第218話 あの角をまがれば、きっと・・・
架空の団体、秘密結社『夜の女王のアリア』を一網打尽にし、孤児院出身者を流行り病と称して隔離してから一週間。
彼らの処分については人数が多いということもあり、上層部の中でも意見が割れている。
全員まとめて国外の奴隷商に売り払うべきだという者。
あれだけの人数を一度に売りに出したら価格破壊が起こると反対する者。
実行犯と幹部以外は無罪でも良いのではないかと弱気な者。
色々だ。
ただ、一つだけはっきり決まったことがある。
第四騎士団の処分だ。
「これは、酷い」
「誇り高き騎士の言動ではない」
「なんと醜い。本当に彼らは騎士学校で教育を受けてきたのか」
各省庁総裁、騎士団長、そして皇帝陛下と草々たるメンバーが揃う中、あの日の騎士たちの様子を私の録画魔法で見ていただいた。
ちなみに私とアンシアちゃんは耳栓をして後ろを向いている。
あれをもう一度聞かされるのはお断りだ。
「ヒルデブランドでの最大級のお詫びはこうでしたな」
第四騎士団団長が深い深い土下座をした。
「私の指導力不足で二度までもダルヴィマール侯爵家に・・・。この上は団員一同どのような処分もお受けいたします。団長の身としてはこの
「団長様のお腹から金銀財宝が出てくるのであれば素敵なご提案ですけれど、それでは単に死体が一体できあがるだけですわ」
「これ、ルチア」
お父様が窘めてくれけれど、こればっかりはお断り。
後でご家族から恨まれる事必至の事態は避けさせていただきます。
そんなことより、やりたいことがあるんだよね。
「正式な処分は他の方々が下してくださるでしょう。
団長様方の顔がグッと引きつる。
アンシアちゃんを除く私たち、全員が笑顔で最大限の『威圧』を使っている。
さすが団長様方。
持ちこたえている。
どっかの職員は気絶したなあ。
「決して器物破損などいたしませんし、そちら様の不利益にはしないとお約束いたします。いかがでございましょうか」
◎
さわやかな初夏の風が吹く中、私たちは第四騎士団隊舎の前に集合している。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。冒険者ギルドより派遣されて参りました『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』です」
例の捕縛劇から正体を隠すのを諦めた私たちは冒険者姿だ。
私たちの前には動きやすい服装のダルヴィマール侯爵家使用人の皆さんがいる。
いつもはきっちり執事服で固めているセバスチャンさんもだ。
「それではお手元の計画書通りに始めますが、その前にこれらは当日まで秘密とさせていただきます。従って、このように・・・」
初期に覚えた土塁魔法を構築する。
ズズズッと音がして、第四騎士団隊舎の周りに建物全体を隠す高さの壁が出来た。
「おおっ ! 」
驚いていただきありがとうございます。
「それでは皆さん、張り切ってまいりましょう ! 」
「「「おーっ ! 」」」
ダルヴィマール侯爵家の復讐の始まりだ。
◎
ディードリッヒはダルヴィマール侯爵邸にいた。
場所は普段人のいない殿方用応接室。
会食後に男性だけが集まって飲んだり遊んだりする部屋だ。
当主激務の為に使われたことはほとんどない。
そこに椅子やテーブルを持ち込んで作業を続けている。
彼らの仕事は第四騎士団の布類への刺繍。
膨大な量なのでルーの手仕事倍々魔法を二重掛けしてもらっている。
「あのお、カークスさん ? 」
「なんでしょう」
「冒険者姿でお仕事していただくわけには・・・」
「なぜですか ? 」
「やる気が出ると言うか、なんというか」
「気のせいです。手を動かして下さい」
先日のディードリッヒの冒険者姿。
赤毛というより薔薇色に近い髪をワンレングスにした姿に、心ときめかす侍女も多い。
「素敵だったわ。あの冷静沈着な感じが」
「そうそう。侍従姿の時はスケルシュさんのほうがそうなんだけど、冒険者になると逆なのよね」
「あら、スケルシュさんの堂々とお嬢様を叱りつける姿も感動的だったわ」
