第200話 黒い塊
わたしね、おおきくなったら女王様になるのよ
そのときはあなたがおむこさんよ
光栄です、姫様。
ですが、なぜ私が ?
私はただの冒険者ですよ
だって、あなただけよ
わたしがいたずらしても叱ってくれるのは
女王様っていちばんえらいでしょ
だれも叱ってくれないとおもうの
だからあなたがおむこさんになって
わたしがまちがったら叱ってね
おむこさんなんだから
わたしがこまっていたらたすけにくるのよ
やくそくよ
◎
「十年前までは遡れたが、それ以上になると記録も少なくなって追いきれないところもありますね」
パラパラと名簿をめくってチェックする。
「侯爵家の使用人の中にはいなかったのかい」
「二十年前まではなんとか。さすがにそこから先はちょっと。必ず内通者がいるはずなのに」
この間私は意を決して索敵魔法を使ってみた。
そしたらなんと、メラニアさんが引っかかった。
まさか侍女長が内通者 ?
と、思ったら、メラニアさん、大の猫嫌いだったのだ。
まとわりついていた
その間メラニアさんの顔色が変わることはなかった。
さすが、プロの侍女長だ。
「・・・魔物以外には使えないな」
「申し訳ないです。なんとか区別が付けられないかって頑張ってみたんですが、嫌いとか怖いとか嫌だとか、そんなのも全部同じに表示されてしまうんです」
その時屋敷の中にいた人は全員青だったけど、別の建物にいる人たちはわからない。
とりあえず急いで邸内走り回って青マークの人のリストを作った。
農業従事者は代々働いてくれている人たちだから、外から来たお嫁さんやお婿さんくらいをチェックすればよかったので楽だった。
騎士団の方はと言うと、こちらは寄子貴族出身者ということで心配はない。
寄子を外れた人たちもいるけれど、お父様が辞めることを許さなかった。
そしたらその人たちは家族との縁を切ってしまった。
結束が固いんだ、ダルヴィマール騎士団は。
でもご家族に何かあったら助けるようにとは言ってある。
「さて、ルチア姫の拷問・・・」
「お話合いです」
「その、話し合いで判明した内容。あれは間違いないのかい」
あの人たちは色々と話してくれた。
全てはおばば様のために。
おばば様とはゴール男爵の母親の未亡人だ。
そしておばば様は関係ない。
すべて自分たちが考えてやったことだと言う。
そう言う顔は、とても見覚えがあった。
「そっくりだったんですよ、エリアデル公爵夫人に」
呪いに罹った西のお方たち。
突然態度が変わった
みんなあの眼だった。
「彼らも全員呪いに罹っている可能性があると思います。ただ、聖水を飲ませてもだめなんです。総裁ご夫婦は回復に向かっているというのに」
こうなると何が問題なのかわからない。
おばば様と呼ばれる未亡人は年明けから外出していない。
孤児院出身者たちが週に一度か二度お見舞いに訪れている。
その日は拠点としている口外の家で集まって報告を兼ねた集まりを行っているそうだ。
「そこで何か指示している可能性はあるな。よし、うちのお庭番を出そう。孤児と未亡人の会話などをしらべさせる」
「私たちも打てる手は打とうと思います。運気がこちらに向いてきたんですもの。逃すなんてできません」
王都に来て数か月、やっと何かが見えてきた。
◎
「御機嫌よう、ファウスティンさん」
「ようこそお越しくださいました」
通いなれたゴール男爵邸。
私は時々ここを訪れる。
男爵令嬢とそのお友達の刺繍仲間と会うためだ。
もちろん彼女たちのお目当てはディードリッヒ兄様。
私は彼女たちの熱心な姿を少し離れて微笑ましく眺めている。
つまんねえ。
「ファウスティンさん、失礼する前におばあ様のお見舞いをさせていただきたいのだけれど」
「祖母のですか。まあ、嬉しい。ぜひ会ってやってくださいませ。きっと喜びますわ」
そう言って男爵令嬢は私たちを屋敷の奥に案内する。
「祖母は昼間はいつもサンルームにいるんです。冬は暖かいし、この時期は扉を開けてしまうととても風が気持ちいいんですよ」
ファウスティンさんが声をかけるとおはいりなさいと返事がある。
「おばあ様、宰相閣下のお嬢様がお見舞いにいらしてくださいました」
サンルームに入った途端、私は部屋の中に一瞬にして濃厚な魔力が広がるのを感じた。
纏わりつくような、息が喉から奥に入って行かないような、まるで濃厚なクリームシチューの中を泳いでいるような、北陸の真夏の空気のような魔力だ。
