第207話 近侍達の捏造、偽造、情報操作

 ある海外の人が言った。


「日本人は普通の物を作ろうとすればするほど、世界標準の斜め向こうの物を作り出す」


 ベナンダンティたちは概して勤勉で努力家で、サボろうとか手を抜こうとか考えない。

 しかし今まではこちら夢の世界の常識に合わせて働いていた。

 それがとある少女の出現で、ついにそのリミッターが外れる時が来てしまう。


 近侍達の朝は早い。

 こちら夢の世界の夜明け前に起きて、身支度と自主訓練を済ませる。

 前日にはその日のスケジュールは把握しているので、始業前に必要な準備を整える。

 朝礼が終了次第、すぐに仕事にかかれる状態に持っていく。

 今までそのような働き方をしている者はいなかった。

 ギリギリまで寝て、朝礼が終わってからやっとその日の準備を始める。

 それで問題なく業務は回っていた。

 だが新しくきた令嬢の近侍達は、週間どころか一か月単位での大まかなスケジュールを基に行動している。

 今まで自分たちと同じように働いていた専属侍女も同じようにし始めた。

 他の者たちは頭の切り替えが上手くいかずにいる。


「別に難しいことはしていません。祖国現実世界と同じように働いているだけですよ」


 そう言う彼らの仕事は早く丁寧で確実だ。

 新人でありながら侍従としてベテランの域。

 令嬢の近侍としての仕事はもちろん、王城でのお手伝い公務もこなす。

 王都の侯爵邸に着任してまだ半年も経たないというのに、彼らは帝国の重鎮となっていた。



「それで、宰相親子の容態はいかがか」


 朝議の場。

 宰相席にはエイヴァンが、普段空な宗秩省そうちつしょう総裁席にはディードリッヒが座っている。


「侍従の治癒魔法で完治しております。ただ、流れた血はすぐには戻りません。ただいまは造血効果のある食物を取って体調を整えているところでございます」

「左様か。命に別状ないことは重畳である。ではあるが、意識不明の近侍が気にかかる」

「本日の午後、エルフ族のお方に見ていただくことになっております。魔力枯渇の疑いがございますので」


 魔力枯渇。

 場合によっては命にかかわると伝えられている。

 だが、ここ数十年報告はない。

 主たちを救おうと力の限りを尽くしたのだろう。


「まだ若い身で己の命と引き換えに主を救うとは。見上げた働きである。余に出来ることであれば、出来る限りの手助けをしよう」

「畏れ多いことでございます。目が冷めましたら、あれもどれほどありがたく思い上げることでございましょうか」


 さて、と宰相席の近侍が話題を変える。

 宗秩省そうちつしょう総裁代理が席を立つ。


「今回の騒ぎ、関わった全員がゴール男爵経営の孤児院出身者でございました」


 ガラガラと赤毛の近侍が引きずってきたのは黒板だ。

 もちろんこちら夢の世界には移動できる黒板は存在しない。

 ルーのお取り寄せだ。

 エイヴァンは黒板に『孤児院』と書き、その横に『ゴール男爵』と書く。


「しかしこの件に男爵家は一切係わっていないのは調査済み」


 孤児院と男爵の間の線に✕印が書かれる。


「逮捕された者たちが一様に口にすることは、『おばば様の為に』。おばば様とは男爵の母親、前男爵未亡人でございます」

「彼らは未亡人を神格化し、盲目的に崇拝しております」

 

 ディードリッヒが『男爵』の下に『おばば様』と書き、反対側に『ダルヴィマール侯爵家』と書き込む。


「そしてダルヴィマール侯爵家の没落こそが、おばば様の幸せであると信じているのでございます」


 しかし、その根拠を聞いても答えが返ってこない。

 ただ先輩たちからそう聞かされてきたという。


「私たちの生まれ育った国ではこう言われます。『疑わしきは罰せず』。犯人であるという証拠がなければ罪に問えません」

「ですが、確実な証拠を求めるのに時間をかけすぎた結果、今回のような暴挙が行われたのです。もう看過することは出来ません。こじつけでもなんでもいい。適当な理由をつけて関係者全員を一度拘束し、徹底した事情聴取を行います。各騎士団の皆様にはご協力をお願いいたします」


 近衛を含む各騎士団団長が頷く。


「では、直接の罪状が侯爵襲撃なのはもちろんでございますが、それを行うまでの経緯が必要です。世間は必ず『何故そのようなことをしたのか』と問うてまいります」

「そこでいくつかの情報を組み合わせた結果このように関係づけました」


 ディードリッヒは少し離れたところに『カウント王』と書き、さらに『前国王』と書き込む。


「数十年前のことで覚えている方も少ないと思いますが、現カウント王が前王の御落胤だったことは当時有名でした」

「待て」


 皇帝陛下が口を挟む。


「他国の王族は関係あるまい」

「ございます」


 きっぱりと言い切ったエイヴァンは、『おばば様』と『前王』を線でつなげる。


「おばば様はカウント王国の元王族であると男爵邸の召使が証言しております」

「そこで我らはこう関連付けました。おばば様こそ元第一王位継承者であったと」


 別に事実でなくても構わないのですよ、と青年らは笑顔で言う。


「そしておばば様がこちらに嫁がれたのは御落胤発見の後。つまり正当な王位継承者が見つかったことで、おばば様は目の上のたんこぶ」

「カウント王国の法律では、他国に嫁いだ王族は継承権を剥奪されることになっております。ご本人の意思は無視されての婚姻であったとのことですので、体よく厄介払いされたということになります」


