第219話 後始末って大事だと思う
ダルヴィマール侯爵家による復讐は、名を秘するやんごとなきご夫婦の乱入もあり、着々と進められている。
第四騎士団がその間なにをしているかというと、団長含めて全員自宅待機だ。
それは下働きや料理人たちも含めてという異例の処罰。
外出はもちろん許されていない。
加えて団員全員が三か月の減俸四割。
「恥ずかしい。全くもって恥ずかしい。こんなにも恥ずかしい思いをしたのは初めてだ」
第四騎士団団長は訓練場に集まった騎士と職員を前に嘆く。
「皇帝陛下の御前であれを見せられた時の私の気持ちが分かるか。あの情けなさ。他の騎士団長からの蔑みの目。ルチア姫が止めなければあの場で腹を切ってしまいたかった」
騎士の風上にも置けないと言われた者たちは、最前列に引きずり出されている。
「騎士養成学校で一体なにを学んできたのか。婦女子や貴族のお家に対するあの発言。いや、階級以前に、他人に対してあのような暴言を吐くとは。十の無教養な子供であればともかく、成人した一人前の騎士の発言ではない。お主らは今日より見習い。汚れ仕事など職員と共に率先して動くように。そしてこの件で何を言われても反論は許さん。もちろん退団もだ」
騎士団長は集まった全員に向かって言う。
「これは彼らだけの問題ではない。我ら第四騎士団全体の体質が問われているのだ。彼らは本日より一か月、他所で奉仕活動をする。その間我らは禁足。騎士団寮、自宅から一歩も出てはならん。一人暮らしのものには
私物を持って隊舎を出ていく騎士と職員たち。
それを執務室から眺めながら、第四騎士団団長は問題の者たちとの会話を振り返る。
「悔しかったんです。剣を握って半年程度の小娘に負けたのが」
「筋肉もないくせに軽々剣を振り回して。絶対なにか隠してるに違いないんです」
「あんなに小さいのに、我らより強いなんてありえない。ズルをして勝つなんて許せません」
こいつらは養成学校の生徒か。
「お主らの言い分はわかった。だが、なぜそれがあの暴言に繋がるのか理解できない」
「・・・」
「妬み、嫉み、やっかみから出た言葉なのはわかる。だが、それは違うだろう。我らはルチア姫ご一行が日頃どのような鍛錬をしておられるのかもしらん。だがあの強さを見るに、並々ならぬ努力をされているとわかる。自分たちが本当にそれ以上に研鑽を積んでいるのか、考えたことがあるか。負けぬほど鍛えていると胸を張って言えるか」
ましてあの発言内容は剣の腕とは関係がない。
「これより身を粉にして働き、騎士の誇りと矜持を思い出せ。信用と信頼を取り戻せ」
彼らに自分の言葉は伝わっただろうか。
ここからは彼ら自身の力にかかっている。
反省し精進して欲しい。
団長は最後の一人が門を出ていくのを見送る。
「閣下、それでは我らも失礼いたします」
部屋付きの文官たちが声をかけてくる。
「ああ、ご苦労。巻き込んですまなかったな」
「いえ、団全体のことですから」
さして私物を持ち込んでいなかったのか、彼らの荷物は書類カバン一つだ。
「ところで閣下、一つご提案なのですが・・・」
「なんだ」
文官たちは話し合ってきたことを伝える。
「先日、冒険者ギルドで高位冒険者の訓練見学会があったとのことですが、参加した者たちが全員自主訓練を始めたそうです。とても刺激になったとか。同じようにルチア姫の近侍達の訓練を見せていただくことが出来れば、騎士たちの意欲も湧くでしょうし、何故お強いのかを知ることが出るのではないでしょうか」
「近侍達の訓練を、か。彼らのように自分は頑張っていると思い込んでいる者たちにはいいかもしれん」
「いかがでございましょうか」
自分もあの強さの秘密を知りたい。
しかし我が団だけというのも抜け駆けのような気がして後ろめたい。
「騎士団総長に進言してみよう。全騎士団の参加であれば話を持って行きやすい。よい意見を感謝する」
文官たちは頭を下げて出ていく。
団長は自分も荷物を抱えて部屋を出る。
外に出ると振り返ってに隊舎に一礼する。
他の騎士団の職員が各出入り口に封印する。
これから一月、静かに謹慎するのだ。
第四騎士団隊舎に静寂が訪れた。
◎
ダルヴィマール侯爵家による第四騎士団への復讐現場。
あれから半月が過ぎ、予定の三分の二が終了している。
侯爵家使用人のやる気は落ちない。
出来上がったものを見て、次はさらに良いものをと励む。