「お嬢様の涙目も意外だったわね。冒険者姿も可憐だわ」
「スケルシュさんとの掛け合いも面白くて」
「お年に見合ったお姿を見せていただけて、なんだかホッとしたわ」
「ええ、完璧すぎるご令嬢でしたものね」
「そういえばカジマヤー君の冒険者姿を見ていないわ。どんな感じかしら」
「きっと今以上に可愛いんじゃないかしら。何と言ってもリンゴの君ですもの」
侍女たちは手を止めずにおしゃべりに余念がない。
そんな様子を見てディードリッヒは仕方がないと譲歩する。
「その日の作業予定を超えたら冒険者姿になりましょう」
「本当ですかっ ?! 」
「ただし、性格と口調は変わりますからね。その辺はご容赦ください」
「やったぁぁぁっ ! 」
侍女たちはご褒美目当てにさらに手を動かす。
泣く子と地頭には敵わないというが、ご婦人の欲望も似たようなものだとディードリッヒはため息をついた。
◎
いつも通り
体には力が入らず、起き上がることもできない。
食事もスープをほんの少し流し込むだけだ。
それももう飲みこむ力も残っていない。
幸せになれと言った両親は、こんな最後を望んでいただろうか。
多分、適当なところで離縁され、普通の娘として生きていくと思っていたに違いない。
お連れ様があんなにも早く亡くならなければ、そんな未来もあっただろう。
だが、今の自分はどうだ。
血は繋がっていないけれど、家族は自分を愛してくれている。
孤児院の子供たちは過剰な想いをぶつけてくれる。
満ち足りた生活で何一つ不自由なことはない。
だが、共に人生を歩む相手が欲しかった。
時には喧嘩をし、許し合って共に過ごす人に巡り合いたかった。
そうすれば今、こんな虚しく悲しい最後は迎えなかった。
たった一人、心から求めた人。
決して振り向いてくれなかったあの人。
今はあの方がこんなにも恋しい。
せめて出会えたことに感謝してこの世を去りたい。
孫娘が入ってきたのだろうか。
重たい瞼を無理矢理開けると、そこにはいるはずのない姿があった。
「マルウィン・・・あなたなの ? 」
「お久しぶりでございます、姫様」
思いもかけない人物の登場に、起き上がろうとしても頭を上げることもできない。
「もう、先に逝ったと思っていたわ」
「・・・浅ましくもこの年まで生きながらえておりました」
寝台の横に跪いた男は未亡人の手をって唇をあてる。
「
最後に会ったのは十二の歳。
あの日と全く変わらない姿。
いや、変わっているところもある。
「髪、切ってしまったのね」
「はい、年相応の身なりになりました」
「何が年相応よ。私よりずっと若々しいじゃない」
重い手を伸ばしてその髪に触れる。
「あなたの長い髪、大好きだったのに」
「姫様は私の髪をおもちゃにするのがお好きでしたね」
幼い頃の夫人はまだ髪が伸び切っていなかった。
だから彼の長い髪は憧れだった。
その髪を結わせてと言うと、彼は席を立って自分の髪を軽く洗って戻ってくる。
「姫様、さあ、どうぞ」
洗い上がりの髪は幼子にも扱いやすく、夫人は心ゆくまでその髪を三つ編みにしたり結い上げたりした。
そうすると彼は屋敷を辞すまでそれを崩さず、使用人たちが笑いを堪える中、揚々と帰っていくのがお約束だった。
「なんて我儘な娘だったのかしら。あのまま帰るのは恥ずかしかったでしょうに」
「姫様の渾身の力作、解いてしまうなどもったいない。残念ながらもう結っては頂けませんが」
「さすがにこの年ではそんな遊びはできないわ」
クスクスと笑い合う二人。
だが、それさえももうその体には負担でしかなかった。
「待っていたの。あなたが救いに来てくれるのを」
「姫様・・・」
「信じていたのよ、助けに来てくれるって」
不穏な噂を聞いてカウント王国に着いた時には全てが終わっていた。
屋敷は更地になり一家はもちろん、使用人の家族まで処刑された後だった。
「まさかこんな近くにいらしたとは思いもしませんでした。遅くなりましたこと、お許しください」
「でも来てくれたわ」
最後の最後ではあるけれど。
「私も直に参ります。それまで、あちらでお待ちいただけますか」
