第212話 ルーとアンシアが仲間外れの理由

「さて、アンシアちゃん」

「なんでしょう、お姉さま」


 寝室に籠ってアンシアちゃんと作戦会議をしている。

 内容は兄様たちの計画しているゴール男爵所有の孤児院出身者の一斉検挙についてだ。

 ナラさんはいない。

 絶対に兄様たちにバラしそうだもん。


「兄様たちが私たちをこれに参加させる気がないという理由はわからないわ。だって、自慢するけどダルヴィマール騎士団にも今月の王都守護騎士団にも、私たちより強い人はいないもの」

「ええ、その通りです、お姉さま」


 正々堂々と言っていいと思う。

 暇に飽かせて各騎士団の見学に行ったけど、兄様たちより強い人はいなかった。

 それなりに強いし技術もあると思う。

 でも、私たちは強くなりすぎた。

 全てはギルマスの訓練のせいだ。

 一番強い人の求めるレベルを目指していたら、気が付いたらめっちゃ強くなってしまった。

 あちら現実世界で私が両親と祖父母に感謝しているのは、やはりそこなのだ。


 両親の転勤で一年ごとに引っ越しを繰り返していたけれど、武道とバレエ、どちらもその土地で一番というお教室に通わせてくれた。

 その時は言われるままに通っていたけれど、これがカルチャースクールとかであれば、そこそこのお稽古で終わっていたと思う。

 やはりこれくらい出来て当たり前の基準が、エベレストと天保山では違うのだ。


 そんな訳で私たちのレベルは高すぎる。

 剣を持ったことがなかったアンシアちゃんが、スッパスッパと騎士様たちを倒してしまうくらいには。

 冒険者ギルドの訓練を見ていた冒険者の人たちから合同訓練を申し込まれたけれど、ギルマスからお許しが出なかったのでお断りした。

 そういえば獣人の若様との修練は実現していない。

 全員ぶっ倒れていたのと、例の集団とのゴタゴタが片付かないからだ。

 しょぼんとしているらしいが、夏の間はこちらの大陸に滞在する予定だから、いろいろ片付いたら私も含めて全員でお相手しようと思う。

 

「戦力的に私たち以上に使える人はいないのに、黙って排除する理由はなにかしら」

「あたしたちが邪魔だからですね」

「そう、それよ」


 私たち二人がその場にいてもらっては困るのだ。

 では、なぜ ?

 危険だから ?

 そんなはずはない。

 私の浮遊魔法があれば捕縛も簡単なのは証明済みだし。

 理由が本当にわからない。


「相手は有象無象の衆よ。危険なはずはないわ。ではなぜ私たちが参加できないのか。納得できれば従うけれど。でも、何か違うのよね」

「邪魔というか、参加されたら困るっていう感じでしょうか」


 身に覚えのない逆恨みを受け襲われ、たまたまアルの治癒魔法があったから生き延びて。

 未だ眠り続けているアルと体調の戻らないお父様。

 この仕返しをしたいという気持ちを、どこに発散したらいいのか。


「ところでお姉さま、アルと話が出来たんですよね」

「ええ、不思議な場所だったわ」


 どこもかしこも真っ白で、立っているから多分下が地面。

 そんな感じの何もない何も聞こえない。


「そんなところでひとりぼっちで待ってるんですよね、魔力が体に馴染むの」

「ええ、もう四日。寂しいでしょうね」

「やることなくてつまらないんじゃないでしょうか」


 確かに。

 早く目を覚まさないかな。

 そしたら一杯お話しよう。

 体もきっと鈍ってると思うから、一緒に基礎訓練をしよう。

 また一緒に過ごせますように。

 手を合わせてお祈りしながら、そう言えばこっち夢の世界の神様って誰だっけとふと思った。



「それで、一斉検挙の予定は決まったんだね」

「はい、あの日取り逃がしたのはほとんどが隠れ家に集まっていた者たちでした。捕縛された者たちが優先的に逃がしたようです」


 捕まえた者たちは様々な職業だった。

 召使あり料理人あり聖職者あり。

 孤児院を卒業後ゴール男爵家と契約している家の養子になり、それぞれ特技や適正を見て希望の職業に就くのだ。


「彼らは流行り病にかかって隔離していることになっているんだっけ ? 病が広がらないように」

「そうです、ギルマス。陛下や御前とも話し合ったのですが、自分の意思ではなく起こした犯罪です。被害者という括りで言えば罪に問うのは気の毒というもの。かと言って完全無罪という訳にもいかないので、彼らの処遇については十分に注意した上で決定することになっています」


 ヒルデブランドのギルドマスターはアルの見舞いに訪れている。

 この日ようやく呪いについての詳しい話を聞くことが出来た。


「にぎやかに色々やっているとは思っていたけれど、まさか本当にいじめにあっているとは思わなかったよ。瓦版の記事は話半分で読んでいるからね」

「ギルマス、そんな可愛いらしい状況ではありませんでしたよ。まさか裏に侯爵家をねらう集団がいるとは思いませんでした」

「それで、これが君たちが調査した事件の全貌かい ?」


 ギルマスは対外的に説明するために作成されたデータをめくる。

 渡された冊子には政府重鎮と各騎士団長に説明した内容と、別冊で過去三十年遡って孤児院卒業者のリストが添えられている。

 もちろん職業と現住所付き。

 横にバッテンが付いているのは先日拘束されたメンバーだ。


「随分と詳しく調べたね。素晴らしい」

「いや、ギルマス。それ、全部捏造ですから」


 ギルマスの手が止まった。


「捏造 ? これが ?」

「とにかく捕まえなければいけませんからね。手に入った情報だけでこれならなんとかという物語をくみ上げました。嘘だとバレても大丈夫なくらいに緩い設定ですが、ゴリ押しすればなんとかなると思います」

