第201話 一方その頃現世では ~ 味の変更と普通じゃない出会い
寝込んでしまった。
ベッドから動けない。
兄様たちも今は三階の自分たちの部屋で休んでいる。
ナラさんは大忙しだ。
「ミャア」
スリスリされると、なんだか元気が出てくるようだ。
そうやって私たちが動けないでいる間、お庭番と騎士団がガンガン動いてくれた。
まず例の瓦版工房の強制立ち入り捜査。
武闘會の時の記事に対する苦情、表現に一部不敬罪が適用されるということで、一週間の活動停止と工房への立ち入り禁止。
その間に屋内の書類、記事、メモなどを押収し、情報元がどこかを確かめる。
侯爵家に仕える者の筆跡はリスト化してあるので、ヒマな祐筆課の職員を集めて鑑定してもらっている。
グッタリしながらも兄様たちがベッドの上から指示を出している。
◎
「聖水、飲み飽きたんですけれど」
「わがまま言わないで飲みなさい」
「もうお腹がガブガブなんです。ビール腹ってこんな感じですか」
「全然意味が違うから」
ナラさんが栄養ドリンクくらいの瓶に入った聖水を渡してくる。
私はそれを冷却魔法で飲みやすくしてからいただく。
それからみんなに配る分も冷やす。
六時間保冷するからおいしく飲めるはず。
この間気が付いたけど、これってお風呂の自動湯張りシステムが元ネタだったみたい。
あちらでお風呂の支度していて気が付いた。
「でもナラさんが元気で助かりました。まさか全員こんなに動けなくなるなんて思わなかったし」
「まあ、私は
今ダルヴィマール侯爵邸にいるベナンダンティは私たちの他にはナラさんと騎士団のヴィノさんだけだ。
ヴィノさんは騎士団隊舎にいることが多いので、私たちの世話が出来るのは実質ナラさんだけだ。
『おーい、ルー。聞こえるか』
ポロンと音がしてエイヴァン兄様の声が流れる。
『すまん、聖水の追加を頼む。そろそろみんな必要な時間だ』
『はい、ナラさんに持って行ってもらいますね。兄様、お具合はいかがですか』
『ああ、大分いい。味は水でも腐っても聖水だな。段々と体調も戻って来ている』
『ご無理はなさらないでくださいね。今冷えたのをご用意しますから』
『ああ、頼む』
スマホ魔法、まだエイヴァン兄様としか繫がらない。
けれど今、今こそ役に立つ魔法だ。
ナラさんに頼んで冷たく冷えた聖水を用意する。
無味無臭の聖水ははっきり言ってあきる。
せめてレモン味とかあったらいいな。
後、炭酸なんかもいいな。
◎
移動教室があった。
二泊三日で神社仏閣巡りをする。
カトリック系の学校なのになんでって思ったけれど、遥か過去の歴史としての異教徒迫害の事実から、他の宗教への理解と敬意を育む為らしい。
私のようにカトリック信者ではない生徒もいるので、やはり日本人としてのルーツ、宗教観は大事にしたいようだ。
「佐藤さん、私たち御朱印をいただきにいくけれど、あなた、どうするの ?」
「御朱印帳は持ってきているけれど、今日はお参りの方が多いみたい。また今度にするわ。皆さんはどうぞ、行ってらして」
我が校にも御朱印ガールが多数いる。
スタンプラリー扱いしているって非難する人もいるし、実際そういう人もいるんだろう。
でも彼女たちは純粋に御朱印の美しさに惚れてしまって、それならそこの寺社や近くの歴史も知りたいと、放課後集まって勉強している。
黙々と集めるだけよりずっと楽しいと笑っている。
「御朱印帳、預かりましょうか ? 一緒に頂いてくるけど」
「ありがとう。でも、自分で頂きに行くのが正しい御朱印の在り方だと思うの。お気持ちだけいただくわ。あちらのお仏像をもう一度拝見したいの。集合時間に間に合うよう戻るわね」
彼女たちと別れて本堂に向かう。
「お嬢さん、こちらへどうぞ」
振り向くと先ほどの説明係のお坊様が立っている。
「住職がぜひお話したいと申しております。少しだけお時間をいただけますか」
「集合時間がありますので、間に合うようにでしたら」
遅刻しないようお送りします。
説明の時の朗らかな感じは消えて、普通のお坊様に変わっている。
案内されたのはお寺のプライベートエリアと思われるところ。
「どうぞ」
襖が開けられ中に入ると、ベッドに寝ているおじい様がいた。
「住職、お連れいたしました」
「ご苦労、ご苦労。ちょっと起こしてくれるかの」
左右に控えていた若いお坊様が手を貸しておじい様を起こす。
すかさずその背中に座布団が当てられた。
「呼び出してすまんのう」
「いえ、佐藤と申します。はじめまして」
頭を下げて顔を上げると、そこには見たことのない風景が広がっていた。
「きれい・・・」
「何が見えるかの。言ってごらん」
