第215話 突入前

 王城、貴族街、城下町。

 城壁で囲まれた三つの地域の外。

 南に向かって新市街と呼ばれる街が広がっている。

 街と言ってもポツポツと集落が点在していたり、新貴族の屋敷があったりするくらい。

 まだまだ都市としての機能はない。

 切り開かれ始めた森の向こう。

 そこに孤児院出身者たちが建てた拠点、集会所があった。


「昼の鐘二つが集合時間だそうですけれど、続々と集まっていますね」

「ええ。私たちが襲撃されたのが金曜日。あれから一週間、情報の持ち寄りをする必要があるのでしょう」


 子飼いの瓦版工房では侯爵親子はまだ寝付いていると報じている。

 屋敷にはお見舞いの品がたくさん届いているし、お母様はそのお礼のお返事に亡殺されている。


「これ、よく見えますね。でももう少しはっきり見えるといいんですけど」

「双眼鏡って言うの。母の・・・形見なんだけれど、私では使いきれなくて。ドローン魔法があるから、それはアンシアちゃんが使って」


 乗ってきた馬は少し離れたところに繋いできた。

 近くには護送用の馬車が隠されていた。

 私たちは森の外れから奴らのアジトを見張っている。

 時間的にもう少ししたら各騎士団が集まるだろう。

 私たち二人は計画始動時間までここで待機するつもりだ。

 どのように動くかは知っている。

 だから、それを邪魔しないように動く予定。


「カール・ツァイスか。なんでこんな高価なもの持ってるんだ ?」

「母のお気に入りです。子供の頃からのお年玉やらなんやら全部つぎ込んで買って大事にしてって、エイヴァン兄様 ?!」


 うつ伏せでアジトを見張っていたら、アンシアちゃんが持っているはずの双眼鏡を兄様たちがホオホオと眺めている。


「1Qマーク付きのデルトリンテム。それもリヒターモデル。お袋さん、マニアだな」

「違います。仕事道具に手を抜きたくないって初期投資したそうです。兄様たちこそ良くご存知で」


 職業柄なと兄様たちがあれこれいじって、アンシアちゃんの首にかけてやる。


「ピントがあってなかったぞ。それと目の幅に合わせろ。使う時は指先で持たずしっかり握るんだ。これで落札価格軽く二桁いくからな。大事にしろよ」

「二桁 ? お姉さま、そんな高価なもの、怖くて使えません !」


 慌てて返そうとするアンシアちゃんに双眼鏡を押し付ける。


「物は使ってこそ価値があるのよ。アンシアちゃんの役に立つならきっと母も喜ぶわ」

「・・・大切にします。お母様に恥ずかしくないように」


 重い双眼鏡を胸にギュッと抱えて、アンシアちゃんは頷いた。


「シミジミリィな雰囲気を壊すようで悪いんだが、奴らの集まり具合はどうだ」


 兄様たちが容疑者リストを出してくる。

 写真付きで分かりやすい。

 参加する騎士団の中でも捕縛する人物が一目でわかると評判だ。

 騎士団隊舎にドローンを飛ばした時に騎士様たちが興奮して話しているのを聞いた。

 パラパラとめくる。


「九割くらいは集まってます。えっと、ゴール男爵のところのアレと瓦版屋が三名来ていませんね」

「開始時間にはまだ少しある。アレはリーダーのような立場らしいから、必ず来るはずだ。瓦版屋の方は明日から発行が許されているから、そちらの準備に時間がかかっているんじゃないか ?」


 兄様たちの言う通り、しばらくすると残りのメンバーたちも建物に入っていった。

 それを確認したのか、ダルヴィマール騎士団と第四騎士団の責任者が集まる。


「来たか、リック」

「騎士団は既に建物の周りに配置している。護送馬車の移動も終わった。後は突入するだけだ」


 定期的に集まるのは三十人ほど。

 捕縛に参加する騎士は百人ほど。

 それ以外の騎士たちは、前回襲撃に参加しながら逃亡した構成員の逮捕に向かっている。

 騎士としてではなく王立医師団として、流行り病にかかっている恐れがあるという理由で保護するという名目だ。

 服装も騎士の物ではなく、医師団の白衣だ。

 女性騎士の皆さんはスチューデント・ナースの可愛らしい服。

 もちろん送られる先はダルヴィマール侯爵家だ。

 すでに数日前から流行り病の情報は瓦版で流している。

 市場での立ち話、酒場ての噂話。

 情報操作は完璧だ。


「捕まえればいいんですよね。その間に間違ってボコボコにしても許されますよね」

「なんならあたしが魔法で一発・・・」

「やめろ」


 私たちのやる気に兄様たちが水を差す。


「二人には捕縛した後の始末を頼む。浮遊魔法を好きなだけ使っていいから、とにかく逃がさずに護送馬車に放り込んでくれ」

「ボコっちゃダメ ?」

「ダメです」


 せっかく来たのに暴れられないなんて !


「ルチア姫 ?」

「ルーと呼んでください。今の私は冒険者なので」

「ではルー殿。あの浮遊魔法は捕縛劇にはとても有効です。かけられたことがある身として、決して逃げられないことがわかっています。そして詠唱魔法を阻む沈黙魔法。あの二つがあればこの作戦は成功したも同然です。ぜひそちらの方に力を注いでいただきたい」


 でも、私はお父様の仇を打ちたい。

 ちょっとでいいから。

 でもその気持ちは伝わらないようだ。

 アンシアちゃんが心配そうに私を見ている。

 仕方がない。

 私は私に与えられた役割を果たすしかない。

 許された範囲で。

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