 よろしいでしょうかとエイヴァンは続ける。


「さて、『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』で我らが見つけた資料にはこう書かれておりました。『ヴァルル帝国の元冒険者が、カウント王国の御落胤を発見した』と」

「そこでこの元冒険者をヒルデブランド出身といたします」


 新たに『元冒険者』を書き込んで、横にヒルデブランド出身と付け加える。


「次期女王となるところを突然現れた御落胤にその座を奪われた。そして無理矢理他国に嫁がされた」

「その子供が現れなければ、冒険者が御落胤を連れてこなければと考えるのは必至でございましょう」


 完全無欠な逆恨み。

 

生国しょうごくには坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという諺がございまして、長い時間をかけて冒険者、ヒルデブランド、ダルヴィマール領と恨む先が変わった。そう考えれば最終的に侯爵家を標的にしたということで世間は納得してくれるかと思われます」

「なんという無茶苦茶な持っていき方だ」


 これくらいの話を人は好むものでございます。

 何か問題でも ?

 居並ぶ官僚たちはない無いないと首を横に振る。


「ところで、これらは全て孤児院出身者がやったことで、ゴール男爵家は関わっていないとしなければいけません。実際無関係でございますから」

「そこで我らはこの集団に名前をつけました。秘密結社『夜の女王のアリア』。名前は何でもよろしいのですが、このアリアという歌の中に『復讐の炎は地獄の業火の如く我が心に燃えあがる』という歌詞がございますので、狂信的な一味には相応ふさわしいかと」

「随分と芸術的な名前だな」


 恐れ入りますと、近侍らが頭を下げる。


「全てはこの秘密結社が企んだこと。国土省の横領も彼らが営んでいた瓦版工房の資金に使われていたとわかっておりますので、まとめて処理をいたしましょう」

「後は過去にもダルヴィマール侯爵家への攻撃があったと言う事実があればなお結構というところでございましょうか」


 うーんと陛下が何かを思い出そうとしておられる。


「うん、あった」

「あったのですか」

 

 古い記録を思い出そうとするかのように陛下が頭をひねる。


「過去になぜかダルヴィマール侯爵家の結婚で不利な話が出たことがあったと聞いている。だが、根拠のない話ということで放置になったと」

「それも使わせていただきましょう。具体的にどのような理由でございましたか」


 皇帝陛下は何かを思いだそうとするが、諦めたかのように両手をあげた。


「すまぬ。思い出せぬ。適当に考えてくれ」


 皇帝陛下、結構いいかげんかもしれないと一同思った。


「カウント王国はそもそもそのような姫がいたことも認めないでしょう。我々の作り話なのですから当然です。冒険者は引退済みで王都、ヒルデブランド、どちらにも記録が残っておりません。年齢を考えるにすでに神の御許に招かれているでしょう。齟齬が出ることはほぼございません」

「こういうことは当事者より周りの者のほうが深く恨みに思うものです。全ては祖父母からの言い伝えを真に受けた狂信者バカどもの起こしたこと。ゴール男爵家のあずかり知らぬところで行われたことです。まあ、少々の責任は感じていただいて、十日ほどの蟄居でよろしいかと」


 エリアデル公爵夫人誘拐の疑いもございますしね。

 青年らの爽やかな笑顔がかえって恐ろしい。


「それでは、彼らがアジトに定期的に集まる日を決行日とさせていただきます。目的は侯爵襲撃の主犯の逮捕とエリアデル公爵夫人の救出」

「当日は王都警護の騎士団とダルヴィマール騎士団が任務に当たります。詳しい計画は後ほど通知いたします。こちらの取りまとめ役は近衛副団長バルドリック殿にお願いいたします」

「うむ。では皆の者、それぞれ心して当たるように」


 近侍達の一方的な報告で朝議は終わった。



「大体の台本は理解したが、実際問題としてカジマヤーの様子はどうなんだ ?」


 皇帝執務室。

 呼び出されたエイヴァンとディードリッヒは副官などのめんどくさい連中を人払いした部屋でなんと言っていいのか迷っている。


「ベナンダンティについては代々の皇帝とダルヴィマール家の当主、ヒルデブランドの有力者で情報を共有している。だが、今回は様子がおかしい。伝え聞いている話と違うようだ」

「我らも戸惑っております。何が起こったのかさっぱりわかりません。ですが、現実問題として、もう二日カジマヤーの意識が戻りません」


 襲撃の翌日からルーはアルに付き添っている。

 自身も体力が戻らないままベッドの横で動こうとしない。


「兄様・・・アルが、私のことわからないみたいなんです」


 無理矢理部屋に戻したとき、ルーが涙ながらに訴えた。

 あちら現実世界でラインで連絡を取ったという。その時に返ってきたのが


『君、誰 ?』


 の一文だった。


「アルが、私の事、忘れちゃった」


 こちら夢の世界では意識不明。

 あちら現実世界では普通に生活はしているが、こちら夢の世界のことは忘れてしまっているようだ。

 

「ベナンダンティを止めるにはあかしのピアスを壊せばいいと伝わっています。するとこちらでの記憶を一切失ってしまうと。しかしカジマヤーの耳にはピアスがついているのです」


 ルーがひと月も意識不明だった頃のことを思い出す。

 あれも異常だったが、今回の状況はまったく違う。


「午後にはヒルデブランドのギルドマスター、ローエンド師も同席することになっております。何か少しでも分かればよいのですが」

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