第209話 白い世界で アルの恋は望み薄

ご町内の夏祭りのお手伝いをしていたら、めちゃくちゃ遅れました。

ごめんなさい。


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 目の前にアルがいた。


「やあ、ルー、元気 ?」

「ぜんっぜん、元気じゃないっ !」


 いつも通り穏やかな笑顔のアルに、私は文字通り飛びついた。

 突然の私の突撃に、アルは勢いよく尻もちをつく。


「いたたたっ、ルー、ちょっと離れて」

「いやっ ! アル、また寝ちゃうもんっ !」

「寝ちゃうって、僕はここにいるよ。寝てないから、大丈夫だから。ね、その、ルー、苦しいから、その、そんなに抱きつかないでってば !」


 だって、捕まえとかないとまたいなくなっちゃうもん。



『人間の体は重いのお。よくもまあこんな不自由な体で生きられるものだ』

「それを女性の前では決して言わないでください。袋叩きにあいます」


 ルーの体に入った異形の何かは、金色の猫目をパチパチさせて体を確かめる。


「それで、どうやって魔力を移すのですか。ご婦人方を退室させたのはどんなわけが ?」


 エルフのアマドールが興味津々で聞く。


『・・・簡単よ。魔力を一滴も漏らさず受け渡すだけ。だがどうも人間には、特に女性にょしょうには耐えがたいことらしい。お主らも努々ゆめゆめ娘らに漏らすでないぞ』

「ご婦人に耐えがたいというのは一体・・・」

『異国の言葉で【まうすつぅまうす】と言うらしい』

「「「ぶふぉっ !!」」」


 エルフのお方以外がふいた。


「【まうすつぅまうす】ですか。聞いたことがありませんが、さぞや神聖な儀式なのでしょうね」

「あー、二人とも、彼にもご退室いただこう」


 ギルマスに言われて若者たちがエルフを両側からガッシと掴む。


「え、いや、そんな珍しい儀式であれば、私もぜひ拝見したいと・・・」

「これは我らの国でも秘儀中の秘儀。ご遠慮いただきましょう」

「ささ、終わるまで彼女たちとこちらで待機をお願いいたします」


 近侍二人はエルフのお偉いさんをとっとと部屋から追い出して鍵をかけた。


「これって、ルーじゃなきゃいけなかったんですか。別にギルマスでも良かったのでは」

「いやだよ。妻の顔を正面から見られないようなことはしたくない。第一、それを言ったら君たちだって候補にあがってもよかったろう。操を守らなければならない相手もいないことだし」

「うっ、心をえぐられた」

「今、それをいいますか」


 お主ら馬鹿か、と金色の瞳のルーが言う。


『必要なのはこの娘の魔力よ。吾の魔力を小童に流せば、こやつは人ではなくなるぞ。いや、その前に吾の魔力に耐えられず事切れるだろう。異なる魔力は身を亡ぼす。この娘は吾と同等の魔力を持っている。小童にぎりぎりまで与えてもまだ余裕がある。お主らでは合わせてもせいぜいこの娘の半分。そして何人もの魔力を重ねるより、一人のほうが体にも馴染みやすい』

 

 そう言うと金色はアルに顔を近寄せる。


「ちょっ、ちょっと待って下さい ! おい、ディー、ハンカチを出せ。穴を開けろ !」

『グズグズと五月蠅い。さっさとやるぞ』

「いや、彼らの為にちょっとだけ待ってあげてくださいってば ‼」



 真っ白い、椅子も何もない場所で、私はアルにしがみついたまましゃがみ込んでいた。


「えーと、離れてもらっていい ?」

「やだ」

「でも、ちょっと、この体勢はそろそろきついかな。いなくならないし、寝たりもしないから、ね ?」


 そう言われて、渋々とアルの首から腕を外す。

 アルは大きく深呼吸して私の手を握った。


「ほら、これで安心だよね ?」

「うん・・・」

 

 二日ぶりに聞くアルの声。

 たった二日なのに、何日も会っていなかったような気がする。

 胸の奥から何かが沸き上がってくるようで、また涙が零れてくる。


「ね、何があったか説明してくれる ? 君の傷が治ったのはわかったけれど、気が付いたらここにいたんだ。ボーっとしていたら君が来たんだよ」

「アル、あのあと気絶して、二日たっても目が覚めなくて、でも、ずっとこっち夢の世界で寝ていて、あっち現実世界でもちゃんと起きていて、それで、私のこと知らないって・・・」


 君、誰 ?


 ダメだ。

 思い出したらまた涙が・・・。


「ルー、しっかりして。僕はここにいるよって、ここがどこだかわからないんだけど」

「あのね、アルが魔力枯渇になって、私の魔力をアルにあげるって、知らない人の声が言って、それでここに来たの」

「・・・全然わからないよ」


 アルに呆れられてる。

 でも、心がザワザワして上手に説明できない。

 そもそもなんであの声の人を信じたんだろう。

 でも、疑う気にはならなかった。

 信用できるって感じた。


「えーと、つまり、僕の魔力が無くなりすぎたから、君のを僕に分けてくれるってことになったんだよね。それで、その作業をしているあいだ君はここに来ているってことであってる ?」


 私は黙って頷いた。

 

「それで、本来なら眠ったり意識を無くしたりしたらこちら夢の世界では消えるはずなのに、なぜか消えずに眠っている。で、あちら現実世界では普通にしているけど、こちら夢の世界のことは忘れててルーにひどいことを言ったんだね」

