第203話 裏切りは貴方への愛情

あの、ここにあったお屋敷はどうしたんですか

ああ、取り壊されたよ

住んでいた方は

処刑された 随分前だよ

あんた知らなかったのかい

処刑とは ご家族全員ですか

そうだよ 召使も含めて 全員だ

大変な騒ぎだったんだよ

いやな話だ もう話題にする人もいないよ

あんたも 忘れちまいな



 遠くから金属音がする。

 剣と剣がぶつかりあう音だ。

 敵と味方が入り乱れて、脳内地図では馬車の周りがところどころ紫になっている。

 が、ほぼ真っ赤だ。

 敵の数が圧倒的に多い。

 多勢に無勢どころじゃない。

 お父様の馬車が群衆に囲まれている。


 私が移動する時は馭者席にディードリッヒ兄様とアル、後ろの従者席にエイヴァン兄様、馬車の中にメイドのアンシアちゃんと少人数だ。

 一人一人が一騎当千なので、これだけで済んでしまう。

 逆に変に護衛が着くと邪魔になる。

 だが、普通の高位貴族のご令嬢だと数名の護衛がつく。

 お父様の移動だと前後左右、従者席と会わせて九人の騎士様が守っている。

 大移動になるので、王宮の敷地の隣にある屋敷だと街の皆さんにご迷惑にならなくていい。

 だが、今はそれが仇になったようだ。

 左右の人気のない木々の間で待ち伏せされたのだろう。


「アンシアちゃん、王宮とかに連絡出来る魔法、ある ?!」

「火の花よ、空に咲け !」


 爆発音と共に空に真紅の花が咲いた。

 多分、これで気づいてもらえる。

 つかアンシアちゃんの詠唱魔法、初めて見たよ。

 かっこいい!

 私は兄様たちの後ろから奴らを狙う。

 レーザービームだ。

 ヒルデブランドでの実験では、人の体を通過してしまい武器にはならなかった。

 でも、今は違う。

 決めなければお父様と騎士様の命が危ない。

 命を奪うのが目的ではないので、彼らの足元を狙う。

 足止めできればまだ勝機はある。


「ルー、よくやったっ !」


 ディードリッヒ兄様の声で人間にも有効だったとわかった。

 

「引けっ ! 『黒衣の悪魔ブラック・デビルズ』だっ !」


 リーダーと思しき声で群衆がワラワラと離れていく。

 逃がさない。

 指先全部に魔力を込めて、おじいちゃま先生にそうしたように細く長い魔力を練って網状にした。

 それを逃走する集団の上に一気に投げる。

 投網だ。


「ガハッ!」 


 二十人近くが地面に叩きつけられて動きを止める。

 その間に兄様たちが馬車周辺の暴徒を制圧する。

 アンシアちゃんがそれに続く。

 私は逃げようとする暴徒をひと固まりずつ浮遊魔法で拘束していく。

 一人一人相手にするより効率がいい。

 段々と空が人で埋まっていく。

 その頃になって、やっとお父様の馬車が見えてきた。


「ルー、ルチアお嬢様、御前のご無事を確認してください」

「ええ。アンシアちゃんは負傷した騎士様の手当てをお願い」


 馬車の周りの暴徒は兄様たちに任せて、私は馬車の戸を叩く。


「お父様、ご無事ですか ?!」

「ああ、何事もないよ」


 馬車の窓が開いてお父様が顔を出す。


「すぐに籠ったからね。火でもつけられたら危なかったかもしれないけれど。それより、馭者のヤコボはどうしたろう。中に入れてやれなくて」


 すると馬車の下から馬丁部のおじさんが這い出てきた。

 もう三十年近く屋敷に仕えている古参の召使だ。


「大丈夫ですか。ケガなどしていませんか」

「お嬢様、すぐに隠れたので大丈夫でございます。申し訳ございません。何のお役にもたてなくて」

「何を言っているのです。あなたが無事でよかったわ」


 王城方面から、屋敷方面から、救援が近づいてくる音がする。


「第四騎士団である ! 神妙にばくにつくように !」


 今月の王都警備担当の騎士団がやってくる。

 アンシアちゃんがイヤそうな顔をする。

 あー、前の方に武闘會でイエローカードもらった騎士様がいるよ。

 あちらも微妙な顔してるな。



「それではこやつ等は責任を持って牢に入れて尋問いたします」

「お願いいたします、騎士様。こちらでも襲撃時の模様を後ほど報告させていただきます」


 捕縛した暴徒は年齢も性別もバラバラ。

 だが中には貴族宅で働いているものと思しきお仕着せを着ている者もいる。

 またどう見ても聖職者だろうという者も。

 さすがに貴族本人はいなかったが。


「それにしてもお早いお着きでしたわね」


 アンシアちゃんの魔法、あれは一番簡単なもので狼煙のようなものなんだって。

 でもあれを見てきたわけではなく、実は馬丁部からの連絡だった。


「まだ連絡もないのに宰相家の馬車が出ていってしまった。なのにルチア姫の馬が残っている。おかしいと。本来でしたら王城警護の第二騎士団が出るのですが、王城から出た後は我らの仕事。ちょうど城門付近で交代の為待機しておりました」


