第214話 横入りってあるよね

「まさか、ドローン魔法・・・」

わたくしの魔法を阻む物は、今のところございませんわよ」


  エイヴァンのつぶやきに両手を合わせてニッコリと笑うルチア姫は、とてつもなく愛らしく美しい。

 もっともバルドリックとしては、その横でウンウンと頷く少女のほうがさらに可愛らしいと思う。


「そのような訳ですので、集合場所にわたくしたちも向かいますわね」

「向かうって、馬でですか」


 そのドレス姿で ?

 並んだ使用人たちがお嬢様は何を考えているのかと顔を見合わせる中、近侍の二人はハッとして止めにかかる。


「お嬢様、それをここで発動するのはっ !」

「もう、おそーい」


 ルチア姫が手を真横に伸ばしてクルっと回ると、伏し目がちの淑やかで優美な侯爵令嬢はどこかに消える。

 そこには腰まである銀色の髪をなびかせた悪戯っぽい目の冒険者が立っていた。


「お姉さま、あたしもっ !」


 アンシアがおねだりするように両手を姫に差し出す。

 姫の手が優雅に動くと見習メイドの代わりに、栗色の髪をポニーテールにした冒険者が現れた。


「お父様の仇は私がこの手で取ります !」

「お姉さまを酷い目にあわせていた奴らなんて、あたしの魔法で」


「「ボコボコですっ !」」


 二人の少女は玄関扉に向かって走り出す。

 

「敵は本能寺にありっ !」

「いざっ、カマクラっ !」


 軽やかに馬にまたがると、少女たちは腹に一蹴りし駆け出す。


「「ハイヨー、シルバーっ !!」」


 後に残されたのは、口をポカンと開けた男たちだ。


「これか。これがあの不安の原因だったのか・・・」

「兄さん、しっかりしてくれ !」


 ブツブツと呟くエイヴァンがディードリッヒの声に正気に戻った。


「騎士団を動かせっ !」」

「スケルシュ、グレイス閣下に何という口の利き方ですか」


 窘める家令を無視してエイヴァンは続ける。


「リックっ ! 予定変更だっ ! すぐに計画を始動する。予定時間を待たず、奴らが集まり次第捕縛だ !」

「おい、何をそんなに慌てているんだ。たかが予定外の二名が加わっただけ・・・」

「お前は『白銀の魔女』と『迷子のアンシア』の恐ろしさを知らない !」


 王都の屋敷に仕え始めてからの知的で冷静沈着な様子をかなぐり捨てた近侍の姿に、玄関ホールに集まった使用人たちは呆然とする。


「いいか、リック。あの二人が組んだ時にはなあ・・・」


 その鬼気迫る様子にバルドリックはゴクリと息を飲みこむ。


「碌でもないことしか起きないんだよっ !」


 エイヴァンの叫びに、さすがの家令も声がでない。


「あの二人を放置したら、俺たちが着いた時には屋敷は更地になって、容疑者たちはフワフワと宙を舞っていて、証拠物件は全て灰になっているぞ。あいつらなら必ずやるぞ ‼」

「そんな大袈裟な」


 大袈裟ではない。

 近侍二人の顔色の悪さに、笑い飛ばそうとしたバルドリックはまさか真実なのではと黙る。


「兄さん、追いかけよう。今ならまだ間に合う」

「そうだな。とにかく捕まえて蛮行を阻止しなければ」

「お待ちなさい」


 走り出そうとする二人を涼やかな声が止めた。


「あなた方、その姿で行くつもりなの ?」

「お方様・・・」


 階段を下りてきたのはダルヴィマール侯爵夫人だった。


「王城でならともかく、城下町で侍従が騎士団に指示を出すところを見られるのはいただけないわね。着替えてから行きなさい」

「しかし時間が・・・」

「あなた方も使えるんでしょう ? 変身魔法とやら」


 先ほどのルチア姫の魔法。

 一瞬で貴族令嬢から冒険者姿に変わった。


「夫は見たそうね。陛下とグレイス公爵ご一家もご覧になったと聞いているわ」

「・・・」

「雇い主のわたくしだけ見ていないなんて、許せないわ」


 お方様は手にした扇子をヒラヒラとさせる。


「さ、やったんさい」


 突然砕けた口調でホラホラと催促する。


「兄さん、急がないと追いつけない」

「くっ、こんな大勢の中であの魔法をつかうのか」


 ディードリッヒが人差し指を立ててワンレンの冒険者姿になる。

 少し遅れて虹色の輝きに包まれてエイヴァンが続く。


「「「キャアァァァァァァッ !」」」


 侍女たちの目がハート型になる。


「うふふ、やっぱりそちらの方があなた方らしいわね」


 侯爵夫人はしてやったりという笑顔で続ける。


「冒険者ギルドには指名依頼を出しておいたわ。しっかり働いてね。『ルーと愉快な仲間たち』」

「お方様、『ルーと素敵な仲間たち (仮)』です」


 ガックリと肩を落としながら、近侍の二人は玄関ホールから出ていく。


「スケルシュさーんっ、がんばってー !」

「カークスさんっ、お怪我はなしでっ !」


 異様な声援を背に、二人は屋敷を後にした。

 盛大な黄色い声を背にして。


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「カマクラってどんなところなんですか、お姉さま」

「お寺、神殿が一杯あるところなの。でもお参りするのは女性が多くって、男性はその三分の一くらい」

「えー、女性向けの神殿なんですか」

「うーん、屋台とか多くて、甘いものを食べている殿方を、ご婦人方がかわいいって生温く見てるって言うか」

「ハーレム状態ですね。殿方には幸せな地域なんですね」


 少し違うけど。

 まあ、いいか。

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