第213話ドローン魔法は万能ですっ ! 壁に耳あり障子に目あり  

 一斉検挙の準備は着々と進んでいる。


 ダルヴィマール侯爵邸の広大な敷地。

 牧場、農場、本邸。

 使用人の為の独身者用と家族持ち用と二つのアパートメントがある。

 他には私設騎士団の建物。

 騎士たちの独身寮も近くに建てられている。

 既婚の騎士たちは貴族街に住んでいる。


 さて騎士団隊舎内の訓練場。

 真ん中を板で壁を作って男女でわけている。

 女性側にはところどころ布で屋根が作られている。

 着替え等の為のプライベートエリアだ。

 ここに集められたのは、先日逮捕された秘密結社『夜の女王のアリア』の構成員たち。

 

 世間には王都にたちの悪い流行り病が発生。

 蔓延しないよう病人は一時隔離していることになっている。

 子供だけが残った家庭は、最寄りの孤児院で保護している。

 男親が残された家庭には、冒険者ギルドから家事の出来る冒険者が派遣された。

 フォローは完璧だ。


「今回逮捕する幹部連中は仮設住居に入ってもらいます。その後どう処分するか。これについてはいくつか案がありますので、まとまり次第お持ちいたします」


 ダルヴィマール侯爵の居間。

 ディードリッヒは御前の体調を気遣って簡単に説明する。

 司厨長たちの努力とサプリメントの力もあって、御前の体力も徐々に戻りつつある。


「色々と勝手をさせていただいておりますが、復帰されるまでには平常運転に戻しておきますとスケルシュも申しております」

「ああ、それは気にしなくていい。君たちは良くやってくれているよ。見事な采配だ。あちら現実世界でも似たような仕事をしているのかい」


 さて、いかがでしょうか。

 ディードリッヒは笑顔で誤魔化す。

 あちら現実世界での仕事など、説明しても理解してもらうのは難しいだろう。

 世間では4Kと呼ばれる職種だ。


「下準備が必要なのはどんな仕事も同じございますよ。求められる結果が分かっていれば、それに伴う作業も自然に導き出されますし、余計なちょっかいを出されなければ概ね作戦通りに行くかと思われます」


 この場合の余計なちょっかいとは、ルーとアンシアの二人組だ。


「打ち合わせは全て王城で行っておりますし、御前へのご報告も外に護衛騎士を立たせて誰も近づけないようにしています。計画が漏れる心配はございません」

「ルチアもカジマヤーから離れたくないようで外出もしないし、彼が眠っている今の内に終わらせてしまうんだね」


 仰る通りでございますと頷くディードリッヒに、御前は作戦を無事に遂行させるようにと言い含めるのだった。



「なーるほど。そういう計画になっていたのね」


 居間でアンシアちゃんの入れてくれたお茶をいただきながら、私はドローン魔法を切った。


「どうしたってあたしたちをハブりたいんですね」

「私たちが何をするって言うのかしら。彼らの逃亡を許すとでも ? 一網打尽にきまっているわ」


 ドローン魔法は場所さえ分かっていればどんなところでも入り放題。

 映像メインだった最初の頃と違い、今は音も鮮明に届けてくれる。

 私、ちゃんと頑張った。


「邸内では具体的な日時とか出てこないってことは、そのあたりは王城内に入り込まないと無理かしら」

「そうですね。でも仮設がほぼ完成していますから、今日ではなくても二三日以内なのは間違いないと思いますよ」


 ダルヴィマール侯爵邸の一番奥。

 馬丁部のある広い馬用スペース。

 何やら資材が運び込まれてトンカチやっているのにアンシアちゃんが気づいた。

 また屋敷で使いきれない野菜や牛乳を引き取りに来る業者がここ数日出入りしていない。

 そこに急遽作られた仮設住居。

 私がドローン魔法で確認したところ、ここにお父様を襲った首謀者が入るとおしゃべりしているのが聞こえた。

 ちなみにこの騒ぎが終われば、解体され災害時に利用されることになっているそうだ。


「見習だからと見せてもらえない今週の割当表とか、怪しくないですか」

「先週までは掲示板に貼ってあったんでしょう ? と言うことは、決行は近いわね」

「あとは馬を近くにナイショで用意させましょうか。いつでも出られるように」

「アンシアちゃんは私の寝室に冒険者服を・・・いえ、ちょっと待ってね」


 計画始動が分かってからお着換えしていては出遅れる。

 かと言ってアンシアちゃんは変身魔法を覚えられない。

 私は覚えている。

 自分が着替えるのは可能。

 だとしたら他人を着替えさせるのは ?