笑顔が引きつりそうになる。
この重さは、あれだ。
呪いが発動して動けなくなったあの時と同じだ。
思わずディードリッヒ兄様を振り返ると、兄様も同じように顔が真っ白になっている。
わかってるんだ、今のこの状態が。
索敵する。
マークは青だ。
この人は敵ではない。
じゃあ、この魔力はなんだ。
「ようこそお越しくださいました、お嬢様」
ハッとして深呼吸をして笑顔を整える。
「はじめまして。ルチア・メタトローナ・バラ・ダルヴィマールと申します。ファウスティンさんとは仲良くさせていただいています」
膝を軽く折る。
私の身分上深々というわけにはいかない。
が、この人の前には跪きたくなる。
おかしい。
この人は敵じゃない。
マークは青だもの。
そうよ。
すてきなおばあちゃまだわ。
とても優しそう。
御病気なのね。
お助けしたいわ。
違う。
変だ。
これは、私の、感情じゃない。
アルが後ろにいて、助けを求めるようにギュッと私の手を握ってくる。
兄様たちの顔色もおかしい。
ダメだ。
これ以上ここにいちゃダメだ。
私の心がおかしくなっちゃう。
『手助けしよう』
頭の中で誰かの声がした。
『この
次の瞬間、高く勇ましい声が部屋に響いた・・・気がした。
◎
その日私たちは
正直頭はクラクラするし、吐き気もあった。
あの頭の中に響いた声。
一瞬にして重苦しい魔力は消えた。
だが、私たちの辛さは消えない。
『吾は悪しき魔力は消せるが、体の中に取り込まれたものまでは無理だ。
馬車を馬丁のおじいさんに預ける。
ディードリッヒ兄様はとてもそれ以上馬車の世話が出来る状態じゃない。
何か重い物が体の上に乗っているようなそんな苦しさの中、何事もなかったように部屋に入る。
扉が閉まったとたん、全員が床に倒れ伏してしまった。
聖水が欲しい。
帰宅すると必ずやるあの解呪の儀式。
部屋で待っていたナラさんに聖水を頼もうとしたら、そこに慌てた様子のお母様が入ってきた。
後ろには西の方々がいらっしゃる。
「どうしたの。何があったの ?」
「・・・お母様」
「エルフのお方が気持ちの悪い魔力が近づいてくるっておっしゃってね。この時間ならあなたたち以外に帰宅する人はいないし。ちょっと、酷い顔色だわ。大丈夫 ?」
「聖水・・・下さい・・・」
全然大丈夫じゃありません。
立ち上がりたくても体が重くて重くて、どうにも見動きが取れない。
「侯爵夫人、まずは聖水を。どう見ても全員正常ではありません」
「そ、そうね。ナラ、急いで支度を」
ナラさんが常備されている聖水を持ってきてくれる。
お母様が私を起こして口に聖水の瓶を当てる。
「お母様、先に額に聖水を・・・」
ああ、そうだったわね。
そう言って瓶の聖水で額を濡らしてくれる。
その途端、あの苦しさがやってきた。
兄様たちもみんな、苦し気に悲鳴を上げる。
「ルチアちゃん、飲んで ! 急いで !」
西の方々にも手伝っていただいて解呪の儀式を行う。
あの重い辛さから解放された時、私たちから溢れた呪いの塊は、異様に大きかった。
「こんな・・・なんて大きさだ」
「こんな呪いをかけられていたとは、良くぞ抗ってお戻りになった」
「すごい大きさね。さすがにこれを外に出すのは一人じゃ無理だわ」
私たちは動くことが出来ない。
お母様はその塊にバスタオルをかけた。
そしてその上から聖水をジャバジャバかける。
部屋にいる私たち以外の全員に、肩に聖水をかけるように言った。
「全員で協力してこれを部屋から押し出しますよ。聖水のかかっていないほうの肩は決して使わないように。では、いきますよ ! せーのっ !」
ナラさんをはじめ西のお方がお母様の声に合わせて、塊を窓から押し出す。
「「「よいしょっ ! 」」」
何度かの掛け声で塊を窓に押し込む。
塊は徐々に窓から押し出されていく。
「さあ、後一息ですよ。頑張りましょう! せーのっ!」
お母様って割と豪胆で大胆だなあ。
普通はこういうの見ると恐ろしさで動けなくなるところなのに、全然ぶれないと言うか躊躇しない。
まるでおっきなGを退治するくらいの勢いだ。
「せーのっ!」
「「「ソイヤッ !」」」
呪いの塊はポンっと窓から出ていった。
バスタオルを乗っけたまま。
私はそれを不思議な気持ちで見ていた。
思念体のはずなのに、物理的に触れるんだなあ。
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