「・・・そうかい・・・」


 渡された資料を矯めつ眇めつし、ギルマスは何か気にかかるのか何度もページをめくる。


「ゴール未亡人の扱いはどうなるのかね。これではすべてを夫人が指示したかのように思われかねない」

「それなのですが・・・」


 エイヴァンたちは初めて未亡人にまみえた時のことを話した。


「『魅了』・・・か。そんなに簡単に前男爵夫人に魅かれたのかい」

「恐ろしい感覚でした。あの方の為なら何でもできる。後少し同じ空間にいたら、俺たちも彼らと同じようになったかもしれません」


 ゴール未亡人にもう一度会いたい。

 あの方の願いを叶えて差し上げたい。

 その気持ちが消え去るのに三日かかった。

 纏いつくような魔力の影響がなくなるのにさらに数日。

 初めから何かあるのではないかと身構えていた身でこれだ。

 幼い頃からあの力にさらされていたらどうなるか。

 考えるだに恐ろしい。


「問題はあの方自身からはまるで敵意を感じられなかったことです。ルーの索敵でも引っ掛かりませんでした。すべては周りの者の独断。かと言ってこのまま放置すれば同じような者が増えるだけです。どう対処すれば良いか。さすがにこちらは決めかねています」

「難しい問題だね。出来れば穏便に済ませて差し上げたいものだ」

 

 もうそんな時期は過ぎているのはわかっている。

 すみやかに収束させなければならない、

 わかっているのにそう思うのは、まだ未亡人に心惹かれているからかもしれない。


「彼女の罪は何なのでしょう、ギルマス」

「罪 ? そんなものはないさ。頼んだわけでも、煽ったわけでもない。周りの者たちが勝手に動いたんだ。孤児院で親切に世話をしてもらった。それ以上の接触はない。それだけをしっかり証明しておけばいいよ。物語をでっちあげるのは私たちベナンダンティにはお手の物だろう」


 読み終わった資料を机に戻し、ギルマスは席を立った。


「それではアルの顔を見てから帰るよ。二人ともしばらくは忙しいだろうが、ルーたちのことを頼んだよ。くれぐれも巻き込まないようにね」

「もちろん、それは重々承知しています。あの二人が関わると大事になりますからね」


 ルーとアンシアが参加すると、粛々と進めるべき捕縛が大捕り物になりかねない。

 二人を不参加にしたのは、ただただ余計な出来事を増やさないためだった。

 必ず何かやらかす、あの二人は。

 絶対に参加させてはならないのだ。



 侯爵家の家人用のフロアで、アルは眠り続けている。

 すでに危機的な状況は抜け出して、今は静かにルーの魔力が定着するのを待っている。

 ルーの仲間たちがその周りを守っている。


『心配するな。明日明後日には目覚める』

「西海の」

『もう名前があるぞ』


 ああ、桑楡そうゆだったね。

 ギルマスは娘らしいロマンチックな名前だと微笑んだ。


『夜中に強制的に体を動かしているから、しばらく寝たきりということもない。目覚めたらすぐに動き出せる』

「ありがとう。助かるよ。一度衰えた筋肉を取り戻すのは大変な苦労がいるからね」


 眠っているアルの額を静かに撫でて、モモたちが動き回るので乱れてしまった布団を整える。


『それで、思い出したか』

「ああ、報告書を読んでやっとね。まさか、あれがここまで引きずっているとは思わなかったよ」

『すっかり忘れ去っておったろう。お主の中ではとうに終わった話だからの』


 今さらほじくり返されるとは思ってもいなかった記憶。

 エイヴァン、ディードリッヒ、君たちはなんでそんなに安々と真実にたどり着いてしまうかな。


「やはり、この始末をつけるのは私の役目なんだろうね」

『それが一番お主にとって気が休まることであろうよ』


 深いため息をつくと、ギルマスは本体とは似ても似つかない姿の小竜の頭を撫でる。


『最後の大捕り物が始まる。動くとしたらその後か』

「わかっている。心残りのないようしっかり働くよ」


 じゃあ、また。

 そう言ってギルマスは部屋を出ていく。

 魔物たちはゴソゴソとベッドの上の居心地の良い場所に丸くなった。



「だから、ルーの踊りはとっても素敵なんだ。タマも一度見るべきだよ。あの首から肩にかけての線とか、綺麗に伸びた足とか。ああ、見ていない君にはこの素晴らしさは伝わらないよね」

『うぬぬ、それほどまでに素晴らしいのか。見たい、見たいぞ !』

こっち夢の世界でのルーもいいけど、あっち現実世界での儚げなルーもとってもかわいいんだ。こう、一歩下がった感じが奥ゆかしくて、守ってあげたい、いや、守らせて欲しい女の子なんだ。チャンスがあったらぜひ見せてあげたいよ、僕のルーを」


 対番たちの心配とは裏腹、白い世界のアルは全然寂しくも退屈もしていなかった。

 十六才の四百才へのマウンティングは延々と続く。


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課題提出のために遅れました。

申し訳ありません。

いつもお読みいただきありがとうこざいます。 

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