せっせせっせと頑張っているうちに、気が付けば予定よりも早く計画が進んでいる。
「またいらしていたんですか、皇帝陛下」
ダルヴィマール侯爵であるお父様が呆れた声を出す。
「だから俺はただのお庭番だよー」
「ふざけないでいただきたい。執務は終わらせてきておいでなのですよね ? 」
「う、モチロンジャナイカー」
宰相執務室は午前中はお父様、午後はエイヴァン兄様が回している。
理由をつけて追い出した上級職員は最初こそ兄様に反発していたが、残された一般職員の仕事ぶりが格段に良くなっていること。兄様の采配に間違いないことで、次第に総裁代理として認めるようになった。
「ところでゴール未亡人が亡くなったそうだな」
作業の手が止まる。
「丁度この作業を始めた日だそうです。穏やかに逝かれたとか」
寄り親筋ではない上位貴族が低位貴族の葬儀に参列することはない。
こちらからはお見舞いのお花を送っている。
「集められた者たちの様子はどうだ」
「知らせがあった時は阿鼻叫喚という様子でしたが、今は落ち着いています」
泣き叫ぶ者、地面に打ち伏せる者、気を失う者。
数日は食べることも忘れたようにぼんやりしていたが、一週間ほどで何事もなかったかのように落ち着いた。
「おばば様が亡くなったので、『魅了』の魔法の影響が消えたのではないかと。今では思い出を語る者もおりません」
一つだけ、悲しいことがあった。
例のゴール男爵家の侍従。
おばば様の訃報を聞いたその夜、自ら命を絶った。
刃物などは持たせていなかったが、彼は自分の服を裂いて紐を作り、それを使って首を吊った。
同じ部屋にいた者たちは、誰もそれを止めなかったと言う。
「やるせないな」
「ええ、彼も数日まてば『魅了』から解放されたでしょうに」
彼の遺体はゴール男爵家に引き取られていった。
夫人の幼馴染だった彼の母親も、夫人を追いかけるように亡くなったそうだ。
おばば様と彼と母親と、全員火葬にして祖国へ戻ると言う。
「後、ゴール男爵が私たちに頼みたいことがあると連絡がありまして、この計画が完了したら訪ねる予定です」
そうか、と陛下は小さく言い、ステンシルの続きをする。
作業は大詰めに入っていた。
◎
お日様が完全に夏の光を放つようになった日。
ついに私たちの復讐は九割九分完成した。
今日は第四騎士団の謹慎が解ける日。
復讐に関わった全てのダルヴィマール侯爵家の関係者が各出入り口に控えている。
さすがに軽装ではなく正式なお仕着せだ。
兄様たちもきっちりと侍従服で固めている。
もちろんお父様とお母様もいる。
「騎士団の皆様、集まりましてございます」
セバスチャンさんがお父様に告げる。
本来は当主であるお父様が出るところだが、ここは当事者である私が。
「ひと月のお勤め、お疲れ様でございました。実は皆様の公式な処分とは別に、ダルヴィマール侯爵家としていささかの意趣返しをさせていただきました。決して皆様の業務を邪魔するものではございませんが、当家の総意としてお受け取り下さませ」
軽く膝を折り、土壁の一部を開ける。
裏の下働きの入り口も一緒だ。
「どうぞ、お入りくださいな」
入口までは左右を壁で囲って外が見られないようにしている。
隊舎内はあかりもなく真っ暗だ。
全員が入室したのを確認して扉を閉める。
そして一気に全ての灯を点けた。
「「「 なんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁっ !!!! 」」」
隊舎内から驚愕の叫び声が上がる。
復讐の残りの一分が達成された。
ダルヴィマール侯爵家一同は大爆笑。
抱き合ったりハイタッチしたり、手を握って飛び合ったりと大騒ぎだ。
ここ一か月の苦労が報われた瞬間だ。
「はあ、やりきったぁ。満足っ ! 」
「こんな充実感、何年ぶりでしょう」
使用人の皆さんも感無量な感じで感動している。
このひと月でダルヴィマール侯爵家の結束は固い。
自分たちの努力の結果の総決算だ。
「皆さん、今日までご協力ありがとうございました。今この時を持ちまして、ダルヴィマール侯爵家の復讐は終わりました」
私は晴れやかな顔で宣言する。
「それでは〆の万歳三唱で終いにいたしましょう」
そして、いよぉっと誰かが音頭を取って三本締めが響く。
後に第四騎士団の嘆きの声が残った。
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