第211話 強襲 その前に
課題が終わりません。
来週一杯不定期になります。
身から出た錆ではございますが、ご了承くださいませ。
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アルが魔力枯渇から回復して二日。
まだ目を覚まさない。
でもこれは、私の魔力がアルの体に馴染むのに必要な時間らしい。
私はしっかり食事を取って、自分の身体を鍛えることにした。
舞踏室でバーレッスンとフロアレッスン。
久しぶりに武道の基礎にもじっくりと取り組む。
長刀の方もやっておきたいのだけれど、こちらは残念ながら相手をしてくれる人がいない。
ダルヴィマール騎士団の皆さんは忙しそうな様子でどこかへ行ってしまう。
兄様たちは王宮に行ったきり夕方まで帰ってこない。
二人とも代理として公務を引き受けているので、帰宅後も構ってくれない。
私たちを襲った奴らのことを聞いても、口を濁して教えてくれない。
これに関してはアンシアちゃんにも同じなので、二人で陰でブーブー文句を言っている。
「絶対なにか隠してますよ、兄さんたち」
「ええ、私もそう思うわ。第一、ヤコボおじさんはどこかに消えちゃうし、王宮の動きが一切伝わってこないし。私たちに知られたら不味いことがあるのよ」
お父様のところに伺っても「全部二人に任せているから」となしのつぶてだ。
なんとかと粘ると「疲れちゃったな。少し休むよ」と布団に潜り込んでしまう。
お父様、役に立たない。
こんな時アルがいてくれたら、長刀の訓練にも付き合ってくれるだろうし、バレエのレッスンの伴奏も引き受けてくれるのに。
一方
寂しいけれど、仕方がない。
ノックをして扉をあける。
朝と午後、日に二回アルの顔を見にくることにしている。
以前のように一日中傍にいると、屋敷のみんなに心配をかけてしまうからだ。
付き添いの侍女さんが席を外すのを確認してから声をかける。
「アル、元気 ?」
アルの髪はお仕事中と違って整髪料は使っていない。
手櫛で整える。
サラサラのストレートヘアーは、ロングにしてディードリッヒ兄様みたいに結んでも似合うかも。
着ているのはパジャマ。
こちらは男性も女性もネグリジェみたいなのを着るけれど、ちょっとでもアルが落ち着けるようにと『お取り寄せ』した。
青のイルカとペンギンさん柄だ。
フロラシーさんが作ってくれたことにしてある。
色違いでもう二着用意した。
そうしたら早速兄様たちにリクエストされ、エイヴァン兄様には臙脂に白のパイピング、ディードリッヒ兄様には青のストライプのパジャマをプレゼントした。
「落ち着かないんだよなあ、こっちの寝間着は」
私も貫頭衣みたいな寝間着が我慢できなくて、通販カタログで気に入ったのを『お取り寄せ』してるしね。
フロラシーさんによると、アルのパジャマが使用人さんの間で評判になっていて、似たようなのが欲しいという人が増えているらしい。
ヤニス洋装店王都支店で売り出すことも検討中だ。
すでに商業ギルドには私の名前で登録してある。
まずは子ども向けの物から始めるそうだ。
お腹がめくれず寝冷えしませんよと言う感じで売り込むんだって。
たった二日でこんなに色々動いているのに、アルは目を覚ましてくれない。
おもわず
そしたら例の声の人からストップがかかった。
『止めよと言うたであろうが』
「でも、全然起きてくれないんだもん」
『もう十分に魔力は満ちておる。これ以上は過剰供給だ』
魔力の譲渡って、実はそんなに簡単に出来るものではないらしい。
おじいちゃま先生に対して出来たのは、私が何も知らない子供だったから。
途中でおじいちゃま先生が止めてくれなかったら、今のアルと同じようになっていたらしい。
先生がしっかりと私の魔力を受け入れられたのも、
しっかりお説教された後で、声の人が私をなだめるように続ける。
『もう少ししたら、例の五月蠅い連中の討伐が始まる。その日に備えて力を蓄えておけ』
「・・・私、何も聞いていないわ」
『お主ら抜きでやるつもりらしいからの。もちろん仲間外れにされるつもりはないのだろう ?』
私抜きで。
つまり兄様たちだけで捕まえに行くってこと ?