「ひどいって、仕方がないわよ、私、知らない人だもん」


 そうだよね。

 登録してるのに知らない人からいきなり馴れ馴れしいラインが来たらおかしいって思うよね。

 わかっているけど、やっぱりきつかった。


「ごめんよ、ルー。悲しい思いをさせちゃったね。それと、ありがとう来てくれて。ずっとここで一人ぼっちかと心配だったんだ。あ、御前の具合はどう ? 傷はちゃんと治ったかな。かなり深く刺されてたんだけど」

「無事よ。でも力が出ないんですって。大量出血のせいじゃないかって言われたから、市販の貧血用サプリメントを『お取り寄せ』しておいたわ」


 輸血が出来たらいいんだけどってアルは言うけれど、さすがにこちらこちら夢の世界の医療技術では無理な話。

 食事でなんとかするしかないだろう。

 お父様はまだ三十代だし、体力さえ戻れば前のように動けるはずだ。

 あちら現実世界で造血効果のあるレシピを探してこよう。


「ルー、いつもの顔に戻ったね」

「アル ?」


 アルが初めてあったときから変わらない笑顔で言う。


「あんなルーは初めて見たよ。いつも堂々としてるのに思いつめた顔してた。ごめん、僕が心配かけたからだね」

「・・・」


 私が知ってる男の子は、何時だって馬鹿にして悪口を言って、一日学校を休むと死ねばいいのにとか、せっかく平和だったのにとか言う子たちばかりだった。

 言わない子は近くに寄ってこなかった。

 男の子なんて、みんなそう。でも・・・。


「アルは、なんでいつもやさしいの ?」

「ルー ?」

「男の子なんて、酷いことしか言わないのに、アルは最初から優しかったわ。なんで ?」


 えっと、とアルは困ったなと苦笑いする。


「僕は年の離れた姉さんがいるだろ。鍛えられてるんだよね、女の子との接し方」


 幼稚園の頃から女の子には言っちゃいけない言葉とか、どんなに腹が立っても手だけはあげるなとか、七海ななみさんに口うるさく教えられてきたそうだ。


「それに喧嘩とかそういうのは元から嫌いだし、優しいっていうより自分では優柔不断なほうだと思っているよ」

「そんなことないと思うけど」


 続きを聞いて、とアルが止める。


「あのね、思うにさ、土屋とかみんな一人っ子だったり長男だったりするんだよ」

「う、ん」

「僕みたいに世話好きの姉や守らないといけない妹とかがいないから、自分で覚えていかなきゃいけないんだ。どうしたら女の子が傷つかないかとか、どう気を使ったらいいかとか。失敗しながら時間をかけて覚えるんだよ。あいつたちも今では普通の高校生してるしね」


 そうなのかな。


「ルーは一番面倒な時期にあいつたちに会っちゃったんだ。辛かったろうけど、ルーが許すって決めたんなら僕は何も言わないよ」


 そっか。

 確かに四年ぶりにあった土屋君たちは、ドキュメンタリー番組なんかに出てくる高校生みたいだった。

 きっと中学の三年間で色々あったんだろう。

 アルは七海ななみさんがいなかったら自分だってどうしてたかわからないっていうけど、それは多分違う。

 アルは、最初から優しいんだ。


「だからアルは、私たち女の子みんなに親切なんだね」

「は ?」


 アルが変な顔をしているけど、私は納得出来て嬉しい。


「アンシアちゃんにも初めから優しく接してたし。そうやって気をつかえるから、きっと七海ななみさんに教わらなくても、今のアルになったと思うわ」



 目が覚めたら僕は一人で白い世界にいた。

 ボーっとしていたらルーが現れた。

 そしていきなり抱きしめられた。

 これは、愛の告白だろうか。

 いや、違う。

 どう見ても捕獲、捕縛の類だ。

 好意的に捉えても、失くしたぬいぐるみが戻ってきて嬉しい、だ。


 嬉しい?

 嬉しいよ。好きな子に抱きついてもらっているんだから。

 たとえそれがテディベア扱いだとしてもね。

 やっぱり女の子だなあ。

 やわらかくて小さい。

 今ここにいる僕たちは心だけの存在の筈だけど、なぜかルーの髪からフローラルな香りまでする。

 これは役得だ。

 思わず抱きしめようとルーの背中に手を回しかけて、それは違うと両手を地面に戻した。


『ヘタレ』


 なんか聞こえた気がする。

 久々に見たルーの泣き顔。

 おしゃべりしている間に不安そうな表情が消えて、段々と元の明るいルーに戻っていく。

 だけど、なぜか僕がやさしいって話になって、ルーが止めを刺してくれた。


「だからアルは、私たち女の子みんなに親切なんだね」


 違う !

 違うよ、ルー !

 僕が親切にしたいのも、優しくしたいのも、大事にしたいのも、ルー、君だけなんだよ。

 どうしてアンシアにもやさしいとか、侍女さんたちにも親切だとか、そんな話になっちゃうんだよ。

 普通に接しているだけで、特になんとも思ってないし。

 

「あ、暖かい」


 突然体が段々温まっていくみたいな感じがした。


「私はなにか、吸い取られていくみたい。なんだか指の先が冷たいわ」


 これは、ルーの魔力が僕に流れて来てるってことかな。

 前にエルフのアマドール様がルーの魔力は暖かくて優しいって言ってたけど、少しずつ流れ込んでくる力は本当に気持ちが良い。

 そしてタンポポの綿毛が飛び回っているみたいに、どこかいたずらっ子みたいな楽しさがある。

 すごい。

 魔力ってこんな風に感じられるんだ。

 目を閉じて全身でルーの魔力を受け止める。

 体の隅々まで力が満ちてきて、それが止まって目を開けたらルーがいなかった。


「ルー ? どこに行ったの ?」

『娘なら自分の体に戻っていったぞ』

「誰 ?!」

『ここだ、ヘタレ男』


 目の前になんか白っぽい発光体が浮かんでいた。

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