚園をマネしてみたんです」


 今は木のぬくもりとか心を育む空間性などが主流になっているが、私が通った幼稚園は二園とも可愛らしいものであふれていた。

 園舎の外壁は水玉やぞうさん、きりんさんなどが描かれていて、内部の壁も似たようなもの。

 給食用の食器などもかわいいイラスト付きだった。

 カーテンなども先生たちの力作。

 そんな手作り感満載のほのぼのとした幼児用のもので隊舎全体をリフォームした。

 ちなみに外壁にはリンリンやシーちゃんたちを大きく描いておいた。

 その下を二頭身の騎士様たちが手を繋いでお散歩している。

 もちろんモデルは騎士様たちご本人だ。

 そして全ての布類に刺繍とステンシルでうちの子たちをえがいている。

 第四騎士団は三つの大隊があるので、モモちゃん以外をそのお印にした。

 団長様はお一人なのでモモちゃん。

 一番最初にお友達になったから、一番偉い人のものよね。

 各大隊の隊長のサーコートの全面にそれぞれの刺繍。

 団員は胸元だ。

 もちろんマントだって忘れていない。

 背中にちゃんとみんながいる。

 各隊長のものはかわいいお花で裾を飾っている。

 団長様はチューリップだ。

 偉くなればなるほど目立つものを。

 責任のある立場なのだから、平の騎士様よりも恥ずかしい思いをしていただくのと、上の人が堂々と着てくれれば、ほかの団員も受け入れざるを得ないという判断だ。


「ヨウチエンというのはどんなものなんだ ? 」

「義務教育の前にお友達を作ったりマナーを覚えたりする場所です。三才から五才くらいの子供が通うので、楽しい場所という認識を持たせるために可愛い物であふれているんです」


 計画を発表した時、ここまでする必要があるのかという意見もあった。

 だがあの映像を見たお父様が、何時にない怒り方で実行を指示した。

 その様子にどれだけ酷い言われ方をしたのかと、屋敷の者全員が黙ってしまった。


「立派な帝国騎士を幼児扱いか。ならばあの意匠はわかるな」

「決して壊したり傷つけたりしないように通達を出しましょう。新しい物を要求されたら、同じような物を渡すようにして」


 皇后陛下は楽しそうにクスクス笑う。


「お上とばかりお茶をしているようだけど、これからは私にも付き合ってね。こんな楽しい時間は久しぶりだわ」

「恐れ入ります」


 面倒な付き合いばかりが増えると、兄様たちは嫌そうな顔を隠しもしなかった。



 アルは目を覚ました翌日には自室に戻っていった。

 あちら現実世界の朝一番で『心配かけてごめん』とラインが入った。

 例の『君、誰 ? 』は消さずに取ってある。

 いつ、誰とお別れすることになるか分からないのだ。

 それを忘れず誰とでも誠意あるお付き合いをしようという自戒の為だ。

 不思議なことにあちら現実世界で目を覚ましたとたん、アルは白い世界にいた間の自分の行動や授業内容をそうだ。

 もちろんあれを送った時のことも。

 アルのスマホにも残っていて、物凄くショックを受けたという。


「ルーにこんなのを送ったこともそうだけど、僕じゃない僕が普通に生活していたってことが怖いんだ」


 僕の存在意義ってなんだろうと悩むアルに、兄様たちは哲学的な考察になるから止めておけと言った。


「それを言ったら俺たちベナンダンティだって、どうして存在するのかって話になるだろう。千年以上も先輩たちが考えて答えが出ないんだ。今はこんなものだと思って生活するんだな」


 答えを求めるな。

 おじいちゃま先生も同じことを言っていた。

 いつか答えが出るのだろうか。

 私たちの次の次の世代にでも。



 復讐を終えた私たちは、ゴール男爵邸に来ていた。

 男爵家当主からの依頼だ。


「ようこそ、お越しいただき感謝に耐えません」


 久しぶりにあうゴール男爵は成人の儀の時と面変わりしていた。

 でっぷりとしていた体はほっそりとして一回り小さく見える。

 豪放磊落ごうほうらいらくとした態度は鳴りを潜め、節度ある貴族の姿だ。


「母が、遺骨を祖国の両親のもとに送って欲しいと遺言を残したのです」

「・・・」


 憔悴しきった表情の男爵は、目に涙をためて言う。


「引き受けて頂けるのであれば、ヒルデブランド出身の冒険者に運んでもらいたいとありました」

「・・・」

「どなたかご紹介いただけますでしょうか」


 男爵はすがるような目で続ける。


「当家の管理する孤児院出身者が侯爵家になにをしたかは存じております。さぞかしご不快でございましょうが、母の最期の望みを叶えてやりたいのです。何卒、伏してお願いいたします」


 おばば様はなぜヒルデブランドの冒険者をと遺言したのだろう。

 なにかご縁があるのだろうか。


「母が亡くなってから知ったのですが、私は母の実の子ではなかったのです」

「え ?  それはどういう」

「父と愛人の子でありました。生みの母が出産の時に亡くなり、母が育ててくれたそうです。結婚誓約書には『白い結婚』と書かれてありました」


『白い結婚』とは、他人として暮らすということ。

 たしかエリアデル公爵夫人もそうだと聞いた。


「母はたった十四で嫁ぎ、十六で私の母となりました。それからただただ母親として尽くしてくれました。私に貴族としての教育もしてくれました。にも関わらず私は・・・」


 男爵の目から涙が零れる。


「娘と同い年で母親役を引き受け、楽しみも喜びもなく、きっと恋もしたかったろう、愛する人の妻にもなりたかったろう。そう思うと、せめて両親と共に眠りたいという望みは叶えてあげたいのです。たとえ同じ地で眠ることは出来なくとも」


 亡くなられてひと月。

 知らなかった事実にずっと心を痛めてこられたのだろう。

 この悲しみを少しでも和らげて差し上げることはできないだろうか。


「お嬢様、分骨はいかがでしょうか」

「分骨 ? 」


 アルが助け舟を出してくれる。


「侍従の身で僭越ながら申し上げます。私どもの国は火葬が主流なのですが、嫁した身は夫と共に葬られます、ですが、やはりご両親のもとに戻りたいと思う方もいらして、お骨の一部を故郷に送ることがあります。それを分骨と申します。男爵様にはお母上様のお骨を少しこちらに残されて、ご一緒に埋葬していただくというのはいかがでしょうか」


 総合病院の子のアルは、そういったことをよく聞くのだろうか。


「母が、こちらに残れるのか」

「祖国ではよく行われております」


 男爵様の顔が少し明るくなったような気がする。


「男爵様、この度は心よりお悔やみ申し上げます。わたくし共で閣下のお望みを叶えられますのでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます。早速冒険者グランドギルドに使いを出し、ただ今王都で活動をしているヒルデブランド出身の冒険者に依頼を出しましょう。今しばらくお待ちいただきとうございます」


 ゴール男爵はポロポロと涙をこぼし、私の手を握って「ありがとうございます。ありがとうございます」と繰り返した。

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