第199話 笑いは世界を救う・・・はず ?

 ダルヴィマール侯爵家とカウント王。

 継承権のない血縁があることを知っている人は少ないという。

 当時ならともかく、今はほとんどいないのではないか。

 そもそも前侯爵夫人の出自は戸籍ロンダリングで巧妙に隠されていたし、体が弱いということで領都から出ることもなかった。

 親しい知り合いもなく、話題に上るとしたら『侯爵の脳内嫁』とからかわれるくらいだったとか。

 お母様の成人前に亡くなっているので、使用人で覚えているのはセバスチャンさんと弟のモーリスさん、それにセシリアさんくらいらしい。

 ずっと王都にいるメラニアさんは知らないんだって。

 アンシアちゃんが「あたしとシジル地区の女の子の夢を返せ」と迫ったが、いつもなら軽口で応酬するご老公様が、この時ばかりは「すまんの」の一言で黙ってしまった。

 どんな方だったのかと聞いたら、文庫本くらいの大きさの絵を見せてくれた。

 それは夫人の細密画ミニアチュール

 儚げな笑顔の美少女だった。

 お母様とそっくりだ。

 ご老公様はそれを大切に胸元に仕舞う。

 肌身離さず持ち歩いているのだろう。

 息子の現カウント王とは亡くなる直前に会えたそうだ。

 王太子時代に親善訪問という形で帝国を訪れ、視察という名目で領都に来た。

 数日一緒に過ごしたが、ご老公様は遠慮して王都にいた。

 帰国前に訪ねて来て「母をよろしくお願いします」と言われたという。

 そしてご老公様が領都に戻るのを待つかのように逝ってしまわれた。

 まだ二十代の若さだったそうだ。

 一連の話をお母様はご存知ない。



 呪いの塊が飛んで行った先。

 一つはゴール男爵所有の孤児院。

 職員の一人が寝込んでいた。

 出身者が関係している。

 そう考えた兄様たちはお庭番の皆さんが手に入れた名簿を基に、ダルヴィマール騎士団総出で卒園者の現在を追跡している。

 前男爵は儲けたお金の一部は社会に還元するという考えだったそうで、所有する孤児院は一つではない。

 一人一人探すと結構時間が掛かる。

 特に古いと追いきれない者もいる。

 だがここ十年ほどであれば何とかなる。

 宗秩省そうちつしょうのあの瓦版を持ってきた職員、そして副官もよくよく調べればあの孤児院出身だった。

 エリアデル公爵夫人の専属侍女たち。

 彼女たちもそうだった。

 教育に力を入れていて、成人して貴族の館に仕えたり官吏試験に受かったりという子供が多いそうだ。

 ただ孤児院出身者とわかると就職を断られたり、官吏になっても昇任しにくかったりで、男爵の伝手でどこかの養子になることが多い。よくある話だとお父様が教えてくれた。 

 もう一つの塊が飛んでいった先。

 それはゴール男爵邸だった。

 ご家族も召使も健康だったが、ただ一人、前男爵夫人が年明けから体調を崩しているという。

 未亡人は結婚当初から社交界に出たことがなく、知り合いも友人もいないと言うことで情報が入るのが遅かった。

 知らせてくれたのは陛下のお庭番の一人だ。


「まさか、残ったのがゴール男爵だとはなあ」

「男爵夫妻はどうも関わっていないようなのです。もちろんご令嬢も」


 今日も陛下のひきこもり部屋で作戦会議。


『疑わしきは罰せず』


 だけどこちら夢の世界では疑わしければ即、逮捕。

 とりあえず、王宮関係はガンガン拘束されていく。

 そしてこちらには拷問という名の取り調べがある。

 宗秩省そうちつしょう総裁夫妻に呪いをかけた者。

 身近にいた彼らだ。

 どんな拷問にも屈しない鉄の意思。

 このままだと命が危ないということで、アルがケガを治してあげた。


「こんなことで恩を着せて、全てを話すとでも思っているの ?!」

「お優しいルチア姫。ですが、私の心はあの方のもの。決して拷問などに挫けません !」

「まあ、わたくし、拷問なんて、そんな怖ろしいことなんて出来ないわ」


 ねえと隣のアンシアちゃんに声をかける。

 一人ずつ浮遊魔法で浮かせる。

 足は暴れられないよう固定されている。


「あなた方を傷つけるなんて出来ません。楽しくおしゃべりしましょう」



「も、もう、勘弁して・・・。これ以上は耐えられないから・・・」

「本当にそれだけなんだ。嘘じゃない」


 吊り下げられた罪人たちはポロポロとこぼす。

 こぼしているのは涙である。


「姫、なんともえげつない攻め方なのですが」

「あら、そうかしら。ぶったり蹴ったり暴力に頼らない、とっても平和的で明るいお願いの仕方だと思うわ」


 兄様たちとアルがなんとも形容しがたい目で私を見る。

 ひどい。

 アンシアちゃんだけは私の意図するところをわかってくれていて、ノリノリで協力してくれている。


「どうでしょうか、お嬢様。ここは桑楡そうゆにも手伝ってもらって・・・」

「そうね、アンシアちゃん。桑楡そうゆ、お願いしてもいいかしら」

「ミャア」

 