私は、今見ているものをどうやって表現できるか言葉を選ぶ。
「キラキラして、まるできれいな池をみているようです。池は深いけど、底がはっきり見えます」
「・・・続けて」
「底から伸びた紐のような茎の先には、きれいな花、睡蓮が咲いています。花の間の水には周りの木や空が映ってとてもすてき、あ、でも」
少し弱ってるみたい。
そう思ったら、私の周りに何かがブワッと沸き上がった。
お坊様たちが息を飲むのが聞こえる。
これは私の魔力。
こちらでは微力でしか出せないはずの。
ちょっと動かしてみる。
うん、大丈夫。動かせる。
池に手を伸ばして、私の魔力を移す。
ゆっくり、ゆっくり。
急がないで。
びっくりさせないように。
睡蓮の花を、起こさないように。
「その辺にしておけ、お嬢」
ハッと顔を上げるとおじい様と目が合う。
体から力が抜けてしゃがみ込む。
「それ以上は、命にかかわる」
おじい様は先ほどよりずっと顔色がいい。
睡蓮の池はいつの間にか消えていた。
「すまんの。こんなことをさせるつもりではなかった」
「・・・おじいちゃま先生」
私は目の前にいるのが誰かわかった。
「弟子の一人が珍しい霊気を纏った女子高生が来ていたと言うのでな、冥途の土産に会っておこうと思ったのだが、まさかお嬢だとはなあ」
だが、お嬢ならあたりまえかの。
おじいちゃま先生はそう言って笑う。
恰幅のいい
「
「ここにいるのは全員
それって何だかわからない。
でも見えないものが見える人たちなんだろう。
「お具合が悪いのですか。睡蓮の花は疲れているようでした」
「お嬢の力をもらって、今はとても気分が良いよ。もう少しがんばれそうじゃ」
それにしても、と先生は続ける。
「変な出会いじゃの。儂はベッドの上。お嬢は・・・」
私は力付きてしゃがみ込み、ベッドの足元から顔だけ出している。
なんとも間抜けな感じの絵面だ。
まわりのお弟子さんたちが笑いをかみ殺している。
「失礼いたします。先ほどの学校からもうすぐ集合時間なのに戻らない生徒がいるとのことなのですが」
「いけない。もう五分前 !」
私の学校は遅刻する生徒はほとんどいない。
始業前十分から五分には全員揃っている。
大遅刻だ。
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
「力の使いすぎじゃ。一晩眠ればなおるぞ」
「今日はまだ回るところがあるんですけれど」
「バスの中で寝ておればよかろう」
やだあ、もっと見たいのにぃ。
父くらいのお坊様が肩を貸してくれる。
「おじいちゃま先生、またうかがってもいいですか。今度はアルと一緒に」
「おお、もちろんじゃとも。会いたいのお。こちらでも美少年か ?」
「基準がわかりませんけど、爽やか系でステキです」
「お嬢はこちらでも美少女じゃの」
「おじいちゃま先生はこちらでもかっこいいですよ」
今度来るときは栗ようかんを土産に頼むぞ。
そう約束して私たちは別れた。
私はご近所の美味しいようかんを手土産に、必ずもう一度訪れようと決意した。
「皆、今のは、儂の最後の愛弟子じゃ」
住職のローエンド師は周りの弟子たちに語りかける。
「仏門とは関係なく、もし困っていたら助けてやってくれ。お主らの妹弟子じゃ」
集まった弟子たちは師の言葉に深く頭を下げた。
◎
『ルー、おまえ、聖水に何したんだっ !』
『え、特に何も・・・』
『味がついてるぞ、それも変なのがっ !』
『あれ ? 確かに味がついてたらいいなとは思いましたけど、意識してつけた覚えはないです。こんなのがあったらおもしろいなってくらいで』
『・・・どんな味を思い浮かべたんだ』
『母が一時期新作に凝っていまして、いろんなドリンクの新作を買いまくってたんですよ。それを思い出してはいました』
『だから、どんなのだよっ !」
『すいか、生姜、醤油、キュウリ、しそ』
『もっとすごいのがなかったか ?』
『えーっと、あ、そうだ。一度ガムでドリアン味っていうのがありましたっけ』
「それかっ !』
『え、おいしいですよね、トロピカルな感じで』
「はあぁぁっ ?! あれのどこが美味しいんだよっ !』
『制作秘話で開発者の意地にかけて味と香りを再現しようと努力したって聞きましたけど』
「なんで、それを、聖水で、再現するんだよっ ! ただでさえ落ちている俺たちの体力をどこまで削るんだ ! もちろんお前も飲んだんだよなっ ?!』
『もちろん飲みました。今度本物のドリアン食べてみたいです♡』
『・・・もう、いい』
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