あまり遅くならないで。もう十分すぎるほど待ったのだから。
夫人は何かを思い出したかのように言う。
「マルウィン、あなたの奥様の名前を教えて」
「妻の ? なぜでしょう」
「あちらであなたへの苦情を聞いてもらうためよ」
自由気ままなマルウィン。
奥様だって言いたいことはあったはずだ。
二人で悪口を言い合うのも悪くない。
「妻の名は八千代と申します」
「ヤチヨ・・・不思議な響きね。何か意味があるのかしら」
「八千年も幸せでいるようにとつけられたそうです」
国は違えど、子を思う心は同じ。
だが八千年はいくらなんでも長すぎるだろう。
「これがなにかおわかりですか」
液体の入った小瓶を見せられる。
「聖水です。呪いに掛けられた者が飲むと解呪することができます。ですが・・・」
「大元である私には毒になるのね」
「ご存知でしたか」
ちゃんと勉強したのよ、と未亡人は笑う。
自分の力を抑えるために色々と。
「結局身に着いたのは瘴気を集めることだけだったわ」
「ですが、それで姫様の子供たちは穢れずに済みました」
「そうね。それだけが救いだわ」
慕ってくれた子供たち。
行き過ぎた愛情で何人かは犯罪者になってしまった。
せめて彼らの穢れだけはあの世に持ち去りたい。
「マルウィン、そこの棚に書付けがあるでしょう」
「はい」
「私がつけていた記録です。そこに私が死んだ後のことを書き加えて、次の世に残して欲しいの」
膨大な量の書付。
幼い頃から詳細に記録を取っていた。
「また私のような力を持った子供が生まれた時に、役立たせて欲しいのよ。こんな思いをするのは私だけで良いわ」
「・・・必ずや後世に伝えます」
何もかも失ったと思った十四の頃。
まさか、この年になって一番大切な想いが戻ってくるとは思わなかった。
もう、いいだろう。
「マルウィン、それを私に」
「・・・姫様」
「終わらせましょう、全て」
小瓶に向かって手を伸ばそうとするが体は動かない。
彼が背中に手を入れて起こしてくれる。
「・・・私、もう吸い込む力がないの」
小瓶を口に当てようとしていた彼の手が止まる。
小瓶の中身を少し己の口に含む。
そしてその中身を夫人の口に含ませる。
何度かそれを繰り返し、最後の一口をゆっくりと流し込んだ。
夫人は大きく息を吐く。
「ねえ、マルウィン」
「なんでしょう、姫様」
彼の腕の中、夫人は満足そうな笑みを浮かべる。
「両親の望みを叶えてあげることは、出来ないと思っていたのだけれど・・・」
「・・・」
「恋しい方の口吸いで、その腕の中で逝ける私は、世界一幸せな女ではないかしら」
夫人の目から涙が零れ落ちた。
と、その体が激しく震えだす。
「姫様っ ! 」
「こうしていて。お願い。最後まで、離さないで」
苦し気な呼吸と表情なまま、夫人は彼にしがみつく。
「マルウィン・・・大好き・・・」
幼い頃、何度も繰り返した言葉をつぶやくと、夫人の身体から力が消えていく。
彼はその体を静かに寝台へと横たえる。
寝具と腕、そして乱れた髪を丁寧に整える。
夫人の目には涙があったが、口元は笑みをたたえていた。
彼は指示された書付を冒険者の袋にしまう。
「姫様、しばしのお別れでございます」
彼は夫人の額に口付けをすると、来た時と同じように静かに帰っていった。
◎
「お父様っ、なんでいらしたんですかっ ?! 床上げしたばかりではありませんか。もう少し大人しくしていただかないとっ ! 」
「我が家の復讐なんだから、当主たる僕が率先して動かなくちゃダメだろう」
「それはそうですが、お体のことを考えれば・・・あらあなたは ? 」
「このステンシルというのは楽しいな。絵心がなくとも一定の物が描ける」
「・・・何さり気なく作業に加わっておいでですか、皇帝陛下」
「俺は庭園管理部造園課のしがないお庭番だよー」
「皆さーん、差し入れですよー。順番に休憩してくださいねー」
「ありがとうございます。助かりますって、皇后陛下 ?! 」
ダルヴィマール侯爵家の復讐劇はカオスを極めていた。
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