第202話 答えのない世界
「ステータス、オープンッと !」
何も起こらない。
だよねえ。
「だから、ゲームではないと言っておろうに」
「・・・言ってみたかっただけです、おじいちゃま先生」
おじいちゃま先生、ローエンド師がお見舞いに来てくれている。
あの後、お坊様に付き添われて集合場所に戻ってきた私は、立っているのも難しいくらいにフラフラになっていて、結局養護の先生に付き添われて宿に行き、そのまま朝まで目を覚まさなかった。
当然そのあいだは
朝になって
「バカタレが。魔力枯渇の一歩手前じゃったぞ。無茶をしおって」
「枯渇って、そんなのあるんですか。兄様たちからはないって聞きましたけど」
「ここ数十年はやらかした奴はおらんからの。若い連中は知らんだけじゃ」
引継ぎのマニュアルを作ったほうが良いかもしれん、とおじいちゃま先生はブツブツ言う。
「
「なわけなかろう。せいぜいで霊気、世間で言うオーラをほんのり感じられるくらいじゃ。あんな景色を見ておるとは儂も思わなんだぞ」
睡蓮の池が見えたのは、寺だったからではないか。
イメージとしてそうとらえたのだろう。
それが兄弟子の皆さんの出した答えだと言う。
自分たちは最初から光だと教えられていたけれど、何も教えられていない人は見え方が違うかもしれない。
これからは伝え方を考えるそうだ。
「
「昔はあったんですか」
「口伝として伝わっておる。戦前までは色々とあったようじゃが、戦後はトンと聞かぬ。そういう物を信じなくなったからの」
戦後の高度成長はアメリカの合理主義に支えられ、幽玄のもの、百鬼夜行を否定した。
そうなると見えなくなるものも多く、たとえ見えたとしても気のせいで済まされてしまう。
そんなものがあるはずがない。
そんな時代の中で成長した人は、頭のどこかにそういう考えが染みついていて、たとえあると信じていても見たくても見ることは出来ない。
「ベナンダンティでも
「私も
兄弟子の皆さんには、あの時金色に沸き上がる渦が見えたそうだ。
そこから細い糸が静かにおじいちゃま先生に向かって伸びていった。
光が段々小さくなったところでストップがかかったと言うけれど、私は全然気がつかなかった。
「まず覚えておくのじゃ。答えを探すな」
「探しちゃだめなんですか ?」
「人はどうしても1+1=2と答えを出したがる。魔法はそんなはっきりした形で存在しているわけではないのは知っておろう」
確かにそうなんだけど、でも、何でって思ったら、それには答えが欲しくなる。
でもおじいちゃま先生は問えば答えが返ってくると思うのが間違いだと言う。
「具体的にいうとじゃな、結婚じゃ」
「結婚 ?」
「結婚して他人が家族になる。1+1=2じゃ。じゃが実際には協力し高め合うことで、三倍にも四倍にも力が出せるようになる。そこに足し算などの公式は存在しないのじゃ」
人の心も魔法も同じ。
同じようにしても決して同じ結果にはならない。
こうでなければおかしい。
こうあるべきだ。
そんな決まりきったことがあるはずもない。
それが人間。
それが人の世。
理不尽でも、受け入れられなくても、そこにあるという事実だけは変わらない。
「真実は人の数だけいくらでもある。じゃが事実は一つしかないんじゃよ」
だからそんなことがあったと覚えておくくらいでいいとおじいちゃま先生は言う。
私にはよくわからない。
そう言ったら、おじいちゃま先生はだからこそ、学ばずにはいられないのだと言った。
そして学べば学ぶほどに、人の世が愛おしくてたまらないと。
私がそれを理解するにはまだまだ人生経験が足らないようだ。
「ところで、お嬢たちを襲った魔力についてじゃが」
◎
倒れてから六日。
ようやく普通に生活できるようになった私たちは、またまた陛下のひきこもり部屋に来ていた。
アルはまだ体がダルいらしく、今日は屋敷でお留守番だ。
ナラさんと滞ってしまったデイリーな作業をしている。