 どうせこのまま王都内の見回りに行く。

 それならばまずダルヴィマール侯爵家に立ち寄って安否を確認しよう。

 そう思ってこちらに向かっていたら炎の花が上がったのを見たと言う。


「いや、あれだけ大きくはっきりとした花は初めて見ました。さすが、ルチア姫です」

「残念ながらわたくしには詠唱魔法は使えませんわ。あれはこちらのアンシアのものです」

「ほう」


 アンシアちゃんが軽く頭を下げて私の後ろに控える。

 武闘會での剣技が印象付けられていたけれど、実は昨年度の王立魔法学園の主席卒業者だったのを思い出したようだ。

 就職浪人の件は『ルチア姫の物語』に涙無くしては読めない悲しいお語として書かれている。

 第二の人生を始めようと旅立った先でルチア姫一行に出会い、姫の優しさと仲間との旅の楽しさに徐々に悲しみや苦しみが癒され、魔法を捨て立派なメイドになるべく新たな日々始める。

 今は剣術に目覚め、王都で恋に落ちる第二部が始まっている。

 もちろんところどころに現在のシジル地区の状況も書き込んである。

 若い世代への啓蒙って大事だと思う。

 でもあまりに悲劇的に書きすぎたおかげで、同期の子たちがかなり辛い立場にある。

 アンシアちゃんはその件について問われれば「大袈裟に書きすぎなんですよ」と答えているのだが、きっと気を使っているのだろうと思われて逆効果らしい。

 なにしろ差別することなく教育と就職先探しに奔走した学校と、団長自ら頭を下げた魔法師団と違い、彼らは差別した事実しか書かれていなかったから。

 学園の先輩後輩からの証言もあるし。


「さっさと歩け。ノロノロするな」


 後ろ手に縛られた暴徒が、数珠つなぎで騎士様に連れて行かれる。


「彼らの名簿が出来ましたら、写しを宰相府へいただきとうございます。こちらの資料と突き合わせたいと思いますので」

「承知した」


 もちろんその結果は提出させていただきます。

 エイヴァン兄様の申し出に第四騎士団の分隊長は頷く。


「しかし結局、捕縛出来たのは半分ほどですか。主力と思しき一団は逃してしまいました。えすえすも口惜しい。我らの力不足です」

「何を仰る。たった四人でこれだけの人数を拘束出来たのです。さすがルチア姫の近侍だけあります」

「人死にがなかったことがようございました」


 私は兄様との会話に割って入った。


「怪我人はいても命だけは助かりました。彼らも罪を償えば次の人生を送ることが出来る。今回はそれだけで良しといたしましょう」


 もちろんそれは知ってることを全て話してもらう事と、しっかり刑に服してもらうことが前提だけど。

 暴徒の護送がほぼ終わったところで私たちも撤収を始める。


「御前、姫の馬車にお移りいただけますか。御前の大きな馬車に怪我人を乗せとうございます」

「わかった。ルチア、お邪魔するよ」


 お父様と副官さんが小ぶりの私たちの馬車に乗る。

 ディードリッヒ兄様がいつも通り馭者席に上がろうとしたら、馬丁のヤコボおじさんが慌ててやってきた。


「御前の馬車を馭すのは私の仕事でございます。皆様はどうぞ従者席へ」

「ああ、頼むよ、ヤコボ」


 兄様たちが騎士団に指示を出す。

 私とアンシアちゃんも馬車に乗り込む。

 バスケットに入っていた桑楡そうゆとしーちゃんは勝手に外に出て遊んでいた。


「しかし、驚いたね。まさかあれだけの人数で襲ってくるとは」

「ほとんどが一般の人たちでした。お父様を恨む人があんなにも多かったとは」

「お嬢様、それは間違いでございますよ」


 副官さんが首を振って遮る。


「閣下を妬む貴族はいても、平民から恨まれるようなことはございません。ルチア姫のお陰でダルヴィマール侯爵家の人気はうなぎ登りです。逆に何故あれだけの暴徒が集まったのか、それが不思議です」

「やはりゴール未亡人関係・・・」


 現男爵が所有している孤児院は四つ。

 各院の定員は約五十名程度。

 成人して独立した者はかなりの人数がいる。

 各孤児院に残された記録を陛下の御庭番がこっそり盗み出して、現在出身者のその後を追ってはいる。

 今回の襲撃参加者がその中にいるかは、これからの調査でわかると思う。

 あちら現実世界と違って時間も手間もかかる。

 でも、ゆっくりではあるけれど、確実に答えに近づいているはずだ。

  

「到着したようですね」


 窓の外を見ると見慣れた車寄せが見える。

 よかった。帰ってきた。

 副官さんとアンシアちゃんが先に降りる。

 そしてお父様が私に手を貸してくださる。


「御前・・・」


 ヤコボおじさんが馭者席から降りてお父様に頭を下げる。


「ヤコボ、君も今日は色々あって疲れたろう。後は若い者に任せて休みなさい」

『娘、気をつけろ !』

「え ?」


 目の前に赤いマークが一つ。

 と、お父様が崩れ落ちた。


「お父様 ?!」


 支えようと手を差し出す。

 右の首筋に熱い痛みが走る。

 地面が赤く染まっていく。

 顔を上げると、ヤコボおじさんが短剣を握って立っていた。

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