 地面スレスレの彼らの足。

 桑楡そうゆはトコトコとその間を行ったり来たりする。


「や、やめてぇぇ、ヒャッヒヒヒヒィィィッ !」

「ハハハハハハハハァァァァァァァァァ !」

「いやあ、やっぱり本物の毛は違いますねえ。もう破壊力抜群。えらいぞ、桑楡そうゆ


 羽根帚箒ぼうき片手にパチパチと拍手するアンシアちゃん。

 僕、頑張ってるよ、と言いたげな顔で彼らの足にじゃれつく桑楡そうゆ


「ピーピー」


 どこからか東雲しののめがやってきて、罪人たちの首筋に入り込む。

 罪人たちの声がひと際大きくなる。


東雲しののめ、やめなさい。残酷すぎて可哀そうだ」

『何を言う。吾も娘の役に立つところを見せておかねば。お主、顔の割に小心者よのう』


 侍従たちは居たたまれずに顔を背ける。

 罪人たちが全てを白状するのにそれほど時間はかからなかった。



「で、色々しゃべってくれたんだ」

「ええ。それはもう気持ち悪いくらいに」


 兄様様たちが苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「見ているこちらが罪悪感を感じるほどに残酷でした」

「酷いです、兄様。私たち頑張ったのに」


 私たちが牢に着いた時、罪人たちは殴られ蹴られ、もうボロボロの状態だった。

 とにかく気の毒でアルに治療してもらって、その後の尋問は引き受けさせてもらった。


「拷問官と尋問官がドン引きするくらい可哀そうな有様でした」

「なにをやったんだ、君は」


 怪訝そうに陛下に聞かれる。

 

「北風と太陽ですよ。泣かせてダメなら笑わせればいいんです」


 簡単にあの寓話を話してから何をやったか説明する。

 まずは魔法、『威圧』の反対の『和み』を発動。

 そして拷問室内と罪人たちを綺麗にする。

 リフレッシュの為に空気に柑橘系の香を撒く。

 これ、領都の警備隊隊舎のリフォームの時に覚えたんだよね。

 あそこは男臭くて参った。

 イメージは消臭パワー。

 続いて祖父によく連れて行かれて、テレビでも覚えた落語を披露。

 これは官吏の皆さんにも受けた。

 笑いの世界が出来たところで尋問開始。

 アンシアちゃんが羽根帚箒ぼうきで足の裏をコチョコチョコチョ。

 ところどころに笑い話を挿入。

 これをずーっと繰り返した。

 そしてとどめに桑楡そうゆとしーちゃんを投入。

 これで勝負はついた。


「一体そんな拷問をどこで覚えてきたんだ」

「古い映・・・お芝居の台本です。ある国の女王様が他の国の大使に一目ぼれするんですけど、その人には奥様がいて、でもなんとか振り向かせようとくすぐりの刑を執行するってお笑いです」

「・・・で、その大使は落ちたのかい」

「それが覚えていないんですよ。でも落ちなかったんじゃないですか。くすぐられている間、ずっと奥様への愛を叫んでいましたから」


 とにかく欲しい情報はいただいた。

 これで明日からガンガン動ける。

 それなのに・・・。


「にしても笑わせすぎだろう」

「あんなに情け容赦ないのは初めてみたぞ」


 兄様たちは非難するばかりで褒めてくれない。

 実際に手を、というか羽根帚箒ぼうきを使ってたのはアンシアちゃんだけど、拷問ってする方だって辛いんだよ。

 尋問の間中、某国営放送の子供音楽番組のオリジナルソング、足の裏をくすぐり続ける歌が頭の中でグルグルしていた。


「結果を出せなかった官吏の皆さんと、後ろで見ていただけの兄様たちに文句を言われたくないです。頑張ったんですから、ちゃんと褒めてください」

「褒めたい、褒めたいんだが、なんだ、この引っ掛かり感」


 兄様たちはブツブツと何か言っている。

 アルは笑顔を引きつらせて黙っている。

 アンシアちゃんと桑楡そうゆとしーちゃんは、さあ褒めろと胸を張る。


 一つ良い知らせがあった。

 宗秩省そうちつしょう総裁夫妻についてだ。

 拘束された後、別々に療養していたが、現在お二人とも少しずつ快方に向かっていると言う。

 特にエリアデル公爵夫人はまるで別人に、いや、春先の頃に戻っているそうだ。

 この騒ぎが収まったら、本来の夫人に会えるかな。


 さあ、ここからが本番だ。

 気を引きしめてかからないと。

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