「いや、びっくりしたよ。ルチア姫の一味が倒れたって連絡が来たときは」
「お騒がせしました。ご心配いただきありがとうございます」
全員でへへーっと頭を下げる。
「それで、実際何があったんだ。結局ゴール未亡人が黒幕だったのかい」
「多分、それは違うと思います」
おじいちゃま先生と色々話し合った結果、どうも彼女は無関係だろうという話になった。
「未亡人からはまるで敵意を感じませんでした。ですから、彼女が中心になって何かをしていたとは思えません。問題は異様に彼女を慕う孤児院出身者ではないかと思われます」
「ああ、君の拷問で落ちた・・・」
「平和的なお話合いです」
「はいはい、あれで話してくれた容疑者たちだね」
彼らの狂信的なまでのおばば様崇拝。
私たちがゴール未亡人に会ったときの、変な魔力。
私はあれでもう少しで似たような状況になりかかった。
兄様たちも同じだったと言う。
「少し気を抜くと心が持って行かれるようでした。何の根拠もなく、この方の力になりたい、望みは全て叶えて差し上げたい。そんな、恐ろしい感覚でした。後少し脱出が遅かったら、どうなったことか」
あの時頭の中に響いた声については黙っておいた。
実際、私にだけしか聞こえなかったようだし。
「儂くらいの地位におるとな、やはりおもねる者も出てくる」
おじいちゃま先生はそう言った。
「ただ、そういう者はまだいい。目的がはっきりしておる。怖いのは、ただ純粋にこちらに喜んでもらいたいと思っている者じゃ。こちらの意を曲解して動く。たとえば儂が鮭が好きだとする。北海道まで言って最高級の物を買い求めてくる。一人分でなく、弟子の分までじゃ。そして儂に褒めてもらおうとするかと思えば、そんなものは望んでいない。ただ、儂の為に動くことを喜びとする。そこに儂の意思などない」
気味が悪い、とおじいちゃま先生は言う。
「その連中も同じじゃろう。大好きなおばば様の為にダルヴィマール侯爵家を潰す。それだけを目的にしている。そしてそれを当のご本人は知らない。すべてが終わってから報告するつもりじゃ」
おばば様がダルヴィマール侯爵家を潰したいと思っているかどうかはどうでもいい。ただ、そうすることでおばば様が喜ぶに決まっているから潰すのだ。
「なんなんだ、それは。一体どういう理屈なんだ。それに、どうしてそこまでゴール未亡人に尽くそうとするんだ」
「それが、あの変な魔力なのではないかということです。ローエンド師は未亡人が魔力を扱いかねているのではないかと言っています。いえ、ご自分に魔力があることすら気づいていないのかもと」
◎
王城を出ようとしたときトラブルがあった。
我が家のとは違う馬を馬車に繋いでしまったのだ。
もう準備の出来ているお父様には先に帰っていただく。
幸い我が家の馬が残っていることに気が付いた馬丁が、急いで連れて来てくれて半時間ほどの遅れで出発できた。
「すぐに気づいてもらえてよかったですね、お姉さま」
「ええ、急げは同じくらいに屋敷に着けるのではないかしら」
王城の門の前は広場になっている。
その門の左右は街路樹が幅広に植えられている。
王城から貴族街が直接見えないようにだ。
その道を馬車は屋敷に向かって進む。
あと少しで屋敷の門に着くかと言う頃。
「あ・・・」
何かが引っかかる。
窓から顔を出して兄様たちに叫ぶ。
「前方に赤マーク多数 ! 青マーク減りつつあります !」
馬車のスピードが速くなる。
アンシアちゃんにトレーンを外してもらう。
現場がどんどん近づいてくる。
と、馬車が止まった。
アンシアちゃんと目を合わせて、行くぞと合図する。
ドアを開けて飛び出す。
兄様たちは既に少し離れた現場へと走っていく。
私たちも隠しから武器を取り出しその後を追った。
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