私とアンシアちゃんは蚊帳の外ってわけね。
「もちろん、来るなって言われても参加するに決まってるじゃない」
『その意気や良し。どうせお主には伝えぬだろうから、事が決まったら我が知らせてやる。それまでしっかりと励め』
そう言うと声の人は消えた。
兄様たちが私から逃げ回っているのはそういうわけか。
どうせ危ないことに巻き込みたくないとか言うんだろうけれど、私を誰だと思ってるんだろう。
『二代目』こと『
私とアンシアちゃんを出し抜こうなんて、そんなの許さない。
「終わるまでに目を覚ますかしら」
アルの寝顔に耳を近づける。
規則的な呼吸音を確かめる。
アルは今もあの何もない世界にいるんだろうか。
ひとりぼっちであの静かで寂しい空間に座ってるんだろうか。
「ミャア」
ひよこのしーちゃんが赤い髪の中に埋もれている。
気が付くとピンクウサギのモモちゃんと大熊猫のリンリンも、アルのベッドに上がっている。
みんな心配してくれているのだろう。
お友達に守られて眠るなんて、ガラスの棺の中の白雪姫のようだね。
ちょっとだけ気持ちが明るくなる。
「私、戻るわ。みんな、アルをよろしくね」
手をもう一度ぎゅっと握りしめて部屋を後にする。
アルが目を覚めた時、全てが終わっているように。
良い報告だけを聞けるように。
◎
「それでは決行は三日後の夕方。二か所の出入り口と窓など、漏れの無い様にして下さい」
「目的は捕縛と救助。抵抗されても命を奪う事だけは避けてください」
打ち合わせが終わり、各騎士団から集まった代表が三々五々帰っていく。
「エイヴァン、このエリアデル公爵夫人の救出だが、ご本人はすでに療養中だろう。どう誤魔化すつもりだ」
「夫人を模した人形を用意してある。ディーがそれを見つけて、バレない様に用意した馬車に乗せて離脱させる。全て配置ずみだ」
その日集まる人間の大体の人数も把握している。
護送馬車も準備してある。
逮捕後は警備隊ではなく、ダルヴィマール侯爵邸に運ばれることになっている。
王城内では情報面でいろいろ不都合なことも多いからだ。
人数が多く収容しきれないということもある。
「まずはゴール男爵邸から少しでも離す。多分、未亡人は隷属系の魔法を使う。まず隔離して、様子を見ながら聴取することになると思う」
「隷属系の魔法は封印されているのではないのか」
各国の魔法師団で管理されていると聞いていたのだが、ゴール老夫人はそんな危険な魔法を使うことが出来るのだろうか。
グレイス近衛副団長は傍らの赤毛の近侍に聞く。
「バルドリック様、我らは夫人が無意識に魔法を使っているのではないかと考えています」
「無意識 ? かなりの魔力と制御する力がなければ使う事が出来ないと聞いている。それを無意識に ?」
「ええ、私たちの国では古くから偶に現れるのですが・・・」
『魅了』という力を持つ者たちがいる。
誰からも愛され、慕われる。
彼らはその力を御することができないと、周りのものたちを無意識に味方にしてしまう。
取り込まれた者たちは本人の意思とは無関係に愛情、信望、忠誠を相手に誓う。
故に『魅了』の持ち主は国によって管理され、己の力を制御できるまで表舞台に出ることはできない。
ベナンダンティたちが根性を入れて各投稿サイトを読み漁って作った設定だ。
「老夫人はその力を持っているのではないでしょうか。『魅了』された者たちが勝手に動いているのです。実際に馭者のヤコボは孤児院を離れて三十年近く経ってもまだ、その呪縛に囚われていました。本人の意思と関係なく御前を襲ったのです」
「信じられないが、本当なのか」
ディードリッヒはルーに『お取り寄せ』してもらったクリップファイルを広げてパラパラとめくる。
「ルチア姫から伺ったところ、ヤコボは御前と姫を殺さなければいけないという強迫観念と、それに抗いたいという二つの面を見せたそうです。そして今は憑き物が落ちたように落ち着いています」
「・・・本人はどうしている ?」
腕を噛み千切られ捕縛された後、ヤコボは茫然自失と言った有様で、何も聞き出すことができなかった。
だが昨日あたりからポツポツと話始めている。
お屋敷にご奉公した当初ご家族を狙っていたこと。
けれど勤めているうちにそんなことは忘れてしまっていた。
ただ要求に応じて邸内で起こったことを書いた紙を石に包んで壁の外に投げ捨てていた。
当たり前に静かに暮らしていたのに、あの日は突然殺意が沸き上がってきた。
「彼は今日の午後、王都を離れます」
「離れるって、手を切り落とされて重体と聞いたぞ」
「本人の希望です」
お願いでございます。
ここにいたら、また御前を殺そうとします。
わかるんです。
だから、ここを離れたいんです。
死なせてもらえないなら、せめて遠くへ行かせてください。
「御前や姫と違い傷は塞がっていない。正直今動かせば命にかかわる。それでもこれ以上何かに操られたくないと言ってな。王都から二日ほどの村に送ることになっている」
「傷が落ち着けば領都で残りの余生を過ごしてもらいます。利き腕は無事だったので、何かしらの仕事はできるでしょう」
お前ら、お人好しだろう。
バルドリックは呆れてしまう。
「どこの世界に雇い主に切りかかった召使を生かしておく家がある。家族もろとも警吏に引き渡せばよかろう」
「甘いのはわかっている。だがヤコボも被害者だ。それと、これは実験でもある」
同じ王都内で暮らしているのと離れた土地に住むのと、どれくらい影響に違いがあるのか。
「『魅了』は希少の魔法で、残された資料がとにかく少ない。集められる情報は出来るだけ集めたい」
「ゴール未亡人の生死で反応がまた変わってくるかもしれません。検証が必要です」
この罪は一生かけて償ってもらう。
実験材料として。
「警備隊には届けないというのか」
「これは侯爵家敷地内で起こったできごとですよ」
「
それでいいだろう。
ダルヴィマール侯爵夫人は言う。
「ただ罪を犯したのなら処刑もあり得るでしょう。けれど操られていた人だけを処分しても何の解決にもならない。彼らが不幸な終わりを迎えないよう、最善を尽くしなさい。ダルヴィマール侯爵家の歴史を血塗られたものにしてはなりません」
世間では甘いと言われるだろうが、それが主の望みなら叶えて差し上げるのが使われる者の務め。
「ダルヴィマール侯爵家は変わっていると言われているが、それを目の当たりにするとは思わなかったぞ」
「何を言う。どこから見ても立派な高位貴族だろう」
高位貴族の義務と条件。
すべてをクリアした上での突拍子のない行動。
「慈悲深いお方だ。ならば我らはせいぜい人死にがでないようがんばるさ」
「頼んだぞ、リック」
秘密結社『夜の女王のアリア』包囲網は着々と狭まっていた。
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