第210話 争いは同じレベル同士でしか起こらない

『二人っきりにしてやったというに、手を握るだけとは。お主、それでもおのこか』

「ちょっと待ってよ。何言ってるの。君は一体誰なんだよ」


 僕は目の前でピョンピョン跳ねる発光体に顔を寄せる。


『誰でもよかろう。吾が言いたいのは、好いた女子おなごに抱きつかれて、何故手を出さんのだ。そこはギューッと抱きしめ返すところだろうが !』

「・・・馬鹿」


 僕はこいつは単なる単細胞と判断した。


『誰が馬鹿だ !』

「君だよっ ! 抱きつかれたからって抱きしめていいってことにはならないじゃないかっ !」

『何を言う ! 抱きついてくると言うことは、抱きしめ返して欲しいということだっ ! その気持ちを汲むのが男らしい男というもの。据え膳食わぬは男の恥と言うではないか !」

「何を男にだけ都合のいい話をしてるんだよっ !」

 

 ゼーゼーと息をきらして発光体を睨みつける。

 気のせいかこいつからも睨まれているような気がする。


「誰だよ。何の権利があって僕とルーの事に口出ししてくるんだよ」

『吾は娘を守護すると決めた。よってあれの伴侶選びに気を遣うのは当たり前だ』

「親っ ?! 保護者なのっ ?! ルーの許可は取ってるんだよねっ ?!」

『必要あるか。吾がそう決めたのだ。あれの時が終わるまで、吾が守る。もう二度とあのような目にはあわせぬ』


 フンっという感じで光の玉が一瞬だけ膨らむ。


「・・・そのまん丸いだけの光でどう守るって言うんだよ。て言うか、名前も正体もわからない奴がルーを守るって、全然信用できないんだけどっ !」

『む、何故お主に名前を言わねばならん。まずは娘に伝えてからだ』

「わかった。でも、いつまでも名無しじゃ話もすすまない。勝手につけさせてもらうよ。今から君の名前はタマだっ !」


 タマ。


『タマ ? なんと簡単すっきり意味のない名だ』

「何を言うの。タマって言うのは丸い物を現すちゃんとした名前だよ。主を何度も雪崩から救った犬や、一城(駅)の主になった猫とかに付けられた由緒正しい名前なんだから。夫の足かせにならないよう、捕虜になる前に自害したサムライの奥方もタマだぞ」

『本当だな。嘘であればただではおかぬぞ』


 後でルーに聞いてみればいいじゃない。

 嘘は言っていないからね。

 それにしても、なんで正体不明の発光体と意思の疎通が出来ているんだろう。


「言っておくけど、あっち現実世界じゃ僕は親公認だからね。こっち夢の世界で君がいくら反対しても無駄だよ」

『ふん、こっち夢の世界でもっといい男を宛がうくらい簡単だ。そもそも男扱いされておらぬのに、よくもそのような自信満々な態度が取れるものだ』

「ルーがそんな不誠実な女の子だと言ってる段階で君の負けだよ」


 随分と後になってから、僕とタマのルーを挟んだ長い長い戦いの幕はこの時切って落とされたのだろうと思ったが、この時はこの口うるさい発光体をどうやって黙らせるかと言うことしか考えていなかった。



 気が付くと先ほどと同じようにベッドの横にしゃがみ込んでアルの手を握っていた。

 冷え切っていたアルの手は暖かくなっていて、顔色も良くなったようだ。


『魔力はしっかり譲渡された。体に馴染むまで何日か掛かるだろうが、それが終われば目が覚めて普通に生活できるぞ』

「本当 ? もう大丈夫なのね ?」


 よかった・・・。


『安心したならお主ももう休め。禄に食事も取っておらぬのだろう。それではいざという時に役に立たぬぞ』

「わかった。ありがとう、アルを助けてくれて。約束はちゃんと守るから」

 

 立ち上がるとちょっとクラクラする。

 ディードリッヒ兄様がナラさんたちを呼んでくれる。

 アンシアちゃんとナラさんの肩を借りて自室に帰る。

 振り返ってみたアルは朝よりもずっと楽そうな表情をしているような気がした。



「無事に魔力は渡せたんですね。量も増えて綺麗に動いています。もう心配ありませんね」


 エルフのアマドールはアルの様子を見てホッとした顔で言った。


「しかし、『まうすとぅまうす』とは素晴らしい儀式ですね。ここまで容態が回復するとは」

『言っておくが、本来は親子か夫婦の間でしかやらないからな。今回はそれしか手がなかったのだ。決して二人には言うなよ』


 それでは我はこれで帰る。


「ありがとうございました。我らでお役に立つことがあれば、何なりとお申し付けください」

『そうだな。そんな時がきたら頼むとしよう。だが娘との約束だけで十分だ』


 部屋の中に満ちていた重い魔力がフッと消えた。

 

「なんと偉大な魔力。さぞや力ある神獣殿に違いありません」


 アマドールはホウッと溜息をついた。

 そんなエルフの様子を見て、ギルマスが対番たちに声をかける。


「アマドール殿とローエンド師をお送りしておくれ。もういい時間だ」

「ギルマスはどうなさるんです ?」

「ご老公様にご挨拶してから帰るよ。きっと心配しておいでだからね」


 エイヴァンは馬車の支度をしてまいりますと部屋を出ていった。

 ディードリッヒが客人に支度が済むまで別室でお茶をと勧める。

 部屋にはギルマスだけが残った。


「いるんだろう、二人とも」

「いや、ひんがしのはあちらで若者をかまっておるよ」


 小さな竜がチョコチョコとアルのベッドにあがる。


「今日はありがとう。大切な友人を失わずに済んだ」

『礼はあの娘に言えば良い。若者を助けるという確固たる意志がなければ、あの方法は取れなかったからな』


 だから親子や夫婦など、絆の強い者同士でしか成功しない。

 血の繋がりもなく想いを確かめてもいない二人の間で魔力の譲渡など、本来であれば無理なはずだった。


「遠くない未来にはそうなるよ。まだまだルーの方がそんな気持ちにならないと思うけれど」

『そこをどうにかするのが男の腕のみせどころだろう。あちらでひんがしのが説教しておるよ。あの若者は紳士すぎるぞ』


 そこがアルのいいところなのになあ、とギルマスは苦笑する。


『それより、ひんがしのがあの娘に付くことを決めたぞ』

「それは、まちがいないかい ?」

『ああ。もしかしたら我らの悲願が叶うかもしれぬ。ここは慎重に事を進めねばならぬぞ』


 アルの傍らに座り込んで小竜は続ける。


『だがその前に、あの鬱陶しい連中を何とかせねばなるまい。元はと言えばお主の管轄だからな』

「私 ? 覚えがないのだが」

『思い出せ。妄信、崇拝、覚えがあろう。ついこの間のことだ』


 そう言われてもすぐには思い浮かばない。


「君たちのついこないだは、十年二十年単位だからなあ」

『ではその単位で思い出せ。これはお主にしかできぬことよ。そろそろ引導を渡す頃合いだ。運命の糸を切ってしまえ』


 小竜はファッとあくびをして丸くなる。

 

『行け。これは我らが見守っておく』

「ああ、君たちが傍にいてくれたら安心だ。後を任せたよ」


 ギルマスはアルの布団を整えるとその頭をよしよしと撫でる。

 出ていく彼を小竜が尻尾を振って見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る