 ほら、シンデレラの魔法使いのおばあさんみたいに。


 ♪ さるがきーた、いぬがきーた ♪


 歌いながら細い魔法の杖をクルッと回すイメージでアンシアちゃんを魔力で覆おう。


「お姉さまっ ! 素敵です ! ブラボーです !」


 どこからか兄様たちの「またアホな魔法をおぼえやがって!」という罵り声が聞こえてきたような気がする。

 無視しよう、ウン。



 平和だ。

 王城も屋敷も。

 待ちに待った一斉検挙の決行日。

 バルドリック・デ・デオ・グレイス近衛騎士団副団長がダルヴィマール侯爵邸に来て、最後の打ち合わせをしている。

 すでに今月の王都守護騎士である第四騎士団の準備は出来ている。

 支援のダルヴィマール騎士団もすぐに出発できる。

 細かい計画書は出来上がっているので、今日は出来上がった仮設住居と監視の騎士団の手配の確認だ。  

 今日は半ドン。

 商店以外は半日で仕事が上がる。

 この日は昼三つの鐘には彼らは集まる。

 そして夕五つの鐘には解散するのだ。

 間を取って夕四つの鐘に突入する。

 漏れはないはずだ。

 だが、この不安な気持ちはなんだろう。


「どうした、エイヴァン。なにか心配事でもあるのか ?」

「イヤ、何がと言うわけではないのだが、こう引っかかる物がある」


 アルはまだ目が覚めない。

 御前はゆっくりであるが回復しつつある。

 ルーはアルの横に控えている。

 娘があまり来てくれないと嘆く御前は放置だ。



『娘。動き出したぞ』

「ええ、今日決行で間違いないわね」


 声の主が私にアプローチしてくる。


『計画の目的をしっかりと押えておけば邪魔にはなるまい。気持ちよく気晴らしをしてこい』

「大丈夫。捕縛が目的だから、訓練用の模造刀を使うのよね。そして逃がさない、ケガさせない、とにかくどんどん護送馬車に放り込む。まかせて」


 アンシアちゃんには裏手に待機させておいた馬を取りに行ってもらっている。

 コッソリと参加するつもりだったけど、やっぱりここは一言断ったほうがいいかしら。

 集合場所もわかってるし、先に出るって言っておけばいいよね。



 グレイス近衛副団長が御前のお見舞いに来られた。

 まずは以前から気になっていたという私設騎士団の施設を見学された。

 上位貴族であれば護衛騎士を雇っているのは当然なのだが、ダルヴィマール侯爵家のように騎士団という単位で抱えている家は数少ない。

 それも今でこそ東の富裕な土地と言われているが、嘗てのダルヴィマール領が辺境の枯れた土地であり、大型の魔物が跋扈していたからである。

 当時の領主自らが冒険者を引き連れて討伐にあたり、領主夫人が美しい手に鍬を持ち領民たちと開拓に励んできた歴史を他の貴族社会は忘れても、侯爵家はいつでも事に当たることが出来るよう精進してきた。

 そんな領民自慢の騎士団を近衛副団長が訪れるのは当然だ。


「素晴らしいものを見せていただき感謝いたします」

「閣下にご覧いただき、団員も今以上に鍛錬に励むことでございましょう」


 まだ床上げできない御前の代わりに、家令のセバスチャンと侍女長のメラニアが玄関ホールに並ぶ。

 手の空いている使用人も見送りに出る。


「スケルシュとカークスが門までお送りいたします。二人とも頼みましたよ」


 エイヴァンたちが恭しく頭を下げる。

 では行こう、と顔を上げた時、階上から声がかかった。


「お待ちになって、バルドリック様」

「ルチア姫・・・」


 踊り場を軽やかに降りてくる可憐な少女の後ろに、バルドリックはついお付きの侍女の姿を探してしまう。


「父へのお見舞い、ありがとうございます。ご挨拶にも伺わず、大変失礼をいたしました」

「意識不明の侍従に付き添っておられたとか。仕える者に寄り添うそのお気持ち、きっと彼にも伝わっていることでしょう。一刻も早く目覚められるよう、私もお祈りしております」


 そう言うと姫は嬉しそうに恐れ入りますと笑う。


「ところでバルドリック様 ?」

「なんでしょう、姫」

「今日はこのまま一斉摘発に行かれますのね ?」

「 ?!」


 バルドリックは一瞬何を言われているのか分からなかった。が、思わず昔の冒険者仲間を振り返ってしまう。


「ご安心なさって。計画は漏れていませんわ。以外には、ね」


 笑顔で近づいてくるルチア姫。だが、その目は笑っていない。


「あんまりですわ。実際に被害にあったのはわたくしですのに、一人だけ仲間外れなんて随分とお冷たいこと。お恨み申し上げましてよ」

「あ、え、これは、そう、エイ、スケルシュが計画したのですよ ! 私はお手伝いしただけでっ !」

「え、違っ ‼」


 冒険者ギルドでの太刀捌きを思い出し、バルドリックは思わず友人を売った。


「よろしいのですわ、バルドリック様。全て承知しておりますから。終わり良ければ全てよし。今日のお夕食は美味しくいただけますわね」

「お姉さまっ ! 馬の準備が整いましたっ !」


 バンッと玄関扉が大きく開けられ、彼の想い人が現れた。


「ア、アンシア殿っ ?!」

「ありがとう、アンシアちゃん。それではわたくしたちも参りましょうか」


 玄関前には二頭の馬。

 鞍も鐙も用意され、前足で地面を蹴って走る気満々だ。


「お嬢様、一体どちらへ行かれるのですか ?」

「あら、決まっているわ」


 家令の質問にルチア姫が満面の笑顔で答える。


「秘密結社『夜の女王のアリア』のアジトよ」

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